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2017年 01月 17日

2540)「Traffic Moment 村岡陽菜 橋本知恵 二人展」 HUG 1月15日(日)~1月29日(日)  

Traffic Moment 
村岡陽菜 橋本知恵 二人展

北海道教育大学大学院油彩画研究室修了生、
村岡陽菜(2014年修了)、橋本知恵(2015年修了)による
二人展です      

    
 会場:HUG 北海道大学アーツ&スポーツ文化複合施設
      中央区北1条東2丁目4番地 札幌軟石蔵
   
      電話・011-300-8989

 会期:2017年1月15日(日)~1月29日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:12:00~21:00
     (最終日は、~18:00まで。)


------------(1.15)


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 ほぼにた年齢の女性2人展。道教育大+院で油彩を学んだ。
 実は、僕は彼女たちの学生時代の作品をかなり見ている。個展で見ることはなかったが、同期の作品群の中で親しんでいた。
 この日、記帳をしたのをきっかけに、村岡陽菜さんと話し込むことができた。といっても、昔から感じていたことを思い出しながら、今日の作品の感想を述べた。

 そんなわけですから、初めに彼女を掲載します。語りも必然的に彼女中心です。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)

◎ 山岡陽菜 の場合


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 今展を代表する大作だ。二紀展に所属しているとのこと。その出品作が中心か。

 都会の街角風景。黄昏れすぎの「ネオンの七色、人の黒きシルエット、夜空の青・・・そして意図的な影」が全てだ。影は線から面へと膨らみ始めた。より大きな闇のムードを漂わせている。だが、「闇」と言うには不思議性に欠ける。メインは健全な七色の世界。影はその明るさを引き立たせる役目のよう。

 都会のネオンの下の人の織り成すドラマ、それを村岡陽菜に求めてはいけないようだ。
 僕は求めたくて求めたくてウズウズしている。だから、闇にドラマが薄いのを不満に思う。絵画の構成において、マイナスの人間関係である三角関係のような浮き沈み、立体感が乏しいのを不満に思う。しかし、それは彼女に即した不満ではない。無い物ねだりというものだろう。

 黄昏時の闇夜に人の断絶苦悶を彼女は見ない。生きている一つの証、明日も生きることがあたりまえのように、淡々と良き日を終えた安堵を見ている。

 闇夜に健全な希望を見る!それは僕とは違う。違うが、言葉で示されたら間違いなく反発する。しかし、絵画は美しくそこにたたずむだけ。幸せな闇夜もあると信じたくなる。



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   ↑:「On the way」・2016年 キャンバス 油彩。




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   ↑:「weekend」・2016年 キャンバス 油彩。


 昔に比べれば自信を持って描いているみたい。学生時代は中途半端にロマンがかっていた。今は強く描いている。気持ちがスッキリしたのか?描くこと、見ること、生きることに変化が起きたのだろう。画面に幸せ感が強くなったみたい。



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橋本知恵 の場合




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   ↑:右側・「此処では喜劇ばかり」、2015年 キャンバス 油彩(以下同じ)。
   ↑:中央、「そこにいること」、2013年。
   ↑:左側、「誰がうそだといえましょう」、2014年。



 橋本知恵の人体といえば、どうしてもミケランジェロを思ってしまう。きっと彼女は随分と研究したと思う。力強い筋肉美、他を圧倒させる肉体のボリューム感、その肉魂が他者と絡み会って個の尊厳を発揮する。

 ミケランジェロの場合は神に対峙する人間がテーマだった。「個」の独立の問題が常にあった。
 キリスト教的神に無縁な橋本知恵にとって、この力強さは何と闘っているのか?おそらく、そういう問題設定が間違っているのだろう。ヨーロッパ美学を明治維新以来、いかに自分のものとするかと闘った日本人。その末裔の北海道の女子がパワフルなミケに魅入った。憧れた。一所懸命に彼を追っかけた。そこから逆に彼女は何かと闘い始めたのだろう。無意識下にあった青春の悶々と反逆精神に目覚めたのだろう。その途中経過が今展の作品群・人物群だ。

 テーマは「女である自分」と「他者との関係」と、決めつけよう。他者とは「家族という他者」だ。





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   ↑:右側、「はじまりのおわり」・2015年 油彩 キャンバス。
   ↑:左側、「だれがほんとを」・2016年。



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   ↑:「Amicus」・2016年。


 Amicus・・・どういう意味だろう?辞書によれば、ラテン語の「法廷助言者」あるいは「終生の友」を意味する語群の一部だ。



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   ↑:右側、「なつがとおりすぎていく」・2014年。
   ↑:中央、「スケッチ」・2014年。
   ↑:左側、「ものさし鳥の巣」・2016年。


 大学院修了後、旧作を交えてではあるが、こうして現在の絵画研鑽を押し出すことはとても良いことだと思う。
 職業画家でない限り、一年で描く絵画作品量はしれている。描き続けること、僕のような鑑賞家が若き表現者に願うのはその一点のみだ。

 確かに彼女たち二人の表現は古典的だ。しかも、中央の今風とは違い泥臭く野暮ったい。北海道内の画家として、海に囲まれて古き良き時代の古典絵画を純粋培養的に取り組んでいる感じが強い。しかも真面目に素直に実直に。絵描きとしてその気質は良い。しかし、現代の豊かで意味曖昧な不安な環境の中で、しかも全てが軽い中で、彼女等の実体的絵画を見ていると決められた絵画的約束時の中で個的ロマンを追っかけているだけのようで歯がゆい感じもする。
 しかし、無い物ねだりはできない。研鑽のこの時代をくぐり抜けて、よりなまめかしい個性的作品の誕生を楽しみにしよう。
 ルネッサンスから印象派まではヨーロッパ男性の美学だ。根本精神は「他者の支配」だ。根本的に、今の若き日本女性の感性と反すると思っている。
 「若き日本女性の感性としての絵画」、本当はこの2、30年に陽の目を見始めたものだと思う。可能性は狭くはないはずだ。僕自身を含めて、男の絵画感もこだわらないで突き進んで欲しい。

by sakaidoori | 2017-01-17 13:15 | HUG(教育大文化施設) | Trackback | Comments(0)
2012年 12月 10日

1910)②「彼方アツコ・関川敦子 二人のATSUKOの版画展 『In Harmony』」 道新g. 12月6日(木)~12月11日(火)

彼方アツコ関川敦子 

 二人のATSUKOの版画展
 

       In Harmony   


 会場:道新ぎゃらりー
      中央区大通西3丁目
      北海道新聞社北1条館1F・道新プラザ内
      (入り口は東向き)
     電話(011)221-2111

 会期:2012年12月6日(木)~12月11日(火)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、 ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.8)


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 1901番の①では関川敦子さんの豆本を中心に紹介しました。②では相棒のカナタアツコさんです。


◎ 彼方アツコの場合 


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          ↑:「CLUB」・エッチング ドライポイント。



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          ↑:「シーボルトの花かんざし」・エッチング アクアチント 手彩色。



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          ↑:「一本松」。エッチング アクアチント。



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          ↑:「十五歳」・エッチング アクアチント 手彩色。



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          ↑:「花見酒」・エッチング ドライポイント。



 強くもなく弱くもなく、普段着感覚の線がポカンポカンと続いていく、カナタアツコ風のシャンソン・リズムです。その洋物感覚に和のノンビリした空間を味付け、女の子の遊び気分や童のいたずら心も加わって、ふわふわフワフワどこに行くんだろう?です。
 今回、重厚さといったら少しオーバーですが、もともと好きな演劇世界で、華やかさというか、焦点が強くなった感じです。小さな版画世界で気軽に楽しみましょうというものですから、あんまりゴチャゴチャいっても始まりません。小さな変化を感じたカナタ・ワールドでした。
 

by sakaidoori | 2012-12-10 10:44 | 道新プラザ | Trackback | Comments(1)
2012年 12月 01日

1895) 「Paul & 松本ナオヤ {調律のアウトライン}」 g.犬養 終了10月17日(水)~10月29日(月)

           

Paul & 松本ナオヤ 

    {調律のアウトライン
       


 会場:ギャラリー犬養 
      豊平区豊平3条1丁目1-12 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2012年10月17日(水)~10月29日(月)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30  

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.2)


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     ↑:(全て松本ナオヤ作品。)



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     ↑:(全てポール作品。)



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     ↑:(ビデオ作品以外は全てポール作品。)



 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 松本ナオヤ、写真を駆使してのシルクスクリーンだったが、今回は完全な絵画だ。シルクスクリーンを完全に止めたとかではないだろう。機械操作とは違った、肉筆表現を大事にしたいのだろう。それと、単純に絵を描きたいのだろう。

 ポールはスケッチ風の挿絵感覚で「都会」でうごめいている。チョット暗がりの路地裏が似合うような、ビルの隙間に忍び込んでは飄々と生きている若人達が主役だ。

 共に作品数は少なかった。松本ナオヤの場合は「絵画・門出展」だから仕方がないだろう。しかし、ポールの場合は、「もっと描けた」との思いが強かったはずだ。久々の展示ということで、間合いが読めなかったのだろう。そういう意味では楽しき宿題を残すことになった。

 始めに、入り口側の松本ナオヤ作品から。全てにタイトル付きだが、こちらのミスで一部しか記入していません。


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 実に初々しい絵画展だ。絵画を自分のものにしようとする姿勢に興味が惹かれた。
 彼は人間が大好きだ。学生時代は、人間そのものに迫らないで、人の振る舞いや形に視線を注ぎ、その外形を自分なりに加工して楽しんでいた。気取りやな所もある彼のことだから、「人に迫る」なんて恥ずかしいことは避けたかったのだろう。だが、形を加工してはいたが、人の外皮に対しては強い表現を続けていた。今展の絵画、未だ青春まっただ中の作家だ、その若きエネルギーが出口を絵画に見いだし、格闘直前の姿を見せていた。




 次はジャズのジャケットにしたくなるPaul作品。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


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 音楽を楽しみ、都会のやるせなさを楽しみ、肩を寄せ合って、足でリズムをとりながら語り合う、形は古めかしいが、今風気分は充分に伝わる。ちょっとセンチでロマンティック、ポエムだってあるよ、皮肉めいた眼差しだって、何だって楽しもうよ、僕には沢山の恋人がいるから・・・、そんな風にエンドレスで物語は続いていくのだろう。
 挿絵やカットに使いたくなる。角張ったボディー・ラインは人間味を存分に発揮している。うねうね曲線だって手慣れたものだ。線描への愛着は、人への愛情になり、心模様が手のひらで遊んでいるよう。確かに「古き良き時代のアメリカン」的な世界で、どこかで見た感じかなという思いはある。だが、もう、自分自身の持ち味はしっかりと自覚している。実力はある。もっともっと沢山だ。そうすればいろんな顔が生まれるだろう。流れるような物語を描ききって、「ポールここにあり」という存在感を示して欲しい。



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 会場にはビデオ作品もあった。ポール作品を松本ナオヤが編集して映像にしたものだ。2,3分の長さだったが、間違いなく秀作だ。思わず彼に、「実に上手い」と声を上げてしまった。
 当の松本ナオヤ、余程自信があったのだろう、特に喜ぶでもなく、当然のような振る舞いであった。そこが彼の気取りやたるゆえんで、作品共々頼もしい態度であった。







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 板塀の床で大人達が歩くと、ガタガタと音だけが一人歩きする。人のシルエットと、その心と、足音がそれぞれ分離して、一人勝手に部屋をうろつき廻る。
 分離はしているが断絶感はない。もう一人の自分が他人と重なって、幾重にも何かを演じているみたい。
 その日のヒトムレは若き男女だった。普段の仕事顔を離れて笑みもまた歩き出す。・・・群星・・・「グンセイ」そんな言葉を思い出した。

by sakaidoori | 2012-12-01 00:18 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 18日

1710) 「佐野妙子 紅露はるか・2人展 vol.7」 4プラ 4月14日(土)~4月22日(日)

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○ 佐野妙子 紅露はるか・2人展
            vol.7


 会場:4丁目プラザ 7階4プラホール
     中央区南1条西4丁目
     電話(011)261-0221

 期間:2012年4月14日(土)~4月22日(日)
 時間:10:00~20:30
     (最終日は~19:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.17)

 北海道教育大OGの2人展。油彩と日本画。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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 佐野妙子の変わりようには困ってしまった。何が変わったかというと、静かになって、沈鬱になって、暗くなったことだ。
 紅露はるかは、キツサやメルヘン調を落とし、あれこれと工夫して静かに作品の中に没頭している。結婚されたということで、ハネムーン気分の作品もあり、微笑ましい。



○ 佐野妙子の場合


 今展の佐野妙子の暗さ、静かさ、しんみりさは何なんだろう?それに、可愛い女の子などのいなくなった。

 それでは、今展の代表大作です。


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     ↑:「空中スイミング」。


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 絵が暗くなったと言っても、悪くなったのでは。いえ、一点一点はしんみりしていて、今までにない情感が出ていて、とても素敵だ。上の大作も気に入っている。
 佐野妙子の作品は基本的には願望画だと思っている。それも女の子の。ロマンチックで夢見る世界だ。それを油彩画らしく色爛漫に、しかも厚塗りでストレートに表現する。大きく少女を描き込む。少女は余計だと思っていた。充分に絵が少女の気分を表現しているから。
 今回、やっと少女が消えた。消えると同時に、少女気分から妙歴の女性気分だ。箱入り娘を卒業したのだろう。
 大作から少女の消えたのは良いのだが、会場全体から消えたのは実に寂しい。しかも、小品の場合は、可愛さなんかに無頓着な姿勢が良かった。自由だった。今回は、その自由さが影を薄めた。

 少女と華やかさと自由が薄れ、しんみりした世界を登場させた。絵が大人になったのだろう。それは良いことなのだが、大人になってこちらは大いに戸惑っている。


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     ↑:左から、「雪の音 (+3℃)」、「雪の音 (-5℃)」。

 今展の象徴的な対作品。「-5℃」という言葉が耳に残る。「マイナス ゴド」、たいして寒い温度ではないのだが、寒々した数字の響きだ。


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          ↑:「見上げれば」

 見上げれば・・・星が見えればいいのだが、どうなんだろう。



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          ↑:「始まりの朝」。



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 今展の佐野妙子は、何をやっても寂しく見える。しかし、作品は良い。絵とは不思議なものだ。



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     ↑:「melty step」。

 華やいでいる。確かに華やいでいる。透明な空気感と淡い七色、華やいでいる。会場入り口でお客さんを迎える絵だ。ふさわしい絵だ。
 退場する時に、もう一度見てしまう。どうしても、初めの明るい気持ちだけにはなれない。黒い鳥の直線スタイル、楽しくもあり冷たくもある。


○ 紅露はるかの場合


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          ↑:「碧の中の明」。

 空に浮かぶ白い模様は、肉筆そのものではありません。支持体(布)に染められている花柄模様を利用したもの。見事な効果です。


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     ↑:「青い水」。


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     ↑:「north field」。


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          ↑:「あの灯を目指して」。


 たんたんとした青、静かで安定した世界だ。構図にしろ色にしろ、小さくコンパクトにまとめている。なのに僕には威風堂々とみえる。威張ることもなく、極端なことも止め、どうしたら魅入る絵画ができるか、迷うことなく見定めてチャレンジしているみ。画題にほの見えるメルヘン調とは関係なく、詩が生まれそう。
 地味な世界である。絵を描くと言うことは地味な作業なのだろう。地味さが板に付いたような作風だ。もともと頑固な画家だと思っていたが、今回はその一徹さも正直に流れて華を添えている。



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     ↑:「明るい部屋」。


 

by sakaidoori | 2012-04-18 23:28 | 4プラ・華アグラ | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 25日

1567)「pistol3(齋藤周+武田浩志 2人展)」 Room11 終了2月26日(土)~3月13日(日)

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○ pistol 3 
   ピストル スリー

   (齋藤周武田浩志 2人展)
      


 会場:Room11 (アート・スペース+カフェ)
      中央区北3条東5丁目355
      (北海道ガス社屋の向側。北向き。)
     電話(011)208ー1010

 会期:2011年2月26日(土)~3月13日(日)
 休み:3月7日(月) 
 時間:13:00~21:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.12)


 2ヶ月前の融合2人展だ。楽しき時間を過ごしたが、書くとなると記憶もあやふやだ。写真を見ながら、思いだし思いだしの文章です。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 
 初めてのギャラリーだ。会場の手前と奥の風景から始めよう。

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 白い部屋だ。男三人がくつろぐには野暮ったい。ましてや中間色が軽く飛び交うやさしい空間だ、とまどいがちにもなる。だが、見慣れた作家であり作品だ、女性っぽい部屋にも慣れてくる。まったるくイスに着く。
 座るなり、芝居の一コマに投げ出さてしまった。私はどんな役を演じたらいいのだ・・・。文学青年と若き画家と通りすがりの中年、人生と芸術を、愛と夢とを語り合う物語にしようか。作品が女性だ。上昇する作家二人、彼等を見つめる作品という女性、そして落ちゆく中年、話が上手くかみ合えばいいのだが・・・。


              ~~~~~~~

 融合展と書いた。確かに、中間色を使った淡い作品群は、どれが誰だか分かりにくいところがある。とろけそうな作品の群れではある。だが、武田浩志の変な人物作品は明快な個性を発している。それに反して、齋藤周の息吹のか細さが、会場を一つの世界にしたようだ。その意味で齋藤周の画くテンションが融合展にしてしまった。

 彼は今展の風景的な役割を演じてしまった。目鼻口無し人物画群を中心にした武田浩志ワールドの前座を務めた。そのおかげで、展示全体の奥行きと深みが生まれた。中間色という美が重なり合って、あたかも個展のようになった。
 齋藤周が意図的にそういう絵を画いたとは思えない。彼の現在の心境がそうさせたと思っている。つまり、強く何かを主張したいという位置にいない。何かにもたれかかって、そのもたれを楽しんでいる。もたれるのは自然という実景でもいいし、武田浩志という画家であってもいい。極端な話、誰でも何でもいいのだ。心地良い気分にさせてくれるのであれば。
 以前の「女性への見果てぬ夢を追う少年」ではないのだろう。窓から光をもらい、好きな音楽を聴いているハンサム青年のようだ。青年は少年とは違った夢を見ているのだろう。だが、記憶に残る程の強い夢ではなさそうだ。画くことによって、その夢とまどろんで遊んでいるようだ。画家としての中間期・のんびり期かもしれない。


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 右側が齋藤周、左側が武田浩志。DMの作品だ。入り口の前で迎えている。


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 武田浩志の目鼻口無し人物画。今の彼はこの「人物画」にはまっている。愉快な仲間達かもしれない、あずかり知らぬ奇人変人かもしれない。淡々と武田浩志は人を画いている。日記のようにして、その日の気分を人に置き換えている。色作りなどの技術的なことを試しているのは間違いない。そして、将来の大作なり物語の準備作業も兼ねてもいよう。
 しかし、技術や準備のことは、自然に将来が応えてくれるだろう。そんなことより、今のこの「顔」と「色合い」に何とも言えない魅力があるのだ。
 こんなに人を画くから、画家は人が好きなのだろう。ケンカとか、いがみ合いとか、憎しみ会うのが嫌いな人かもしれない。なで肩のやさしいシルエットはどこか夢見心地だ。リアルな人間模様とは縁がなさそうだ。人間の生理を削っていって、それでも個性的な人間達、そんな武田浩志ドラマの登場人物だろう。
 モグラタタキで叩いてみたい。彼等はどんな反応をするだろう。武田浩志に棹さしてみたい。ひねくれ小僧を一匹、この中に入れて、悪戯をさせたい。それでも彼等は目鼻口無し顔でやさしく迎えそうだ。それは画家のサービス精神の賜かもしれない。限りなくマイペースなありようだ。芯が無さそうな人物風貌、しっかり僕の記憶に残るのだから芯のある絵かもしれない。


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 齋藤周の縞模様の世界。いつになく直線を多用していて不思議に眺めていた。ふと暗闇の外に眼をやった。「何だ、この風景を絵にしているのか!」画家は窓枠を画いているのだ。間違いない。窓の模様に見とれて、色遊びをしているのだ。
 「何かを画く」という心境ではないのだろう。目に映るよしなしことを画きつづれば、妖しうこそ物狂ほしけれ。



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 楽しそうな二人の遊び場だ。奥にも部屋がありそうだ。覗いてみよう。


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 トイレのようだ。愉快なトイレだ。気になるところにチャンと作品もある。


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 武田浩志の世界。
 このコーナーは間違いなく夜に見た方が良い。格子縞の空の色と作品の形や色が響き合っている。夜鷹の星のようだ。



 適当に作品を載せます。


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by sakaidoori | 2011-05-25 23:05 |  Room11 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 12日

1491) 「佐野妙子 富樫はるか・2人展 vol.6」・4プラ 4月9日(土)~4月17日(日)

○ 佐野妙子 富樫はるか・2人展  vol.6

 会場:4丁目プラザ 7階4プラホール
     中央区南1条西4丁目
     電話(011)261-0221

 期間:2011年4月9日(土)~4月17日(日)
 時間:10:00~20:30
    (最終日は~19:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.11)

 大学生・女2人展の次は、その10年後のような女2人展です。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 油彩画の佐野妙子、日本画の富樫はるか、道教育大学を同期で卒業している。2004年の春が卒業式だ。   今年で第6回だ。その多くを見ている。特に富樫はるかの在学時代の個展には驚きだったから、かなり気にして見ている。ところが見続けていると、ここがどうのあそこがどうのとか細かい詮索よりも、今年も見れた楽しみが先に来てしまって、そして季節は春だし若い作風でもあるから何となく心がなごんでしまって見る目も文章も穏やかになりそうだ。


○ 佐野妙子の場合


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          ↑:「まばたきのま」。

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 今年のメインの大作は真四角だ。S80号か?イメージ画だろう。何を描くと言うよりも、筆の趣くまま力強く色を線を重ねている。例年、人が必ず描かれていたが、消えたしまった。それは良いことのような気がする。

 彼女の画風は「爽やかに輝いて、そして夢追う乙女心」、というものだろう。卒業してからブレてはいないようだ。腕や小手先のしなりがより自由に匠になってきて、小品の水彩画タッチはその気分を益々反映している。その自由さは油彩の大作になると、重ね塗りの重みにこだわっていて、なかなか自由になりきってはいないようだが、素直な輝きは増しているのだが。
 大作の油彩画、もし淡い色の薄い重なりを中心にして、色爛漫に、そしてフリーハンドを多用すれば「爽やかに輝いて」になるのだろう。だが佐野妙子はそれをしない。厚塗りと、いささか大仰な飛沫や垂れを多用する。心の中にギラギラする青春があるのだろう。画面一杯の厚塗り、手抜きすることなく一所懸命な仕上がり、それでいて爽やかな自由を追いかけている。そのギャップがこの展覧会の魅力になっている。


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     ↑:左から 「home」、「光りの森」。

 白馬のような妖精になりたいのか、白馬の王子様を待っているのか?


○ 富樫はるか の場合


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          ↑:①


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          ↑:②

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          ↑:「今宵、白い船に乗って」。

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          ↑:「向こう岸に見える光」。


 随分と様子が変わった富樫はるかだ。
 特に①の絵はいつもとは随分と違う。簡単に言い切れば、沈静なムードの「上手」な絵だ。上手なのだが、富樫風の可愛らしいメルヘンや、何かを追い求める青春心が感じられず、どこか調子が狂ってしまった。横拡がりで木々の姿を等価に描く姿勢に、画家の一点を見つめる真摯さが反映されている。ことさら得意の物語絵画にすることなく、本格絵画として取り組んでいる。木々と天空との境界ラインにほんのりと夢追い人の面影を残してはいるのだが、気韻生動的雅品を追っているのだろうか?今後もこの姿勢が基本になるのか、作風のバリエーションになるのか?


 「今宵、白い船に乗って」何処に行こうというのか?ザックバランに少しヘタッピな白い船だ。この下手さ具合が富樫風で良い。
 ②の作品群、いつになく青で統一されている。絵画の時間はとっぷりと陽は沈み、陽の昇る時間はまだまだというころ合いだ。色の強弱を余り付けず、淡々と一幅の絵本シーンだ。画面の切り取り方が、写真の白い縁なし感覚で、外に外にと淡く拡がっている。
 強弱を付けず淡々と語っている。


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          ↑:「いつか消えてしまうもの (2枚組の一つ)」・(サムホール位の小品)。

 色も幾つかあり動きもあって、今展の中ではかなりムードを異にして見えた。「いつか消える」とタイトルにはあるが、「それでもそこにある」と言いたげな作品だ。珍しく存在感の強い作品だ。


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   ~~~~~~~~~~~~


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by sakaidoori | 2011-04-12 16:26 | 4プラ・華アグラ | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 11日

1490)「Starting 河合春香/伊能恵理」・コジカ 終了・4月2日(土)~4月10日(日)

○ Starting 

    河合春香/伊能恵理
       


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2011年4月2日(土)~4月10日(日)
 休み:月・火曜日(定休日)
 時間:日々変動
     例えば最終日 14:00~20:00

ーーーーーーーーーーーーーーー(3.10)

 随分と更新が途絶えていました。事件が起きて早一月、自粛していたのではないのですが、文章へのエネルギーが立ち上がってこなかった。
 
 春です。久しぶりの記事と言うことで、昨日見てきた爽やかな大学生2人展を報告しましょう。

 大谷大学短期大学部(大学4年相当)の河合春香&伊能恵理の二人展。


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 まさしくサロンという軽い雰囲気。その爽やかさは良いのだが少し控えめだ。やはり若い人達の展覧会だ、溢れる爽やかさを期待してしまう。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:伊能恵理。左から 「メイソウ」・1167×910㎜、「ヒューマン リレイション」。


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     ↑:左側 「Register」・910×384㎜。

 以上、伊能恵理

 人物画に黄色い背景色の作品が、現在のメイン・テーマだろう。
 人という「形」を描きたい。カラフルな色の世界を見つめたい。色の重なりを装飾にしようか?メインテーマにしようか?
 いろいろとしたいことが沢山あるのだろうが、結果的に彼女の選んだ世界はこぢんまりとコンパクトな世界だ。遠慮というか、絵の約束事に縛られているのでしょう。
 窓の下に申しわけ気分で小品が並んでいる。形にこだわらないで色の世界、ちょっと試しに描いてみて、その気分で終わった作品。もったいない。この小片を100個ぐらいにするか、窓下にびっしりと描き込むか、どっちかを見てみたい。旺盛な色が、その重なりが必ずこちらに攻めてくるだろう。

 形にこだわった細長い人物画もある。タイトルの意味は「記録」か?ここも一つだけの記録に収まっている。溢れる青春の思いをもっともっと色に形に、少々無理をしても爽やか気分になるのだろう、自信をもって攻めたらいいのに。


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     ↑:河合春香、「
きみのひとみのむこうがわに」・1157×803㎜。


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 以上、河合春香

 ホップ・ステップのようなピンクの色と線、そこに余白の白とドローイングも呼応していて女心と青春が一杯だ。リズミカルで楽しくなってしまう。恥ずかしくなるくらい、足を拡げて闊歩している。ホップ・ステップ・ライン以外にもいろんな線の交錯を見てみたいものだ。この気分でいろんな華やかさにチャレンジなのだろう。
 余白の白を大胆にとっている。「白色」の研究でもあるのだろう。だからだろうか、白の逆の「黒色」をピンク・ラインに沿わせた作品もある。他の色同様に薄い黒だが、手探り感が初々しい。股を開いた脚線に見えるのも微笑ましい。

 「大胆に大胆に、次は個展だね!」と声をかけてみた。てっきり強い諾を期待したが、意外にも遠慮気味だ。絵には攻撃的な爽やかさがある。色や線は先に突っ込もうとしている。心はなぜかアタフタと追いついてないみたいだ。出張ったほうがもっと綺麗に可愛くみれるのに。

by sakaidoori | 2011-04-11 15:46 |   (コジカ) | Trackback | Comments(0)
2011年 01月 27日

1442)「今荘義男 大林雅・二人展」・たぴお 1月24日(月)~1月29日(土)


○ 今荘義男 大林雅・二人展 

   
 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
    電話・林(090)7050-3753

 会期:2011年1月24日(月)~1月29日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで)

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

ーーーーーーーーーーーー(1.27)

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     ↑:(大林雅・作品群。)


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     ↑:(今荘義男・作品群。)


 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 画風の全く異なる二人だ。どうなるのかな?そんな思いで入室した。
 驚いた。見事な関係を生んでいる。特に、こむら返し&腸捻転・画風の大林雅の力の入れよう!照明に当たってバンバン輝いている。
 対する今荘義男、日頃の古武士的気骨さを和らげた大きさで、軽く大林・念力をかわしている。マイペースにかわしつつ、男っぽく受け応えてもいる。二人の物怖じしない関係が実に楽しい。画風画題を越えた絵の根っ子での対話だ。見れそうで見れないベテラン男子画家2人展だ。


・ 大林雅・増殖シリーズ 

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 こういう作風は自己あるいは人間深層の探求と理解している。悶え苦しみ、かつ生きる存在としての自己、あるいは人間への全面的関心だ。自己と自己自身との断絶、自己と社会との断絶・・・等々、「断絶」と「存在」がキーワードだろう。
 おそらく、氏の出発はそういうものがあったはずだ。だが、近年の氏の画面からは激しい怒りや苦悶は伺えない。むしろ、整形手術をした後の醜い己の面構えを見て、「この身も体もどうしたら自然や社会と処していけるのだろう?」という寂しがり屋の呟きが聞こえてきそうだった。異端児になれない異物の悲哀を感じていた。そこに、ユーモラスを画風に取り込む、あるいはそういう画風の仲間達とのグループ展で、笑いの要素を意識していたと思う。
 だが、今回の作品の強さはどうしたことだろう?もうこの姿で生きるしかないという開き直りというべきか。異物という生き物として逃げもしない、告発もしない、あざ笑いもしない、存在していることだけはしっかり主張する。そんな画家の姿勢を見た。




・ 今荘義男・古里シリーズ

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 今展の今荘義男は小作だが余裕綽々な感じだ。それは2人展の相手に対して、大地という場と空間を提供しているようだ。暴れる大林・ワールドtの呼吸を楽しんでいるようだ。

 2人展にもいろいろあるものだ。どれが誰だかわからない融合展。互いの存在を無視した別々展。互いの領分を侵さない棲み分け展。相対立する主張を見せることによって、何かが生まれる可能性展・・。
 今展は対決でも区別でもなく、どこかしら友情に支えられた絵描きの根っ子の確認展であった。

  春の北海道抽象派作家展も控えています。氏の関してはその時にも語る機会があるでしょう。

by sakaidoori | 2011-01-27 23:17 |    (たぴお) | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 23日

1348) ニュー・スター 「EnanyaとDemのちょいとそこまで お散歩ツアー! 2010」 8月17日(火)~8月30日(月)


○ EnanyaDem

   ちょいとそこまで
    お散歩ツアー!

            2010

 会場:ギャラリー ニュー・スター
     中央区南3条西7丁目・KAKU1階
     (西向き一方通行の道路の北側。
      美容室kamiyaの隣。)

 期間:2010年8月17日(火)~8月30日(月)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:11:00~20:00
    (日曜日は~ 17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(8.22)

 お馴染みの穴蔵のようなギャラリーだ。


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 2人展。


○ Demの場合


 向かって左がDemだろう。若い人とは思うが、無茶苦茶若い人ではないだろう。


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     ↑:左側、「男道 『テロリズム』 VA green インナーカード 原画」。
     ↑:右側、「2019 横浜 YUI 『DESTRUCTION』 ライブ・フライヤー 原画」。




 「ここは暗闇だ!!オレの絵は怖いぞ~、怖いぞ~・・・、ア~、昔はもっと怖い絵を描いたのに、ちょっと優しくなったかな~、う~ん、マッ良いか・・・」
 そんな呟きが聞こえる。「散歩ツアー、呟き編」だ。穴蔵を散歩の為に出るには出たものの、やっぱり穴蔵が恋しくて、僕たちに散歩がてらにおいでよと、手招きしているのだろう。

 カラーの作品もあるが、抜群にモノトーンのペン画のほうが面白い。
 以下、会場の資料集から。情念の爆発直前の雄叫びと、遊ばざるにはおれない男心を楽しんで下さい。


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     ↑:(左の作品が特にお気に入り。)




○ Enanyaの場合


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          ↑:「やまのこ」。


 入り口から向かって右の壁はEnanyaだ。きっと、若い女性だろう。

 色が強くて、明るく元気な作品。穴蔵でもどこでも、太陽さんのようにキラキラ・ゴーイングだ。
 そうは言っても、この人の絵はもっともっと広々とした所が良い。大らかなところでノビノビ大作を見たいものだ。
 きっと物語が好きでしょう、どこまで続く「Enanya物語」です。


 微妙に呼吸の合った2人展です。個展でも充分にご自分の世界を披露してくれるでしょう。その時を楽しみにしています。


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by sakaidoori | 2010-08-23 11:40 |    (ニュー・スター) | Trackback | Comments(4)
2010年 04月 15日

1266) 時計台 「遠藤厚子・永井唱子 二人展」 4月12日(月)~4月17日(土)

○ 遠藤厚子・永井唱子 二人展

 会場:札幌時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2010年4月12日(月)~4月17日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(4・14)

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 驚いた。久しぶりに見るパワー炸裂展だ。しかもウーマン・パワーだ。今という時代が忘れかけた粘着心、闘争心、あくなき追求心の軌跡だ。しかも2人、まさに「女同志」の爆発展だ。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 永井唱子は新道展会員。いかにも公募展という雰囲気ではあるが、作風が攻撃的で徹底しているから充実している。
 遠藤厚子はモノトーンのコラージュ。無所属との事。

 作家達の帰りしなの鑑賞で、余裕を持って見てはいない。時間に追われて写真だけ撮りきった。細かい考察などはしてはいない。無人の部屋で、バチバチとシャッターを押しまくった。
 特に遠藤厚子の迫力には参った。彼女の作品は写真のコラージュだから、こちらもカメラで時間に追われながら疑似追体験をしていった。本来ならばゆっくり見るべきなのだが、被写体が時代性をねらい打ちしたドキュメンタリータッチだから、気ぜわしく見るこちらのスピード感とも不思議な一致を感じた。
 
 遠藤厚子ワールド、映像的世界で、ある意味では使い古された世界かもしれないが、今という悠長な世界でこんなにキリキリと美術という仕事をしているのには感心した。ありそうでなかなか見れない。だから、彼女を中心に載せます。


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 以下、どの作品からというのではなく、全作品の中からランダムに部分図を載せます。

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 「僕らをどこに連れて行くのだ?」と問いかけたくなるほどの迫力で迫ってくる。
 作品の制作年の問題もあるが、基本的には全体が一つの絵巻物だ。終わる事のない遠藤厚子の告発という闘いの軌跡だ。
 多くの人物が登場する。しかもモノトーンだから時代の相をえぐり出すような写真に思えてくる。ビジネスマンもいる、第三世界の貧困児もいる、坊主もいる。裸の女もいる、それはエロスでもあるがホロ・コーストという事実を訴えたいのだろう。「物」としての人肉の塊、それはセックスの対象として現代もしっかりした市民権を得ている。セックス、スクリーン、スポーツをあざ笑っているようだ。

 ここにある写真は過去の遺物が大半だろう。人の「行為」・「営為」のという過去を、遠藤厚子は日記のように日々切り抜いては貼り合わせていったのだろう。それを絵という「物語」に仕立て上げる。
 見る人は貼られた一つ一つに驚くだろうか?今となっては写真の事実性よりも遠藤厚子の執念に感じ入る。細切れの過去の事実への告発心、それ故の祈りという今の心境が作者の動機だろう。だが、見る僕には作者の真摯な問いかけよりも、あふれるエネルギーに感動を覚える。


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・ 永井唱子(うたこ)の場合

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     ↑:左から、「転化」、「デコレーション Ⅱ」。


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     ↑:左から、「デコレーション Ⅰ」、「N」。


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     ↑:左から、「陰」、「ALONE」。


 魅力は混ぜる色を好まない色攻めと、画布に溢れるパワーにあると思う。色と模様と具体的な形と力で思想を訴えている。ただ、重たいテーマを主張したいのだろうが、余りに「影」やコントラストが無さ過ぎて、力んだ思いと絵自体の魅力が離反している感じ。輪郭の明快さも機械的すぎて面白味に欠ける。
 思うに、輪郭バッチリ&色&パワーで攻めるタイプだと思う。ぐっと引き込む華やかな色の魅力なのだが、テーマの重さと似合わないみたい。色バンバン、輪郭線バンバン、なおかつパワーの強さをむき出しにして、重いテーマを軽い視点で見直したらと思ったりした。

by sakaidoori | 2010-04-15 21:21 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)