栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:風景画 ( 10 ) タグの人気記事


2013年 06月 01日

2082)「2013 横山文代油彩画個展 《北海道・好きな風景の中で》」 スカイホール 5月28日(火)~6月2日(日)

  

2013
 
横山文代油彩画個展 

  北海道・好きな風景の中で 



 会場:大丸藤井セントラル・7Fスカイホール
      中央区南1条西3丁目
       (東西に走る道路の南側)
      電話(011)231-1131

 会期:2013年5月28日(火)~6月2日(日)
 時間:10:00~19:00
      (最終日は、~17:00まで。)  

ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.30)


f0126829_8421853.jpg



f0126829_8423716.jpg



 毎年個展を開いている。本格油彩風景画だから、相当なエネルギーだ。当然、元気の良い人だ。今年もその姿を見ることができた。個展の印象を画家本人と話すことができた。作品をともに凝視しあった。実に嬉しいことである。

 写実度の高い作風だ。堅実な風景画家である。描写力は年々高まった。が、個性重視の立場からすれば、この自然の似姿と、作家本人との位置関係に物足りなさを感じる。ただ単に自然を描きたいのかと。
 自然描写が中心で、個性に重きを置いていないのならばそれはそれで構わない。所詮、絵画は作家の産物だから。結果がこちらの好みと合わないだけの話だから。
 だが、彼女の中には「強い私を見て」という、明快な自己主張があるはずだ。この主張がまだまだ弱い。自然力の中で埋没している。


f0126829_9164048.jpg



f0126829_9165989.jpg



f0126829_954426.jpg





f0126829_9135429.jpg
     ↑:「息吹」。


 明るい。自然光が好きな人だと思う。しっかりと自然の表層を描く、に徹している。川の作品が目立つが、「流れ」が今の心の反映みたいだ。「流れ流れて、どこどこ行くの」という軽い気分もあるようだが、大作「息吹」を見ていると、流れそのものの美しさや強さにぞっこん惚れ込んでいる。主張がある。
 それはいいのだが、全体を見ると、手前半分と上部半分がバラバラな絵になっている。そのバラバラさが不思議な統一感になればいいのだが、それは至難だ。上部の自然全体の魅力と、手前の自然を見つめる画家の位置が全く無関係で、本心はどちらかと問いたくなる。

 この作品に限らず、彼女の風景画の水平線や地平線、それに準じる横断線はほぼ真ん中を走っている。つまり、彼女は立ち姿でいつも真正面を見ている。横拡がりの大らかな態度だ。その視点にのっとって、彼女なりに部分部分にこだわって強く描く、流れもその水平線を壊さない。

 多分、二つの性格を持っているのだろう。あまり出しゃばらないオーソドックスな社交性。それでいて、粘着的で強いガンバリマン。この二つが絵に反映されるのは当然だが、重点を見定めないといけない。その力関係を作品の中で試さないといけない。欲張りな人だから、切らずに全てを入れようとしている。
 絵は嘘だから欲張るのは当然だ。欲張るべきだと思う。大いなる欲望は、普通にしていては成り難しだ。もっともっと絵画という嘘を信じるべきだろう。



f0126829_9543085.jpg
     ↑:「風が遊ぶ丘」。


 きっと、丘のウエーブラインに心惹かれたのだろう。醸し出す空間に和したのだろう。だから、強くて細かい描写はとらなかった。
 しかし、「中央地平線ありき」だから、絵が縮こまって見える。あたかも雲を描きたかったみたいだ。
 普通に、丘やウエーブを大きく描けばと思った。


f0126829_102137.jpg
     ↑:「風にのって」。


 絵画の焦点も比較的作品の中心におく作家だ。地平線の中央横断と重なり、すべてが真ん中に行こうとしている。「中央を見ろ」だ。生一本な正直な画家だ。そこが横山文代・自然の魅力なのだが。



f0126829_1063479.jpg
     ↑:「青い池」。


 今年の北洋カレンダーだ。



f0126829_108959.jpg
     ↑:「秋のオブジェ」。


 手前のヤブに頑張っている。きっと、このヤブを描きたかったのだろう。なぜもっと大きく描かなかったんだろう?



f0126829_10111549.jpg
     ↑:「秘密の花園」。



f0126829_1014640.jpg
     ↑:「自由な旅人」。

by sakaidoori | 2013-06-01 10:26 | 大丸藤井スカイホール | Trackback(19) | Comments(2)
2011年 10月 21日

1585) 「森弘志・個展 『森弘志の風景』展」 時計台 終了・9月26日(月)~10月1日(土)

○ 森弘志・個展

     森弘志の風景」展     


 会場:時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
       (中通り南向き)
      電話(011)241-1831

 会期:2011年9月26日(月)~10月1日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.1 土)

f0126829_9213072.jpg


f0126829_9215812.jpg


f0126829_9221752.jpg



 全道展などで森弘志氏の風景画を目にする機会が増えた。奇異に感じていた。「何故に風景画?」、と同時に「不思議な風景画だ」という思いだった。

 何年か前に近代美術館で氏の参加したグループ展を見た。確か「ACT5」というものであった。その時、「リカちゃん人形」を出品していた。等身大の人物画でもある。広くて四角い部屋の壁に人形達は立っていた。暗がりの部屋で、人形画の胸には時刻を示す数字を描き込んでいた。幾体も立ちすくんだ人形の部屋は凄みに満ちていた。
 瞬時にただならぬ画家だと判断した。実は、氏が絵画で何をしたいのかは分からない。ムードを書けば、「秀でた技術」、「知的絵画」、「対象を突き放した客観的態度」、「実験絵画」・・・要するに絵画で何が可能かを模索しているのだろう。模索とはいっても、五里霧中で視界ゼロの航海、さまよえる旅ではないだろう。それなりの確信はあるが、描き上げることによって確認したいのだろう。見る僕としてはその確信を全く文章化できない。言えることは、標的を定めた探求心に凄みを感じ、絵画空間に前頭葉がピクピクすることだ。見続けることによって言語化できればと思っている。


 さて、今展の風景画である。
 どこか冷めた突き放し感をともなっている。そして、間違いなく「実在の風景」なのだが、風景のリアリティーから限りなく遠ざかる。離れれば離れるほど氏の絵画文法、絵画観が迫る。「写真のような風景画」から始まり、そういう姿勢はアッサリ捨てている。樹木のシルエットなど、より細密に画けるはずなのに、テクニックを小出しにしている。何かが少し違う、何かが少し違う・・・、そんな自問自答が続いてしまった。要するに、これだけ並ばれると妖しげさにまいってしまった。

 妻は写真作品を見て妖艶だと言った。僕にはそう見えない。エロスやロマンや理想郷や肉声からは遠い存在だ。それでいて際だつ個性、余白無き余韻の世界、知と美の対話を思った。


f0126829_1401931.jpg
f0126829_1485848.jpg
     ↑:左側、「夏七月」(足寄町中足寄から東)・38×45.5㎝(以下、小品は皆同じ大きさ) 2011.8.1~9.18制作。
     ↑:右側、「春5月」(大樹町光知牧場から東)・同 2011.5.28~9.14制作。


f0126829_1492872.jpg
f0126829_1495687.jpg




f0126829_14101831.jpg
f0126829_14103969.jpg
     ↑:左側、「夏七月」(本別町中美里別)・同 2010.8.2~10.14制作。
     ↑:右側、「夏七月」(鹿追町)、2010.4.5~9.26制作。


 上の作品がお気に入り。
 突き抜けるような空を背景にして傷ついた松が屹立している。
 白樺の若木が美しくも妖艶に並んでいる。長谷川等伯のアヤメを思った。
 画きたい物を中央に置くと、「日の丸弁当」などと非難する場合がある。しかし、中央重点主義は表現力として難しいだけのことだ。当たり前だが作品として成り立つ。森弘志氏には中央志向の傾向がある。たじろぎもせずに「真ん中を見よ!」、と言っている。


f0126829_14111441.jpg

f0126829_1542242.jpg



f0126829_14141798.jpg

f0126829_15405412.jpg





f0126829_14144232.jpg



f0126829_15425511.jpg
     ↑:「さか」(秋十月/新得町増田山)・80×162㎝(2枚組) 2010.7~2010.10制作 2011年全道展出品)。



 本来ならば、今展は上掲のような大作群で埋められる予定であった。しかし、その作品群の何点かが東日本大震災を想起されるということで、当初の予定を変更しての小品中心展です。だから、リベンジという形で3年後に当館で本格的個展を開きます。その展覧会のプレ展として今展は位置づけられるのでしょう。

by sakaidoori | 2011-10-21 16:03 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2011年 03月 11日

1483) 「村井清彦・個展」・資料館 3月8日(火)~3月13日(日)


○ 村井清彦・個展   


 会場:札幌市資料館 2階 4室
    中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院。
      大通公園の西の果て)
     電話(011)251-0731

 会期:2011年3月8日(火)~3月13日(日) 
 休み:月曜日
 時間:9:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーー(3.11)

f0126829_21272436.jpg


f0126829_21273479.jpg



 見事にまとまりを欠いた個展だ。
 テーマは「風景」だ。一応、全部が風景画なのだが、風景を貫くバックボーンがふらついている。
 本格志向の油彩画風景あり、普通の観光スポット的な建築風景あり、早描きのドローイングを見せる風景あり、途中で制作を放棄したような作品あり、しかし水彩デッサンを見ると実にこなれたものだ。何を目指しているのか戸惑ってしまう。否、見る僕たちが戸惑うことはないのだ。描き手の「村井清彦」氏自身が無自覚な方向性無き歩みをしている。情報過多の浮気な時代だから定まる必要はない。要は、定まっていないことを徹底して楽しんでいない。どこか中途半端だ。

 中途半端とはこういうことだ。
 最初はデッサンなりの下絵に基づいてしっかりと風景画を描いていく。オーソドックスに筆は進む。当然ながら、途中から上手い具合にならないので悩み出す。ここからの進み具合は画家それぞれだろう。初期の構想から完全に離脱する人もいれば、原点に戻って見つめ直す人もいるだろう。村井清彦氏の場合はいささかファージーな方向に進むみたいだ。問題は、そのファージーな筆の走りに躊躇があることだ。絵は嘘なのだから、何をためらうのだろう?方向は二つだ。徹底して筆の趣くままにまかせる。あるいは、自身のファージ性を徹底的に見つめる。要するに徹底心の不足が問題だと思う。

 だが、実に良い個展だ。
 どうのこうのと言っても、絵が好きなのが伝わってくる。正直な絵を描く人だ。

 これほどザックバランにあれこれと風景画を見せられると、逆に信念の人かと思いたくなる。
 絵が好きで信念で描き続ける、作品の表層を越えてグッとくるものがあった。
 未完成な作品、躊躇する歩みに乾杯をしよう。


f0126829_22334197.jpg
          ↑:「また雪が降った日」、20号S。

f0126829_22354121.jpg
          ↑:「道庁赤レンガ」、30号変形。

f0126829_2237641.jpg
          ↑:「時計台」、30号変形。


 以上はオーソドックスな作品。


f0126829_22411936.jpg
f0126829_22415614.jpg
     ↑:左側 「きみに逢いにいく」、20号F。
     ↑:右側 「札幌駅前」、15号F。

 左側、初期の普通の風景画から出発して、意外にも幻想的でシュールな絵になってしまった。有名な西洋絵画の雰囲気もあるのだが、こういうあらぬ方向での収束は面白い。

 反して右側、あらぬ方向が絵から生まれそうなのに、「札幌駅」にこだわりすぎて放棄した絵に見える。左側の絵と同様に、どこかあらぬ世界(シュール)の面影を発展して欲しかった。「超札幌駅」これでいいのでは。


f0126829_2258088.jpg


f0126829_22581824.jpg



f0126829_22583495.jpg


 
 

by sakaidoori | 2011-03-11 23:09 | 資料館 | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 11日

1329) NHKギャラリー 「《四季・薬草園》油彩画展 2010・横山文代」 終了・7月30日(金)~8月5日(木)


○ 《四季・薬草園》油彩画展
    2010 横山文代



 会場:NHKギャラリー
     札幌市中央区大通西1丁目
     (大通公園の北側、NHKビル内)
     電話(011)232-4001 

 会期:2010年7月30日(金)~8月5日(木)
 時間:10:00~18:00
    (最終日は、~15:00まで)

 協力:北海道薬科大学

ーーーーーーーーーーーーーーー(8.3)

 会場は二部屋構造。以下、その二部屋の風景。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

f0126829_1981047.jpg


f0126829_1983697.jpg



 緑の風景作家です。

 横山文代は好きな対象をビシッと真ん中に納めて力強く描く、これが基本姿勢だ。対象は風景であり、見たとおりに描くから完璧な具象画だ。直視する真摯さは好ましいのだが、「嘘」が無さ過ぎるのが最大の欠点だろう。いや、「絵」というものは根本的に嘘なのだから、画家自身の自覚の有無に関係なく間違いなくそこには「嘘」がある。その「嘘」さが見る人に魅力として、主張として伝わるかどうかだろう。
 そして、風景画の場合、写真という魅力的な対抗馬がいる。単なる写実的な絵では「絵」として一顧だにされない場合がある。横山文代は急速に絵が上手くなった。上手くなったが故に、その可能性が高くなったとも言える。
 だが、それは仕方が無い事だろう。皆なが写真を撮り、多くの人が絵を描くのだから「似た作品」は多くなる運命だ。それでも、「自分らしさ」という味の素を絵に加えて、描き続けるしかない。


f0126829_8493075.jpg
          ↑:「白い貴婦人」。

 本展の中では少し古い作品。
 この絵はもっとも良く彼女らしさがでているだろう。
 中央に描きたい木を直立させる。好きな緑色の木の葉という顔。そこに白いお化粧がチャームポイントとして華を添える。幹は写真では黒いが実際はそうでもない。細身の体で繊細で、緑を際だたせる存在だ。
 ひまわりの花のように、緑が中央で咲いている。


f0126829_955452.jpg
          ↑:「九月の風」

 欲張りな女性だ。
 「道なりの模様が素敵だわ!なまめかしく横筋模様を描いてみよう。上手くいった。
 あー、この緑!強く深く新緑にしよう。
 木漏れ日が輝いている。何とか白で引き立たせよう。う~ん、難しい。よし、一所懸命に白くしよう!
 道の先も輝かせよう。希望の道明かりにしよう。」
 あれもこれも描いて元気な絵だ。全てが並列的で対等な主張でもあり、砂糖沢山のコーヒーのようだ。
 上手で綺麗な飾りの絵に限りなく近くなった。もったいない。


f0126829_9234442.jpg
          ↑:「光の詩」

 上の写真では分かりにくいが、絵のテーマは「中央での木々の塊と、そこに添えられた白い木漏れ日」です。原画はまさにそういう絵です。
 僕が横山文代・風景画が好きなのは、こういうどうでもいい対象を強く描こうとしている意思だ。一心不乱に画いている姿が想像されるからだ。
 悪いのは、作品を絵として収め過ぎなところです。額縁という枠が心の枠になってしまって、そこからの発散度や緊張度が小さい。もっと大胆で、もっと失敗した絵を見たい。

 今展は樹の「緑」を中心に、光や花を「白」でアレンジしていた。その中に適度に視覚を変えた作品もあり、リズム感もあった。課題は「自分らしさ」の自覚なのだろう。それも、強い自覚だ。

 

by sakaidoori | 2010-08-11 10:02 | ★その他 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 28日

1082) イワミザワ90°  「黒田晃弘の展覧会」 8月22日(土)~9月23日(水)

○ 黒田晃弘の展覧会

   ・岩見沢の商店街の顔を描く!
    「岩見沢似顔絵プロジェクト at iwamizawa 90°」
    ・岩見沢の8つの景色を描く!
    「岩見沢八景」


 会場:イワミザワキュウマル(iwamizawa90°)
     岩見沢市3条西5丁目5-1
     (JR岩見沢駅より駅前通りの左側を徒歩5分。
      通りに面した東南角地。)
     電話:(担当・遠藤)090-7645-0671 

 会期:2009年8月22日(土)~9月23日(水)
 休み:期間中は無休
 時間:10:00~19:00
    (初日は、11:00~17:00。)

  主催:岩見沢アートホリディ実行委員会

※ 1dayイベント ⇒ 「似顔絵カフェ」 8月22日(土) 11:00~17:00
              A4サイズ・1枚2,000円 お一人30分程度 特性額・1枚800円


ーーーーーーーーーーーーーーーー(8・24)

 この日は2泊3日の小旅行の初日。目的は富良野周辺の登山なのだが、どうしても岩見沢を通らなければならない。いい機会だからイワミザワ・キュウマルに立ち寄った。街起こし美術展ということで、市内各地で小規模だが作品の発表を含めたいろんな展覧会・イベントが開かれ始めたばかりで、その中心基地が当館(イワミザワ・キュウマル)だ。

f0126829_12104356.jpg


 1階の奥は「マイ・ラビリンス」で前回記事にした。
 入り口付近に上の写真のようなコーナーがある。
 「看板道中膝栗毛」・チーム☆デザイヤ(太田博子・小坂祐美子・南俊輔)、絵画とビデオのようだ。時間が無いのでこのコーナーは次回に楽しむということでパス。
 2階の黒田展を紹介します。


f0126829_12163192.jpg

f0126829_12165735.jpg



 商店街の店長さんなどの似顔絵コーナーと、「岩見沢八景」という黒田流似風景画。

f0126829_12242666.jpgf0126829_12243842.jpg













 お馴染みの似顔絵。ホッペに唇に鼻に顔の輪郭線と、やや膨らみ気味で幸せそうな顔顔顔。描かれた顔よりも画いている作家の好調な心理状態を見る思いだ。

 今回は顔よりも「風景画」が面白い。黒田晃弘の選んだ岩見沢の切り取りだ。
 好みの順番に何枚か載せます。

f0126829_12392999.jpg
f0126829_12395055.jpg
     ↑:左から、「製材所」、「JR岩見沢駅」。


 勝手に決めた今展の傑作。
 どこが良いかというと、ご当地選定風景画なのに余計な褒め描写(言葉)が無いことだ。しかも、「岩見沢」ならではという特定な場に対する視座がない。あくまでも画家・黒田晃弘の好み中心主義だ。

 「製材所」。国道12号線を岩見沢に向かって行くと右側に見える。広い敷地だからか、木材は低い高さしかなくて、その代わりに異様に傾けて積んでいる。辺りが広いので、それほどの大木に見えないが、実際はどうなのだろう?近くに行ってこれらの伐採木と挨拶をしたいものだ。

 「・・駅」。新装成った駅構内を描くのをためらっての絵だ。「製材所」といい、単純な輪郭線だけの拘りが見て取れる。


f0126829_12553533.jpg
     ↑:「岩見沢グリーンランド」

 誰もいない遊園地、そういう場所はなぜかは知らないが詩情が立ち込めている。


f0126829_1305169.jpg
f0126829_13112100.jpg


     ↑:左から、「百餅祭り」、「レールセンター」。

 「百餅祭り」、どこか懐かしい響きがある。今展で一番清々しい絵。
 「レールセンター」、壁が人の顔に見えて笑ってしまった。



f0126829_1326155.jpg
f0126829_1383965.jpg
     ↑:、左から、「玉泉館跡地公園」、「岩見沢公園バラ公園」。


 ともに画家の遊び心満点の絵だ。チョッとした日本画趣味という古さと、新婚模様の100万本のバラの花束。
 余りにも通俗趣味に笑ってしまった。笑いはしたが「跡地公園」、気になるので見に行こう。

by sakaidoori | 2009-08-28 12:30 | [岩見沢]キューマル 他 | Trackback | Comments(0)
2009年 03月 23日

943) シカク 「中里麻沙子・個展 『温かい室(へや)』」 終了・3月20日(金)~3月22日(日)

○ 中里麻沙子・個展
     「温かい室(へや)」

 会場:ギャラリー・シカク
     中央区南11条西13丁目2-12・プラハ2+ディープサッポロ・2F 
     (東南角地の2階建て民家)
 会期:2009年3月20日(金)~3月22日(日)
 時間:11:00~21:00
     (最終日は、~18:00まで)

 【滞在制作期間】 :3月9日(月)~3月19日(木)

ーーーーーーーーーーーーーー(3・15、21)

○ 滞在製作中の作品。(一度目の訪問。3月15日。)

 二度訪問。最初は日にちを勘違いして、製作中に見に行った。

f0126829_9514159.jpg

f0126829_116268.jpg


f0126829_955221.jpgf0126829_955425.jpg











f0126829_9581852.jpg


f0126829_9595698.jpg


 薄い生地の支持体を壁に張り付け、養生紙が色のはみ出しを防いでいる。紙の茶色が絵を浮き出させてやけに綺麗だ。勢いで描く画家(今春、教育大学を卒業)だから適当に色が垂れていて、制作中という生々しさがある。

 4.5畳の部屋だ。白い部屋だから狭さが眼に迫る。シンナー臭が強い。さらに、換気の無い部屋にストーブの温かさがムンムンと立ちこめている。絵に打ち込む画家の気分も重なり「温かい部屋」である。

 絵は想像あるいは心象を現した木であり森だ。片腕のリズムで流れで勢いとその時の感覚で絵が成立しているようだ。1年半前に彼女の作品を先輩との2人展で見たのが初めてだが、基本的には今見る絵とは変化がない。同じ画題と雰囲気だ。「木の人、勢いの人」だ。あまり他人がきにならない頑固な人かもしれない。「何がしたい、かにがしたい」というよりも、自分の中から出てくるものを大事にしたいのだろう。だから、絵の勢いとは裏腹に実験性や意外性がないのだろう。筆を持つ勢いと支持体のキャンバスとの会話だけで絵を描いている人なのだろう。自然に出てくる意外性や新たな着想を待っているのかもしれない。それまでは今していることを淡々と進めるだけだ、と決意している風情だ。


○ 正式展示期間中の作品。(2度目の訪問。)

f0126829_108245.jpg

f0126829_10103356.jpg


f0126829_10112778.jpg


f0126829_10122558.jpg


 (カメラが無かったので、今回は携帯です。作家には申し訳ない写真のできです。制作途中の作品と比較して見て下さい。)


 作品は2作。赤い森のワイルドな作品と、緑の木に雪が降っているような作品。
 狭い部屋なので、絵画がとても身近に感じて温かい。中里・絵画を少しは知っている人間にとっては新たな発見だ。絵がそうなのか?展示空間が新たな気付きをもたらしたのか?
 最近思うのだが、個展はある程度の広さがなければ成立しないと思っていたが、この考えは撤回したい。広さや場が個展を選ぶのではないのだ。作家の個性が場を決めるのだ。特異な空間のテンポラリー、小振りでお洒落なたぴおの個展の使われ方を見ていると、作家の強い意識と場の関係で個展は成立するのだろう。
 更に、完結した作品の展示だけが個展ではないようだ。個々の作品の強さだけが問題ではなさそうだ。作品成立までの物語や作家の脳内構造の開示が個展の主要な動機の一つになっているようだ。もちろん、力不足の作品を見せることへの作家自信の姿勢が常に問われていることは忘れてはならないだろう。

 今回は中里絵画を前にして、中里ワールドを語ることは少なかった。絵を見ていて自分の世界に長く居すぎたようだ。
 狭い部屋で画家と並んでイスに座り、同じ向きで同じものを見、ふとそこに描いた人がいるのだなと思うと、本当に「温かい部屋」を感じた。
 倦むこと無く、大きな絵を描き続けてもらいたいものだ。森だけによる春夏秋冬の絵巻物、太古からの歴史物、同じ画題であっても画法やアプローチに深化はあるだろう。
 今展、赤の円が、緑に降る雪のような円が印象的だった。

by sakaidoori | 2009-03-23 10:57 | (シカク) | Trackback | Comments(0)
2009年 03月 22日

942) 美唄 「ピパの湯・ゆ~りん館  北浦晃・作品」 

 ピパの湯・~りん館
 場所:美唄市東明町3区

ーーーーーーーーーーーーーー(3・22)

 アルテピアッツァ美唄に「田村陸・展」を見に行った。帰りにゆーりん館で温泉入浴。以前にも行ったことがあるのだが、暗闇の遅い時間で、ただ入るだけで終わった。
 時間もあるので館内を散策する。建物は吹き抜けの二階建て。二階が温泉施設だ。左右に二つある階段と壁に挟まれた通行の少ない回廊をすすむと、4点の北浦晃・静物画があるではないか。その先の突き当たりの壁にも大作の風景画がある。左側は光が燦々と入る吹き抜けの休憩コーナーだ。
 施設に失礼の無い範囲内で写真を載せさせていただきます。

f0126829_21553066.jpg


f0126829_21593942.jpg
     ↑:北浦晃、「美唄・楓ヶ丘」・1992年 130.3×162cm(F100号)。

 風景画を描き始めた頃の作品ではないでしょうか。木々の周りを枠で囲い、装飾模様が風景を覆っている。この手法はそれ以前の大きな静物画の手法の残滓で、風景画への移行期の作品に多く見られる。絵そのものは明るく、新たな展開への画家の喜びが伝わる。
 この絵に表現された日本画的様式美が氏を袋小路に追いやった。それを乗り越えて本格的風景画家になられたのだ。長き画業で何度危機に会い、画風を変えられたことか。今では以前には拘りで描かれなかった画題にも積極的に取り組まれている。旺盛な作画生活の日々を過ごされている。
 頻繁に発表されている画家です。次回の個展も報告したいと思っています。


f0126829_2218831.jpg


f0126829_2219348.jpg
          ↑:「祝花」・1991年。

f0126829_22243114.jpg
          ↑:「卓上の林檎」・1984年。

f0126829_22272547.jpg
          ↑:「林檎五つ」・同上年。

f0126829_22285222.jpg
          ↑:「冬の窓辺」・同上年。

 特に1984年の静物画は緊張を強いる。林檎の形、その影、林檎そのものの存在感、全体の構成美と骨格の力強さ、風景画を描く以前に氏が追求していた一端が想像される。一言でいえば絵に高い精神性を求めていたのだ。それは日本画の伝統であり、日本人の美意識の大きな柱の一つだ。狭い狭い箱庭における禅の修業を感じる。
 それにしても素晴らしい。僕はもっと小さな絵でこういう作品を知っていたから、再会を喜ぶばかりだ。
 妻は北浦・作品にこういうのがあるのを知らなかった。驚きで顔の崩れること、風呂に入る前にオーラの湯気が上がっていた。

 (近々、「田村陸・展」を載せます。)

by sakaidoori | 2009-03-22 22:40 | [美唄] | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 29日

824) 岩見沢・松島記念館 「松島正幸の世界 こころの旅路」 12月1日(月)~1月12日(月)

○ 収蔵作品展
    松島正幸の世界 こころの旅路

 会場:岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館
     岩見沢市7条西1丁目7番地
     電話・(0126)23ー8700
 会期:2008年12月1日(月)~1月12日(月)
 休館:水曜日、祝日の翌日
 時間:10:00~18:00
    (木曜日は13:30~18:00)
 料金:一般・210円 高大生・150円

ーーーーーーーーーーーーー(11・29)

 岩見沢・キュウマルの「ダサい☆コンペ ~黄金ダサい伝説~」・展を見に行った。ここのギャラリーは随分ご無沙汰しているので、行きたくなった。展示は言葉通りダサいのだが、ダサくていいのだが、少し出品数が少なくて寂しかった。
 受付では教育大1年生の女子学生が3人居て、将来の作品鑑賞を楽しみに、お名前をメモしてきた。 名々の研究科進路は違っていて、日本画・デザイン・油彩画ということであった。


 そのまま帰るのはもったいないから歩いて松島正幸記念館へ。駅から15分も歩けばお釣りがくるであろう。


f0126829_23452621.jpg
 ↑:絵画ホールは旧岩見沢警察署。鉄筋コンクリートということがセールス・ポイント。しかも地方都市に残っているということが貴重とのことです。
 昭和7年7月31日に警察署鉄筋コンクリートとしては釧路、函館に次ぐ3番目の建物。現存では岩見沢、函館、札幌(現札幌中央警察署)、小樽の4ヶ所しか残っていない。
 つまり、絵画ホールの場所は岩見沢市の旧官庁街の中心地だったのだ。

 詳細な作品掲載は出来ないので、会場風景だけでも載せます。
 展示室は、1階の2部屋が松島・収蔵作品展。手前の広々とした部屋が今回の「松島正幸の世界 こころの旅路」展だ。奥の部屋が戦後に描かれた長崎の風景画と画家の遺品。

f0126829_23463161.jpg

f0126829_23465714.jpg

f0126829_23473259.jpg


f0126829_234817.jpg


f0126829_23482770.jpg

f0126829_23485662.jpg


 画家は1910年の深川市(旧雨竜郡一己村)生まれ、55歳から62歳まで教育大学岩見沢分校非常勤勤務の経験があり、その関係で氏の美術館が誕生したものと思います。1999年(平成11年)肺炎で逝去、享年90歳。

 画家は50過ぎてから頻繁に渡欧し、1977年(昭和52年)から、カンヌのアトリエに半年暮らすという半日半欧の生活を始めめました。展示は1975年から1984年の間のヨーロッパ風景。
 松島正幸の絵は「暗い」というイメージですが、これらの風景画は淡く軽快な色遣いです。得意の人物を点描のように画面に配して、氏のロマンティシズムに華を添えています。
 戦前にも従軍画家として満州の市街地の絵を描いています。どんよりとした暗めの印象ですが、葉に覆われた街路樹とその配置が何ともいえないリズムがあり、円い形がシャボンのように異国情緒を増していたのを覚えています。
 長生きする画家は暗い絵のままでは人生を終わらないと思っています。画家の詩情が暗いままでは困るのです。人生にはいろいろあろうとも、絵の中の絵空事の世界に、描かざるを得ない詩情、情緒を目に見え形にすること、それが後半の人生の生きがいであったのではないでしょうか。
 僕自身は松島絵画の暗い中での詩情が好きす。ですが、長く生きた画家が自由に絵に打ち込んで、新たな感性を表現しようとする姿には心惹かれます。

 奥の「長崎の間」。氏の作品ではあまり見ることの無い赤い作品があります。それは長崎の悲劇を描いたものでしょう。従軍画家としての戦時経験が「長崎」を画家の言葉として残しておかなければならないという使命感が働いたと思う。絵としては普通の長崎風景の方が松島らしくて良い。画家自身の戦後の再出発という前向きな意欲を絵の造形に感じる。

 2階の入り口前の広間には地元の作家でしょうか?書や立体や絵画が並んでいます。

f0126829_10261951.jpg


 2階は松島以外の収蔵作品展です。
 ここの魅力は何と言っても部屋そのものです。もし「書斎」というものを自宅で感じられなくて、そういう気分を味わい人はここに行くことをお薦めします。北の方から札幌への帰りがけに、時間があればここに立ちよってソファーに身を沈めては。
 冬の雪道を走って外気が冷たいほうがここには似合っている。初めは部屋は寒くてコートを脱げない。本を読んでいるといつのまにかストーブの熱が身を包み、頬が赤く感じる。目を窓に向けると一面は白の世界、振り向けば絵がある。思い出したようにもう一度作品を見ていく。
 そんなことを繰り返しながら時間だけが過ぎて行くのです。そして、時間が体に残るのです。

 誰もいない美術館、それは寂しい言葉です。寂しくとも利用しがいのある場所です。

f0126829_1035444.jpg


 藤本俊子・「野原にて(破れた布)」(1975年)を見れて良かった。
 一万木寿三・「柵」。すぐに作家の分かる作品だが、牛の風情や顔があまりに可愛くて微笑んでしまった。


f0126829_2111365.jpg
     ↑:2009年のカレンダー。「ドラギニャン」(南フランスの都市)・F12 1981年。
 ここの絵画館では年末にカレンダーを入場者に差し上げています。少し早いですが、もう配布していました。写真の作品は今回は展示していませんでしたが、時期も同じで、似た作品傾向です。
 得意の人物はいません。その必要はないのです。面としての屋根が人間の代わりなのです。ピンクがかった屋根色が恋人同士のように語り合っています。

by sakaidoori | 2008-11-29 23:49 | ☆(岩見沢)松島正幸記念館 | Trackback(2) | Comments(1)
2008年 11月 25日

815) たぴお 「竹田博・遺作展 Ⅱ」 11月24日(月)~11月29日(土)

○ 竹田博・遺作展 Ⅱ

 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通り・東向き)
    電話(011)251-6584
 会期:2008年11月24日(月)~11月29日(土)
 時間:11:00~19:00

※ オープニング・パーティー:11月24日(月) 18:00~
      
ーーーーーーーーーーーーーーーー(11・25)

 本日拝見。

f0126829_21231472.jpg

f0126829_21241165.jpg

f0126829_21251364.jpg



 小品の風景画を中心に100点以上の作品数。緑色とだいだい色の二つの世界。目の高さに合わせて横に背骨のように作品が走り、視線が自然に下に行くように配置されている。見事な展示だ。

f0126829_2130456.jpg


 清楚な女性だ。マリー・ローランサンを思い出す。
 「後れ毛」とか、「うなじ」とか、「前髪」とか・・・そんな言葉を重ねて抒情詩人になって礼賛したくなる。

 作品にはガラスが覆われていて、上手く写真が撮れませんでした。好みの作品、紹介したい作品は数多くあるのですが、適当に紹介することにします。

f0126829_22174034.jpgf0126829_22255381.jpg












f0126829_21441248.jpgf0126829_21461525.jpg












f0126829_22312115.jpg
 ↑:道南にある男性修道院です。赤の風景も描いていたのですね。というか、写真でも分かるように竹田さんの絵は平均にぼやけた感じなのですが、それでも今展の風景画は輪郭線が明確に認められて、しっかりと風景を見つめている。ムード化や抽象化を抑えている。真摯に自然を見つめ、自然の方が変化しようとする一歩手前を描いているようだ。

f0126829_2153110.jpg
 ↑:2点1組で、構成的組み合わせ。得意のコンポジション期の作品だろうか?それにしても画題がユーモラスだ。ピンクも可愛い。

f0126829_21573383.jpg

f0126829_21583450.jpg
 ↑:「道」シリーズと名づけたくなるような作品が沢山あった。茫洋とした画質感が好きな画家だったから、「道」の向こうの不確かさに触発されるものがあったのだろう。

f0126829_2212387.jpg

f0126829_2222086.jpg


f0126829_223977.jpg

f0126829_2241135.jpg



 竹田さんの生前の自己展示はデザイン的側面が強かった。今展はオーナー林教司のセンスによる展示で非常に絵画的です。デザイン家としてではなく、画家・竹田博として再認識できる良い機会だと思う。
 それと、非常に廉価な販売価格ということを報告しておきます。

by sakaidoori | 2008-11-25 22:11 |    (たぴお) | Trackback | Comments(0)
2007年 04月 20日

150)案内: 室蘭 「北浦晃個展」・油彩画 

○ 北浦 晃 個展  「北海道の風景」
     平成18年度室蘭市芸術文化功労賞受賞記念展

 会場:室蘭市文化センター展示室  
     室蘭市幸町6-23
     電話(0143)22-3156
 会期:2007年5月9日(水)~5月13日(日)
 時間:10:00~18:00(最終日は16:00まで)

f0126829_14303150.jpg

f0126829_14311847.jpg



 風景画。
 山容・風景という具象画の中に、抽象的造型を意識的に偲ばせ、明るくはあるがあまりに知的で構成美をかもし出す世界。見る人によっては硬いと思うかもしれない、僕はその貼り絵のような遠近感、絵画的トリックに魅入られて昨年は白老、美唄と足を運んだ。その前の年も美唄に「静物画」自選展を見に行った。

 北浦氏は自身の画業を時系列を中心にしてわかりやすく展開される。自分自身の為でもあるが、鑑賞者に少しでもわかってもらいたいという気持ちである。鑑賞者には若い画学徒も想定されているであろう。


 簡単に氏の画歴を紹介します。以下はあくまでも僕の理解の範囲です。

 初期の版画時代。見ていないのにこういう表現は誤解を生むかもしれないが、「青春画時代」と呼びたい。

 次に版画と決別し、全道展の油彩部門を主な発表舞台とする。人から静物へとテーマは動き、挫折を伴った試行錯誤時代、「競争画時代」と呼びたい。明快に2期で分けられる。前半はあまりに公募展的な構成美、後半は東洋画にある空間美の追求。あまりに空間の見えざる闇を凝視しすぎて袋小路に陥りがちになり、大きな世界、風景へと逆に開眼することになる。

 90年代初頭より画題は自然、それも山を中心と定める。そして、今日に至るのである。「本格的絵画時代」と呼びたい。やはり2期に明確に分けられる。10年前の「日勝峠シリーズ」が再びの袋小路へと氏を追いやった。マクロの風景を志向しながら、ミクロにこだわりすぎるという過去の習性離れがたく、山容の木立のみの山水画のような様式美と禅問答のような形式美に陥った。10年前にこの室蘭文化センターで「日勝峠」までの回顧展をされたとある。その後、風景そのものの魅力が北浦絵画を蘇らせた。まさに、今展はそれから先の北浦絵画の代表作の展覧となるのであろう。100号以上11点を含む30点の油絵と8点の版画(複製シルクスクリーン、頒布用)。新作発表が6点ほど図録より認められる。
 

 僕は絵が嘘だということを北浦絵画に学んだ。今展出品の画題の山名ー十勝岳、斜里岳、有珠山、美瑛岳、美唄岳、室蘭岳、旭岳、羊蹄山、夕張岳、風不死岳、ピンネシリ、熊根尻山、樽前山、大雪山、芦別岳、駒ケ岳と雄阿寒だけ以外は登っている。これほど綺麗に描かれているのに山岳美が前面に出ない絵も珍しい。更に、嘘としての絵がなぜ面白いかということも学んだ。

 室蘭は遠いところです。行くことができなくても、賞を頂いたお礼としての記念展、気に留めてください。氏は昨年の6月で70歳になられたとのこと。友情エールで「古希記念展」とおっしゃる方もいます。「ごあいさつ」文に「・・・まだまだ続くライフワークの中間発表といった気持ちです」と、あります。
 失礼な言辞があると思います。お許し下さい。来週中に、昨年の美唄の「山の自薦展」の写真紹介をしたいと思います。

by sakaidoori | 2007-04-20 15:59 | ◎ 個人記 | Trackback | Comments(0)