栄通記

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2016年 01月 21日

2485)「経塚真代造形作家)[見ているのか 見られているのか]」JRタワーARTBOX 12月1日(火)~2月29日(月

  
経塚真代(造形作家) 

見ているのか 
    見られているのか
 
     
 
 

 会場:JR札幌駅東コンコース・JRタワーARTBOX
      中央区JR札幌駅構内
      (地上東コンコースの西壁面。東改札口の南側)
      問合せ・JRタワー展望室アートチーム
          電話(011)209-5075

 日程:2015年12月1日(火)~2016年2月29日(月)
     (会期中無休)
 時間:8:00~22:00
      (最終日は、~20:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(1.16)


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 ご存じ、駅前アートだ。ここでの魅力は通りすがりの人たちだ。楽しき通行人だ。
 しかも今回のタイトルは「見ているのか 見られているのか」だ。道行く人々を見ようではないか。幸い僕のカメラは彼等をピンボケでのショットだ。足早な彼等を見つめることにしよう。



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 通行人を何とはなしに見つめてしまった。
 次はお人形さんを見つめることにしよう。




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 単純明快な作品だ。透明な箱の中で少年少女がいる・・・立っている・・・こちらを見ている。無表情で。
 大きな姿だ。大きいから、「私たちを見てよ!私たちもあなたたちを見ているから」と、強い存在感を示している。果たして道行く人々はどれほど彼等に関心があるか?そこは人形の哀しさ、ただ立ちすくむばかりだ。その姿は作家・経塚真代という存在の象徴かもしれない。

 二人の人形の頭には月と土星がのっかている。周りにはチカチカ星だ。頭の中は宇宙気分?ここは宇宙?

 それにこの二人、同じ顔に見える。きっと、男とか女とか区別したくないのだろう。子供気分だけがあればいい。もしかしたら男とか女とかを作家は考え過ぎているのかもしれない。だって、タイトルも「見る、見られる」と同じ事を言っているから。おそらく、自分への拘りだ。自分という存在の有り様を強く問うているのだろ。

 だが、大きい作品で勝負した。経塚真代の自立宣言みたいだ。



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by sakaidoori | 2016-01-21 15:17 | JRタワーARTBOX | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 16日

2207)「経塚真代 KEIZUKA MASAYO 造形作品展 『ちいさくて見えない星』」エスキス 9月5日(木)~10月1日(火)

    

  
経塚真代 KEIZUKA MASAYO 造形作品展 

  ちいさくて見えない星
 




 会場:カフェ エスキス
     中央区北1条西23丁目1-1
      メゾンドブーケ円山1F
      (南東角地)
     電話(011)615-2334

 期間:2013年9月5日(木)~10月1日(火)
 休み:水曜日(定休日)
     ※ 9/17(火)は臨時休業   
 時間:12:00~24:00
     (日・祝日は、~21:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(9.13)


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 ここは喫茶店。ドア横のショーウイドーに置かれていた作品。

 この作品で今展の半分の目的は達成されているかもしれない。

 半分とは、作品が作家の心象世界であること、作品そのものが発するムード、作品の質や技法、表現様式・・・夢見る世界?見果てぬ夢?喜怒哀楽?センチでロマンな私?そんなことを一瞬に感じる。館内で全体を見た後では、そこに「人間関係・・上手くやっていけない私の心、みんなで乗り越えれば怖くない」という社会性を加味すればいい。それらに感情移入して作品を楽しむ事ができる。

 上の作品で見えない残りの半分は、現在の作家自身の上昇志向だ。壁を乗り越えたい私!だ。
 今展のテーマは、「ちいさくて見えない星」だ。星とは「私」だ。それが見える半分だ。残りは「空に輝く星になりたい。みんなに見せて見られて、いろんな世界を作りたい、作品を通して、皆さんと交わりたい」、そんな心意気をオズオズと小出しにして、結果的には賑やかな個展になっていた。



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 小品をやや高めにしての展示。視線が作品を越えて遙か彼方に、なのだろう。それに、お客さんの迷惑にならないようにという配慮もある。が、台座の雲も邪魔をして下からでは見にくくなった。あまりにも仰ぎ見るなりすぎたようだ。
 「小さくて見えない星」なのだから、見にくくっても仕方がない。無意識な「見えない、見せない私」だ。


 雲に乗った作品を掲載していきます。少し多すぎるかもしれません。実は失敗撮影が多すぎて、その代用も兼ねます。


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 作品には一言メッセージが添えられている。
 意外にも星空を見つめる詩情ではない。少年言葉は歯切れは良いが、どこか言い訳的で教訓調だ。



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 正直、こういう自分自身に投げかける言葉はいらないと思う。美術鑑賞に説明調を避ける、という意味ばかりではない。あまりにも倫理調に陥って、経塚ワールドの持つ膨らみが損なわれ過ぎと思うから。選ばれたワン・フレーズで充分だろう。
 作品力を損なってはいるが、作家は書きたくて、お喋りがしたくてたまらないのだろう。何かが溜まっていて、はき出したいのだろう。本来は作品ですべきなのに。

 ところが、この作家の過剰精神が思わぬ形で発揮された。当館スタッフは展示の量に寂しく思ったのか、あるいは何かを感じたのか、「もっと作品を」という会話になったそうだ。結果、あちこちにいろんなモチーフの作品群が生まれた。
 どこまでが初期の想定外かは定かではないが、他の作品群を載せます。



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 「壁」を作って少年が越えんとしている。(この裏側も是非見てもらいたいのだが、撮影失敗!)
 当然、「経塚真代」の努力する姿だ。



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 何かの賞を頂いた、あるいは入選した作品?(「ニングル賞」?)
 受賞するだけあって、質は高い。ということは、他の作品の質は低いということ?悪いということ?どう判断するかは見る人がすればいい。作家が職人的質を求めて創作していくのか?質の意味を模索しながら進んでいくのか?質を前面に出して、永久に拘る寡作作家になるのか?量という過剰性も視野に入れながら、今を表現するのか?

 少なくとも、この展示は「壁」に拘っている。ならば、当分は吐き出す行為・過剰を経験すべきだろう。



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 一人異様に馬鹿でかい。思わず笑った。大きいことは良いことだ。それに、少年では無くて女の子なのが良い。何でも作れる人だ。何でも作らなくちゃ。



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 この娘っ子、何に喩えよう?
 キノ子?爆弾っ子?お洒落におすまし気取りっ子?







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 そういえば、小さな写真もあった。
 他にもいろんなバージョンを見つけれるでしょう。




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by sakaidoori | 2013-09-16 12:13 | (カフェ)エスキス | Trackback | Comments(5)