栄通記

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2008年 12月 01日

827)テンポラリー 「中嶋&國枝 ALGILLN’NE展『モーラ』」 終了・11月18日(火)~11月30日(日)

○ 中嶋幸治と國枝エミ
      ALGILLN’NE展 「モーラ」

 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側、隣はテーラー岩澤)
     電話(011)737-5503
 会期:2008年11月18日(火)~11月30日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
ーーーーーーーーーーーーーー(11・29)

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 不思議な共作展だ。個と個がいろんな形で融合している。

 融合。
 札幌駅から別方向に帰省する二人は、簡単な約束をして一時の別れを演じた。フイルム9本を買い、
 ①10分毎にシャッターを切る。
 ②ファインダーを覗かずに胸の心臓の位置で撮る。

 約束は守られ二人の絆は強くなったことであろう。その作品化が今展である。
 正面に並べられた150枚以上のプラスチック版、それらには写真が転写されている。その写真は何かを撮るためのものでなく、10分という時間の規則的な感覚、心拍の転写でもある。モーラである。(タイトルの「モーラ」とは音楽用語で、一定の時間的長さをもった音の文節単位とのこと。)同時に約束が成就された喜びの結晶でもある。
 他の作品も二人の作品は平等に並べられている。

 私的な約束事は他者には微笑ましくもある。
 今展の為に二人は議論を重ね、意見を闘ったかもしれない。だが、コンセプトの合意に至るせめぎ合いは微塵も見せる事も無く、淡々と二人の蜜月を見ることになる。

 蜜月ではあるが不確かで不鮮明な作品の姿だ。写真も不鮮明だ。
 だが、二人は点描画(國枝エミ)と線画(中島幸治)という、画家の生理(エネルギー)がストレートに出る画法の持ち主だ。
 あたかも二人のエネルギーを互いに制御し合い、どこまで制御できるか今は制御されることを楽しもう、次は二人の合意で別々の方角に飛んでみよう、とにかく今はエネルギーを蓄えよう、互いを鏡にしよう・・・あえて平等主義を貫いた姿勢に信頼の為の確認を見る。


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 プラスチック版には穴が開けられ、遠くのポストの中の切手が見えるようになっている。
 祭壇に供えられたような数千枚の茶封筒ーーそれらには全て中島幸治と國枝エミと連署されているーーたった1枚だけ宛名があり、ポストの切手が貼られることになる。
 緻密な計算とユーモラスな展示構成だ。そして常に押さえ込まれたエネルギーを感じる。冷ややかな部屋の空気と重なりきつい圧迫感もある。軽さときつさ、はみ出ようとするエネルギーと押さえ込もうとするエネルギー。
 茶封筒がぞんざいに積まれてある。プラスチック版も正面は不規則な間隔で直線が並んでいる。それは制御するには不可能な世界であり、その自然な姿に安堵する。

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 國枝エミの点描画をまじまじと見れて良かった。(右側の作品。)カラス口で画かれたものだ。かなり細かい作業で根気と時間が必要だろう。純粋に個展として見てみたい。のた打ち回るような大きな絵も見たいが、それよりも小品でも量多く見てみたい。来年、あるいは再来年お願いします。発散型というよりも丸みを帯びた求心型の作風に思えた。


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 ↑:中島幸治君の鉄筆による線描画。札幌の地図だろう。
 僕のカメラではいつものように全然判読不明です。
 やはりこういうビシッとした作品が会場になければ寂しい。隠れたバックボーンだ。
 もっとも、白い壁模様が中島君の鉄筆画の世界にダブっていたので、本物の作品は指摘されるまで分からなかった。展示面積は少ないのだが、白壁と板塀の雰囲気が作品と妙な一体感があるのです。
 以下部分図を載せます。ひび割れがしているので作家に聞いてみた。安価な紙を使用しているので、時間と共にこうなったとのことだ。緻密な作業と自然の悪戯、押さえ込まれた人の力とはみ出る自然の力。どこまでも美しい。

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 他の展示物もそれぞれの作品の後ろに地図などをダブらせていて、それらと重ねて見ることになる。非常に見にくくて、鑑賞者の意識を集中させる。そんな焦点を定めさせないような展示作品が殆んどだった。

 どこまでも知的できつくユーモラスな展覧会であった。

by sakaidoori | 2008-12-01 22:04 | テンポラリー | Trackback | Comments(0)
2008年 06月 22日

670) 門馬 「藤谷康晴・展覧会 ー白昼の神隠しー」 6月20日(金)~6月29日(日)

○ 藤谷康晴・展覧会
    ー白昼の神隠しー

 会場:ギャラリー・門馬 ANNEX
     中央区旭ヶ丘2丁目3-38・(バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055
 日程:2008年6月20日(金)~6月29日(日)・会期中無休
 時間:11:00~19:00
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 昨年は資料館から始まって、テンポラリーでのライブ・ドローイングで一気に年末を迎えた藤谷康晴君の久しぶりの個展。

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 刷りガラスの窓側には、昨年のライブ風景の写真集や各種の資料が並んでいます。白い世界でゆったりと過去を紐解くことが出来るでしょう。
 その前の乳白色の壁には、以下の3系統の作品が3~4枚組で並んでいます。作品の上にキャプションがあり、それらを下詰めにして黒糸の枠による意匠です。作品はかなり高めで、見上げて見ることになります。作品が観者を見下ろすという構図です。
 3系統の作品群で、僕自身のお気に入りを1枚ずつ載せます。

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 ↑:「胎動する電柱」

 一番最初にある作品。このシリーズは屋外の殺風景な風景です。この絵は中央を直線で切って、かなり異様な世界です。まさに下から見上げる構図で、十字架とも解釈できるかもしれません。
 「それでも俺は立っている」という凛々しい屹立した姿というよりも、どこか痛々しい威厳を発散している感じです。絵として中央に立たせて見せる力量に驚きます。
 全体の作品の縮図のような作品です。「白昼の神隠し」、隠される側の不安感や焦燥感、それに立ち向かう足掻(あが)きよりも、隠す側の目に見えない迫力、誇示を象徴しているようです。

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 ↑:「ショッピングモール・フィクション」

 この作品は、今年二月の市民ギャラリー「札幌美術展」への出品作品。その時の「アンニュイ・タウン」「かまいたち」が今展の一塊のグループ。屋外の殺伐とした風景から、街や店舗内での神隠しの世界に移動します。
 この写真作品も大好きな作品です。エレベーターの描写が周りの風景とムードを異にしていて、ぼやけた妖しげなのです。別の世界、その世界の入り口とい説明を必要としないくらい、絵の表現力で語っています。


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 ↑:「猥雑なボクサー」

 今までとはうって変わって激しい絵です。サイケデリックな装飾性を伴った、獣達の乱舞する姿を想像しました。隠された者達は彼等の生贄になったかもしれません。

 昨年のライブドローイングとはかなり違った印象を受けました。その時、藤谷康晴君はライブという支持体の前で、計算と情念の狭間で「行為」をしていた。描かれた線やいろいろの姿は行為者の反映として見ることができた。今展との比喩で言えば、神隠しという状況での隠されるものの痕跡として捉えることが出来る。今展は、主客が逆転して隠す側の力・論理が明るい部屋の展示作品を覆っていた。


 後ろの暗い部分にはDM作品を含めた大きな作品が2点、小品が多数並んでいます。DM作品は今展の代表作と言っていいでしょう。フリーハンドの線や曲線、画面を横断する直線、模様に隠された名も無き生き物達。必見だと思います。

 今展では次の方向性として、漫画をしっかりと描いていたことでしょう。彼の出発は漫画だった。理由はともかくとして、漫画を書くことに封印していたようだ。浮世絵風の意匠を利用したりして、漫画が大きく闊歩し始めました。作品としての余白の処理に苦心しているようですが、実作を重ねていけば藤谷流の形になって僕達を喜ばせてくれるでしょう。


 なを、会場は撮影禁止です。この写真は作家の同意の下の掲載です。掲載許可、有難うございました。

by sakaidoori | 2008-06-22 22:05 | 門馬・ANNEX | Trackback | Comments(0)
2007年 11月 13日

399)ATTIC 「藤谷康晴ライブ」 終了・ 11月10日(土)

○ 木村環・鉛筆画展
    「愛の挨拶」 
    
 会場:ATTIC
    南3西6 長栄ビル4F・南3条通り北側
    電話(011)676-6886
 会期:2007年11月10日(土)~11月18日(日)
 時間:11:00~20:00 (最終日18:00)

○ 藤谷康晴ライブドローイング
    ー無言の警告ー 
    
 会場:ATTIC(木村環展と同じ)
    電話(011)676-6886
 会期:2007年11月10日(土)
 時間:15:00~19:00


 長栄ビル4階のブロックに囲まれた一坪の部屋では木村環さんの個展。小さい部屋ですが、鉛筆画12点の展示。18日(日)まで。こちらは近々紹介するとして、今日はライブ・ドローイングでお馴染みの藤谷康晴君の報告。

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 会場のことは何も知りません。旧シアター・キノだということです。照明器具も用意されているので、現在は写真か何かのスタジオでしょう。
 照明には一切関係なく、グレーの壁に直書きです。始めは赤いマジックで適当に線を入れ、小さく、大きく墨やペンキで遊んでいました。今回はパフォーマンス性も強く、着ていたワイシャツを脱いで、貼り付けて、霧吹きで斑点を付けていました。

 4時間、彼の集中度は凄いのですが、こちらは適当に鑑賞者と談笑したり、隣室での木村環個展を息抜きや気分転換も兼ねて鑑賞してたりで、見飽きるということはありません。描かれた「絵」にも興味津々。幅広の刷毛で黒い模様を描くときなどは、それは「書」でしたね。筆先と壁が呼吸しあっているのです。描き手の力、筆先に込められる力、それを引き受けて撥ね返す壁の弾力性。書は紙と筆の力関係で成り立つと思うのですが、藤谷ライブはどうなのでしょう。鑑賞者の息遣いが彼のライブにどの程度影響しているのでしょう?

 次回は年末、12月30日です。木村さんの作品への直書きライブだと聞いています。破壊と創造ですね。場所はテンポラリー、夕方から始まり、終わりは藤谷君の気分次第だということです。詳細は後日に案内します。

by sakaidoori | 2007-11-13 11:58 | ATTIC | Trackback | Comments(5)
2007年 03月 22日

110) 資料館 「藤谷康晴ライブ&個展」・線描画 3月20日~3月25日(日)

○ 藤谷康晴ライブドローイング  -呼吸する部屋ー

 会場:札幌市資料館2Fミニギャラリー6室
    大通西13 (旧札幌控訴院)
    電話(011)251-0731
 会期:3月20日~3月25日(日)
 時間:9:00~19:00(最終日は18:00まで)

初日の3月20日は展示準備を含めて、19:00まで描き続けます。
 それ以降は、夕方に作家が仕事を終えて在廊、何かをしているかも知れません。    
 24日、25日は作家が仕事が休みなので一日中在廊予定。新たにライブをしているかも知れません。

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 藤谷君の3回目のライブ・ドローイングだ。10時過ぎに行ったが、仲間と一緒に一所懸命にノートの切れ端を壁に貼っている最中だった。一枚一枚の紙がめくれていたりしている。支持体としては落書き気分で面白いのだが、一人で準備するには余りに時間がかかりすぎる。助っ人がいなければどうなっていたのか、反省材料だがそこがライブらしくて良しとしよう。
 11時に見切りスタートと決める。
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 紙を貼るのに精魂込めていたから、描き出すのに心配気味だった。そんな気遣いは彼には無用のようだ。暖房が効いて暑めの部屋に、薄着の上にジャンバーを羽織って左手はポケットの中、今日の唯一の絵画道具の木炭を右手にサーと斜めに一本線を入れてライブは始まった。木炭の線は太い、多分今日一日で貼った紙に全部書き終えるだろうなと予想した。できれば終日(ひねもす)そこにいたかったが、見たい絵、会いたい人が沢山いて適当に資料館を後にした。
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・・・(さいとうギャラリーで前川アキ個展鑑賞。作家と会話、彼女は淀むことなく明快に応えてくれる。こちらに今以上の見る能力があれば更に深い絵画の話ができるはずだ。それと個展をしている女性は綺麗ですね。どこか圧倒されそてしまう。隣室で佐藤麻弥展を鑑賞。名前から女性と思ったが30歳過ぎの男性だった。元々は水彩を手がけていたが、昨年個展をした東京の画廊の勧めで油彩を始めたとの事。三越ギャラリーで展示するのに合った作品。几帳面に丁寧に写実的な絵。今年のさいとうギャラリーは面白い。若い作家の個展が多くて眼が離せない。次はユリイカで竹津昇個展を鑑賞。大きな窓の横の椅子に座りオーナーからコーヒーをご馳走になる。竹津さんは栄通記を読んでいるとの事。嬉しいような恥ずかしいような気分。読んでいる作家の感想記を書くのは心理的に負担だが、嫌われるのを覚悟で自分の思ったことを書かないと、こんな私的サイトの意味はない。もっとも褒める為に書いているのではないが、興の乗らない作家のことは特別な意味がなければ書く意味もない。「壁」を描く人はそれだけで好きな作家だ。次はタピオの高田稔個展の鑑賞。平日なので作家は不在。後で記事を書く予定。来週まで開いているので覗いてください。市役所に行って遅い昼食。20分程寝てしまった。時計台ギャラリーで未来展鑑賞。これも記事の予定。今年の未来展は評価したい。6年目でリ・スタートを切った。公募展志向の作家は見る甲斐があるのでは。他にも行きたいところはあったが、時間だ。急いで資料館に向かう。遅い昼寝のおかげで気分良く歩ける。藤谷君の今日の出来はどんな感じなのだろう。)・・・・
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 6時半前に着いた。
 案の定、何時止めてもいい具合に落書きはされていた。時間があればどこまでも埋めていくだけだ。作品としてはどの段階で止めるのがベストなのだろう。行為を重視したイベントだから無用な意見かも知れないが、取り敢えずの作品にあれこれ考えるのが鑑賞者の特権だ。作家=作品ではないのだから、作品にあれこれ言って楽しもう。鑑賞者の一々の言葉の意味など作家には届かない。(意味は届かないが波長となって何かが作家に伝わるかもしれない。)だから自由に作品を語って良いのだ。作家が居れば少し遠慮気味に、居ない時は思いっきり語り合えれば最高だ。もっともなかなかそんな事は出来ないが。
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 準備を手伝ってくれた知人は最後まで見届けた。そこまで予定はしていなかったと思うが、興味尽きることはなかったのだろう。

 藤谷君との出会いは昨春のユリイカでの個展の時です。見ている最中にもっこリ隣に来て、「どうですか」と、聞かれた。青春を思わせる屋内のイラストあるいは漫画という作品だった。人は描かれていたかどうか、少なくとも顔は無かった。床の木目を描いた中に小さく人型があった。「この人型がないほうが一貫した作品群だと思うが、描かざるをえないのが青年らしくていいですね」と応えた。彼はいろんな所で発表したいと言った。若いからお金がないだろうから、喫茶店でもどこでも自分に感じる場所を探して工夫してはと応えた。あまり一箇所にこだわるなとも言った。その時の喫茶店の意見がエスキスの発表に繋がったと聞いた。嬉しいことだ。ユリイカ以後シンク・ガーデン、テンポラリーと続き当分は毎月でもライブ・ドローイングをしたいと言う。6月は予定の目処(めど)が付いたと言う。皆さんの中で格安でライブの出来る場所をご存知ならば情報を待っています
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by sakaidoori | 2007-03-22 14:05 | 資料館 | Trackback(2) | Comments(0)
2007年 01月 18日

24)エスキス「藤谷康晴展」 1月18日~2月6日(火)

○ 藤谷康晴個展  「路上でお茶を」

f0126829_15493776.jpg  場所:カフェ エスキス
    北1西23-1-1 メゾンドブーケ円山1F・南東角地
    電話(011)615-2334
 期間:1月18日~2月6日(火)
 休み:水曜日
 時間:12:00~24:00 (日・祝日は、~21:00まで)

 初めて作品展示作業に立ち会った。午後5時過ぎから9時過ぎまで。後30分位で終わったであろう。お腹は空いたが、飽きることはなかった。少しは手伝ったが大半は作品を眺めていた。途中で帰ってもよかったのだが、展示作品数を確認しなかったので、終わったと思ったら「次はこれ」、更に「次はこれ」とだらだら居てしまった。まさか壁全部に貼りまくるとは思わなかった。

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 作品は三部構成。
 写真上。繋ぎ作品「殺風景」。昨年テンポラリーで発表したのと同じもの。街中のビル街を書いたもの。人影も無く、作家は肉声を抑えるように定規で四角四面に建物を永遠と描きつづける。四角い枠の中は更に生理を封じ込めるように几帳面にフリーハンドで埋め尽くそうという作家の意思が伝わる。パネル一枚ほど何にも描いていない空間がやけにまぶしい。漫画・イラスト的世界に都会青年のやるせなさを思う。太陽がまぶしいのだ。

 藤谷君は昨年1月にユリイカで初個展をした。人のいない個室を漫画的に描いて、甘い孤独感を表現していたと思う。この作品はそれまでの甘さから抜け出し始めた、社会性をもはらんだ記念的作品だと思う。以後、機械的表現と表現主義的なものとのせめぎあいで作品が作られることになる。

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 上、新作の「壁」。その両者のせめぎ会いの場だ。
 左側の等身大であろう写実的なマンホールと、右側の心象スケッチの張り合わせ群の2組1対の「壁」。この作品は極々近くからも見てもらいたい。フリーハンドの線描の妙を味わって欲しい。一見写真のようなマンホールの模様の怪しげさ、スケッチ群の一枚一枚の違いとやはり怪しげなムード。上のほうに貼ってあるぼやけた作品はどうやって描いたのだろう。尋ねるとフフフッと笑って教えてくれない。一年足らずでこんなに上手くなるのか、自信が笑みとなって還ってくる。

f0126829_15452323.jpg ここは喫茶店だから鑑賞には不便な点がある。その代わりに展示に面白い場がある。トイレ前の半間の空間を使った作品。両壁を使って「エロチック住宅街」。写真は電信柱をつなげたもの。反対側には几帳面な四角い小窓に紅蓮の炎を描いている。窓の開け具合の違う4作品。

 僕は喫茶画廊をお客の呼び込みの為の作品装飾ぐらいの認識しか持っていなかった。陳謝します。オーナー中川洋史さんはたんたんとして、決して出しゃばらずに長い長い取り付け作業を余裕をもって拘わっている。
会期中にもう一度いくと思う。その時に、今までのエスキス発表者を調べて、許可が頂けたらこの場に掲載したいと思います。

by sakaidoori | 2007-01-18 15:44 | (カフェ)エスキス | Trackback(2) | Comments(2)