栄通記

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2012年 09月 28日

1812) 「ハコダテ・トリエンナーレ (石川潤の場合)」 函館 9月7日(金)~9月30日(日)

ハコダテ・トリエンナーレ


 会場:旧大黒湯、ギャラリー三日月、弥生町長屋 
     
 問い合わせ:アートフェス・ハコトリ実行委員会 
         電話 (0138)83-7721 

 会期:2012年9月7日(金)~9月30日(日)
 休み:無休
 時間:11:00~17:00

 【出品作家】
  

 主催:アートフェスタ・ハコトリ実行委員会 

※ (詳細はパンフを拡大して確認して下さい。)

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 (パンフを拡大して確認してください。)


 第2回目の展覧会です。というか、2009年の前回は「ピエンナーレ準備展」のようなもので、今回から本格的に3年おきに始まります。1回でも多く続けてもらいたい。

 残念ながら見に行っていません。今週までですからその予定もありません。興味がないのではなく、こちらの把握不足です。こういう初物は見ておきたいところです。
 今回、参加者の石川潤君から、彼の作品のみの会場写真を頂きました。たった3枚の限定した「作品風景」ですが、全体の様子をうかがう資料にはなるでしょう。


○ 石川潤の場合


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 会場は「弥生町長屋」だ。
 昭和初期の木造建築家屋で、基礎の防火用煉瓦塀は明治時代とのことだ。

 画家のメッセージがパンフにある。「マクロの世界とミクロの世界。その視覚化と関係性の表現」と理解した。


 部屋全体を宇宙(コスモス)にしている。視野は空間全体から、描かれた細部密部にと向かい、そのミクロ世界からまたしてもマクロへと誘おうとしている。部屋中央の箱は工夫の演出だ。石川風ブラック・ホールか。
 シンプルな美学で明々快々、実に分かりやすい。宇宙を観る心の拡がりや落ち着きが主体で、宇宙という闇への不安や悩みという回路は少ない。驚きや意外性よりもマクロミクロへの拘りから生まれる心の開放感だ。それと、絵画で大きく見せることに主眼があったようだ。その限りでは目的は達している。「キャンバス画家が、インスタレーション表現や空間造形という現代的表現技法にどう取り組むか」というものだ。

 僕は過剰を欲する。極端な多さ、極端な少なさを愛する。今展の最大の欠点は「こんなものかな」という作家の自己規制、それに基づいた美学の反映が強すぎることだ。画家自身の自己認識姿勢が乏しくて、見る人たちの視線を気にしすぎていることだ。確かに、絵画(作品)発表は見られることを前提にしている。だが、見られる作られた世界と、湧いてくる生まれてくる画家自身の世界、そのせめぎ合いがないと面白くない。石川青年の課題はそこにあると思う。

 彼は自身のエネルギーを爆発させる過程で今の画風を築いた。執念深く描かれた花弁のような細かい部分はその痕跡だ。それは素晴らしい。だが、あまりに常識的「美学」なり「構成」に縛られすぎていて、そこから先への意識的自問自答を宙づりにしているようだ。確かにその作業は苦しいのだが、そこんところを徘徊し続けなければ。今の画家の意識は「見せ方」にあるようだ。
 ここは一つ、湧いてくる情念情動美学を掘り起こして、数段上の驚きワールドにチャレンジだ。



 

by sakaidoori | 2012-09-28 14:59 | [函館] | Trackback | Comments(1)
2010年 08月 16日

1339) 函館 「ハコトリ ~若手作家による青函交流美術展出品作家展」 終了・8月3日(火)~8月8日(日)


○ ハコトリ PRESENTS
   21st CenturyArtists in Hakodate

    若手作家による青函交流美術展・出品作家展



 会場:NHK函館放送局ギャラリー彩(あやどり)
     函館市千歳町13-1
     電話

 会期:2010年8月3日(火)~8月8日(日)
 休み:無休
 時間:9:30~17:00

 【出品作家】
 第1回出品作家:石川久美子(陶芸) 井上千尋(絵画) 佐藤志帆(彫刻)
            隅田信城(絵画) 安田祐子(絵画)
 第2回出品作家:秋元美穂(絵画) 石川潤(絵画) 高橋亜希(写真)
            滝花保和(絵画) 向川未桜(彫刻
 

 主催:アートフェスタ・ハコトリ実行委員会 

ーーーーーーーーーーーー(8.5)

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 「若手作家による青函交流美術展」とはーーー2008年より開催された青森、函館の若手作家による合同展です。出品作家に「第1回ー」とあるのは、2008年度の函館作家。「第2回ー」とあるのは今年度の作家たちです。今年は10月に青森、11月に函館で予定されています。
 誰が選んだかが知りたいところです。残念ながらその辺の説明はない。地域興しと地域交流、若手の美術家の発掘・育成を目的にした展覧会と思いますが、「責任・中心の主体説明」がない。実に非現代的で寂しいところです。重複作家はいないし、作家自身の発案・設立ではないかもしれない。青森や函館で広い視野に立って人選できるのはお役所的な人間・美術館関係者以外には考えにくい。かれらが中心になっているのか?

 ところで主催の「アートフェスタ・ハコトリ実行委員会」とはーーー2008年から活動開始。アートの力で函館を盛り上げようという団体です。2012年からの「函館トリエンナーレ展」開催に向けて準備中とのことです。
 そして、「函館青森交流美術展」の函館主催をこの団体が担うことになった。その契機としての今展が在るのです。・・・実にわかったようでわかりにくい美術展背後関係です。

い主宰者ではありますが、美術の中味を紹介します。


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 写真を見てもわかるように会場は狭い。そこでの10人展ですから顔見せ的な小品展になっている。その代わり、詳細な作家説明キャプションが会場を賑わせている。ワーク・ブックも用意されていて親切だ。

 作家数が多いので、好みに任せて簡単に書き進めます。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 まずは入り口の立体作品から。

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     ↑: 1974年 函館生まれ・石川久美子、「音色~ギターの旋律」・陶磁。

 ちょっと小太りで腰回りの大きな女性を連想させる。工芸的な美しさにも関心が強そう。



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     ↑: 1982年 函館生まれ・佐藤志帆、「大気の枷」・石膏 150×150×600㎜。

 コンパクトに良くまとめている。小さな誇張あり、写実あり、質感ありと過不足無い。


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     ↑: 1985年 愛媛県松山市生まれ・向川未桜、左から、「歪念」 「抱想」・テラコッタ。

 遊び心とリズム感のある女性的作品。若い感覚がストレートに出ていて好ましい。


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     ↑: 1875年 函館生まれ・秋元美穂、「パターン」・パネル ジュート布 石膏 アクリル M20号。

 以前、「サッポロ未来展」に参加していた。その時よりも今展のほうがよく目立つ。小品なのにいろんなことを細かく楽しく詰め込んでいる。色あり、布あり、糸あり、線あり面あり凸凹ありと好きな作品。


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     ↑: 1984年 函館生まれ・高橋亜希、「everyday」より・モノクロバライタ紙 279×356㎝。

 なぜかしらこの2枚組が強く印象に残っている。日々の普通のスナップ写真なのになぜだろう?
 何でもないものを軽く撮るという撮影者のスタンスだが、結構対象を強く撮っているようにみえる。どうでもいいことを、強くないように強く大きく撮る。そんなことを感じた。


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     ↑: 1975年 函館生まれ・滝花保和、「JUNK」・左から 550×400㎜ 900×900㎜。

 一人古風で重厚な作品。こういうのをジャンク・アートというのだろう。ガラクタだけど、芸術家が関わるとガラクタでなくなる。あるいは、ガラクタに見えるが愛おしい物・・・などなど。
 夢多き100均はガラクタ拡大再生産店ともいえる。鉄類の錆には美学がある。さて、廃プラには何があるのかな?


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     ↑: 1973年 函館生まれ・隅田信城、「GIGA N0.5(仮題)」・アクリル ボード 1930×728㎜。

 グラフィック漫画感覚で「愛とオドロオドロ」を表現している。
 いつの日かその時の近未来、楽しくも哀しい物語の一コマ。



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     ↑: 1982年 七飯町生まれ・石川潤、「micro cosmos」・木製パネル アクリル。

 一人気を吐く量の出品だ。出てくる出てくる石川パワーだ。
 石川風水玉模様に、石川風ムカデ虫の饗宴という感じ。要するに石川風「男と女」だ。うごめいているんだ。何が?そこんところの自覚がだんだんと問われるところだろう。
 とにかく10月の青森での本展を期待しよう。今年は国内旅行をしていないので、ついでがてらに見に行きたいものだ。



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     ↑: 1984年 旭川生まれ・安田祐子、「呼吸する樹」・パネル 油彩 600×1200㎜。

 額装には神経が行き届いてはいる。人物画自体はいかにも学生が描いている感じで面白味に欠ける。
 昨春、道教育大学・大学院を修了されたばかりだから、仕方がないのかもしれない。これからの人だ。


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     ↑: 函館生まれ・井上千尋、左から 「爬虫類」 「両生類」・紙にインクジェット 160×230㎜。

 版画に見えた。インクジェットとあうからパソコンを利用しているのか?それならば「版」作品でもある。
 こういうグループ展では弱い感じだ。個展なり、彼女に合ったムードの仲間展で見てみたいものだ。


 全体にアッと驚く作品には出会えなかった。しかし、函館でこういう展覧会を期待していなかったので、大いなる収穫であった。

by sakaidoori | 2010-08-16 15:32 | [函館] | Trackback | Comments(2)
2010年 08月 16日

1338) ③函館駅構内 「空間アートプロジェクト (6名参加)」 終了・7月31日(土)~8月9日(月)


○ 空間アートプロジェクト

 会場:JR函館駅構内2階 イカすホール
     函館市若松町12-13
     電話(0138)23-3085

 会期:2010年7月31日(土)~8月9日(月)
 休み:無休
 時間:10:00~18:00
     (初日は、13:00~。最終日は、~17:00まで。)

 【出品作家】
 石川潤 岩田琿 佐々木仁美 鈴木悠高 外山欽平 林教司

 主催:北海道抽象派作家協会

 事務局:石川潤 090-9088-8904

ーーーーーーーーーーーー(8.5)

 (1335、1336番の続き)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 残り3名の作品紹介です。


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     ↑:石川潤・「micro cosmos」。

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 僕にとっては一度見た作品であり、栄通記にも載せたことである。

 床に斜めに立てかけられた作品が照明にあたって波打っていた。白が目に迫り、黒が後ろに退くという視覚心理学がそのまま反映していた。花びらのような模様が波打ちながら人の意識を中央に吸い込ませていく。あたかもブラック・ホールへの道程のようだ。滑らかな凸凹感は暗闇に引っ張るのだが、ただそれだけだ。おそらく作家はこの「黒」にとりたてての精神性を盛り込んではいないようだ。では、この黒はどこに向かうのか?描くその時は、「モノトーンを描きたかった」だけなのだろう。その時はそれでいい。
 全ての作品はエネルギッシュだが、筆跡を残さず、綺麗にサラッと仕上げようとしている。現段階では精神性よりも美への憧れが強い作家なのだろう。

 石川潤はなかなか個展を開かない。そのかわり、この夏以降のグループ展参加の数はたいしたものだ。
 今展を皮切りに、函館の「ハコテン」、青森・函館美術館での「若手作家展」、今開かれている札幌・たぴおでの「サマー・ウエーブ展」、今日からの時計台「道展新人展」、今秋の「道展」、そのころの時計台「北海道抽象派作家展」、他にもあるかもしれない。素晴らしい。



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     ↑:外山欽平、「M」・「L」。

 たった2点だが、お洒落な展示で豪華さがあった。


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     ↑:岩田輝・「TURBO-10」。

 岩田輝は、一時作品をビニールで覆っていた。照明にあたってよく見えなかった。要するに作品を他人に見せることを拒んでいるようだった。
 そうい展示手段とはおさらばして、今ではビニールをはずして正々堂々と構えている。よく見える。
 同系色の色の重なり、輪郭も鮮明で丁寧で細かい作業だ。増殖を思わせるがグロテスクさを拒否している。のめり込む大人のおもちゃの世界だ。
 「ターボ」、いつか夢見た超音速のパワー・アップ、その力の源泉を探っているようだ。機械の構造を細密画で再現することによって、秘密のベールを一枚一枚剥ごうとしているみたい。

by sakaidoori | 2010-08-16 10:10 | [函館] | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 05日

1218) 時計台 「2010年 行動展北海道地区作家展」  3月1日(月)~3月6日(土)

○ 2010年 行動展北海道地区作家展

f0126829_9325058.jpg 会場:札幌時計台ギャラリー
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2010年3月1日(月)~3月6日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 (DMを拡大して確認してください。)

ーーーーーーーーーーーーー(3・2)

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 (個人的記録の為に撮影をしたのですが、撮れば載せたくなり、急遽関係者の承諾をえての記事です。記録の不備や、いざ載せるのなると不向きな写真も多くて、不本意なところです。)

 全国公募展もたくさんあるのだが、やっぱり団体によってかなり違うものだ。僕の見るのは道内作家展だけでの判断だが、全国展はどうだろう。一度集中的に東京で見たいとは思うが、無理だろう。金が無いのはひとまず置くとしても、公募展だけに意識を集中する時間がない。時既に遅しの感がある。

 さて、北海道作家による行動展だ。
 一人一人が絵筆一本で勝負というムテカツさで、まとまりはほとんどない。渡世人集団とは言はないが、「君は君、僕は僕、互いにあっち向いて山を登ろう、すれ違ったら挨拶ぐらいはしよう」。独立展が「人間探求型情熱集団」と言えるとしたら、「朴訥型マイペース集団」か。
 それと、絵のインパクトの強度にかなりの差がある。会員クラスと一般クラスの質の差なのだろう。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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     ↑:会友・近藤みどり(帯広)、「私の花飾学」。

 肉片のような薄気味悪い絵を描く近藤みどり。肉塊という物質的なものと、肉無くしては成り立たない精神世界、その狭間を探求されている方と思っている。女性特有の「肉」への迫り方だ。今作、その「肉」が花弁になり、「花」が生まれた。
 最近は「肉」のグロテスク的表現は薄れ、美しさに傾斜していた。それが一気に「花」になった。


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     ↑:会員・富田知子(札幌)、「渇いた伝言(何処へ)」。

 鎮魂歌ムード一杯の富田知子。上部のラグビーボ-ルの大きな半割が、色が大胆だ。赤が絵を押さえ込んでいる。背景の十字も画面中央ラインを貫いて、安定した構図だ。羽根の表現がちょっと普通すぎて、物足りない。


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     ↑:会友・小笠原実好(苫小牧)、「復活」。

 絵を「綺麗にとか、美しく」とからは離れた作家のようだ。メッセ-ジ性の強い絵だろう。
 「復活」と言えばキリストで宗教色が強いが、そうではないだろう。「大地の復活、男根性の復活」、要するに「力」を求めているのでは。
 画面中央には「鏡」のような反射板がコラージュされている。それは作家の得意とする遊び心だろう。鑑賞者にのぞき込ませるように強いているのだ。


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     ↑:会員・神田一明(旭川)、「凶女」。

 好きな作家だ。
 以前にも見た絵と思うが、どうなのだろう。すくなくとも、氏の「凶女」は見たことがある。その時の印象と違うのは、背景の黄色だ。こんなに具体的な炎だっただろうか?似て非なる新作か、描き足しか、全く同じ作品か・・?。
 氏はベテラン作家だ。誇張満点の人物、乱雑な室内風景、色が背景で荒れ狂う。精力盛んな画家だ。


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     ↑:一般・石川潤(七飯)、「呼吸 Ⅰ・Ⅱ」。

 とにかくエネルギッシュに描く青年だ。その量は相当なものだ。沢山描けるということは、それだけで画家としての才能があるということだろう。実際、この2、3年の成長は著しい。

 さて、石川・抽象画、無手勝流の今展の中では一際(ひときわ)おとなしかった。円環風の画題ではあるが爆発することなく内に沈んでいる。発色を抑えられた色は薄く淡い。右の絵は黒が命だが平板すぎたようだ。黒の探求は続くのだろう。左の絵は形を生みたいのだろうが・・・、もっと失敗した大胆な絵を見たかった。ともに綺麗に収めたいという無意識的美観から逃れられないようだ。それは石川青年の性格だろう。
 小さなまとまりは実に残念なことだ。画家の描きたい意志を連想すれば、いったんは外にエネルギッシュに拡がって、優しく内に収斂される、そういう絵でなくては。
 描きなぐりの壁画を描きたいと言っていた。本当にするべきだ。そうすれば意識がもっと外に行くだろう。人に見せるというよりも、自分の為に体験すべきだろう。


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     ↑:会友・菊池章子(苫小牧)、「メモリー Ⅰ・Ⅱ」。

 可愛いく楽しい絵だ。


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     ↑:一般・真鍋和子(滝川)、「最終回路」 他。

 もう少し色や構図が踊ったら楽しいのに。丹念に線に取り組んでいる。

by sakaidoori | 2010-03-05 12:33 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 30日

1101) たぴお 「抽象三人展 鈴木悠高・風間虹樹・石川潤」・終了 11月23日(月)~11月28日(土)

○ 抽象三人展
   鈴木悠高・風間虹樹・石川潤

 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
    電話・林(090)7050-3753

 会期:2009年11月23日(月)~11月28日(土)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(11・23)


 「三者三様の美学・意欲」

 3人で開くには決して広い空間ではないが、それぞれがしっかりと型を作って発表していた。(以下、敬称は省略。)

 ・石川潤の場合

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 (全作品。全て無題。)

 花柄をうかがわせる抽象画。「黒と色」とによる対比的展示だ。
 初めて見る石川潤の黒い世界は圧巻だった。本展はこの絵を中心に見てしまった。その迫力、絵に対する意気込みが強く伝わってくる。印象深い作品だけに課題も心に残った。

 展示構成を「黒と色」にしているが、ここは明快に「黒と白」の方が良かった。グループ展なのだから一点に徹する心で臨んだ方が発表の収穫があったと思う。「白を基調にした色」ではなく「黒と白」の仮想対峙だ。
 なぜかと言うと、今回の黒作品は普段画いていない作品だと思う。新たな石川絵画のワンステップだと思う。俗に言う実験画だ。カメラレンズのように焦点が中心にあって、拡散・拡大を基本にして素早く丁寧に美しく仕上げる。自分自身から出てくるものを信じている。その姿少し野暮ったくて、筆跡を残さない作品の仕上がりとは逆に、泥臭く男臭い。実に好ましい。石川潤は決して器用な画家ではないだろう。高邁な美学や信念の持ち主ではないだろう。それを探している青年なのだが、たたずまずに一心不乱に絵に打ち込んでいる。
 現段階ではのこの画家の魅力はそこにあると思う。激しい書き込みで「上手く」なっているのを見るのは実に眩しいものだ。ということは、まだ「何か」を僕らに提示してはいないということだ。この黒い大きな絵を遠くから見ると、意外に平板だ。動きも少ない。思うに「黒」の理解や表現の弱さだろう。そこの処を顕わにさせる為にも「白」の作品が欲しい。

 独自の空間を作りたいのか?抽象画という実体を作りたいのか?心象画風に転換するのか?絵が上手くなることに拘る時期は卒業していいのでは?より「何か」に拘っていくのだろう。
 石川潤、函館在住の多作で一途な青年画家。来春の北海道抽象派協会展にも参加すると思います。


 ・ 鈴木悠高の場合

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 黄色の人・鈴木悠高。

 石川潤が前に前に行こうとしているならば、鈴木悠高はどこまでも「この地点」に立ち止まって、今を見つめようとしている。意欲という表現主義的方法から一歩退いている。本当はポロック張りの抽象表現が好きなのに。

 「この地点」とはどの地点なのだろう?おそらく自己の信じる「美術哲学と美術様式」なのだろう。それを「黄色」に徹することによって確認し、見る人という社会との関係を模索しているのだろう。そのことが今の黄色ばかりを表現することによって成就されるかどうか、それは分からない。彼の選らんな道だ。鑑賞者は表現者にあれやこれやの期待をするものだ。だが、見る僕らは完璧な受身だ。あれやこれや言いつつ、画家の行為を楽しく見ていこう。

 今回は既発表作品とのことだ。額と言うべきか、縁取りを白くして、壁の白さと一体化させている。白壁という空に黄色い雲が存在している。その黄色い作品を見続けていると、今度は作品が空になって、白い雲が大きく浮かび上がってくる。
 この黄色い絵、極力肉声を削ぎ落として「美しく優しく」に拘っているようだ。麗しき壁紙だ。「壁紙」という言葉を馬鹿にしてはいけない。心落ち着くと同時に、何かが心から出てきそうな感じ、それが壁紙的絵画であり、抽象画の一つの顔だと思っている。

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・ 風間虹樹の場合

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 帯広在住で、昨年・今年と道展入選作家。定年されてから美術に精力的に取り組んでおられるようだ。

 二点一組の対形式、しかも同じ大きさで縦横、背景の模様は替えながらも背景にドローイングにドロッピングと云うスタイルだ。非常に理知的な型で、作家の思考スタイルが伺える。

 初めて見る作家だ。
 自然観を表現しているようだ。上描きの激しさが自然の生命力なのだろう。それらの躍動感が一つのリズムというか詩的な諧調を生んでいる。
 計算された展示スタイルといい、その浅き絵画歴以上に作品をまとめきっていることなどに、人生経験からの美術への応用力の高さを思う。
 残念なのは余りにも絵画を「作り過ぎ」ていて、作家の絵画自体の強い思いというものが希薄になったみたいだ。上手くまとめきった魅力以上の、画家の生理なり作品自体の魅力が伝わってこない。

 絵は意図的に制作されるのだから、「作り過ぎ」は当たり前なことだし悪いことではないだろう。だが、見る方は「作り過ぎ」から垣間見える作家の苦労なり拘りが何とも言えない魅力だ。「作り過ぎ」が原因で「下手な作品」と言われるかもしれない。上手いとか下手とかは非常に大事な問題だが、作品の魅力の全てではないだろう。そういうことを通して、その画家にとっての「絵とは何か」という自覚と視覚化がなされていくのだろう。そんなところと付き合って見ていくのが地域なり地元の鑑賞家の喜びであり、画家と鑑賞家の目に見えない交流があるのだと思っている。

 おそらく、風間虹樹氏は絵画というものに出会えた、絵画を制作できた、そういう喜びに浸っているのだろう。こういう形での発表は初めてだろう。
 サー、次はどんな作品を画くのだろう?きっと今回の若手との語らいや展覧会の刺激が絵に付加されるだろう。
 何かを描いたというよりも、絵画の虜になったのだという画家魂の根っ子が滲んでいる作品を期待しよう。

 

by sakaidoori | 2009-11-30 13:28 |    (たぴお) | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 24日

1080) ②アートスペース201 「北翔大学合同展覧会  よね展(E室)」 8月20日(木)~8月25日(火)

○ 北翔大学合同展覧会(美術サークル米・在校生・卒業生)
     よね展


 会場:アートスペース201 
   南2西1ー7・山口中央ビル5階DE室
    (東西に走る道路の南側。)
    電話(011)251-1418

 会期:2009年8月20日(木)~8月25日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーー(8・14)

 ①のD室に続いてE室。石川潤君を紹介します。


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     (↑:全て石川潤。)
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 展示壁に空間が目立ち過ぎで残念なところだ。おそらく、大所帯のグループ展に関係者は慣れてはいないのだろう。反省材料の一つにして、次回は壁が足りない位の心意気で開いて欲しい。

 ポップでユーモラスな小さな作品の中で、一人異様に気を吐いている作家がいる。石川潤だ。彼のことを紹介します。


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 卒業後、実家?の函館に戻り2年目になる。道展、抽象派作家協会に出品している。「抽象派・・・展」、つまり彼の絵は抽象画だ。抽象画だが僕は勝手に「菊の人」と呼んでいる。そして、デザインとも仲の良い画風だ。


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     ↑:①

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     ↑:②

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     ↑:③


 石川潤の最大の特徴はとにかく沢山絵を描く事だ。道内で彼ほど描いている若者はそう多くないと思う。もちろん、それは僕の勝手な想像だが。
 そして、丁寧に飽きずに同じ画風で描いている。
 「美しく、ねちっこく」それが彼のセールスポイントだ。その美しさがキクであったり、デザインがちに見えもするが、何を言われても彼は意に介さない。真面目な青年だから、赤ら顔で笑って応えるのみだ。愚直というか、我が道をいくという信念があるのだろう。「こういう絵を描きながら上手くなっていくのだ」と、方針を定めている。

 上の作品、厳密にはわからないが制作順を①→②→③と把握しよう。彼が何を目指そうとしているかを想像したくなる。しっかりした輪郭線の白地の花びら模様が、もやってきている。花の芯にあたる色柄が白地と呼応し始めた。ようやくキクと言われない絵になりつつある。
 それは教育大学卒業生の笠見雄大君の絵を彷彿させる。その限りでは新しさはないが、辿ってきた道が笠見君とは全く違う。彼の絵と似ることによって、より石川潤らしさを追及していくことになるだろう。
 誰かの絵に似ているなどということは、あたりまえのことなのだ。絵を理解し合うための方便のような言葉だ。そして、20歳台の画家は画学生なのだから当然なことだ。

 石川潤、エネルギーに満ちた愚直な絵だ。若さが溢れて羨ましい。
 これからも「美しくねちっこく」描き続けるのだろう。どういう絵画思想を持つ人になるのだろうか?

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 白地の多い絵ばかりを発表している。普段はこうして小品に色の多い絵を描いてリフレッシュ&実験をしているのだろう。

by sakaidoori | 2009-08-24 01:05 | アートスペース201 | Trackback | Comments(0)