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2012年 11月 21日

1874) 「寺西冴子 作品展」 時計台 11月19日(月)~11月24日(土)

寺西冴子 作品展 
        

 会場:時計台ギャラリー3階E室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年11月19日(月)~11月24日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.19)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 会場は真四角で小振りだ。そこに半分は公募展出品の力作、半分は静物等のリラックス作品。
 僕は寺西冴子のファンだ。だから、重複を恐れずに四隅からの四つのアングルを載せよう。


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 3年前にも同じ場所で個展を開いた。その時に比べれば制作意欲が全然違っていて頼もしい。
 が、展示方法としては首を傾げる。失礼だが、半分を占めるリラックスした静物画は余りに多すぎた。ここは力作・実験作・試作・意欲作オンリーで勝負して欲しかった。普段着とは全く違う心意気で、「私の世界を力を込めて見て下さい!!」という姿勢だ。そういう攻める姿勢が彼女の大作画風には合っている。「強くて、強情」が彼女の秘めた信条だと思っているから。

 というわけで、大作を中心に載せます。


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          ↑:「野の詩(大地のぬくもり)」・水彩画 (以下、全て水彩画)。


 「大地のぬくもり」ではあるが、「燃える画家自身」だ、「燃える女」だ。この勢いでドンドンと・・・。
 最近は線描が生き生きしている。持ち味が多方面に開花し始めた。以下、色と形のハーモニーも楽しんで下さい。


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          ↑:「野の詩(そよかぜ)」。


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          ↑:「野の詩(ひだまり)」。


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          ↑:「野の詩(空へ)」。


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          ↑:「野の詩(夢のせて)」。


 とにかく太い塊が画面を占めて盛り上がる。その廻りは一応軽めだが、それでも手を抜くことなく細やかに描きまくる。うるさく賑やかに色々な生命体がひしめき合う、互いに負けじと争う、存在を主張する・・・それが寺西冴子流の野原への讃歌だ。

 寺西・野原には暗い影はない。細やかではあるが、明るく大らかで健康的だ。野原を愛して、その藪の中の中まで魅了されて、全てに平等に恋して詩(うた)を描ききろうとする。
 健康的な「寺西・藪の中」なのだが、あまりに中にのめり込むから、強く重ね画きするから、影や闇らしきものが画面を横断する時がある。それは画家の意図せざる絵画自体の別の顔だ。要するに、「野原や藪」というものは、それを愛して踏み込めば踏み込むほど、得体の知れない何かに触れてしまう。
 僕は、寺西冴子の野原讃歌の中に、期せずして垣間見る「野原の不可思議さ」に魅入っている。明るさの中でのチラリズムとしての「暗の世界」に。

 寺西冴子はボンボンと野原の中に踏み込んでいく。讃歌だから恐れを知らない。僕はその後に付いていって、野原の虫や影や闇から身を守り、それでも気になる「暗」の部分をかすめて行こう。


      ------

 隣室では「グループ 『色と形 展』 no.8」が開かれている。西村一夫氏の教室展、あるいはその有志展だろう。小品中心の展示だが、そこに寺西冴子作品も展示されていた。楽しく面白いので載せておきます。


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          ↑:「裂」。


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     ↑:左から、「不思議な華」、「集まる」。


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          ↑:「しらべ」。

by sakaidoori | 2012-11-21 08:56 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 06日

1861)④「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 終了10月17日(水)~11月4日(日)

  
道展 

第87回/2012   


 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年10月17日(水)~11月4日(日)
 時間:10:00~17:30
      (最終日は、~16:30まで。)
 料金:一般・800円 大学専門学生・500円 高校生・300円

 主催:北海道美術協会 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.18)

 1834)①、1840)②、1846)③の続き。


 水彩の部屋です。例年、この部屋は弱いと思って見ている。「水彩画家」の層が薄いのか?あるいは、北海道公募としての水彩が弱いのか?
 今年の印象として、平均値は高まった感じだが、やはり実直で堅実だ。強い作品、目立つ作品、個性的な作品が少ない。大胆な絵画空間への拘り、主題への意外な切り口、水彩ならではの詩情・・・。


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     ↑:左側 会員・長谷川英二(室蘭市)、「甦れ」
     ↑:右側  会員・高松秀人(東神楽町)、「標識のある道」。



 以下、撮影したピン・ポイント作品全部を載せます。


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     ↑:会員・白江正夫(小樽市)、「回想」

 小さな世界にキュッと詰まった感じ。



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     ↑:会員・三留市子(小樽市)、「運河慕情(50景)」

 デザインなどでは、こういう手法を時々目にする。肉筆での船の連続模様だ、思わずカメラ・シャッターを押して記録した。



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     ↑:会員・橋爪洋子(新ひだか町)、「光と影」

 近景に照準を合わせた風景なのだが、遠景の「白」ばかりを眺めてしまった。それは建物の壁なのだが、絵としての「壁」を感じた。



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     ↑:一般・寺西冴子(札幌市)、「野の詩(そよ風)」。

 近々個展を開く画家だ。その時に沢山載せたい。
 個展・・・一点一点の詩情や細部への拘りが、他の作品と重なり合って、会場全体が春のヒバリの野原になれば・・・とにかく「1作+1作」が3にも4にもなって欲しい。



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     ↑:新会員・竹津昇(札幌市)、「海」

 「『竹津昇 水彩画展』 山の手ギャラリー 11月5日(月)~11月22日(木)」

 昨日から始まっている。きっと、その会場でも再会できるだろう。その時に多くを語ろう。

by sakaidoori | 2012-11-06 20:04 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(0)
2011年 11月 04日

1604) 「甲斐野弘幸・個展」 さいとう 11月1日(火)~11月6日(日)

○ 甲斐野弘幸・個展         


 会場:さいとうギャラリー  
     中央区南1条西3丁目1
      ラ・ガレリア5階
      (北東角地。1階が日産のショールーム。)
     電話(011)222-3698

 会期:2011年11月1日(火)~11月6日(日)
 時間: 10:30~18:30
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.2)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 甲斐野弘幸はすっかり変わった。軽くなった、自由になった、世界が拡がった。

 「マルシマさん、これからは愛と芸術に生きます」
 彼の言葉だ。某ギャラリーでの出会いの時だった、ひごろ暖めていた思いが自然に口から出たのだろう。それは決意表明でもある。
 クサイ言葉だ。酒も入らず、冗談でも軽口でもなく、しっかり立ちすくみ、静かに語っていた。真剣なのだ。   

 実際、結婚してからの作風の変化に注目している。
 過去の作品、その特徴はタイトルが象徴していた。全てが「跫音(アシオト)」だった。「暗い運命のアシオトがやってくる、不安な日々が続いていく・・・」という意味の象徴だった。暗い作品は好きだ。が、そこに闇や震えがないと面白くない。パターン化するほど恐いものはない。自己陶酔というるつぼにはまりかねない。氏にはその危険があった。

 今の画家は、絵を描くことが楽しくて仕方がないみたいだ。いろんな事を試みたがっている。その一つが、画面一杯に「字」を踊らすことだ。書かれた言葉に重きがあるならば、それは「文字」だろう。線や曲線としてみれば「デザイン」だろう。文字との芸術的格闘としてみれば「書」だろう。どれであってもいいのだ。試みだから、甲斐野弘幸が羽ばたく為の一里塚なのだから。


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     ↑:左から、「女神降臨」・「只管打座」。



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 全て水彩画です。
 上のカラフルな作品は絵を描き始めた頃で、古い。明るい色の組み合わせを楽しんでいる。もともと持っていたロマンティック気分が、トンネルをくぐって目覚めたのだろう。原点確認と回帰だ。


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     ↑:「六字名号」。

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     ↑:「DANCE 1」。


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     ↑:「TERRA 1」。

 「テラ」とは「earth アース」で大地の意のようだ。末法臭いタイトルが続くから「寺」だと思った。だが、画境の変化以前の旧作だから、「寺」などという臭いタイトルは付けない。
 それにしても不思議なものだ。意味ありげな重めの仕上がりが会場を引き締めている。他の明るい作品とのからみで、旧作も息を吹き返したようだ。


 「愛と芸術に生きる」。素晴らしい言葉である。高い志である。
 だからといって良い絵が生まれる保証はない。だが、この志無くては良いものは生まれない。残骸の山を築くかもしれない。それはそれでいいではないか。その決意に乾杯をしよう。

by sakaidoori | 2011-11-04 09:28 | さいとう | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 05日

1254) アバウトの写真 27回目 「『第40回記念 北海道教職員美術・展』より 竹津昇作品(水彩画)」

○ 第40回記念
   北海道教職員美術・展

    (絵画・彫刻・工芸・書道・写真) 

 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2010年1月9日(火)~1月13日(日)
 時間:10:00~17:00
     (最終日は ~15:00まで。)

ーーーーーーーーーーーー(1・9)

○ 竹津 昇

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     ↑:招待・竹津昇(千歳市立東千歳中学校)、「光陰」・F120 水彩。(1月9日撮影。)


 にぎにぎしく力強い作品です。
 あたかも、余白を無視するかのような勢いがあります。
 余白無視の姿勢は、いかに骨格を作りきるかに意を注いでいるみたいです。いわゆる、構図の問題です。
 F120はかなり大きい。大きいが作家の意欲が大きく成りすぎていて、収まらない。だから、構図も狭い世界でいろいろと作っている感じがして、拡がりをせき止めているみたい。
 その構図をも砕きたいほどの意欲と胆力が素晴らしいと思う。

 「壁」の好きな画家です。「壁画」画家になるかもしれない。

by sakaidoori | 2010-04-05 18:34 | ★アバウトの写真について | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 27日

1172) 時計台 「第29回 道彩会会員会友・展」 1月25日(月)~1月30日(土)

○ 第29回 道彩会会員会友・展 

 会場:札幌時計台ギャラリー A・B・C室
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2010年1月25日(月)~1月30日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーー(1・27)

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 公募展会派の水彩画展覧会。道内水彩画の団体はいろいろあります。以下、花をモチーフにした作品を中心に載せます。この会派の特徴の一端がわかるのではないでしょうか。


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     ↑:会員・寺西冴子、「野の詩」。(30号?、他の作品より、少し大振り。)

 好きな作家。絵が飛び出てくる感じで、大きく見えること。そして、ドローイング風のゴチャゴチャとした線が、作家の生理を直截に語り、自由に絵の中で遊びたいと振る舞っている。

 今回は、彼女の特徴が良く現れている。今作の大きな工夫は四隅に四角い枠を作っていることだ。それは、喩えて言えば、四角く囲まれた部分が顕微鏡で拡大された野原の一部分という趣向だろう。野を切り取って細部を大きく見せて、野の中を紫系の色でリズミカルに詩っているのだろう。
 残念なのは、四隅の切り口の輪郭線というか、境界線の考え方が弱い。単なる飾りとして処理しているから、趣が無さ過ぎた。四隅は異次元(野の藪の中)への導入部だから、重く強く画いてはだめだろう。軽く、しかも感じる世界、そんな世界だったらと思う。画家の意識が中心点に偏りすぎて、絵全体の配慮が欠けたのだろう。中心界が上手く画けたので、安心したのかもしれない。ですが、良い試みだと思う。

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     ↑:会員・工藤路子、「朝に」・パステル。


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     ↑:会員・木村琴絵、「白い秋」。


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     ↑:会員・中村須美子、「花遊び」・水彩 パステル。


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     ↑:会員・青田淑子、「my happy day」。


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     ↑:会員・中田やよひ、「残花」・水彩 アクリル インク。

 イメージの強い作品。鋭く時間をタイム・スリップする。画家の心持ちの鋭利な強さを思う。


 以上で、この会派のある種の傾向が読み取れると思います。以前は、より輪郭が不鮮明で、心象性の強い作品が多かったような気がします。輪郭も強くなり、色と線のハーモニーを強調する絵が増えているかもしれない。


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     ↑:会員・高橋智子、「new year」。

 激しく眩しい。何を画いているかは解らない。民家を赤く染めて、新年をを祝っているのでしょうか。好き勝手な赤ピンク気分が魅力的です。


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     ↑:会員・本多いさみ、・「りんご園」。

 大作です。画題は「りんご園」ですが、内容はそれとは無縁です。緑緑で強烈に内部に引き込もうとしている。


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     ↑:会員・蝦名富美子、「マンモスのような?(リムジン種)」・水彩 ジェッソ。

 牛の好きな蝦名さん。牛の大きさ、迫力、愛嬌のある顔、毛並み・・・すきな理由は分からないが、牛を楽しく大らかに画きます。
 今展は絵としては失敗作でしょう。牛全体を大きく魅力的に見せたいという、蝦名さんの第一の眼目が伝わってこないからです。輪郭線を丁寧になぞって、コンパクトな牛にしてしまった。
 お話を伺うと、このリムジン種の牛の毛むくれ立った毛並みに惚れての制作とのこと。おそらく、毛並みの特徴を一所懸命に画こう画こうとしたのでしょう。絵全体を見る余裕のない程、その牛の毛並みだけに惚れたのでしょう。そして、一心不乱に毛並みを画いた。見事に絵としては失敗した。この体験が大事だと思う。ちょせばちょす程悪く成るということを、身をもって体験したのですから。
 次作も楽しみにしています。




 

by sakaidoori | 2010-01-27 12:16 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 05日

1107) 夢創館 「竹津昇・水彩画展 -原風景を求めて-」  11月20日(金)~11月24日(火)

○ 竹津昇・水彩画展
   -原風景を求めて-
 

 会場:夢創館
     恵庭市島松・JR島松駅右側徒歩1分
     電話(0123)36-6050
 期間:2009年11月20日(金)~11月24日(火)
 休み:
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(11・22)

 (タイトルのないのはこちらの未整理です。概ね制作年代順の配置。
  未整理は文章も同じで長くなりました。写真だけでも見て下さい。)

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 旧レンガ倉庫を利用したギャラリー。とにかく広い。その広い空間の壁面に白いパネルを廻しての作品の展示。壁の好きな画家だから暗灰色の壁に直にかけたらとも、思うが、とりあえず普通にゆったりと見せている。
 一つの回顧展だ。画歴20年ほどの流れが理解できる。美大などの学校出身ではないので、普通に素人として出発作品が初々しい。
 まだ充分に若い方なのに、なぜ出発を含めた回顧展となったのか?御本人は、もしかしたら「たまたま良い機会と場所にめぐりあったから・・・」という返事が来るかもしれない。それはそうなのだが、画家として本格的再スタートという意気込みあってのものだろう。そして最近の代表作の2点は巡回展中なのでここにはない。いやが上でも「回顧展」の様相を深めている。それで今回はいいのだ。

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     ↑:「かばんと瓶」・1985年 20F 油彩。

 もちろん上手い絵ではないが愛すべき小品だ。思わずゴッホの初期のくたびれた靴の絵を思い出した。
 かばんと瓶だけを画けばいいのに、「絵はやっぱり構図だ。いろいろと混ぜ合わせて・・・配置はこんなものかな・・・、背景を描くのか、強く画いたらメインのかばんと瓶が生きない、それに正直にいって背景まで上手く画けない。ええ~い、面倒だ、ざっくばらんに赤く画いちゃえ」そんな強引な若き画家の強さが想像される。
 以下の画歴の流れを見ると、ようやく最近になってここから卒業したと思う。もちろん技術は別の話。
 一つは、構図という外骨(そとぼね)的な事と、テーマという内面的なものの関係で作られた美的な構図に拘る姿勢。
 一つは、絵の、その中での色が発散し、どこか内向きな絵画感覚。それは表現主義的表現といえばいいのだろう。壁への溺愛として絵画化されたようだ。


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 ↑:右、「白い建物」・1992年 60F ワトソン紙(道展・初入選)。
   中、「夜(れんが工場)」・1993年 100F ワーグマン紙(道展・2回目入選)。
   左、「白い壁」・1994年 60S 水彩(道展・3回目入選)。

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     ↑:「刻(とき)」(小樽市祝津)・1996年 60F ワトソン紙(道展・5回目入選)。


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     ↑:「兆(きざし)」(小樽)・1997年 80F ワトソン紙 アクリルメディウム&水彩。

 まるで外国の場末のようだ。同時に人間味溢れるモチーフが好きなのだ。壁にしみ込んだそれらの匂いを嗅ぎ取りたいのだろう。


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     ↑:「ソウルの朝」・1998年 80F アクリルメディウム&水彩(道展・7回目入選)。

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     ↑:「マドリードの昼下がり」・1999年 80F 水彩紙 アクリルメディウム&水彩。

 ソウルが初の海外旅行とのこと。その翌年にスペインに行った。氏のスペイン行きはかなり有名で、完璧なスケッチ旅行だ。
 絵に外国の壁を見る喜びが伝わってくる。いささか抑え気味だった「色」の世界だ。構図意外は全て踊っている。そとから踊り手たちの様子を楽しんでいる風情だ。


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     ↑:「春待つ大地」(東千歳)・2008年 50F 水彩(一線展 東京都議会議長賞)。

 下の絵は今までとはかなり異質だ。構図と感情表現という2点だ。
 つまり、外形を支える構図と、それに支えられた安定した絵画から、線的枠を追っ払って、対象そのものの構図を捉まえて、そのエネルギーを視覚化させている。確かに大仰な絵だ。だが、画家にとっての成果はその勢いにあるのではなくて、与えられた構図から自由になろう、より内面的な構図を模索しようということだと思う。

 今年、その感覚・成果に基ずいて3点ほど大作を描き続けた。全て納屋の中の絵だ。残念ながら一番の大作を含めて2作は出品されていない。下の作が最新作の1点だ。

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     ↑:「沓(よう)」(東千歳)・2009年 100F 水彩。

 内壁が描かれているが、この絵全体が壁のようなものだ。「内を見つめる目」というよりも、不必要な物は描かないという姿勢が貫かれている。外壁に注目して画けば、どうしても空が入る、道もある、隣家も気になる。それらは確かに大事な要素ではあるが、いつしか装飾的なものとして処理しがちだ。強い壁への思いが軽くなる感じだ。だが、それらを無視して壁だけ画くにはどこか不安だ。・・・、そんな流れの中から生まれたのが納屋シリーズだと思う。

 画家の筆致はどこか内向きだ。だから、大きな絵を画いても収縮して小さく感じる。そのこともあり、画家は大きな絵を画きたいのでは。
 人間臭さのみの絵を画きたいのでは。それをささえる内向的な構図を確保し、静かさの中に重さを確保したいのだろう。

 さて、彼の絵はユーモラスなところがある。「人間」を画きたいのだから当然だ。そのユーモラスはどういう風に絵の中に位置づけられるのだろう?ようやく10年単位の画業が始まった。だから、今展は卒業展だ。

 

 

by sakaidoori | 2009-12-05 18:55 | [恵庭] 夢創館 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 09日

800) 時計台 「第3回 水彩連盟北海道札幌支部展」 終了・11月3日(月)~11月8日(土)

○ 第3回 水彩連盟北海道札幌支部展

 会場:札幌時計台ギャラリー・A室 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (中通り南向き)
    電話(011)241ー1831
 会期:2008年11月3日(月)~11月8日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 古田瑩子 勘野悦子 三村克彦 青坂龍子 畔原信子 遠藤直子 竹津昇 湯浅美恵 大山栄子 甲斐野弘幸 高田みち子 中田美紀子 松倉文子 山平博子 渡辺範子・・・以上、15名。
ーーーーーーーーーーーーーーーー(10・11)

 多人数のグループ展です。竹津昇に焦点を当てて語ります。 (以下、敬称は省略。)

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 ↑:竹津昇、「遺された物」。

 意欲的な作品だと思う。小さな変化の蓄積が大きな変化の前触れのようだ。そして、「良くなったか?」と問われれば、簡明に応えることができる。描きたいことが未整理で、あれもこれもと手を出して、消化不良の絵になったと思う。以下の3点に僕なりに整理してみた。
 ① 画質感
 ② 構図
 ③ 画家の主張(意思)

 ① 画質感。
 竹津昇は壁が好きだ。その壁の色は赤茶びたもので、水彩特有の白が重なりあっている。その壁色が画面全体を覆っているとも言える。その赤茶びた竹津色を深めるということが画家自身の課題でもある。
 今作、壁面よりも床面が多い。垂直軸よりも水平軸にチャレンジしているのだ。壁と違い床は一様ではない。何かが置かれ、そこには影が出来る。画家の単純な画質に対する意欲の現われが乗り物の廻りの藁のある部分だ。異様にリアルに描いている。絵を遠くから見ると、この部分が他とは異質な存在感がありすぎる。凄みのある写実画家になっている。おそらく、画家はこの部分をもっと広げて描きたいのでは?暗闇で藁くずがうねるように存在し、画面全体を覆い、ブラック・ホールのような魅入られる世界を描きたいのでは?
 僕自身は竹津絵画のユーモアとヒューマニティーを愛しているから、好みの方向ではないが、画家は描きたいことを推し進めるべきだと思う。乗り物描写に現れた何ともいえない可笑しさと愛情表現、濃厚な藁の画質感と高い次元でマッチングできればと願う。

 ② 構図
 屋内中心の絵画世界で外の世界とどう繋ぐかを課題にしているのではと想像している。今までは「窓」を多用していた。今作、納屋に通じる囲まれた通路を描いている。アイデアはすごく良いと思う。だが、床面・壁面・通路・通路に差し込む光と影、そしてなによりもタイトルにある屋内の「残された物」たちと、意欲満々にびっしりと構図を築いた。構図も賑々しく、物も賑々しく、画質感もいつに無く賑々しい。決して小さい絵ではないのだが、この絵の大きさには収まりきれない意欲が画面を覆っている。きっと、大作の大作を描きたいのだ。それは意欲倒れになる可能性もあるだろう。だが見てみたいものだ。描いてもらいたいものだ。

 ③ 画家の主張(意思) 
 今作は意欲が画面からはみ出して、きつく硬い絵になっていると思う。
 先にも書いたが竹津絵画の魅力の一つにユーモアがあると思う。それは技量不足からでは無い。画家自身の感性だと思う。だが、優しさを一方に抱きながら、意欲満々な絵を描こうとしている。「過去への愛惜」と「未知への挑戦」と言い換えよう。絵画上の意欲と表現したい事との亀裂を感じた。

 小さく絵がまとまりがちな傾向も時には感じる。ヒューマニズム過度も。それら全てをまぜこぜにしながら、混乱しながら暫くは強い絵を進めていくのだろう。描き進めながら自己反芻していくのだろう。



 (会場風景と他の作家の絵を何点か載せます。明日、明後日と留守にするので、更新を含めて12日から書きます。)

by sakaidoori | 2008-11-09 22:39 |    (時計台) | Trackback | Comments(2)
2008年 06月 18日

665) 山の手 「湯淺美恵・水彩画展」  6月10日(火)~6月30日(月)

665) 山の手 「湯淺美恵・水彩画展」  6月10日(火)~6月30日(月)

○ 湯淺美恵・水彩画展

 会場:ギャラリー山の手
    西区山の手7条6丁目4-25 (川に沿って斜めに道路が走っていて、その道路に面した西北角地。ギャラリーの立派な看板のある建物の1階。)
    電話(011)614-2918
 会期:2008年6月10日(火)~6月30日(月)
 休み:日曜・祝日
 時間:10:00~17:00
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(6・17)

【画歴】
1995(平成7)年  道展会員 森木偉雄氏に師事

2000(平成12)年 道展第75回展 初入選
                (以後毎年入選)
2001(平成13)年 水彩連盟展第60回展 入選
                (以後毎年入選)
2004(平成16)年 道展第79回展 佳作賞受賞
2007(平成19)年 道展第82回展 佳作賞受賞
   〃         水彩連盟展 第66回展 奨励賞受賞
                (MO水彩紙賞)
2008(平成20)年 水彩連盟展 第67回展 準会員推挙




 道展でも見ているし、川上直樹さんたちの「この指とまれ・展」でも小品は見ている。やはりまとまっての個展は、作家作品とのみ会話ができるので有意義だ。



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 ↑:①
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 ↑:②
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 ↑:③

 (ここの会場は不思議な形をしている。舟形なのだ。直角な壁は二面しかなく短い。しかも、メインの広い部分に中央線を引きにくい。写真の①の部分が船頭で三角型に尖がっている。②が船尾に辺り、同じく尖がっている。この先端部分はねじれていて、中心線に出来ないという構造になっている。そして、船底のようにして③の部分があるのだ。
 おそらく、オーナーの船好みと設計上の都合でこういう構造になったのだろう。壁面作品にはそんなに影響はないだろう。むしろ、角張らないで円く見れて良いことかもしれない。)


 さて、湯淺美恵さんは公募展を中心に活躍しているようだ。
 今展は画歴にも紹介したように、道展・水彩連盟展の過去の作品の展示を中心にした、回顧展風のものだ。それらの大作の間に、花などの静物画が混じっている。
 制作年代順に作品を載せます。

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 ↑:左から、「何時か何処かで」・2001年 道展&連盟展入選作、「何時か何処かで」・2001年。


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 ↑:左から、「何時か何処かで」・2002年 道展&連盟展入選作、「何時か何処かで(孤)」・2002年 道展佳作賞。


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 ↑:左から、「何時か何処かで(虚)」・2005年 道展入選、「何時か何処かで(幻想)」・2006年 道展&連盟展入選。
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 ↑:(2006年作の部分図。)


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↑:「何時か何処かで」・2007年 連盟展奨励賞(MO水彩紙賞)。


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 ↑:左から、「何時か何処かで(追憶)」・2007年 道展佳作賞、「何時か何処かで()」・2008年。


 (感想記と小品の写真は続く

by sakaidoori | 2008-06-18 16:51 | 山の手 | Trackback | Comments(0)
2008年 06月 08日

650) 市民ギャラリー 「第26回 一線美術協会北海道支部展(一部)」 終了・5月14日(水)~5月18日(日)

○ 第26回 一線美術協会北海道支部展(絵画)

 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471
 会期:2008年5月14日(水)~5月18日(日)
 時間:10:00?~17:00?(最終日は~16:00迄)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(5・18)

 作品の写真掲載許可も頂かなかったので、川上直樹作品で考えたことと、竹津昇作品の写真の紹介だけにします。


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 ↑:川上直樹、左から「風韻の碑」、「柘榴と燈明」、「星置川の堆雪」。

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 ↑:「風韻の碑」

 川上直樹は一昨年から道展の公募作品の為に大作を描いている。一昨年の出品作が「星置川の堆雪」で、昨年は上の「風韻の碑」。残念だが共に落選した。新たな発表の機会と研鑽・交流の場として、この全国公募団体の一線美術協会を選んだようだ。

 「風韻の碑」、本人のブログ写真で概容を知ってはいるが、初見だ。
 その時の印象は風景の立体表現を避け、意図的に平面化すること、そして水辺(小樽運河?)に写るという表現で、それはマチエール(画質)の深みにも支えられているのだが、絵の深みや精神性を表現しているのではと理解した。

 画質感はそれほどでもない。当然、深い精神性は実現されていない。むしろ、この絵の魅力は、個々の表現、全体を包むムードが何とも言えない可笑しさやヒューマニティーが感じられることだ。それは作家が意図したものではないだろう。あまりにタイトルの緊張感とは反しているから。

 中品の「柘榴と燈明」など、昨年来見てきた中品はやや誇張気味なところはあるが、静寂の中での精神性を求めていたと思う。その密度のままに大きな作品を作ることは至難だから、小物の配置、全体の構成や色のバランス、線の力などを借りながら、深みのある世界を使っていかなければならないだろう。
 ところが、この大きな絵になると、川上直樹自身の性格が正直に出ているような気がする。師の理知的な緊張ある空間を自己のものにすべき闘っているかもしれないが、でてきたものは相反したものになっている。
 この絵には静かな物語が詰まっている。小人達が群れて語らいながら、箒に向かっているようだ。水面にはひょっこりと波を立たせて尻尾が出てきそう。ギギギーと、戸が半開きして、汚れた顔の少年が覗きかけている。慈愛ということばは誇張かもしれないが、ヒューマニティーを感じる。
 緊張感よりも、静かな可笑しさに満ちた絵だ。描きたいことよりも、川上直樹自身が素直にでてきた世界だ。
 「描きたい事」は技量不足によって出てこなかったのか?願望が過ぎて出てこなかったのか?僕にはこの絵は魅力的だ。


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 ↑:竹津昇

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 ↑:「窓の風景」

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 ↑:「彼の領分」

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 ↑:「納屋の中」


 毎年スペインに絵画取材に行かれる竹津さんです。今年はあいにくのパス。自分ごとのように残念です。今回は写真だけです。今後も、出品の折にはコメントはともかくとして、写真だけは載せるつもりです。

by sakaidoori | 2008-06-08 20:13 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(4)
2008年 04月 30日

616) 門馬・ANNEX 「本田征爾・展 ー幻灯世界ー」 終了・4月20日(日)~4月29日(火)

○ 本田征爾・展
    ー幻灯世界ー

 会場:ギャラリー・門馬 ANNEX
     中央区旭ヶ丘2丁目3-38・(バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055
 日程:2008年4月20日(日)~4月29日(火)・会期中無休
 時間:11:00~19:00

 ※オープニング・イベント:F.H.Cライブ
     ①14:00~②18:00~(無料)
ーーーーーーーーーーーーーーー(4・29)

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 1977年 京都府生まれ
 2000年 北海道大学水産学部卒
 2002年~以後、断続的にマグロ延縄調査船に乗船
 2004年 この年の2月にギャラリー・エルエテで初個展、以後札幌では今回が6回目か?。他に大阪で個展。

 プロフィールに書いたように2004年から本田君は精力的に個展をしている。作品は水彩で、小品ばかりだ。画題は深海?の不知の魚達がほとんどだ。幸いその多くを見てきた。不思議なものだ。見初めの時は僕自身の興味からはすこしズレていたが、なぜだか毎年彼の個展を楽しみにしている。慣れもあるのだろう、彼自身の表現力の上達ということもあるだろう、自分とは違う感性をギャラリー廻りで楽しむことを覚えたからかもしれない。

 さて今展、明快に言えることが二つある。
 一つは細密画への挑戦だ。挑戦といえば新たな試みにみえる。発表としてはそうではあるが、落書き、デッサンなど普段の延長でもあると思う。
 それで、この細密描写がなかなか良いのである。今までの絵が、青い海中から生き物達が立ち現れることに主眼があったと思う。目に見えない生命の違う形での出現に重きがあった。画家一般が言うところの、「見えない世界を、見える世界にする」という作業だ。本田君にとっては「新たな生命の出現」は自明なことになったようだ。おぼろげに出現する姿が絵画的幻想を伴い魅力的ではあっても、ムードだけに止まる事から一歩前進したようだ。魚たちの目鼻口の相貌、何よりその姿を美しくであるが克明に描くことが別次元での生命の存在の証明であるかのように振舞っている。
 「私の体を見て!近寄って近くで見て!細かい形と形の間も、色と色の間も見て!私はここにいるのよ!」彼の絵は男女が肉感的に絡み合うという意味でのエロスは少ない。ユーモアで生き物の営みの一つとしてのエロス表現がせいぜいだ。だが今展、細密画に拘ったから、ユーモア精神が微妙に揺らいで見えた。性にしろユーモアにしろ、本田絵画はまだまだ期待するところが大である。

 もう一つの特徴として、個展の幅を広くしたことだ。立体作品もある。これが将来大きなウエイトを占めるかどうかはわからない。絵画作業の息抜きとしても、見るほうへのサービスとしても良いことだろう。
 コラージュにも意欲的だ。絵そのものが水玉世界なのだが、ビーズをちりばめてトリック的だった。煙草の箱を使って、都会的なお洒落な作品もあった。

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 ↑:左から、「ハナタコフネ」、「Erosion」。


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 ↑:左から、「玉降る」、「狭間の星」。


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 ↑:「行き止まりの迷宮」。

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 ↑:「花魚 Ⅲ」。

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 ↑:「Orbitalis」。


 少し長くなるが最後に。
 彼は関西人だ。会話すれば直ぐに分かる。その話振りがぶっきら棒な感じがするが、あれがかの地のノリだから何等の敵意はない。おそらく関西人の言葉のアクは日本を代表する伝統、人口の多さと商業を中心にした生活感覚から来ているのではないか。「でしゃばり根性」がなければ自分を見失うのだ。
 本田君の絵画も人間関係の振る舞いとして見ることができる。いわゆるアイデンティティーの問題だ。
 絵画世界での不知の魚が本田君自身だ。小さい世界でのユーモア的生物、それは人口過密な世界で、小さくてもヒョウキンな立ち居振る舞いで自己発揮していたのだろう。深海という闇から鮮明に姿を現す魚達、それは彼自身が沢山の人の中で自己をだし始めたのだろう。自信の現われだと思う。そして今展の細密でしっかりした魚達、ようやく、「本田征爾を見よ」と宣言しているのではないか。街の中を闊歩し始めたのだ。
 以上、絵に表れた栄通の本田征爾論の序論です。


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by sakaidoori | 2008-04-30 13:43 | 門馬・ANNEX | Trackback | Comments(0)