栄通記

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2016年 01月 24日

2489) 白石区民センター 「謹賀新年 ー樋口雅山房、『日々好日』」 2016年1月19日

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 白石区役所内、証明書発行待合コーナーにて。




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 白石区在住の樋口雅山房の新春書き初めです。

 今年の書題は「日々好日なり」。
 そして画題は「猿」。申(サル)年だからです。「申年」と猿は全く無関係のようです。中国で9番目の干支に当たる「申」に、猿の絵を当てて干支の普及に努めた結果みたいです。


 それはともかくとして今年は「サル年」で「猿」。
 猿が木にぶら下がって楽しく遊んでいる。「ブラブラぶら下がって、あっち向いてホイ!笑って笑ってこっち向いてホイ!」他愛のない絵だ。そうか、雅山房にとっての「日々好日」とはこういう世界だったのだ。人畜無害の猿の群れ、悩みなんてなさそうに遊び合う。お日様があれば充分だ。


 樋口雅山房は群青に参加します。後期(2月4日~9日)の「元気展」です。よろしく!


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 腕の線がま~るく、ま~るく進行している。





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   ↑:(1月19日昼頃。白石区役所からの外の風景。)

by sakaidoori | 2016-01-24 22:14 | 区民センター | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 27日

2229)「書とやきもの仲間展 雅山房書道塾+陶芸教室どろんこB」 大同 終了/9月19日(木)~9月24日(火)



  
書とやきもの仲間展
 

 雅山房書道塾     +
  陶芸教室どろんこB
   
  



 会場:大同ギャラリー 3階
     中央区北3条西3丁目1
      大同生命ビル3階 4階
      (札幌駅前通りの東側のビル。
      南西角地 。)
     電話(011)241-8223

 会期:2013年9月19日(木)~9月24日(火)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
  (DMを拡大して確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーー(9.17)


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 ちょっとボケてしまった。書の部分だけでもチャンと見せます。



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   ↑:右から、伊藤伊佐子、田中ツルコ、鶴間和恵、阿部和代



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 書教室と陶芸教室のコラボというか、合同展です。

 書は樋口雅山房教室。
 たまたま雅山房宅と我が家が近いので、書の話をいといろと伺っています。私自身が全く書をしない。純粋に見る人の立場と、書歴の長い達人との屈託のない意見交換です。こちらは書を知らぬが仏の気分で、「書展の面白なさ」の理由を語るわけです。氏は素人の意見として楽しんで聞いてくれています。勉強&刺激の時間です。
 というわけですから、書中心に紹介します。
 そして、「書展の面白なさ」とは言いましたが、今展は楽しかった。
 墨をゆったりと使って、カスレなどの装飾を配している。力技、強引な心象よりも、のびのび気分で、できるだけ筆の自由さと気分が合致したら、という表現です。確かに師匠の画風の影響も見られるが、それは教室展としての許容範囲でしょう。それに、師匠の具体的な書風はともかくとして、教室は意力よりも筆の自由さを追求しています。ですから、各人の求める個性も充分に出ていて興味深い。もちろん、アマチュア集団ですから、物足りなさもあるでしょう。が、侮りがたいですよ。見ていって下さい。



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   ↑:右から、村上一呂子、大平修子、篠原典子、中村省吾




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   ↑:右から、及川健治、千葉政弘、吉田啓子、中谷明男




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   ↑:(全作)樋口雅山房




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   ↑:樋口雅山房、「無」。


 教室展で師匠の作品を褒めるのはどうかと思うが、この作品は氏の後期代表作と呼びたい。
 「無」どころか。「有」そのものだ。坊主的な遊びや諦念とは無縁で、風流文人画の洒落た感覚からも遠い。木訥さと、やる気旺盛さと、大きさがある。風通しが良くて隙がない。「やるっかない」という仁王立ちの宣言書に見えた。齢七十、いよいよこれからだ。




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   ↑:右から、中村省吾、大平修子、岡山裕見子




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 この2点は今展の華でしょう。大きく載せます。

 まず、栄通好みから--。



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   ↑:千葉政弘、「夢」。


 寝ぼけ眼の夢ではない。ゆったりとまろやかな感覚の宇宙、それが書けたら!という夢見る心境だ。
 残念に思うのは、右下の左に下がる線が少しぎこちない。最後の一筆になって力が入ってしまった。いや、力が入るのは良い。その力が筆先の自由にならなかった。
 この少しばかりの堅さも可能性の証だろう。



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   ↑:中谷明男、「天高気清」。


 まさしく、その字の意味するごとく、「天は高く澄み渡り、天を包む万物の気は清きかな」でしょう。
 この字は上手すぎた。綺麗すぎた。
 これだけ書ける人は5枚、10枚と見せないといけない。その結果、少々アラは見えても構わない。例えば資料館ギャラリーで、小なりとも個展をすべきでしょう。額装にお金がかかる?額装無しでしてみましょう。すっぴんの「中谷明男」だ。陶作品を一緒に並べてはいけない。とりあえず、「書」を見せることでしょう。




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 最後に、自分好みのおおらかな字を載せます。



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   ↑:左側、鶴間和恵、「飛驚図写」。


 智永の「千字文」からです。原書は教科書的な実直なものでしょう。
 始まりの「飛」が堅かった。それではイカンと、残りの三文字で大きく美しく決めた。


   ↑:右側、及川健治、「照見五蘊皆空」(般若心経)・隷書。

 鶴間さんとは逆だ。気持ちよく三文字を書いたが、残りが狭まった。止めるわけにはいかないと、それなりに上手く納めた。
 しかし、安定した太さで気持ちよく丸まっている。かなり書いたことだろう。そして、自慢の一作だと思う。

by sakaidoori | 2013-09-27 23:12 |    (大同) | Trackback | Comments(0)
2013年 05月 23日

2065)「[現代書と彫刻のコラボレーション] -環境空間アートの提案-」 エッセ 5月21日(火)~5月26日(日)

   
   
現代書と彫刻のコラボレーション] 

   -環境空間アートの提案-
     


 会場:ギャラリー・エッセ
     北区北9条西3丁目9-1 
       ル・ノール北9条ビル1階
     (南北に走る片側2車線道路の東側。)
     電話(011)708-0606

 会期:2013年5月21日(火)~5月26日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~15:00まで)

 【参加作家】
 書  :太田秋原 太田俊勝 小林靖幸 樋口雅山房 吉田敏子 渡邊佐和子 
 彫刻:小林一夫 西村潤
  

※ 長野巡回展 2013年6月1日(土)~6月9日(日)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.22)


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 書は墨人会の有志です。書家と彫刻家の関係はわかりません。仲間達でしょう。

 書の空間作りに立体作品が邪魔せずに静かに参入。書そのものは伝統と文化の塊だ。書家それぞれがなんとか現代性を出そうとしていて、それぞれの書風同士が、「何かを出せたか?」をさらりと確認しているみたい。
 そういう書家の「古典-現代」のささやかな格闘に対して、現代立体作品がフワーッと相槌をうって応援している、そんな見方を僕はした。




 道外からお二人の書家が参加している。
 その方達から載せていきます。
 8名の参加です。中途で終わるでしょう。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:渡邊佐和子
     ↑:左側、上から 「光」・(全て)70×45㎝、「土」、「水」。
     ↑:中央、「行」・90×70㎝。左側、「色」


 左側の作品は分かりやすいし、見ていて楽しい。
 対して、右側の2作は意味不明な感じで戸惑ってしまう。
 もし、右側の2作だけの出品だったら見過ごすだろう。左側の明快な主張のある作品があるから、書家の実力を感じて、改めて右側の2作をしげしげて見定めることになる。


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 前衛的な試みと解したくなる。
 肉をそぎ落として骨格だけにしようとしているみたい。何のためのそぎ落としか?骨格だけによる力強さとか、美学とか、そういう枠内に収めたくないみたい。北宋・徽宗(きそう)皇帝の針金文字が有名だが、彼の字には強さと品がある。何より男の色気が漂っている。渡邊佐和子・書、気分は針金的だが、皇帝の字とは心意気が全く違う。
 幸い書家がおられた。「新たな試みというより、もともと自分自身にあったもの・・・」、そんな風な言葉をもらった。
 「書そのもの」の探求から生まれた姿ではないようだ。「書と自己自身」の関係から生まれようとしているのだろう。だとすれば、絵画的美術を通り越して、現代表現そのものだ。美とか分かりやすさから離れがちになるのも当然かもしれない。



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     ↑:小林靖幸(大阪府在住)。 
     ↑:左から、「清」・90×70㎝。「鬱」・140×90㎝。「願」・70×90㎝。



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 一文字には違いないが、表現に幅がある。それは前回の渡邊女史にも言えることだが、見ていて感心する。 「書」にとって引き出しの多さは絶対だと思っている。「字」という約束事に縛られた芸術だから、すぐに型にはまりやすい。ある意味、芸術一般は「型」と言い切っても構わないかもしれない。古典は伝統という型、現代は表現者自身という型だ。その表現者自身に型があるのは仕方がないが、可能性を制約させる型であっては困る。

 書かれた字について。
 渡邊女史の字は中国八卦のような字の印象だ。「空」というか「直感」的な感性による自由表現か。
 対して、小林幸康は僧侶的な字を思った。個人の安心立命というか、慾多き心の有り様を書で解放しているみたい。濁を背景にして、書で自由を確保しているのかもしれない。気楽度が高まれば、より文人肌になっていくのかも。



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     ↑:太田俊勝(札幌市在住)。
     ↑:左から、「己」・70×50㎝。「燃」・50×70㎝。「道」・50×70㎝。


 「己の燃える道」、それが太田俊勝・道かもしれない。確かに願望かもしれない、見果てぬ夢かもしれない、燃えるような「書」を目指していたのかもしれない。

 北海道墨人展で親しんでいる書家だ。今展の3作、普段の団体展とは違って、素直に綺麗に格好良く自分の気分を出していると思う。確かにこういう字は能書家のものであり、競争展で見ても上手さが目立つだけで面白味に欠けるかもしれない。
 だが、時にはこういう字を世間に見せるのも良いことだ。「太田俊勝は上手いぞ!どうだ、上手いだろう」といつになく威張っている。心地良い威張りだ。



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     ↑:吉田敏子(札幌在住)。
     ↑:左から、「道」・70×68㎝。「心」・68×70㎝。「微」・68×70㎝。


 薄墨で筆先露わにシャープな線と綺麗な空間を表現している。才長けた調子だ。

 なぜ薄墨かを尋ねた。筆先の乱れた線を強調したかったからか?ご本人は、「なかなか濃い色がでないのです」とのことだ。すかさず他の書家が、「筆は柔らかいのですか?」「いえ、硬いです」
 僕は薄くても濃くても構わないのだが、できれば吉田敏子には濃さ加減を自由に使いこなして欲しい。
 基本的には彼女は字を書く人だろう。結果的に、字と余白のバランスが絵画的で心地良い空間を生んでいると思っている。おそらく、書家の本意とは違った魅力があると思っている。その書家の本意と絵画的魅力を繋ぐものが、線の流れと色の濃さなのだろう。
 精神の自由が流れになり、意欲が濃さに現れる。そんなことを今作で思った。




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     ↑:樋口雅山房(札幌在住)。
     ↑:左から、「楽」(古文)・100×54㎝。「舞(古文)」・112×90㎝。「遊(古文)」・90×58㎝。


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 いつもながらサービス精神旺盛な樋口雅山房だ。
 板に書いている。細胞の塊のような筆跡が面白い。線ではなく、筋の表現になっている。伺えば、「たまたまです」との返事だ。板の下地処理が、こういう結果を生んだのだろう。絵の好きな書家でもある。思わぬ絵画誕生に一人舞い上がって楽しんだことだろう。遊び心のなせる技だ。



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     ↑:太田秋源(旭川在住。)
     ↑:左から、「樹」・142×180㎝。「この命ひとつ」・140×40㎝。「花」・24×67㎝。


 植物に託す生命力を書の内発力で表現したものだ。ストレートな生命賛歌だ。
 1941年生まれと図録にある。71歳か?真一文字で元気な字だ。これからがオレの字だ、と言わんばかりだ。精神の若さ、それを保つ人なのだろう。



 立体作品、愛おしい作品が会場でたむろしています。学生諸氏には間違いなく勉強になる作品です。見に行って欲しい。書にこだわりすぎて、あまり掲載できません。


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 手の中の宝物のようだ。書の片手間に楽しむようなものではない。会場のある建物は、現在外壁工事中だ。外からこれらの作品は見にくい。本当に残念なことだ。



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     ↑:西村潤(東京都在住)、「(シリーズ)休息する鳥」。


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     ↑:西村潤(東京都在住)、「(シリーズ)休息する鳥」。



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     ↑:小林一夫(長野県小諸市在住)、「海の気」・1700×4個 木 木炭 炭。


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 小諸市の人だ。藤村の「千曲川、小諸なる古城のほとり・・・」を思い出す。一度だけだが、通りすがったことがある。高台から憧れの小諸川を見た。近くの美術館にも立ち寄った(小山敬三美術館)。もう一度行きたいものだ。

 立体作品群、目立たず騒がず、キラリと小さく・・・。






      ~~~~~~~~~~~~~


 書を語るのはシンドイ。こちらに書の実践と素養がないというのが大きな理由だ。ただ今、中国史を勉強しているので、素養の無さを中国史でカバーしようと思っている。
 「書の語らい」をあまり聞かない。語るルールが無いようなものだ。これは書家や文化人の怠慢だと思っている。
 そして、書家は人生のベテラン達が大半だ。そういう方達を感想ではあっても一刀両断的な言い切りで進めていくのは難しい。失礼なことこの上ない。
 が、「字」は日常茶飯事としてそこにある。「書」も人生の流れで親しんでいる。本質に迫れなくても、何かは書けるだろう。本質に迫る必要はない。「語り」こそ人生だ。「栄通記」、楽しんだ展覧会は記したい、語りたいと思っている。

by sakaidoori | 2013-05-23 11:25 | エッセ | Trackback(24) | Comments(0)
2013年 02月 27日

1945) 白石区民センター 「謹賀新年 ー樋口雅山房、『松寿万歳』」 2013年1月18日

 


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 白石区在住の樋口雅山房の新春書き初めです。
 白石区区民センターに毎年寄贈されているもので、今年は「松寿万歳」。誠に新年にふさわしく、お目出たい言葉だ。松の木がいつも命ある緑を抱えるように、いついつまでも長生きし、富み栄えよと言祝いでいる。
 今年は巳年だからヘビだ。白抜きに描かれたヘビは白蛇の意か。白馬にしろ、白がつけば何かと霊験あらたかなものだ。白き蛇の力で、松の力と重なり、永久に八千代に栄えなん、ということだろう。もっとも、「白」の意力はプラスだけではない。力が過ぎて人の世界に害を及ぼす時がある。その辺は適当に蛇に言祝いで良い方向にお力をもらうことにしよう。
 愛嬌のある楽しい絵だ。いつもは絵は付け足しの雅山房・寄贈書だが、絵描きの勢いだ。松と蛇に書家自身が期するものがあるのだろう。



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 「寿」の字が、どこか流れから外れている感じだ。力感とダンス・ムードとギクシャク感がまぜこぜになって迫ってくる。

 新年の挨拶が遅れました。今さら「謹賀新年」とは言いにくい。「寒中見舞い」です。今年も心躍る歳でありたいと思う。皆さんもお体に留意して、良き日々をお過ごし下さい。


  

 

by sakaidoori | 2013-02-27 22:54 | 区民センター | Trackback | Comments(0)
2012年 11月 11日

1866)「(第41回北海道書道連盟展より) 樋口雅山房・『無言言』」大通美術館 終了11月6日(火)~11月11日(日)

  
第41回 北海道書道連盟展 より、

    樋口雅山房作、「無言言」 

       
 会場:大通美術館 
    大通西5丁目11・大五ビル 
    (南進一方通行の西側。)
    電話(011)231-1071

 会期:2012年11月6日(火)~11月11日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:10:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.9)

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     ↑:(会場風景)


 「北海道書道連盟展」、北海道書道界の各団体代表者級が網羅された書道展だ。一人一作で大きさも制約されてはいるが、現在の北海道書道の実力が揃ったといってもいいのだろう。
 その中で樋口雅山房の作だけを語りたい。氏の所属会名は「北海道墨人展運営委員会」となっている。単に「北海道墨人会」でいいと思うのだが、一団体一人という制約なのだろうか?ややこしい会名での出品だ。


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               ↑:樋口雅山房、「無言言」。


 生臭坊主の禅問答のような作品だ。実際、「無言言」とは、禅問答以外の何ものでもなさそうだ。きっとある高僧の言葉だろう。
 言葉は良いが、絵はひどい。お世辞にも上手とはいえない。下手も上手さという文人の遊び心だ。
 冗談で煙に巻く坊主心か?人生を高踏的にとらえた洒脱な作品と解すべきか?

 僕は樋口雅山房の「怒り」と理解したい。「挑発」と理解したい。誰に対する「怒り」?
 まず、自分自身にだろう。こういう作品でしか世に問えない自分にだ。
 そして、書道界全般に対する怒りだ。こういう道内代表書家が集う展覧会に、あえて「ふざけた」とも思われる作品を出品するのだ。この場に一石を投じたいのだ。
 「オレの書を無視するな!ふざけた作品と思うならば、あざ笑ってくれ給え。大声で笑ってくれ給え。愛すべき書道家達よ」
 だが、きっと氏の作品を、その心をサラリとかわして作品を後にするだろう。その姿勢に氏は「怒り」を感じているのだ。老いに鞭打って、自己を鼓舞している。それはピエロのような振る舞いだ。書道界のドン・キ・ホーテだ。

 「無言言」、横線が小さな兵隊さんのように並んでいる。弱い兵隊だ。「口」の字が絵の顔と重なって笑っている。泣き笑いだ。
 だが、「無」の字は素人目にも迫力があった。墨の濃淡が力強くうねっていて力感があった。だが、ただ良い書を見せることに氏は悩んでもいるのだろう。「七〇歳にして不惑」の心境からは限りなき遠い。「惑、惑」の樋口雅山房である。



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by sakaidoori | 2012-11-11 23:47 | 大通美術館 | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 06日

1690)「第26回 北海道墨人展」 市民ギャラリー 4月4日(水)~4月8日(日)

 

f0142432_1147386.jpg○ 第26回 北海道墨人展    


 会場:札幌市民ギャラリー 1階第2室 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年4月4日(水)~4月8日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (初日は13:00~、最終日は、~17:00まで)

 ※会場公開研究会 ⇒ 8日(土) 14:00~

 【参加書家】
 荒野洋子(倶知安) 佐藤志珠(遠軽) 伊藤迪子(余市) 渋谷北象(旭川) 太田俊勝(札幌) 照井心磊(旭川) 太田秋源(旭川) 樋口雅山房(札幌) 木村重夫(小樽) 吉田敏子(札幌) ・・・以上、10名。   
 特別出品: 中森博文(相模原)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.5)

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 会場は、今までの2階の部屋から1階へ。その変化はたいした意味はないが、今までは部屋を二つに区切っていたが、今回は開けっぴろげでオープンだ。その関係で見晴らしが良くて見やすい、気分が良い。それは広さばかりではないかもしれない。参加書家が減り、一点一点の作品が目に近くなったからかもしれない。

 入り口から時計回りに書いていきたいと思います。


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     ↑:太田秋源(旭川)。左側、「因」・144×180㎝。右側、「不動」・158×88㎝。


 「因」、若々しく堂々としている。筆の幅生かした太さ、癖を排した大きな感覚だ。



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          ↑:伊藤迪子、「「廻」。

 
 綺麗にこまわりしている感じ。「しんにゅう」を字に相応して廻らせているが、少し小さくて窮屈な感じ。品の良さを保ちながら、もう少し大きな気分があればと思った。


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     ↑:照井心磊(旭川)。左から、「地」・142×180㎝。「然」・142×180㎝。「契」・123×180㎝。 


 昨年の大震災を思っての字なのでしょう。
 内側からの力を大仰に発散することなく、グッと溜め込んで、コンパクトで張りのある造形に努めている感じです。


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     ↑:渋谷北象(旭川)。左から、「帰」・180×142㎝。「一事 1・2」・88×158㎝ 78×145㎝。


 全ての字が、右肩が円くて攻めている感じ。
 「一事」の組作品は面白い。回転ネジ式「一事」と、平面での膨らみを強調した「一事」。共に鳥の立ち姿などが連想される。


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     ↑:吉田敏子。左から、「縁(えにし) 3」・140×90㎝。「鞠 5」・121×142㎝。「縁 2」・60×48㎝。「樹」・45×51㎝。

 今までの書家とは異なったスタイルだ。というか、この書家にとっても、こういう形での墨人展発表は珍しいのではないか。
 この会は基本的には大きな一文字書を表現領域としている。大筆による大紙が装置だ。体全体の動き、腕の大きな走り、能に通じる美的な足運び、書き手の関節と骨がしっかりしていて、それが書の骨格を支える。そこに意力胆力という目に見えない味の素が、目に見える潤いを添える。
 そういう基本姿勢を一端棚に上げて、腕そのももの自由な運びを尊重した振る舞いだ。それは個展向きの姿勢ともいえる。自分の好きな書風を確かめている感じだ。
 「紙から浮かびあがる、しなやかでチョット頑丈な美しさ」ある時、彼女にそういう書を見たことがある。それがこの書家の本質かどうかはわからない。もっとご自分のセールスポイントを自覚されて、嫌味と思うほどそれに邁進したらと思う。それは書の求める品とは少し違うかもしれない。が、そういうはみ出し体験も楽しいと思うのだが。



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     ↑:太田俊勝、「一○」・140×360㎝。


 今展一の力作、大作だ。シンプルな字だがゴワゴワザクザクしている。禅問答のような字だが、へなへな禅師ではない。
 個人的には「一」の字がもっと長ければと思った。「一」のシンプルな強さと余韻を、もっと味わいたかった。
 おそらく、次の難しき「○」への心の動きが速すぎたのでは。それぐらい気分は「○」にあるのだろう。



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     ↑:樋口雅山房。左から、「竹」・100×100㎝。「「乱」・140×180㎝。
            「花」・47×90㎝。「竹 3」・47×90㎝。「月」・37×57㎝。「竹 2」・33×70㎝。


 吉田敏子と同じく、それ以上にマイペースの書群だ。完璧な個展スタイルだ。氏の文人スタイルが一作完璧主義を忌避するのだろう。
 その文人気質は書を絵画的にしている。大作の「乱」、お馴染みの樋口・ひよこが戯れている。「乱」とは遠い遊ぶひよこだ。二つのひよこは何かに追いすがるような、追い求めているようでもある。母親探しかもしれないし、見果てぬ夢かもしれない。


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 夜叉が美しい花束の面を被っているよう。この字の方が「乱」を思う。女装の男能役者が、黄泉の語りに参上したようだ。



 以下、大まかな写真だけ載せます。


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by sakaidoori | 2012-04-06 16:47 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(0)
2011年 11月 04日

1605) 「『500m美術館』オープニングセレモニー/樋口雅山房の書ライブ」 11月3日(木・祝) 10:00~

○ 「500m美術館」オープン オープニングセレモニー 

    書家・樋口雅山房による書のデモンストレーション





 会場:地下鉄東西線コンコース、
      「バスセンター前駅」から「大通駅」に向かっての約500mが「500m美術館」。
     ※ セレモニー会場は「500m美術館」の最西端、大通駅側エントランス前。
 日時:2011年11月3日(木・祝)
 時間:10:00~10:20

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11.3)


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 樋口雅山房を見に行った。あまりセレモニーなどに行く人間ではないが、行けば行ったで面白かった。何より、ここに報告できるわけだ。行かれなかった人には何ほどかの参考になるでしょう。


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 式はおごそかに始まった。通路を半分つぶして、パイプ倚子の関係者だ。

 ヌードを得意とする写真表現者が手伝いをしていた。
 「こんちわ、出品しないの?」
 「ヌード、ダメなんですよね、ここは」
 笑顔の素敵なやさしい青年だ。当然、ヌード作品は綺麗だ。彼の作品が公共空間での「風序良俗」を乱すのならば、何をもって「美術館」と言えよう。何をもって「現代美術の場」といえよう。式辞挨拶の冒頭を上田札幌市長が語っていた。「現代美術とは『何だこりゃ???』に要諦があると」。それが全てではないが、同感である。
 きっと青年のヌード作品は「何だこりゃ?」が足りないのだろう。あるいは過剰すぎるのかもしれない。
 「現代美術」の要素に「闘い」がある。「闘う中での交流」がある。彼のヌード作品をここに正々堂々と展示する。その為に関係者に働きかけて、賛同を得る。彼の「現代美術感」を理解してもらうのだ。そういう行為こそが「現代美術」と思っている。「現在美術の他のジャンル」にない存在理由だ。彼の闘いが今日から始まった。


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 その上田市長の点灯式を終え、樋口雅山房の書・ライブが始まった。時は10時26分。
 多くの目が座り姿に注ぐ。フラッシュが走る。書家の勝負所である。
 今日の筆の相手は紙とは違い板だ。日の丸模様に「舞」が落とされる。書家が踊る、筆先が踊る、線が踊る。
いや、「舞」なのだ。


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 一発仕上げだ。作品は乾いた後に今展の雅山房コーナーに陳列される。後日その姿を見に行こう。

 映画のロケのような、路上演劇のような、不思議な式典であった。喜劇か悲劇か。
 わずかな時間の書ライブが劇を美の現場に一変させた。参加者の目が狭い空間に集中する。たっぷりと吸い込まれた墨が、ゆったりと跡を残していく。無駄なく、おごるでもなく、力むでもなく書きあげられる。大人の両脇で子供が踊っているような字だ。絵のよう。
 新たな美術館の門出である。


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 オープニング記念展・前期展がこの日、この瞬間から始まった。23人の出品だ。来年の1月28日(土)まで開かれ、展示替え後に後期展が始まる。
 セレモニーを見て「500m美術館」を「記念展」を語らないのは片手落ちでしょう。お気に入りを中心に載せていきたいと思います。

 続く



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by sakaidoori | 2011-11-04 18:03 |  500m美術館 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 24日

1589) ②「2011年墨人札幌夏期合宿 山の手小学校の樋口雅山房の場合」 終了・8月4日(木)~8月7日(日)

○ 2011年 墨人札幌夏期合宿から

     山の手小学校に於ける実践風景

        樋口雅山房の場合

 

 会場:山の手小学校 +某ホテル
 日程:2011年8月4日(木)~8月7日(日)
 時間:

 主催:墨人会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.6)

 (1588番の①に続く。)

 さて、樋口雅山房の書の流れを載せます。お題は「乱」。


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 どの書家も、書き始めの精神統一の仕方をお持ちだろう。氏はしっかりと沈思端座する。



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 たっぷりと墨を溜め込み、その重みを楽しみながら、歳とも体力とも対話しながら足を進めている。最後の筆の埋め込みに注意して欲しい。がっぷりと筆を突き刺しねじ込み、黒墨の中に毛跡を刻み込んでいた。

 明瞭に他の方とは動きの張りが違う。それは足さばきに現れているが、おそらく呼吸法が違うのだろう。吸って止めて吐いてそのテンポと腕のリズムが宜しい関係にあるのだろう。足腰はそれを支えるのだろう。氏はスポーツ系の人ではないだろう。書が氏をスポーツ人にもした。

 白黒のメリハリの明快な字である。乱れない「乱」だ。二人の小坊主というのか、二匹のひよこと言うべきか、上向き加減に遊んでいるようだ。氏の雅さか遊び心か、禅問答にも見えてしまう。「ひよこは書を喰うか?」何と雅山房禅師は応えるのだろう。




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 合宿最後の夜の研鑽も終わろうとしている。9時も過ぎている。良いものを見させてもらった。





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by sakaidoori | 2011-10-24 21:29 | 学校構内 | Trackback | Comments(0)
2011年 10月 24日

1588) ①「2011年墨人札幌夏期合宿 山の手小学校に於ける実践風景」 終了・8月4日(木)~8月7日(日)

○ 2011年 墨人札幌夏期合宿から

     山の手小学校に於ける実践風景

 

 会場:山の手小学校 +某ホテル
 日程:2011年8月4日(木)~8月7日(日)
 時間:

 主催:墨人会

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.6)

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 実に壮観な風景だ。夏とはいえ、既に戸外は真っ暗闇だ。自分の字に一所懸命な大人達、若いとは言えない風貌も見受けられる。淡々と一字に打ち込む姿が目の前一杯にある。

 「墨人会」のことを、某新聞に「・・・在野の前衛書作家集団・・・」、と会員の樋口雅山房は語っている。今、その「在野」性や「前衛」性を語るのは止めよう。この実践風景と、その印象を素直に報告しよう。

 本州方面から25名、道内から11名の36名の参加。ホテルに合宿し、「顔真卿と建中告身帖」に関する臨書研究報告と議論、そして当山の手小学校体育館での実践表現研鑽が実施された。スケルージュ表を頂いたが、まことにびっしりと予定が組まれていた。予定終了後に、道外の方達はそれぞれに北海道を楽しむのだろう。会の公式予定には漫遊等の息抜きは組み込まれていなかった。


 「顔真卿」、唐の後半の代表的な書家だ。その特徴を一言で言えば、「看板文字の大家」だ。ワイルドな個性的文字は破綻的個性を重視したい美術家にとっても面白い存在だと思う。
 顔真卿は省略して、今少し会場風景と個人の書き姿を載せます。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 書に新聞紙は良く合う。紙紙紙紙・・・、黒黒黒黒・・・、隙間隙間隙間隙間・・・、そして「文字」が神棚のように輝いている。


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     ↑:「毬(まり)」を書いている吉田敏子、その字。

 吉田敏子さん、彼女の熱意・頑張りが合宿成功の大きな力になったことでしょう。ご苦労様でした。
 「吉田敏子・書」、字そのものへの拘りと、字の黒と余白の白との美意識に留意している。失礼な言い方ではあるが、字の拘りを減らして、美意識を剥き出しにした試みをされたらと思っている。より感覚的な書を意図的に試みてはと思う。極論を言えば、「字」を捨てるのです。
 それにしても「毬」とは難しい字を選んだものだ。字画の多い字だから大胆に省力せねばならない。この字に対して、円環運動の全体の中で細身の骨格で体をなし、白黒の対比の美学ごどう実現するかを確認しているようだ。


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 年配者に混じって若い女性も参加だ。道外の方だろう。ベテランの指導を仰いでいる。
 太い線の割にはあっさり淡泊な字の体つきだ。一所集中というよりも、筆を大きく運ぶのが楽しくて仕方がないのだろう。


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 「女」かな?女が女を書いていた。自分を書いているのだろう。熟女のさわやかな動きだった。


 全体に女性の比率が多いので、動きがおとなしく見えた。「字を書いている」という動きだった。
 「書」は書きぶりや、その動作を見る芸術ではないだろう。だから、「芸術的動き」は必要ない。だが、良き動きが良き筆跡となり良き痕跡を留めるという考えも起こる。パフォーマンスとしての「書」、舞踊としての「書」の可能性もあるだろう。そういう意味では、力を蓄えた動きは少なかった。女性軍にスポーツとしての「書」をもっともっと考えて欲しい。

 さて、我が愛する樋口雅山房の動きと書を②でお見せしよう。

by sakaidoori | 2011-10-24 20:29 | 学校構内 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 11日

1458)「樋口雅山房・吉祥文字展」・STVエントランス・ホール 2月7日(月)~2月27日(日)


○ 樋口雅山房・吉祥文字展


 会場:STVエントランス・アート
    中央区北2条西2丁目
     STV北2条ビル 1階ホール
    (南進一方通行の西側のビル。) 
    電話(011)207-5062

 会期:2011年2月7日(月)~2月27日(日)
 時間:月~金 9:00~18:00
     土・日  9:00~16:00

ーーーーーーーーーーーー(2.11)


 遊び心と気骨さと。そんな書展だ。


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     ↑:左から 「喜(古文)」、「寶を招いて進む」、「寿(古文)」。

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          ↑:「遊」。


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f0126829_23202173.jpg 禅は知らない、華叟のむすこ
 この凶雲(一休)に、禅では通らん
 一生ほぐれぬ、肩のコリ
 背負うは松源、ただひとり
             (柳田聖山・訳) 注・松源=禅師の名。

 禅の心を同輩の輩は正しく知ってはいないし、伝えてはいない。だから一休に禅の話をしても無駄だ。そういって同時代を突き放し、自賛している。そして故人・禅師松源の遺徳を讃えた漢詩だと思う。


 一休・凶雲集の中から、雅山房のもっとも好まれた漢詩なのだろう。一休の世間を突き放し、かつ己の存在の不動さを宣言した自賛の詩を、自分自身に置き換えているのだろう。




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          ↑:「遊」。




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f0126829_2350947.jpg うたのわかれ(禅者一休の最後の言葉。)

 シャバよ、さよなら、
 伝えておくれ、
 虚堂(一休の前身)きたとて、
 半文ない、と。 (二度めはダメである。)
              (訳:柳田聖山)

 1481年、入滅にさいして書かれたもの。某寺に一休の真蹟があるとのことです。

 いわゆる、一休の辞世の句です。
 一休には他にも別れの詩がある。そちらは好色・一休らしく、「さらばさらば」と、美人の膝で語り、時は過ぎいき来世の雨を詠っている。

 一休の辞世の句に、己の今後の意気込みを仮託しているのだろう。「シャバよさらば、これからは好きなことのみをするぞ!」



 会場に飾られた一休の詩、それは書の力の可能性を開きたい願望であり、自己宣言でもあろう。
 同時に、氏の遊び心は何やら中国旧正月の雰囲気がある。どこからか爆竹が聞こえそうだ。新しき歳を言祝ぐ言葉、それが文字・漢字・書の原点であったことは間違いないだろう。
 現在に「書」の力があるか?いささか疑問ではあるが、だからといって絵画や美術に現代を突き進み切り開く力があるか?と問われれば、やはり疑問符がつくだろう。疑問符が付こうとも人は何かをせねばならない。その行為が人の記憶に残れば幸いであるが、残る保証はない。

 STVエントランス・ホール。職場の回廊に置かれた禅師の言葉、書家の遊び。現代とは面白い時代だ。余暇人の風流と笑う人もいるだろう。大いに笑われれば雅山房も本望だろう。笑う人に雅山房は、舞って遊んで応えるだろう。


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by sakaidoori | 2011-02-11 23:10 | STVエントランスホール | Trackback | Comments(0)