栄通記

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タグ:梅田マサノリ ( 4 ) タグの人気記事


2013年 09月 25日

2225)②「梅田マサノリ展 『恋という字をマチガエテ変になる』」 門馬 9月18日(水)~9月27日(金)

  


梅田マサノリ 


恋という字をマチガエテ変になる

 引きつけること-嫌悪すること
        

 

  
 会場:ギャラリー・門馬   
      中央区旭ヶ丘2丁目3-38
       (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055

 会期:2013年9月18日(水)~9月27日(金)
 時間:11:00~19:00
     (初日は、13:00~。最終日は、~17:00まで。)


ーーーーーーーーーーーーーー(9.22)

 2224)①の続き。


 ①で頑張って書きすぎました。②はサクサクいきたいと思います。

 残りの2階の様子です。



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 右のドアが半開き。そこは暗室仕立てで映像による不思議不思議世界。そこは最後に紹介しよう。



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 以下、この空間にある小さな作品をランダムに載せて行きます。一応、床に置かれた作品から始めましょう。



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 作品は磁器と聞きました。パーツを作ってプラモデルのようにして組み立てていくのでしょう。確かに遊びには違いはない。「25時の夜の玩具」、と言えなくもないが、冷ややかな凄みがある。

 箱に入っていない標本のよう。生きてるとも死んでいるとも・・・。生身の体のような、抜け殻のような・・・。白いから淡泊?念力粘着の塊にもみえる。欧米的に「精霊」と見てもいいし、中国式に「気」であってもいい。普通に粘菌お化けと日本流に呼びもしたい。

 確かに骨である。幽霊の類かもしれない。冥界から挨拶にやってきたのだ。が、何も怖くはない。怖いのは白い骨ではなくて、肉のある人の心かもしれない。




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 さて、最後の梅田ワールド、からくり暗室部屋を覗くことにしよう。



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 魔方陣と言うべきか、万華鏡の暗闇と言うべきか、床に鏡面のようなものが何かを写している。
 よく分からない。

 ここでANNEXで個展をされていた兼籐忍さんにもう一度登場してもらおう。



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 彼女の位置に立つと、その映像がこの鏡面に映る仕掛けになっている。



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 いろいろと説明してくれる作家の仕草だ。鏡面には薄く水が浸されている。「水紋とかがあれば面白いのだが・・・」。今作は、いろいろとアイデアを模索している段階だ。この作品に限らず、今展は全編試行錯誤の途中編といっていかもしれない。完成形の個展ではない。悩める作家と共に、同時進行的に作品と鑑賞者が居るという位置づけだろう。
 「悩める作家」と言ったが、決して袋小路でうなだれているわけではない。アイデアが溜まりすぎて、ちょっと小出しにして気分整理なのだろう。ついでの皆さんから良き刺激がもらえたら、ということだろう。





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 暗闇の部屋、気がつけば天井から怪しげな物体がつり下がっている。この下であれこれと見る人達は思案をしていたのだ。それを作家はニンマリとほくそ笑んでいたのだ。やっぱり変な梅田マサノリだ。

by sakaidoori | 2013-09-25 18:06 | 門馬・ANNEX | Trackback | Comments(0)
2013年 09月 25日

2224)①「梅田マサノリ展 『恋という字をマチガエテ変になる』」 門馬 9月18日(水)~9月27日(金)

  


梅田マサノリ 


恋という字をマチガエテ変になる

 引きつけること-嫌悪すること
        

 

  
 会場:ギャラリー・門馬   
      中央区旭ヶ丘2丁目3-38
       (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055

 会期:2013年9月18日(水)~9月27日(金)
 時間:11:00~19:00
     (初日は、13:00~。最終日は、~17:00まで。)

※ オープニングパーティー ⇒ 初日(水) 18:00~20:00 


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 DMには同時出品案内が沢山記載されています

 ◯ ガラスのピラミッド開館10周年記念協賛企画。9.18-9.23
 ◯ ハルカヤマ藝術要塞2013。9.8-10.5
 ◯ ハルカヤマ・サテライト展。9.14-11.17

 そして来年は地元帯広で

 ◯ 防風林アート屋外展示。2014.2.1-2.16
 ◯ 関連企画:防風林アート参加作家小品展。期間は上記の展覧会と同じ。


 詳細はDMを拡大して確認して下さい。


ーーーーーーーーーーーーーー(9.22)


 広い会場にはオブジェ、絵画、小物、映像と盛りだくさんです。

 タイトルは「恋という字をマチガエテ変になる」という、ちょっと意味不明のものです。
 ま~、芸術行為という恋に陥って、変な作品ができあがった、そんな意味にしておきましょう。ですから、今展は、そんな変な作品達の顔見せ展ともいえるでしょう。実際、梅田ワールドは、その実直本格現代美術なのですが、どこかが何がしら「変」なのです。本人は全く変さをウリにはしていませんが。



 一々の細かい言葉ははしょって、玄関から作品を見ていきましょう。



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 このシーンをみて帰られる方もいるとか。怖いのかな?薄気味悪いのかな?獣の妖気か?




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 鹿のオブジェの前に、それこそ変なシナモノ。「粘菌」か?これらは2階にも静かにたたずんでいる。その紹介は後で。



 とにかく本展のプロローグ、鹿のオブジェをしっかり見よう。




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 この鹿達は入り口にあるだけで、居間の方には展示されていない。これだけの力作なのに、実に変だ。ということは、この鹿で「勝負」しに札幌に来たのではないのだろう。何が不満なのか?何を暖めているというのか?今後の梅田マサノリの方向を思慮する試金石か?




 明るくてリッチな居間に入ろう。



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 絵画が、この場所この空間の主役だ。
 僕にとっては初見の作品ばかりだ。概ねこの10年間の作品として理解して良いのだろう。

 実は絵を見る心の準備をしていなかった。そして、この何とも言えないムード、迫力に近づけなかった。遠目に眺めたというのが事実だ。見れば見るほど心の整理ができなくて、ただただ写真を撮ってきた。

 今改めて、写真を見ながら作品と静かに会話をしている。これが梅田マサノリだったのか、と唖然としている。



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   ↑:「光の影の人」。



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   ↑:「魚とクラゲ」。




 何なのだろう、この凄みは?間違いなく闇を見ている人だ。見ているというか、この空間にどっぷりと入る直前の人だ。傍観するという静けさもあるが、入らねば解らないだろうという強さもある。





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   ↑:(「compensation of balance #23」・2007年 89×180.3㎝ ミクストメディア パネル。  


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   ↑:(「compensation of balance #24」・2007年 89×180.3㎝ ミクストメディア パネル。  

 
 (両作品ともタイトル等のキャプションや説明書きはありません。2007年の帯広美術館での個展図録より記します。あくまでも参考資料です。)


 セピアのかすれた色合い。上は「トウキビ」に、下は何かの「花」に見え、枯れて死を直前にしている。それを画家は既死観にさいなまされて一気に描き上げたのか!それは「生」への渇望でもあり、身にへばりつく「死」との対話を感じる。

 「生は良いことなのか?死は本当に悪いことなのか?怖いことなのか?生死の境界は何処にあるのか?」




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   ↑:(共に)「compensation of balance 」。(右側は、美術館個展時は、<1995年 72×51.5㎝ ミクストメディア キャンバス>。その後加筆されているかもしれないので、制作年は参考です。)  




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   ↑:「compensation of balance」。




 全てのタイトルは「compensation of balance」。「バランスの代償」の意か。

 6年前の図録で画家はその意味を「『いろんな意味を含ませている』・・・と断った上で、『絵を描くことと、仕事としてのデザインとのバランス』」と書かれている。

 絵から判断すれば、「生きる代償」、「生死の代償」、「生きることの意味を問う代償」と言い切りたい。「絵なんて描かなくても良いのだ。描いてもことさら見せなくても良いのだ。が、描きたい、見せたい」その代償、報復として作品があると。
 なぜなら、作品があまりに個の独白に終始し、個と社会との関係が絵画にどれだけ反映されているか、そのことが不安なのだろう。(絵画とはそういうものと僕は思っているのだが。)
 個の回復は社会化の中でしか実現しない。おそらく、そういう動機、気質がオブジェ作品や映像となり社会派的な主張を模索しているのだろう。


 氏の絵画の特徴として「性」の問題がある。
 下の方に掲げた格品群は遊び心もあり、暗い絵だが余裕がある。それらを含めて「性的」なものが希薄だ。遊びや植物が性を包含しているのだろうが。要するに女の臭いが希薄だ。別に作品にオンナ性がなくても良いというかもしれない。が、僕はそうは思わない。絵は非常に正直なものだ。男の絵には性に対するロマンや妄想の破片が隠れているものだ。
 氏は正直な作品をつくる人だ。そして、肉体らしき標本のようなものも作る。絵には出づらかった「性的なもの」は、そういうオブジェにでているのだろう。玄関先にあった白い磁器の小品たち。「生」、「はかなさ」と重なりながら「性」の表現なのかもしれない。

 それだけ氏の絵画は性よりも、闇に象徴された空間的な秘部に関心が強いのだろう。今後は、その闇から、社会性や人間関係性、性や遊びが明解な形で自己主張し始めるのだろう。まさしく現代美術として。




f0126829_14175166.jpg 2階の作品は、続けての②で掲載します

 

by sakaidoori | 2013-09-25 14:17 | 門馬・ANNEX | Trackback | Comments(2)
2012年 06月 04日

1785) 「梅田マサノリ 『記憶を探す通路』」 門馬 6月1日(金)~6月13日(水)


○ 梅田マサノリ 

  「記憶を探す通路」 

       記憶をコーテティングする今。
 


 
 会場:ギャラリー・門馬 ANNEX 
     中央区旭ヶ丘2丁目3-38
     (バス停旭ヶ丘高校前近く) 
     電話(011)562ー1055

 会期:2012年6月1日(金)~6月13日(水)
     (会期中無休)
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(6.1)

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 光を浴びる日にここを訪れると、もうそれだけで「美術」にタイムスリップする。
 強い光は磨りガラスで和らぎ乳白色に染まる。しかも空間は細長く、作家の意図のままに進んでは立ち止まり振り返り、最後は突きあたりのドアを過ぎ、緑の森で一呼吸する。
 門馬邸の庭は春真っ盛りだ。飛び回るシマリスの尻尾を見た。走ることの好きな生き物だ。ちょっとこちらを楽しませては、素早く木に登り、枝を伝い、これみよがしに素早い動きを披露する。あいにくと今日は尻尾だけだった。それでいい、君を見にきたのではないから。

 もう一度出発点に戻ろう。「記憶を探す通路」と作家は言っている。同時に、「記憶をコーティングする、今」とも言っている。記憶という過去、それを今は過去完了にするのだろう。
 その行為を追体験できるか、ゆっくりと会場を歩いてみよう。


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 梅田マサノリ得意の意味不明な浮遊物だ。生理の襞を浮遊させていている。が、生理のトゲをのこしつつ、トゲの役目を終えたようだ。

 目を磨りガラスに転じよう。


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 男と女だ。自画像と夢と呼ぼう。ここにも正直な梅田マサノリがいる。全ては標本なのだが、休ませている感じだ。


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 再び意味不明の浮遊物?四つ足の可愛い動物に見える・・・、ベッドだ。


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 ベッドが浮いている。子豚ちゃんのようでかわいい。


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 枕だ。飛んでいくなと、石で押さえられている。飛んでいくなと・・・。


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 再びエッチな作品だ。オッパイと言おうか、女性器と言おうか。本人もしっかりと登場して、愛すべき梅田マサノリだ。


 振り返れば・・・、明るくて静かな標本室だ。

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 出口は近い、戻るわけにはいかない。先に進もう。


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 梅田マサノリ考。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 以前、テンポラリー・スペースで初めて個展を見た。
 その時も標本スタイルだった。が、もっと肉肉していた、生っぽかった。更に、標本の器は王朝趣味的で、装飾過多のギラギラ感もあった。この肉っぽさと装飾性との組み合わせはミスマッチのようで、意地の張り合いのようにも見えた。意地の張り合いと言えば、部屋を押しつぶすようなビニール球体も置かれていた。
 穏やかならぬムードが通奏低音のように流れ、何かを包むようにして「可笑しさ」が漂っていた。とにかく、至る所に顔を出すアンバランス感が梅田マサノリらしさと理解した。

 おそらく深刻なテーマを持っているのだろう。例えば、「生と死」、あるいは「肉体と精神」など。文明の利器を巧みに使うことにも秀でた人だ。「個人表現と集団意識との関わり」、「現代文明と表現媒体」、などもあるかもしれない。だから硬派と言える。
 1958年生まれの人だ。焼け跡派、団塊の世代、その後の燃えかすの世代などの、人の塊の息吹を知らない。人種的に優しい世代の始まりに位置する。彼の持つやさしさが、硬派一本表現を衒うのだろう。

 今展は静かだ。そして自画像もあり正直だ。女性器もあらわで、素直だ。己の「肉」との対話も一段落したのかもしれない。
 大病を患ったと資料にはある。いつのことだろう?
 帰りしなに、「このシリーズは今回で一区切り・・・」と、そんな言葉を耳にした。肉塊シリーズなのか、標本シリーズなのか、浮遊シリーズなのかは分からない。過去と一線を画すのだろう。その為の個展だろう。限りなく個人的な発表かもしれない。


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     ↑:(浮遊するベッドの支え石。)



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by sakaidoori | 2012-06-04 18:40 | 門馬・ANNEX | Trackback | Comments(2)
2008年 10月 03日

774) テンポラリー 「梅田マサノリ・展 『細胞の風景』」  10月1日(水)~10月7日(火)

○ 梅田マサノリ・展
      『Scenery of cell 細胞の風景』

 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通り・西向き、隣はテーラー岩澤)
     電話(011)737-5503
 会期:2008年10月1日(水)~10月7日(火)
 休み:?(月曜日が一応定休日です)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~16:00まで)
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 直径2mの透明ビニールボールが部屋の真ん中に吊り下げられている。 その中にも何やら怪しげに白い物がぶら下げられている。


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 在廊中の作家が展示品を説明してくれた。が、僕は入室した時の印象を引きずっていて聞き逃してしまった。

 印象・・・ドアを開けるといきなり焦点が定まらないうちに何かが目にドーンと飛び込んできた。うろたえてしまった。巨大ボールが焦点を合わせる暇なく襲ってきたのだ。次に、更なる錯覚をしてしまった。ボールの中の白い物が、血抜きされた鳥の剥製としてぶら下げられていると。剥製は美しく白装束として化粧され、逆さづりされている。流れ出す赤い血は一滴も無い。一つの儀式がボールの中で進行している。他人から見られることによって、静かに無言劇のように。ボールは動かないが我々を自然に動かす力がある。我々はぐるぐる廻らせられる。人一人が通れる空間をボーとして歩くのだ。鳥の背後には子宮とも卵巣とも思える円いガラス球が屍からはみ出している。あまりにもむき出しにされた女の象徴とも命の証とも見える。

 (そのガラス玉は目なのだ。中にはカメラが隠されていている。人の視野と同じだけの広がりを写す。インターネットに接続されてバーチャル空間として電波でこの会場の様子を送り届けるのだ。主に写されるのは壁の展示作品だ。標本のようなそれらには特殊溶液で満たされ、光に当たると色を発し変化していく。西日に当たる標本作品が時間の移ろいを外部に転写するのだ。)

 大きくてシンプルな作品に凝った仕掛けをしているものだ。どこかアンバランスな二重構造だ。標本作品も爽やかで粘着的だ。箱と水と台のシンプルさに反して、余りに華美な容器のデザイン。ミスマッチのようなこの感覚は個性的でもある。

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 梅田マサノリ、不思議な作家だ。
 巨大ボールは子供の遊戯としても使われた作品との事だ。そういう優しさが作品にはある。が、それに劣らぬアイロニーがある。

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f0126829_2239431.jpg 作家は数年前に大病を患ってようやく回復しての作家活動だ。体に水が溜まり、癌化してその腫瘍を摘出したとのことだ。その体の一部としての腫瘍の写真を利用しての作品が入り口脇の特陳コーナーに展示されている。左の作品だ。担当医者が撮ったそうだ。何とも薄気味悪い。決して単なる生命賛歌の人では無い。









f0126829_2244516.jpg ほとんど意味不明な器械がこっそりと置かれてある。チックタック・チックタックとせわしく音をたてている。部屋にはバロック音楽が流れているというのに。
 作家に尋ねると気圧計との事だ。「音、良いでしょう。時限爆弾のようでしょう」。!!!。この言葉には本当に驚いた。あまりに全体とのミスマッチのような仕掛けを作家は軽く楽しんでいるのだ。

 吊り下げられた「鳥」を始めとして、材料として真綿を多用している。美しくも優しい梅田マサノリ、その真綿で背後から首を絞める刺が魅力的だ。
 閉所空間を利用した展覧会だった。どこを見ても閉所だらけ!狭い部屋に巨大ボールを閉じ込め、その中に入れ子のように何かを閉じ込め、壁には蓋として閉じ込め作品を並べる。
 閉所からの反逆を見た。

 

by sakaidoori | 2008-10-03 22:15 | テンポラリー | Trackback | Comments(2)