栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:抽象画 ( 23 ) タグの人気記事


2012年 10月 26日

1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日)

  
道展 

第87回/2012   


 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年10月17日(水)~11月4日(日)
 時間:10:00~17:30
      (最終日は、~16:30まで。)
 料金:一般・800円 大学専門学生・500円 高校生・300円

 主催:北海道美術協会 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(10.18)

 1834)①、1840)②の続き。

1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_11182831.jpg



 第3室のみを載せます。
 上の写真と、下の写真群を重ねれば全作品になると思います。左回りです。


1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_11332249.jpg



1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_11344692.jpg



1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_1135162.jpg




 この部屋は抽象性の高い作品ばかりだ。道展といえば「具象」だが、総合公募展の良さを発揮して何でもありだ。

 この部屋の抽象性を、「道展の抽象の部屋」としてくぐるよりも、ある種の抽象作品群として見た。
 明るく色の出し方を競っているようだ。そして、明るさ以上のくくり方ができないのが一大特徴だ。また、無理に共通傾向を明示しない方がいいであろう。そのことが特徴と捉えておこう。

 抽象画ということで、「北海道抽象派作家協会」の作品との比較をすれば、道展抽象画の特徴も少しは分かるかもしれない。(近々、その協会の秋展の模様を伝えます。)

 「北海道抽象派作家協会」、この会の会員の幾人かは、「暗く重い」。発色や明度の低さというものではなく、高い絵画技術を人生経験からの感性とすりあわせている。彼らの人生が「暗い」とか「重い」とかではない。作品と作家自身の生理とが近いと感じる。両者の直接性が高いと言い換えた方がいいかもしれない。
 もっとも、絵はその人の好みや感情や志向性が強く反映される。それなくしては絵は生まれないと強く言い切れる。だが、発表する「作品化」となると、それだけでは語れないだろう。生きるための手段性の高い作品もある。生理を意図的に避けて表現する場合もある。デザイン性や装飾性で覆われる作品もある。美そのものを楽しむ場合もある。
 だから、北海道抽象派作家協会の場合、「絵に人生をすり込ませる度合いが強い作品」と、言えばいいか。全会員がそうではないが、その偏差として個々の作家を見たくなる。そして、その傾向は日本一般の絵画動向とはやや異質だろう。古風でもある。

 ながながと道展とは無関係の団体のことを語った。道展抽象画の理解に資すればと思ったから。



 撮影したピンポイント作品は少ない。4点のみです。以下、それを全部載せます。


1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_11424379.jpg
     ↑:会員・末永正子(小樽市)、「景」。

1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_1144266.jpg



 なんと言っても末永正子だ。ある時期から、はしゃぐ心が画面を覆っている画家だ。だが、どうも「はしゃぐ自由精神」だけでは物足りないみたいだ。明るく勢い100%みたいな絵を描いたりもしているが、その明るさとハチャメチャさがしっくりこない。模索中の試行絵画として見ていた。「腕の自由振り振り絵画は嫌いではないのだが・・・気持ちは良いのだが、何かが足りない。この物足りなさは何なのだろう?」そう画家自身がつぶやいているようだった。

 今作、明るさと濃密さが良い。この濃密さは女性特有の刺繍精神だ。線描は細やかな細やかな糸と針の足跡だ。色としての線描があれば、ひっかき傷のような線描もある。肉声を埋め込みたいのだ。全道展の高橋靖子女史に通じる。
 抜群に暗い作品と見てもいいだろう。だが、この暗さは「男の美学」とは無縁だ。熟女を走る土根性というべきか。
 
 彼女は個展をしない。何故なのか?かつてギャラリーどらーるで個展をした。しかし、それは企画の流れだった。今作を契機に、新作、近作ばかりの個展準備をお願いしたい。溢れる力をもっともっと社会に出して欲しい。


1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_124255.jpg
     ↑:一般・森田知穂(札幌市)、「12-3」。


 絵の中にこういう線描があると、気持ちがワクワクして仕方がない。それに、線が色と重なって、多くの人物がたむろしている感じだ。そういう人物群像画にもなっているから、一層関心を惹く。
 それにしても紫が効いている。


1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_12115490.jpg
     ↑:会員・長岐和彦(美深町)、「SCENE #32」。

 全体の作品の中では浮いた感じ。他の作品を強調させるための「黒模様」ならば話は簡単だが、そんなはずはない。展示者側も、黒の中の白い部分を滝に見立てて、水色の作品に挟ませている。単なる色の組み合わせとして作品を扱った感じがする。
 では、どう扱うべきか?なかなか難しい。やはり、個展として作家の方向性を見たいものだ。そうすれば、黒模様の白は、闇の中の光なのか?あるいは黒という窓の中に、さらに白という窓を重ね合わせて、異空間、異次元に人を誘いたいのか?あるいは、絵画の中の黒の絶対性を追求したいのか・・・?諸々のことで作家と感情交換できるかもしれない。
 やはりこういう作家は個展として触れ合いたい。それを知って、年々の流れとして公募展を楽しみたい。


1846)③「道展 第87回/2012」 市民ギャラリー 10月17日(水)~11月4日(日) _f0126829_1254389.jpg
     ↑:一般・山形牧子(札幌市)、「入水のパレード」。

 大学を卒業し。その後も学校で研鑽を続けている。

 確かに全体の中では力量感は乏しいが、「軽み」という魅力がある。形を決めない茫洋感、それは「入水」を意識しているのだろう。
 ところで、「入水(じゅすい)」とは水の中に身を投げる自殺の意だと思う。どうも、この絵に「死」はそぐわない感じだ。普通にに「水のパレード」で良いのでは。水の楽しさ、軽さ、変幻自在さ、そして死にたくなるほどの美しさを表現したいと理解したのだが・・・。


 ④に続く

by sakaidoori | 2012-10-26 19:40 | 市民ギャラリー
2012年 06月 17日

1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)



野口秀子・個展(道展会員) 2012        


 会場:大丸藤井セントラル・7Fスカイホール
      中央区南1条西3丁目
       (東西に走る道路の南側)
      電話(011)231-1131

 会期:2012年6月12日(火)~6月17日(日)
 時間:10:00~17:30
      (最終日は、~17:00まで。)  

ーーーーーーーーーーーーーーーー(6.2)

1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2153937.jpg
     ↑:(会場正面と左側。)


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2163131.jpg



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_218089.jpg



 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21125250.jpg
     ↑:(正面の4点。)


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21134511.jpg



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2114749.jpg
 



 青空の下で胸を拡げて深呼吸、そして野山をステップ踏んで飛び跳ねて、色でリズムを操り・・・遊ぼうよと絵が言っている。自由気ままです。絵画大好き、ようやく好きに描いちゃった。見て見て、私の伸び伸び気分!

 今回で個展は7回目とのことだ。1年おきに当館で開いている。僕は3度か4度目の鑑賞だ。色合いだとか、構図だとか、ドローイング調だとかは今までと同じだが、今回は大いに開花した。今までは、自由にスルーと表現しようとしていたが、遠慮というか絵画の全体構成というか、「絵画作品」にしようとしていて、それは画家としては当たり前なことなんだが、結果的には「自由」を宿題にしていた感じだった。
 もともと強い縛りのある作風ではないのだが、「オテンバ小娘絵画」になっちゃった。こういう自由さが女性にはあるから、羨ましいというか恐ろしい。この変身術、化粧やお洒落と通じるものがあるのだろう。
 男は「理想」とか、「あるべき姿」とか「彼岸」などという建前がないと前に進めない。それは見果てぬ夢であり、ロマンでもあるのだが、本質的に自由作品は無理なのだ。その男が作った伝統美学を、せせら笑って女性が素通りしていく。野口秀子はスキップを踏んでノッパラに出ていく。


 個別個別の作品にその自由な世界を見ることができるが、今展は会場全体の色具合、春夏秋冬気分、緑の大地と青い空の拡がり具合を楽しむべきだろう。そして、何やら作品の中で細々動いているのは何だろう、そんな気分で近づいて、児童画風の線引き遊びや草むら世界を垣間見て夢膨らませたい。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21474078.jpg


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21484310.jpg




     ↑:「きままな一日」・10F×4枚。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21503863.jpg
          ↑:「片すみ」。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2155627.jpg



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2155371.jpg
     ↑:「とんでいく花」・4F。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_22222174.jpg
     ↑:「ほしの丘」。








  ↑:「小さな庭」・SM×8枚。



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2159090.jpg
1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_21592243.jpg


     ↑:左から 「大きな夕日」、「草むら」・8F。

 普通草むらは、だんだんと茂みの中に人の目線を誘うのに、「魅入らせるなんて面倒よ、草むらや天まで届け!」と遊んでいる。
 「夕日」の絵、何といってもピンクが眩しい。確かに夕日がピンクで染まる時がある。だが、これは実景感覚ではないだろう。画家野口秀子の心も体もピンクになったのだ。それはどんな気分だろう?この絵のような気分?男にはわからない。ただ羨ましくて、口をぽかんと開いて見るばかりだ。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2275029.jpg
           ↑:「空、自由に」。

 画家は四角を好む。それは窓だろう。こちらとあちらを繋ぐ通路だろう。
 四角い窓の向こうは青い空だ。そしてこちらはざっくばらんな黒い世界。もしかしたらチョッピリセンチな世界かもしれない。向こうに自由を求めているみたいだから。青や緑やピンクで遊んだはいるが、自由を求めていた時代を懐かしんでいるのかもしれない。


1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_22131966.jpg
1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_22133542.jpg
     ↑:左から 「秋」、「春のとびら」。



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_22182957.jpg



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2218407.jpg



1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_2219172.jpg




1792)「野口秀子・個展(道展会員) 2012」 スカイホール 終了・6月12日(火)~6月17日(日)_f0126829_22192074.jpg


by sakaidoori | 2012-06-17 22:32 | 大丸藤井スカイホール
2012年 03月 29日

1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)

   
○ 守分美佳・展    


 会場:ギャラリー ミヤシタ
    中央区南5条西20丁目1-38 
    (南北の中小路の、東側にある民家)  
    電話(011)562-6977

 会期:2012年2月29日(水)~3月18日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.11)

1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_1257877.jpg



1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_1258671.jpg



1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_12583358.jpg




 「暗い絵」が出てきた。逆に多くの色も出てきた。そして、ドローイングとしての線もでてきた。それは、以前のなぞるような輪郭線がいやになったふうにみえる。相当な変化だ。が、画題?や画風に劇的変化はなく、安定と変化の中立点に作家はいる感じだ。

 抽象画で「好きにやりたい」という気分は同じなのだが、何故だか「同じ事は続けれないわ!」、とつぶやいているみたい。別に過去の否定なり、強い断絶があるわけではないだろう。作為性に至っては希薄だ。そもそもが天真爛漫なところがあって、その気分を正直に画面に投影したいというのが絵画動機の一つだと思っている。禅師のように無我の境地で絵筆を運ばせたい、だが煩悩多き守分美佳にはそれができない。その心の移ろいが作風の連続と変化として進行しているのだろう。


1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_22232778.jpg


 何なのだろう。この暗さは?暗い絵が描きたかったのだろう。描いて吐いて次に行きたいのか?


1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_22262313.jpg



 一転して、この明るさは何なのだろう?百花繚乱で、今一歩進めば妖艶になりそう。「暗さ」も「妖艶さ」も、想定外の守分美佳だ。


1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_22314151.jpg



 今展での大作だ。というか、この抽象画・シリーズになってからでは、最大級かもしれない。
 白多くしてさわやかだ。初春、あるいは初夏の雰囲気。何より良いのは、線だ。せめぎ合う色の輪郭線という役割を止めたことだ。「線」を楽しんでいる。同時に、「面」をどうしようかという悩みの痕跡でもある。


1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_22385041.jpg



1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_22393124.jpg


 紫?さわやかな渋さだ。
 今展は色に心模様を託しているようだ。



1674) 「守分美佳・展」 ミヤシタ 終了・3月2日(水)~3月20日(日)_f0126829_2257793.jpg
 なぜだかこの日は花がよく似合った。
 絵画展に花は必要ない、害にもなる。が、それも時と場合によるのだろう。
 もしかしたら今展は「花展」かもしれない。そして生の花が作家に、「もっと花になれ!」と応援しているのかもしれない。

by sakaidoori | 2012-03-29 22:57 | ミヤシタ
2011年 03月 10日

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)

○ 守分美佳・展    


 会場:ギャラリー ミヤシタ
    中央区南5条西20丁目1-38 
    (南北の中小路の、東側にある民家)  
    電話(011)562-6977

 会期:2011年3月2日(水)~3月20日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.9)

 会場風景から。全作品をカバーしています。


1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_12202414.jpg


1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_12203438.jpg


1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_12204829.jpg



1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_12311961.jpg
     ↑:①

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_12313251.jpg
     ↑:②


1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_1231515.jpg
          ↑:③

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_1232533.jpg
          ↑:④


 明るくカラフルで元気な絵、将来的にはそんな絵を描く人と思っていた。
 さて今展、カラフルさは無いが、明るく強い絵に励んでいる。簡明で親しみやすい。

 「明るく強く」。そういう「元気」な絵、だから「カラフル」にする必要はなかったのだろう。好きな多色や赤系での勝負ではなく、白と黒の力をギラギラと確かめている。そのボリューム、他とのバランス、他の色との浸透具合等々、確かめること多き作品が並んでいる。
 線描もただ気の趣くままの自由さでは面白くない。自分を越えられないではないか!!だから、③の作品のようなぎこちない線、しかし主張する線にチャレンジしてみた。成功しているとは思わないが、意欲満々な試みだ。③の作品、意欲は線だけでなく、黒の侵入にとりつかれたみたいだ。下地の黒というよりも、綺麗な顔に遊んで泥がくっついたみたいだ。ちょっと汚いが、遊びとはそういうものだ。
 概して小品はウォーミング・アップ気味の自然な絵画だ。大作はあれこれと試作でもあり、今の抽象画の実力でもある。


 作家とお話しすれば分かることなのだが、絵画の原点には北海道の四季がある。特に、雪のある冬から、雪が溶けて無くなり、土が出てくる春のイメージが作品に投影されている。だから、今展の黄色は菜の花だ。白は雪、黒は土、緑は葉、線はあぜ道・・・、ピンクがでれば桜なのだろうが、それでは余りに風景にオンブされすぎだ。そして守分美佳は風景から離れた。色と形という絵を追求し始めたようだ。どうなるかという迷いはあるが、チャレンジする心に迷いはない。だから今は何を描いても明るく元気な絵になるのだろう。


1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_1441525.jpg
     ↑:⑤

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_14433130.jpg
     ↑:⑥


 ①と⑥は若くて清々しい絵だ。春の気分が充満している。

 支持体は木。石膏か何かで支持体を覆い・がめんに凸凹を作っては引っ掻いている。それにアクリル・ガッシュで色を重ね、最後はクレヨン?などで線を引いたり画面にお化粧をしたり、最後のクレヨン?などのおかげで膨らみと丸みが加わり、さらに発色を高めているようだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_14501441.jpg




 守分美佳さんの装幀本の紹介。

1482) 「守分美佳・展」・ミヤシタ  3月2日(水)~3月20日(日)  _f0126829_14554562.jpg
  ・「不器用な日々」
     清水眞砂子 日常を散策する(エッセイー集 第2巻)。
  ・清水眞砂子著 (「ゲド戦記」の翻訳家)
  ・定価 1,995円
  ・かもがわ出版 
  ・四六版 上製 240頁


 装幀の仕事もされているのですね。
 さわやかな表紙です。一つの愛情表現でしょう。

by sakaidoori | 2011-03-10 15:15 | ミヤシタ
2010年 07月 26日

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)


○ 向中野るみ子・展
        
 ・会場:茶廊法邑
    東区本町1条1丁目8-27
    電話(011)785-3607

 期間:2010年7月24日(土)~8月1日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~15:00まで) 

※ 作家在廊日 ⇒ 土日のみ。

ーーーーーーーーーーーーーーーー(7・24)

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_1530557.jpg



 実に明快な展示方法だ。
 細長い会場に入って、真っ先に上の写真の左側の大作を見せる。
 次ぎに目を転じて奥の大作群を見せる。下の写真へと目を行かせる。

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_15392687.jpg

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_15394124.jpg

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_15403323.jpg


 この二つの大作群をやや近めと、かなり遠目に一気に同時に鑑賞者の視界に訴える。その間の小品は、明快に部屋全体の為の、そして大作の為の飾りだ。リズムをつくり、抽象花柄世界の演出だ。

 抽象作品で、会場を一幅の絵巻のように構成している。作家のもくろみは成功しているだろう。
 さて、それでは個々の作品と、作品そのものの流れはどうなのだろう?

 以下、大作を近間から順に載せます。

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_1557513.jpg
          ↑:「ハジマリ」。

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_15574662.jpg
          ↑:①「ココカラ」。


1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_15585577.jpg
          ↑:②「firast imprssion」。 

1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_1603478.jpg
          ↑:③「illusion」。


1314) 茶房法邑 「向中野るみ子・展」 7月24日(土)~8月1日(日)  _f0126829_164455.jpg
          ↑:④「記憶のカケラ」。



 2年前(あるいは3年前)、時計台ギャラリーでの個展を見た。濃紺の海老茶ムード一色の大作群だった。今展と同じような画題と画風なのだが、とにかく画面一杯に抽象模様が施され、「押し出し、張り出し、突っ張りの向中野るみ子の一本勝ち!!!」、そんな個展だった。今時の若い女性には珍しいアプローチだと思った。
 8年ぐらい前の学生時代の画風を覚えている。青水色一色の世界で、長方形という形だけが自画像のように在り、全体で心模様を表現していた。ムンムンする抽象画だった。交流するが、他者を意に介さず、ゴーイング・マイ・ウェイの人のようだった。

 さて今展、見栄えの強い発色を無くし、色自体の深みを追求しているようだ。だからだろう、「間」の果たす役割が増した。
 いろんな色へのチャレンジ精神も見られる。早い話が絵が華やいだ。以前の、いかにも修行中という画家特有の一本気が薄らいだ。
 「重なる模様」が主な人だったが、「流れ」を意図的に組み入れている。しかも、大胆なフリーハンド・ラインで幾何学的直線と会話しようとしている。

 どれもこれも面白い変化だ。面白いが、どれもこれも「ただ今悪戦苦闘中」という画家の冷や汗を見る思いだ。例えば
 ①の作品、暗い部分を遠慮気味に取り込んだ。その美学的意味の追求が弱いから、腰砕けになってしまった。
 ②・③の作品、遠くから見れば見るほど、直線で区切られた分量・領域・世界、いわゆる構図がしっくりこない。更に、背景処理という画かない部分の力と、画いている部分の執着心とがアンバランスな感じ。
 ④の作品、濃い色を囲む2本のラインが何とも不自然だ。その部分のボリューム感がこの絵の命と思うが、気配りが弱いみたい。

 それらの多くはこれからの画業で解決されるだろう。継続は技術の習得を生む。失敗や下手さをごまかす術を覚えるだろう。「ごまかし」や「手抜き」、僕はとても大事なことだと思っている。
 全てはきっと上手くいくだろう。

 だが、最後まで残る問題がある。いや、常に付きまとう問題がある。それを今展で言えば、「何の為の『空間処理』か、『間』か?『構図』とは?『フリーハンド』とは?」。
 見る人間も問い返す時がある。「何の為の絵画か?何の為に見るのか?」

by sakaidoori | 2010-07-26 17:58 | (茶廊)法邑
2010年 04月 11日

1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土) 

○ 外山欽平・絵画展

 会場:札幌時計台ギャラリー 2階A室
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2010年4月5日(月)~4月10日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(4・11)

1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_1816931.jpg


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_18162964.jpg


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_18165473.jpg



 抽象画家・外山欽平氏の今年のお題は「M」です。
 以下、全てF100サイズ。


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_21272414.jpg


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_212804.jpg


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_21283667.jpg
1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_21291512.jpg


1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_21511017.jpg
1261) 時計台 「外山欽平・絵画展」 終了・4月5日(月)~4月10日(土)   _f0126829_2151428.jpg



 氏の場合、何を描くかという問題からはあっさりと解放されている。アルファベットを毎年一つずつ描き続けると決めている。何故かはここで問う問題ではないだろう。それは画家の決断の問題だから。「何を描くか」という問題からは解放させてはいるが、より深い探求の契機になったかは結果が示すことになるのだろう。だから、見る方も長きに渡って画家を追体験していくことになる。

 今展、色合いなりの大きな変化は無いのだが、絵の発散するムードが変わった。激変と言えるかは微妙だが、それに近いものがある。

 まず、氏独特の濃厚な垂れ模様が激減した。顔料が今までのように分離しなくて、垂れないからとのこと。そのことに画家は余りこだわってはいない。だから、絵がスッキリした。
 そして、「M」という字面の影響かもしれないが、人体が踊るような意匠になった。それはマチス張りの動きに見える。マチスほど人間臭いボリューム感はなく、やや繊細な感じ。同時にデザインの要素が大胆に浸入してきたみたい。そもそも、抽象とデザインは兄弟というか鬼っ子的関係だから、見かけ上の近似はおかしいものではないのだろう。おそらく画家自身が、こみいった「M」という意匠に取り組んで、今までに無い心境になったのかもしれない。「凄み」から「軽るみ」という変化だ。

 それはともかく、今展の大作は今週からの北海道抽象派協会展のための作品群だ。そこでは個々バラバラの作品としてではなく、全体の意匠として楽しむことができる。一つ一つはその為の部分でしかない。その全体の様子も報告したいと思います。

by sakaidoori | 2010-04-11 21:59 |    (時計台)
2010年 03月 18日

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火)

○ 及川幸男・絵画展 
     森林の存在


 場所:大同ギャラリー
      北3条西3丁目 大同生命ビル3F4F
      (南西角地)
    電話(011)241-8223

 期間:2010年3月11日(木)~3月16日(火)
 休み:水曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーー(3・16)

 札幌では3年ぶりの2回目の個展。前回はたまたもの訪問でのブログ掲載(89番の記事)、今回は友人が教えてくれての鑑賞です。「オイカワ・・抽象画・・」、名前を聞いても思い出せないのだが、「あのトマト栽培の、下川の、農民画家の・・」と画風を交えて直ぐに思い出した。


1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_15302668.jpg
     ↑:(4階の左側半分。)

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_15304988.jpg
     ↑:(同じく右側半分。)


 見た瞬間、前回と似てはいるが随分と印象が異なる。より抽象度を高めていて土臭く力強い。


1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_17561270.jpg
     ↑:「森林(もり)の存在シリーズ」。

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_17563274.jpg
     ↑:左から、「サンセット PM7:30」、「サンセット PM7:45」、「サンセット PM(?):(?)」(メモミス)

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_1756569.jpg
     ↑:「我れ土にならんシリーズ」。
 自然の具体物が散りばめられています。まさしく「土に同化する」という、作家の宣言です。

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_17571562.jpg
     ↑:「樹の精シリーズ」。

1229) 大同 「及川幸男・絵画展 『森林の存在』」 終了・3月11日(木)~3月16日(火) _f0126829_17574630.jpg
     ↑:左から、「晩秋のリズム」、「樹氷のリズム」、「朝焼けのリズム」。


 テーマは身近な風土としての自然、その精気や存在感の追求であり、画家とそういう自然(風土)との関係の絵画化なのだろう。

 前回はタイトルが無くても何を描いているのかはおぼろげながらはっきりしていた。もうろうとした中にたたずむ森林が見えていた。「森の精」の表現だろうが、存在感よりも空気感とか作家の望郷の反映なり心象性を強く感じた。濃密な中に具体性と繊細さがあったと思う。それだけ綺麗だった。
 今回、とにかく色が強い。自然の内部に作家自身が立ち入って、その上で自然自身の美しい変化や流れを見定めようとしているみたい。可視的自然を土を扱うように手でいじくりまわる、そして絵の具という流動物との親和性の中で自然を立ち上げる・・・、そんな感じで画家の立脚点を感じた。それは前回の美しさが後退して、堅さと強さになって僕には見えた。そこに他者の目がないのも大きな特徴だ。入る余地がないとも言える。あまりにも迷いが無く、徹底した唯我独尊の画家でもある。

 作家と自然が近くなった分、対象の具体性が薄れて抽象化が進んだと思う。抽象度を高めたいという意識・意欲の結果では無い。作家と風土との距離の問題が抽象化を高めた。
 だが、どんなに自然に近づいてもそれとの一体化は不可能だろう。何らかの宗教的体得、あるいは肉感的エクスタシーを媒介にすれば可能かもしれない。果たして及川幸雄・農民画家はどういう接近の仕方を進めていくのだろう?

 また3年後に当館で見ることができるだろう。強く踊り出した森林(もり)、強くなった画家自身、次回は?。

by sakaidoori | 2010-03-18 18:59 |    (大同)
2009年 06月 29日

1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)

○ 兵藤いずみ・個展
       
 会場:ギャラリー・エッセ
     北区北9条西3丁目9-1 
       ル・ノール北9条ビル1階
     (南北に走る片側2車線道路の東側。)
     電話(011)708-0606

 会期:2009年6月23日(火)~6月28日(日)
 休み:3月30日(月)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(6・27・土)

1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_215171.jpg


1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21115367.jpg1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21143414.jpg












1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_2219577.jpg



 もしかしたら「癒し系絵画」と見る向きもあるかもしれない。上の写真を見たらそう判断されても仕方が無い。
 兵藤いずみは基本的には「生命」を描きたいのだから、「癒された」という言葉を聞けば喜ぶかもしれない。誰かを「癒す」という意識で描いてはいないだろう・・・。

 ふぁーんとした「癒し系絵画」と根本的な違いがある。この絵には無数に鉄筆線が施されている。作家の情念・情動が余りにも強く投影されている。

1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21312210.jpg


1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21334178.jpg1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21352489.jpg












 ヒトデのようなシナプスのような赤い形は、全部鉄筆で紙に刻印されている。白く掘られた線が目に焼き付く。
 まず始めに水採用の紙(支持体)に、デッサンに基ずいてびっしりと鉄筆線の模様を描く。その線を生かす形で色鉛筆やアクリルで細かく色を付けていく。とにかく細かい事をちまちまとされている。間違いなく手首は疲れ、肩はこり、神経も相当に消耗しているだろう。絵を描いているのだ。

 見た目の最終目的は発色にあると思う。
 上の中品の魅力、それは近づいて見れば、色や鉄筆線が這い回っている姿に作家の情念を感じ、離れてみれば楕円の形が生命体として膨らみ、その輝きを見れることだ。
 成功してると思う。ただ、あまりに同じ物ばかりが並んでいる。成功に満足した継続作業というよりも、次の発展の為に気持ちの繰り返しをして、何かが見えてくるのを確認しているのだろう。


1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_21184834.jpg


 問題は大作の方だ。
 銀河系のような宇宙の拡散をイメージしたのだろうが、定型に収まり過ぎた。変化が無さ過ぎた。絵としての動き深みに欠けた。思い半ばの絵のようだ。

 原因はいろいろあるだろう。
 大作を描く行為の経験不足とか、アトリエの広さとか。
 より大きな問題として技法の問題があるだろう。鉄筆による刻印が絵の出発だ。絵の骨格はこの段階でかなり決まってしまい、描きながらの自由度が少ない事だ。
 それ以上に根本的な問題があると思う。画家・兵藤いずみの心が充分に開ききっていないと思う。宇宙とは闇夜であり常世でもある。永久の生命体の棲家としてのあの世だ。あの世を徘徊する心になりきっていないと思う。

 だが、兵藤いずみは頼もしい女性だ。お年は僕より少し上だろう。彼女曰く、「残りの人生を考えると、個展のペースを速めないといけない」。素晴らしい言葉だ。
 2、3年前の個展よりも今展の方が断然面白い。互いに残りの人生を逆算する年齢ではある。だから次回の個展でもお会いして、再びいろいろ語り合いたいものだ。
 


1025) エッセ 「兵藤いずみ・個展」 終了・6月23日(火)~6月28日(日)_f0126829_22201397.jpg


by sakaidoori | 2009-06-29 05:30 | エッセ
2009年 06月 12日

1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)


○ 井上まさじ・展

 会場:ギャラリー ミヤシタ
    中央区南5条西20丁目1-38 
    (南北の中小路の、東側にある民家)  
    電話(011)562-6977

 会期:2009年5月27日(水)~6月21日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(6・6・土)

1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_1111957.jpg

1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_1133332.jpg




1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_11211310.jpg


1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_20404571.jpg


1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_1128829.jpg
     (↑:1階。)


1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_11342763.jpg

1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_1136518.jpg


1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_11393954.jpg


1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_1145262.jpg
1005) ミヤシタ 「井上まさじ・展」 5月27日(水)~6月21日(日)_f0126829_11483025.jpg
     (↑:2階、下の2枚は部分図。)


 明るい絵、心揺さぶられる絵だ。


 見ているとどうしても近づいて見たくなる。それも絵面に引っ付くようにして見たくなる。
 すると今度は離れて、一枚の絵画を遠くに見える景色の中の景色として見たくなる。離れて見れば、隣や他の作品との関係が視野に入り、会場全体が井上・空気に包まれる。
 画家は自然を描いてはいないが、自然を観照して描いているのではと思えて仕方がない。
 朝焼けに見える、夕焼けに見える、水面が光で輝いているように見える、湖水に眩しい霧が生まれ何かが「ある」ように見える。樹林の濃い緑の隙間隙間を覗いているように見える。

 今展は今までのような自然観照的絵よりも、ミクロの世界で色がうねり、赤が充血し、どっと内に引き込ませる絵を発表した。
 全体を見れば分かるが、それらは作家の新境地というよりも、引き出しは同じで見せる顔を変えたような感じだ。万華鏡の機会仕掛けを少しいじってみたら、見える世界が極端に変わったと言ってもいい。
 それにしても綺麗で静かで激しい絵が湧き出たものだ。

 覗き込んで入り込んでいくミクロの世界、同時に宇宙のように外に広がり全体を包みこむマクロの世界。それを絵の具の色と集積で、外界の光をエネルギ-にして、見る人に感じさせようとしている。
 ミクロとマクロ、細胞と宇宙、磁場と物質、波と力、作家にとっては一つなのだろう。

   
 2階は井上工房の匂いが伝わるストレートな作品が並んでいる。
 
 直線の絵には参った。何色かの色で重ねられた最後に、隙間を空けて直線が何本も何本も垂直に引かれている。
 以前にも同様な作品を見たことがある。それはフリーハンドとすぐに分かった。今回は困った。定規を使ったとしか思えない一糸乱れぬ直線の行列だ。線に乱れがない。しかも優しい。井上・絵画を見ている目にはフリーハンドと断定したいのだが、前頭葉が製図的直線と言っている。
 答えはフリーだ。画家には失礼だが、何年か前よりも直線を引く技術が上手くなった、心から感心した。
 画家は技術のために線をひいてはいない。一種の心と体の修養の結果として、修養の方法として直線に取り組んでいる。どこか禅僧的な絵画の取り組みだ。伝統的東洋美の気韻生動につながるのだろう。

 心奢らず、趣くままに線を引き色を乗せる。見て喜ぶ人在れば幸いかな。

 この線を見ていると、どこか浮世離れして、浮世をにらみ返す凄みがある。
 1階の絵画の色と造形の世界は、この直線に見せる凄みと優しさで絵画と云う作業を続けているのだろう。

by sakaidoori | 2009-06-12 20:42 | ミヤシタ
2009年 05月 24日

978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)

○ だて まこと・展

 会場:ギャラリー ミヤシタ
    中央区南5条西20丁目1-38 
    (南北の中小路の、東側にある民家)  
    電話(011)562-6977
 会期:2009年5月6日(水)~5月24日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5・24・火)

978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_22233657.jpg

978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_2225342.jpg



978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_22272249.jpg
978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_2231069.jpg
978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_2232182.jpg
     (↑:タイトルは無し。サイズは全て300×420mm。)


 明るい、明るい。驚きの明るさだ。だてまこと君が明るくハッピーな気分で描いたとは決して思わない。この明るさはどうしたことか?。
 呆気にとられながら細かく見ていると作家が現れた。いつになくテンション低く声低く淡々と語り始めた。どことなく言い訳しているような、自信無げな風情だ。

 栄通記は僕の感想・印象を書く場で、作家自身の作品意図を書くのを避けるようにしている。いや、書かないわけではないが、あくまでも二義的な意味でしかない。対話という言葉と言葉の交流の範囲以内で書くようにしている。今回はだてまこと君の言葉に耳を傾けよう。

 「・・・。何が描きたいということは全くありません。作品プランが無いのです。だから、来てくれた方に作品の事を語る言葉がないのです。元気がないのではなくて、語れないのが申し訳ないのです。
 最初は昨年のように引っかき傷も入れようかなって思ったのですが・・・、どうもすっきりしなくて・・・下地を塗って、塗り重ねていって・・・こんな感じになりました。確かに絵の中に模様が見えますね。でも、全く模様とか意識してないのです。描いている時は作品と目の距離が近いのであまり細かい点を気にかけなかったですね。ここに並べてなるほどなって感じです。・・・。」

 以上はあくまでも僕の理解したことだ。肝心の、何故以前のようにプランニングに基づいての作品作りができなかったを聞き忘れた。そんな野暮なことは聞かない。長い人生だ。その中の画業生活の中で、描けれない時期は必ず幾度かは訪れる。私生活、仕事、心理的・肉体的変調など個人の内面は他人には分からない。
 それでもだてまこと君はしっかりと色燦々の絵を描いている。おそらく絵好きの少年時代の落書き精神に戻って、「絵を描くことの原点」をただ色を重ねることによって、自己の体と対話しているのだろう。

 綺麗な絵だ。素敵な絵ではないか。
 模様はインド仏画の男と女の楽しき戯れに見える。江戸時代の着物のきらびやかな裏地に見える。美しき自然賛歌でもある。
 本人の言葉や表情とは逆に、絵は自信をもって輝いている。
 過去の作品とは断絶があるが、断絶ばかりではない。丹念に塗り重ねる姿勢は粘着的だ。画面一杯に一様な世界が拡がっていて隙を見せない。おそらく恐い顔をしてかいているのだろう。以前と同じだ。
 今回は頭の中にプラン(構想・図面)がなくて、体の勢いに身を任せている。次はどうなるか?更なる楽しみを残してくれた。
 綺麗な絵だ。素敵な絵だ。


978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_911828.jpg
978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_8564336.jpg978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_8593276.jpg









978) ミヤシタ 「だて まこと・展」 終了・5月6日(水)~5月24日(日)_f0126829_93044.jpg

 

 (2年前の作品は下のタグの「だてまこと」をクリックして見て下さい。)

by sakaidoori | 2009-05-24 22:34 | ミヤシタ