栄通記

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2013年 03月 22日

1985)①「サッポロ未来展 12th」 時計台 3月18日(月)~3月23日(土)

  

  
サッポロ未来展 12th   
        


 会場:時計台ギャラリー全館
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2013年3月18日(月)~3月23日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~16:00まで。)

 【参加作家】
 22名の多数。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.22)

 若い画家たちが大作をボンボンと出品している。とにかく絵画だ。一部屋だけ白磁みたいな焼き物だが、立体作品とと壁面作品を交えて空間を作る、そんな意識は毛頭無い。

 明日までなので、とりあえず各部屋の風景を載せます。若人の恐いもの知らず、そんな元気です。


 始まりは2階A室。


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     ↑:藤井康子


 若人の明と暗の対比の場だ。



 次は隣のB室。


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 日本画も交えて元気で華やかだ。


 次は同じ2階のC室。


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     ↑:佐藤広野


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     ↑:手塚昌広


 狭い空間で絵画がバリバリ言っている。



 次は3階です。


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 ここは女性作家もいるが男っぽい部屋だ。ドロッとしている。会場写真では見えないが、小品の細密画(線描画)もあり見せてくれる。

 そして最後は・・


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     ↑:齋藤一


 絵画ではないが決めてくれる。


 追って、何人かの個別作品を載せていきます。乞う、ご期待。 ②に続く

by sakaidoori | 2013-03-22 23:17 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 27日

1671)①「11th サッポロ未来展」 時計台 終了・ 3月19日(月)~3月24日(土)

  

○ 11th サッポロ未来展 
 
    
 【札幌会場

 会場:時計台ギャラリー 2階3階全館
      中央区北1西3 札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年3月19日(月)~3月24日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~16:00まで。)


 【小樽会場】

 会場:市立小樽美術館
 会期:2012年3月28日(水)~4月1日(日)
 

 【参加作家】
 小川由佳(テキスタイル) 風間雄飛(シルクスクリーン) 川内隼人(木工) 河野健(油絵) 北田依知子(油絵) 斎藤一(陶芸) 佐々木ゆか(油絵) 佐藤仁敬(油絵) 佐藤舞(彫刻) 佐藤誠(銅版画) 澁木智宏(テキスタイル) 神保光宏(油絵) 高橋広奈(日本画) 谷掛幸恵(油絵) 田村美樹(油絵) 手塚昌広(ミクストメディア) 戸倉彩音(ガラス) 中川治(油絵) 深瀬暢季(写真) 藤井康子(油絵) 藤田遼子(油絵) 宮地明人(アクリル) 安居沙織(油絵) 谷地元麗子(日本画) 若林啓(油絵) 渡邉里美(油絵)・・・以上、26名。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3.24)

 「・・・第11回目を迎えるにあたり、新作家を迎えリニューアルし、・・・」と、パンフレットには謳っている。実際、作家の入れ替えはあるのだが、展示空間も大分変わった。以前は、刺激的なインスタレーションもあれば、意欲が空回りして散漫な部屋も目立った。それを「デコボコ展」と言うならば、今回は「オチツキ展」と言えるかもしれない。無理せず普段の自分を見せている感じだ。さわやかなフレッシュ感はあった。が、考えさせる力量感には乏しかった。現代若者の軽さを素直に見せていた。


 多くの作家群です。カットした会場風景を多めに載せます。ムードを確認して下さい。
 2階は壁面作品群です。そこから行きましょう。


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     ↑:(以上、1階A室。)


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     ↑:(以上、2階B室。)


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     ↑:(2階C室。)



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     ↑:手塚昌広。左側から、「side.」・パネル 寒冷紗(支持体) アクリル絵具 石膏ほか、「coner」、「ten.」。


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 渋い色合いでエネルギッシュな作品群だ。力感こもっている。
 ただ、僕にはこのエネルギーの方向性と質がイマイチ不明だ。発散型とも内向型とも見えない。爆発するでもなく、出口を求めて彷徨っている感じでもない。おそらく、絵筆の情熱さに対する、構図のシンメトリー性、直線や完璧な円という無機質性との関係がしっくりこないからだろう。知的なよそよそしさとでもいおうか。激しさと完璧性とが作家の体質なのだが、それとこちらとの距離感が計れなくて、距離をおいて作品を見ているのだろう。激しいが人に訴えかけるには直接性が欠けているともいえる。

 だが、この激しさと知性の両立の行く末には関心がある。
 それと、絵に抜ける箇所があれば余韻もでようが、そんな常套手段を否定する作家の姿勢にも好感を持つ。だが、何らかの形で絵に強弱なりリズムが無ければ深みも生まれないと思う。その辺がどうなるかを見ていきたい。


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     ↑:藤井康子、「History of Life Sciences」・2010年 130.3×130.3㎝ パネル 白亜地 油絵。


 手塚昌広・作品の真向かいにある。彼とは好対照だ。何から何まで真逆だ。この作品の理解は手塚作品の理解でもあろう。
 完全具象で、きっちりと余白を計算した配置、真四角の支持体に合わせた真正面図、文字も使い博物館がイメージされ、静かなるごと墓場の如しだ。時空を越えるスタンスだ。組提示がムードを高めている。
 画家の肉声は何処にもない。その意図された「絵画」が作家の意思である。だから、描かれたものにとらわれる必要はない。絵画を博物館のように構築することに意味があるのだろう。「ずっしりとした存在あらしめる」、絵画に対する見果てぬ夢だ。


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     ↑:佐藤仁敬


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     ↑:佐藤仁敬、「ツミキのニオイ」・2012年 130.3×162㎝ パネル 油絵。


 「パラノイア」でお馴染みの佐藤仁敬。ようやくそのタイトルから離れた作品が登場した。そして、顔を、しかも少女の顔を描くことの好きな画家が、あえて顔をつぶした。その心境を尋ねたいものだ。絵としては「顔無し女」のほうが抜群に良い。どうしても画家のロマンティシズムが顔に集約されるし、見る方もそれを期待するから。いつもいつもこの手法が生きるかはわからないが、佐藤仁敬の一つの試みであり、もう一つの「パラノイア」であろう。


 続けて②です。

by sakaidoori | 2012-03-27 18:19 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 16日

1199) ②たぴお 「LOOP(2会場でのグループ展) 坂本&手塚作品」 終了・2月1日(月)~2月6日(土)

 LOOP

◎ 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
    電話・林(090)7050-3753

 【参加作家】
 道内作家: 石川潤(絵画) 鈴木悠高(絵画) 手塚昌広(絵画) 向中野るみ子(絵画) 渡辺和弘(塗装工芸・カシュー漆) 坂本正太郎(彫刻)
 道外作家: 村上知亜砂(大阪府・ファイバーワーク) 

◎ 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
    中央区南2条西2丁目 
      NC・HOKUSENブロックビル4階
    (北西角地、北&西に入り口あり)

 (両会場とも同じ)
 会期:2010年2月1日(月)~2月6日(土)
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで)

 事務局: 鈴木悠高造形芸術研究所


ーーーーーーーーーーーー(2・2)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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 小さい会場なのに、実にエネルギッシュな展覧会であった。だから、今展の見所は「オレガ、オレガ!」という自己顕示欲にあるわけだ。その自己顕示欲と自己顕示欲がぶっつかって、見る人達に何がしかの満足感を与えることができたならば、公開グループ展としては成功だろう。少なくとも僕は満足した。
 それと、鑑賞者の僕らには憶測の域を出ないのだが、作家同士がいかなる刺激を得たかが、内部的にはもっとも大事なのだろう。そこでは、鑑賞者や作品を語る「文」などは意味をなさない。あくまでも、作家個人が他人の作品を横に置いて、「自分の作品に自信が持てたかどうか?」だろう。「他の作家からエネルギーをもらった」などという言葉は論外だ。そういう作家は鑑賞者になればいいのだ。グループの仲間はかりそめの友だ。激しい自己研鑽あるのみだろう。

 そういう激しい火花が交錯しながらも、やはりどこかに優しさがあるのも今展の特徴だ。この「優しさ」、一つの時代の姿だろう。

 さて、他者との「火花」と「優しさ」を体現したのが、欠けた球体作品の坂本正太郎・作品だ。非常にグループ展を意識した作品だが、何とも子憎たらしい程、優しく力のこもった作品だろう。

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     ↑:坂本正太郎(北海道出身・室蘭付近在住?)、「マキシマリズム」。

 栄通風に名付けるならば、「ループ・梵鐘」だ。球体の中の檻にはめ込まれた木の丸い物を、コロンと揺すった。驚いたねー、転がる音が「ボワ~ン」と狭い会場に響いてしまった。とてもびっくりしたので、音を消したくなってうろたえてしまった。驚きのあまり、音そのもを堪能できなかったが、瞬時にイメージは湧いた。雪多き樹の中で、置いては眺め、眺めては鐘を鳴らして、遊びたくなった。

 今作は単品としても秀作と思うが、他者の作品への働きかけは抜群であった。おそらく作家の意図を越えた結果があったと思う。つまり、作家のコメントにもあるが、この作品は「地球」をイメージした完結球体なのだが、何かを丸く作るというよりも、作家・坂本正太郎がどこまで地球になりきれるかを頑張っているのだ。だから、これは終わり無き姿だ。どこまでも、いつまでも叩いて、永久なる「地球」を作ろう。そんな、あけすけに正直な態度が作品の表面を覆っている。確かに余りに美しすぎる。だが、それが作家の理念なのだから素直に見つめよう。彼の真摯な態度が他の作品を優しくつないでいる。


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     ↑:手塚昌広(北海道出身・音威子府在住?)、「days」・キャンバス アクリル。

 「一心不乱、一所懸命に」、それでいて見せる作品だ。「深く何かを見つめている」、というよりも、見つめている作家自身のエネルギーをキャンバスにぶっつけて、しかも美しく見せようという意識が強い作品だ。装飾性華美な作品でもあろう。
 画家には、始めから「たぴおギャラリー」の正面壁面が与えられたのであろう。相当に贅沢な空間だ。その空間を手塚風装飾で埋めるにはどうしたらいいか?その応えがこの作品だ。
 「装飾性」、難しい絵画様式だ。言葉通りの「飾り」ならば、作家はこれほどまでに血眼にはならない。「心象性に包まれた装飾性」、と言えば言葉は綺麗だが、心象世界がいつもいつも「飾り」のように綺麗ではないだろう。いつも綺麗な「桃源郷」を作家は描きたいとも思えない。
 タイトルに「days」とある。「日々の思いを色彩で埋めた」と、見た。画歴の全てを知らないが、「day」を他者の作品との比較で、これほどダイレクトに体験したのは、そう多くは無いだろう。
 僕には装飾世界の向こう側の手塚・ワールドがよく見えない。「何を」見せたいのか、「何を」訴えたいのか、・・・僕にはその始点の作品展であった。


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 中央下段の「球体」が目に走る。おそらく、この「円」は画面に入れなければ、収まりのつかない形なのだろう。それを月とも太陽とも見ることができる。大事なのは、この「円」が有るのが良いのか悪いのか、という問題ではないだろう。画かざるを得ない画家がどうしても「円」を画く、その結果に縛られる作家の意識と、そこを突き抜けた画家自身の可能性なのだろう。


 (追記・2月17日: 関係者からご指摘がありました。
 手塚昌広さんの展示位置は、当日に決まったそうです。作品が伸び伸びできて、良い場所だったと思います。
 本編の展示位置に関する私の文章は、展覧会を見ての印象です。間違った推測ではありますが、許される推測の範囲でしょう。そのままにしておきます。)

by sakaidoori | 2010-02-16 21:57 |    (たぴお) | Trackback | Comments(4)