栄通記

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タグ:帯広圏現代アートパーティ ( 2 ) タグの人気記事


2009年 08月 18日

1072)②帯広市民ギャラリー 「『愛』をテーマのグループ展&米山将治展」 終了・7月9日(木)~7月14日(火)

○ 帯広圏現代アートパーティ企画展 4&5

 ◎ アートキャンプ・アートストーリー  
      表層の浮かぶ平原の杜


 【参加作家】
 池田緑 鈴木隆 橋本勇 伽井丹彌 熊澤桂子
 吉野隆幸 小林由佳 上山孝浩 梅田マサノリ

 
 会場:帯広市民ギャラリー A-1、A-2スペース 
    帯広市西2条南12丁目 帯広JR駅地下
    電話(0155)25-7250

 会期:2009年7月9日(木)~7月14日(火)
 時間:10:00~20:00
    (最終日は、~15:00まで)
 休み:水曜日(休廊日)

 主催:帯広圏現代アートパーティ

ーーーーーーーーーー(7・14)

 グループ展の続きです。
 一月前の話ですが、栄通記にとっては全然古くない展覧会です。思い出しながら、簡単に書いておきます。

○ 池田緑

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     ↑:映像作品。左、「マスクをかけたニューヨークの顔 40分」。         
       右、「マスクをかけた日本の顔 6分53秒」。

 マスクでお馴染みの池田緑。街中にマスクを置いたり並べたり回収したり、そういう光景を誰か(パートナー)に撮ってもらっている映像作品。  
 場所は日本とアメリカ。何が面白いかというと、落し物拾いでもしている池田緑の淡々としたたたずまいだ。本人はいたって真面目に美術行為をしているのだが、「だからどうなの?」と、聞いてみたくもなる。見えない撮影者の目がやけに見える。池田緑と風景と撮影者、この三者の不思議な時間の流れを、ただ淡々と見ていく、強引に見せられていく。
 マスクの意味に関係なく、行為する池田緑に愛着を覚える。


○ 小林由佳

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     ↑:「Living Massege」


 撮影家は、最近札幌から帯広に移転したばかり。テンポラリー他で個展を終えた後なので、こうして直ぐに発表した意欲に拍手。

 心象性の強い「風景」写真。展示コーナーも暗い。内にこもって自分を見つめている風に見える。
 カップの作品。水が入れられて、ガラス面に写真が転写されているのだろうか?分かりづらく凝った作品。
 小林由佳は写真という化学的記憶装置に、何とかして自分の生理的な肉声を施そうと試みる。今は写される物に拘る。紙の代わりに板を使ったりしていた。布にも転写したいと言っていた。今回はガラス?だろうか。素材が好きだからという理由ばかりではないだろう。写真を、より物にしたいのだろう。

 写真の基本は「記憶」だと思う。写真は幻想的にも細密的にも記憶を強制的によみがえらす。その強制力を強く感じる場合は「失われた過去」として見る者にせまる。過去をどう見るか?そして、「自分を見る」とは過去を見ること以外にはありえない。自己と過去とは限り無く同じだと僕は思う。過去の自分に満足する者は、今の行動様式を続ければいい。否定できない過去を今のために否定せざるを得ない人もいる、過去を相対的に見れる人もいる、それができる時期もある。過去に耽溺する人もいるだろう。人それぞれだ。表現者はどれだけ徹底しているか、それが作品の質と密度を高めると思っている。
 表現者にとって安易な「明日」などない。過去という自分を引きずって引きずって、そこから見えてくる水平線・・・。

 小林由佳は、もしかしたらもっともっと内に過去に拘らなければいけない表現者かもしれない。過去を見つめる自分の土台がしっかりしていなければ「明日」は願望の域をでないだろう。
 今作、全てが対という形式だ。明と暗、白と黒、透明・不透明、木と花、広がりと覗き込み、対立的だが安定的な構図だ。自分のためだけの記録展のようだった。


○ 吉野隆幸

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     ↑:「apple box.  愛・LOVE・YOU」

   ・1953年 幕別生まれ

 たまたま見つかったリンゴ箱による作品。大人のオモチャだ。
 このグループは作家の居住空間が「帯広圏」と、そして「素材」にこだわっている。物そのものの作家の拘りを全面に出したい、そういう側面がある。「物ありて観念」、そういう立場だ。決して逆は否定しないだろうが。

 その綱領?のような立場をアッパレといわんばかりに宣言している。たんなるリンゴ箱、されどリンゴ箱だ。
 古さばかりでは現代ではないと思ったかどうかは分からないが、胸には映像機器と映像作品が流れている。

 何の意味があるのかは分からないが、愛をこめて立っている「リンゴ・ロボット」。
 リンゴリンゴ、リンゴ甘いか酸っぱいか、箱だけとはかわいそう、リンゴのハート門をくぐらせたい、くぐればそこは愛の花園、リンゴリンゴ、かじれば懐かしい古里の香・・・。



 次の③では米山将治展の感想記です


 

by sakaidoori | 2009-08-18 11:16 | [帯広] | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 03日

1051)①帯広市民ギャラリー 「『愛』をテーマのグループ展&米山将治展」 終了・7月9日(木)~7月14日(火)

○ 帯広圏現代アートパーティ企画展 4&5

 ◎ アートキャンプ・アートストーリー  愛
      表層の浮かぶ平原の杜

 【参加作家】
 池田緑 鈴木隆 橋本勇 伽井丹彌 熊澤桂子
 吉野隆幸 小林由佳 上山孝浩 梅田マサノリ

 
 会場:帯広市民ギャラリー A-1、A-2スペース 
    帯広市西2条南12丁目 帯広JR駅地下
    電話(0155)25-7250

 会期:2009年7月9日(木)~7月14日(火)
 時間:10:00~20:00
    (最終日は、~15:00まで)
 休み:水曜日(休廊日)

 主催:帯広圏現代アートパーティ

ーーーーーーーーーー()

 グループ展から載せます。


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 9名の帯広圏在住作家による美術展。いわゆる現代美術だ。

 9名の参加だが、展示スペースは恐ろしく不平等だ。この不平等さが実に良い。
 展示スペースで今展を別に名付けるならば、「鈴木隆とその仲間達展」と言いたくなる。

 会場はJR帯広駅の地下。テナント予定地が入居者不在により、市民ギャラリーとして出発したものだ。だから、美術家からすれば照明や間取りの問題でいろいろ不満な点もあるかと思う。だが、会場は広い。駅直結でこれほどの広さ、後は関係者がどれだけ自分のものにするかだろう。天井そのものは無茶苦茶低くはないのだが、間仕切りや柱の関係で低く感じるかもしれない。高さを求める時は外ですればいいのだろう。特徴を生かした作品が出来るかどうかにかかっているのだろう。

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     ↑:鈴木隆、「アブラムシ退治」。

 その広い会場を鈴木隆が思う存分に使っている。L型の通路のような残りのスペースを、他の作家がそれなりに巧みに見せる事になる。

 さて、鈴木作品は「アブラムシ退治」だ。何mあったかなー、天井から銀紙を床まで垂らして、かなり広い長方形の部屋を作り、中にミラーボールが点滅しているだけだ。「だから何だ!」、と聞かれると困っちゃうのだが、とにかくあっさり大きく無意味な存在が好ましかった。
 「無意味な存在」と言ったが、タイトルはついている。害虫であるアブラムシをこの装置で退治して、帯広の大地を実り豊にするのだ。ミラーボールは現代消費文明の象徴で、社会風刺なのかもしれない。だが、解釈すると何てつまらないのだろう。そうかもしれないが、違うかもしれない。
 作家は内なるエネルギーが溢れる時期なのだろう。


 以下、通路の順番で作品を載せます。

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     ↑:橋本勇(1970年 帯広生まれ)・「宇宙(そら)への道」。

 流木を使ったコンパクトな作品。鈴木隆が外に外にエネルギーが行こうとしているのに対して、非常に対照的な作品。内に内に綺麗にまとまろうとする感性の持ち主のようだ。卑弥呼の鏡のような拡大鏡があり、中の中を見せようと工夫している。


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     ↑:伽井丹彌、「曖昧な皮膜」。


f0126829_18541542.jpg 首吊りかとギョッとした。人形の中に仕掛けられている電飾のコードが、首吊りロープのような役割をしていた。電気は点滅し、皮膜だけを見せることを拒否し、存在感を際立たせていた。

 伽井丹彌女史は関節人形で著名な方だ。紙人形のヒップラインは締まって健康的だ。首吊りに反して若くて健康的だった。



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     ↑:梅田マサノリ(1958年 帯広生まれ)、「細胞の風景  ある余白の生」。

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 (見にくい写真になりました。失礼しました。)
 昨年、札幌のテンポラリーで見た作品と似た作品。同じとは思うが、展示空間が違うと「細胞の風景」が違って見える。札幌の展示は民家の木目調と光サンサンの中で健康的でシニカルというものであった。今回は暗くひんやりとした空間だ。いかにも人体の一部の標本のようで、薄気味悪さ100%だ。なぜか、見る人を寄せ付けない冷ややかなムードがある。札幌の個展と同様に時計の音がしている。静かなビルの地下にカチカチとせわしなく響いていた。


 以下、②に続く。

by sakaidoori | 2009-08-03 19:58 | [帯広] | Trackback | Comments(3)