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2016年 05月 17日

2525)⑥「群青後期②「女の空間」(女性6名の写真展)」アートスペース201 終了/2月4日(木)~2月9日(火)

      群青」(ぐんせい)展。

 ぐんじょうと読まないで下さい。
  ぐんせいと読んで下さい。「群れる青い人達」です



後期・6階A室

女の空間」(女性写真展)

外崎うらん 高澤恵 平間理彩 杉下由里子 
高橋ヤヒロ(高橋智乃) 石澤美翔



●第3回 丸島均(栄通記)企画

   群青(グンセイ)
     八つの展覧会
       〔写真、絵画、書、ドローイング、テキスタイル、立体〕

  「群れる青い人達」による自己表現展です。

    雪固まる1月、2月・・・
    寒い・・・
    少しでも元気になれれば・・・ 

●会場:アートスペース201
    札幌市中央区南2条西1丁目山口ビル5&6階
     電話:011―251―1418
   
●会期:前期⇒2016年1月28日(木)~2月2日(火) 
   後期⇒     2月4日(木)~2月9日(火)
     (前期は6階3室のみ。後期は全館5室の展覧会。)
●時間:10:00~19:00 
    (各会期最終日は、~18:00まで)
      
後期・6階B室
◯「神成邦夫 写真展 
   HORIZON-北海道-  
    ~内界と外界の境界線~」

後期・6階C室
◯「対展 Ⅱ」
  佐々木仁美 高橋徹 竹中春奈 杉下由里子 村田主馬 宍戸浩起 高橋ヤヒロ(高橋智乃) 酒井詞音 石澤美翔
・・・(以上9名)

後期・5階D室
◯「元気展 ~色・物語の部屋~」(多ジャンル美術展)
  碓井玲子(テキスタイル) 小西まさゆき(絵画) 佐々木幸(現代美術) 杉崎英利(絵画)   
 
後期・5階E室
◯「元気展 ~線の部屋~」
  久藤エリコ(切り絵) 佐藤愛子(クロッキー) ドローイングマン(ドローイング) 樋口雅山房(書)

●催し:2月5日(金)17:00~20:00 
    17:00~  ドローイングライブ(ドローイングマン)
    18:00~   出品者紹介
    18:45頃~20:00  パーティー

●企画者:丸島均(ブログ「栄通記」主宰)
 連絡先:090―2873―2250 marushima.h@softbank.ne.jp
 住所 :札幌市北区屯田3条2丁目2番33号

ーーーーーーーーーー(2.8 9)

(①「女展」に引き続きます。残りの3名を報告します)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


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外崎うらんの場合

 札幌大学OB。



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   ↑:「極楽浜」。




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   ↑:「す、い、か」


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   ↑:「はらわた」。



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 お喋りとか足音とか風の音とか、そんな雑多な物音だけの無言劇だ。普通に日常を振る舞ってはいるが、そんな生活に寄り添う隠れたもう一つの感情、を描写しているみたい。カラーで、カラッとしつつ、言葉にしてはいけない・・・淡々と日々が過ぎていく、太陽が一杯。

 二十歳ぐらいの若い撮影者だが、非常にしぶい。しぶさ重たさを孕んではいるが、若さ健康さも同居している。何より、女性的感覚が随所に出ていて重そうな被写体・物語を楽しく語り合える。
 例えば、「はらわた」シリーズ。そもそもはらわたとは食べたものがグチャグチャしていて、目の当たりに接すれば吐き気をもよおすはずだ。そうい世界なのに、ポーンとメロンパンだ。綺麗で食べたくなっちゃう。土門拳的赤裸々なリアリズム・真実主義とは無縁だ。「写実」という同じ虚構ではあっても、二十歳の女性が軽く土門を足蹴にしている。

 総合タイトルはないが、「葬式」と理解した。派手さを廃し、グッとこらえて被写体と対話している。チョット恐い話、それを弾んで会話する、そういうチョット恐い女の感性だ。


 若い男性の作品は入れ込みすぎて、重たくなってしまった。恋人だろうか?だから、記録としてどうしても出品したかったのだろう。なんて素直な振る舞いなんだろう。その行為に好感を持てる。いろんな矛盾が作品群にまぜこぜになっている。


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高橋ヤヒロ(Yahiro Tkhashi・高橋智乃)の場合

 タイトルは、「breath」。
 東北芸術工科大学芸術学部美術課洋画コース卒業。



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 まるで絵画のようだ。黄色くベタッと誇張された廃墟!生き生きと残骸をさらしている。



 高橋ヤヒロは「無機質な世界が好き!」という。

 不思議だ。僕は、ヤヒロ作品のような廃墟ムンムンな世界を「無機質」と思ったことはないから。機械的で感情から距離を置いた世界、そういうのを「無機質」と理解していた。だから、「高橋ヤヒロにとっての無機質の意味」から頭を悩ました。結論として、「人間の手が入ってない、ありのままの姿」と解した。この場合、「廃墟」は廃墟が抱く、逞しい活動痕跡は問題にしない。人の手が加わらずに廃墟になった、という結果が「無機質」だ。
 きっと、本当に「無機質」が好きな人だと思う。しかし、ヤヒロ的に捉えた無機質の世界の、何と表現者の生理を感じることか!作品は、「人の行為のおぞましさ」をえぐっているようだ。絵画として肉筆で、廃墟という存在を明示しているようだ。

 だから、問題は元に戻る。無機質とは無感情的表現のはずだ。なのに、作品はすこぶる感情的だ。「存在感」という重みまである!それは意図したことなのか?あるいは、これが彼女にとっての「無感情」なのか?

 高橋ヤヒロとお話をしていると、ふと不思議な表情にであう。瞬間、「無表情」になる。それは真剣になった時だ。まるで「何も考えていません」と言っているみたいだ。実は、僕の息子がそうなのだ。真剣になって相手の意見を聞けば聞くほど、口が半開きになって表情を無にしてしまう。だから、『チャンと聞いているのか?』と、勘違いされる。


 彼女は「対展」にも出品している。そこは写真の場なんだが、「水彩画(やはり廃墟を画いている)を写真らしく見せる」というテーマだ。決してウケねらいではない。その成功不成功はともかく、複雑な表現様式(心理)の持ち主のようだ。
 アンビバランスなことに感応し、その隙間を徘徊しているようだ。「無機質ー肉声」、「写真(ありのまま)ー絵画(感動表現)」、「廃墟(壊れてもそこに在る)ー現実(感情が渦巻き、調節された世界)」・・・まだまだあるが、それは高橋ヤヒロ人間論になってしまう。

 興味津々の人だ。今後の展開を期待して見守って下さい。



高沢恵の場合



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 セルフポートレートだ、しかもヌードだ。
 まったく驚いた。
 嬉しいね~。
 女の裸が見れたこと、そのことばかりが嬉しいのではない。こんなささやかな展覧会に、ここまでパワフルにチャレンジしてくれた。、そのことが無上の喜びだ。

 高沢恵は、それこそ無機質な街中風景を撮る。大学生がよく撮るシーンだ。無機質なんだけど、臭いがするというか、撮り手と被写体の間が、見た目以上に近い。その辺りを、「高沢恵という女の空間」として楽しもうと思った。
 ところが、あにはからんやヌードだ、セルフだ。
 それにしても伸びやかなポーズだ。猫が沢山いてをしっかり撮っている、主役は猫かな?・・・そんなはずはない!・・・猫と女の絡み・・・猫に囲まれた自由な女だ。

 裸は変身だ。自分で自分を規制している殻を自分で脱ぎ捨てる。
 「あ~、かる~い。自由ってこういうのかな~、きもちいい~」
 「『自分をみつめる』、結局はそういうことかもしれない、そんな理屈よりも伸び伸び振る舞いたい。しがらみをふわ~っと飛ばしたい。さぁ~、これから何をしようか?何を撮ろうか?ふふふ」

 楽しき冒険をしてしまった高沢恵。これからも表現に紆余屈折はあるだろうが、賽は投げられた。

by sakaidoori | 2016-05-17 15:12 | 群青(2016) | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 26日

2500)「チカホで、100枚のスナップ写真を見る会 ~外崎うらん の場合」チカホ 終了・3月27日(日) 16:00~


チカホで、100枚のスナップ写真を見る会

外崎うらん の場合

場所:札幌市チカホ①②番出入り口付近の白くて丸いテーブル
日時:2016年3月27日(日)
  16:00~

 
ーーーーーーーーーーーーー(3.27)


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   ↑:今回の出品者:外崎うらん





 僕は、毎年2月に企画展のような、呼びかけ展のような展覧会を開いている。第1回は学校を卒業した若手撮影者のみだった。現在では絵画を含めて何でもありという状態だ。
 主義主張を訴える展覧会ではない。「参加者が何かを主張する、鑑賞という立場を少し踏み越えて、一緒になって発表の場を作っていく」というものだ。

 主義主張のない主催者・丸島均ではあるが、「展覧会参加者の交流、意見交換」はあったほうがいい。「あるべき」と言うべきか。そんな気持ちから、写真関係者だけではあるが、「100枚のスナップ写真を見る会」を細々と続けている。展覧会参加者が100枚のスナップ写真を持ってきて、白くて丸いテーブルにならべて見ていく。写真は発表を前提にしていない。何でもいいのだ。「このスナップ面白いな・・・、被写体は違うが、似たような取り方だな・・・、何か地味だね・・・」とか、適当に感想を言うだけだ。
 恋人同士なら、どんなつまらない写真でも楽しいものだ。だが、僕たちはただ単純に写真が好きということで見ている。好きと言っても、作品にしたいのを選んでいるわけではない。「良い写真」ということで見ているわけではない。撮り手の写真動機とか撮影感覚を楽しんでいるわけだ。

 「見る会」ではあるが、参加者は僕一人でも構わない。不定期開催だ。とにかく、続けていく。「人の集まりが悪いから止めよう」とか、「続けていくのが大変だ」にしたくない。
 とは言っても、やっぱり何人かいた方が楽しい。他人の見方も参考になる。次回の群青展を盛り上げるためにも月1は実施したい。


 最後になったが、今回は外崎うらんだ。5人の参加者だった。
 展覧会でもあるまいし、細々と感想を書くのは止めておこう。以下、テーブル上の写真を見て下さい。


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   ↑:(僕のお気に入り写真。)

by sakaidoori | 2016-04-26 22:15 | 100枚のスナップを見る会 | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 26日

1943)①「札幌大学写真部 卒業写真展 & 学外写真展」 市民g. 終了2月20日(水)~2月24日(日)

札幌大学写真部 

  卒業写真展 & 学外写真展

      


 会場:札幌市民ギャラリー 2階 第4展示室 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2013年2月20日(水)~2月24日(日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで。) 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(2.20)


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     ↑:(入り口側の第1室。)



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     ↑:(奥の第2室。)



 沢山の出品学生です。わずかの学生ですが、話を進めていきたい。


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     ↑:2年 外崎うらん


 外崎うらん、きっとカメラ漬けの学生生活だろう。不思議なものを撮りたい、変なものを撮りたい、物語にしたい、格好良く撮りたい、引っ付いてなめまわすように撮りたい、などなど、カメラの可能性と、自分の可能性をとことん推し進めたいと、恐ろしく意欲盛んだ。今は、被写体の本質よりも、何が何でも被写体に「外崎うらんの感性」を覆い被せたい、その外崎ワールドを顕示したいと息巻いている。女性ではあるが、実にたくましい。

 以下、作品を載せますが、テーマはバラバラです。テーマを貫く意欲を買って下さい。技術は・・・、そんなものは後5年後に問えばいい。10年後には自己表現と技術とがもっともっとせめぎ合いをしているだろう。その頃には、自分の情念と対象のあるがままの姿とが、つばぜり合いをしているだろう。今はもっともっとガンガンやって欲しい。

 以下、全作品を載せます。


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 野獣とまでは言わないが、野性的な息吹だ。生命力に異様に反応するタイプか。


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 男と女の追究試作だ。男女の生命力、今は幼さが残るが、一気に僕の予想領域を越えるかもしれない。越えて欲しいものだ。


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 こういうのも撮れますよ、ということか。

 どの作品も、「これを見よ!」、と強く命令している。


      ※※


 次に、1年生ながら圧巻の出品数の匿名希望君。匿名では色気がないので、「電車やトンネルを愛する青年」と呼ぶことにしよう。


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 実に素直な写真だ。好きなものをちゃんと撮る。それに尽きる。僕自身はトンネルの穴という世界に関心があるので、トンネル作品には異様に反応するところがある。そう言う視点で見れば、少し電車が多すぎて、それも同じような世界の電車ばかりで、トンネルに集中できないのが残念ではあった。

 「トンネルを愛する青年」の魅力は、何と言っても現地に繁く足を運んでいることだ。単に、古びた者どもが好きという領域を越えて、「確認・発見・探求」という強い問題意識のもとで行動している。だから、写真は今の段階では足跡の痕跡、あるいは現地の記録という面が強い。「オレはしっかりオマエを見た」というものだ。
 電車は好きな対象であると同時に、彼そのものだろう。これだけ電車が多いということは、「自愛」の強い人ということだ。素直に「自愛」を語る青年であった。はじき飛ばされそうな会話になったから、意図的に挑発的にこちらも構えた。熱き青年に乾杯しよう。


   ※※



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     ↑:及川大二郎。(右側の作品は違うと思います。)


 レイアウトにこだわってはいるが、被写体を客観視しているのがいい。


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     ↑:「遠天より」。


 大きく見せているのが良い。被写体そのものへの距離が遠いのは弱点だ。「『遠天』だから遠いのは当たり前だ」という問題ではない。心が被写体から遠い。突っ張るでも無し、愛するでも無し、どう関わろうかと思案気味だ。
 この作品に限らず、「これを撮りたい、ここを見つめたい」という青年らしい貪欲さがもっとあればと思った。が、貪欲ではないが、好奇心は高い。
 「自分にとって被写体とは何か」、という強い視点を見たい。それを見つけるのが彼にとっての写真行為かもしれない。人間が好きで、人の振る舞いを楽しく撮っている。「楽しいの大好き」だ。それはそれで良いのだが、この好奇心を自分に向けて、もっと自分を素直に見つめたら、作品がより深まるのでは。


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     ↑:ネコの作品群は、「いえねこだらけ」。


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 ネコ好きのネコだらけの作品に見えたので、始めは敬遠した。楽しいレイアウトなのであらためて作品を見ると、意外にも撮影者はネコと一体化していない、ネコと微笑み合ってはいない。憎しみではないが、「ネコのやつ、こんちきしょう!」という罵声が聞こえそうだ。「こんちきしょう!」と言ってはみたが、彼らを見ていると面白くなってしまった。「なんともネコ風情というものは、被写体に合っているではないか」、と思い直して、バチバチとネコだらけに降り立ったみたいだ。
 きっと、人間をこういう感じで撮りたいのだろう。演出ではなくて。



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 長くなってしまった。続けて②です、明日です。

by sakaidoori | 2013-02-26 23:17 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 18日

1793) 「札幌大学大学写真部 文連祭」 札幌大学構内 終了・6月16日(土)、17日(日)

 

○ 札幌大学大学写真部 

    文連祭
 


 会場:札幌大学2号館1階2103教室
     豊平区西岡3条7丁目3-1
       札幌大学構内
     (水源地通沿いの西側)

 日時:2012年6月16日(土) 10:00~18:00 
           6月17日(日) 10:00~16:00 

ーーーーーーーーーーーーーーー(6.16)

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 「文連祭」、札幌大学文化部連合発表祭の略称だろうか?出店などもなく静かなものだった。ジャズ研だとか演劇などの寄り道もしたいのだが、何の準備もしていない。ただただ写真部の教室を探して、学生とあれこれと会話して、それなりに楽しい時間を過ごしてきた。
 充分に時間はあったのだが、最後は慌ただしく写真撮影だ。不用意に撮ってしまったのでピンボケばかりだ。会場の全体風景は伝えたいのだが、それが全滅状態だ。どうしても全体ムードを伝えたいのでピンボケを使うことになったが、誠にすいません。


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 会場全体は黒パネルということもあり暗がりだ。気分は暗室再現だ。会場を囲むようにして狭い通路が廻っている、その回廊をもごもごと見ていく。

 モノトーンが多いが、それは意図的だ。写真活動の原点として「白黒」作品を手がけるということだ。
 恐ろしく沢山出している学生もいれば、たった一点という人もある。一点出品者には「喝」と言いたいが、これだけの人数だ、そういう学生がいても仕方がない。これではイカンと思えば次回は頑張るだろう。そういう積み重ねで自己を高めていって欲しい。

 沢山の出品者にはそれだけで親近感が湧く。その中でも特筆は2年生の外崎うらん君だ。

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     ↑:①。

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     ↑:以上、外崎うらん


 他に3点の白黒作品が別に置かれていた。乗り物、都会の雑踏、植物だ。
 数ヶ月前にも彼女の作品を見ている。とにかく写真に対する情熱は抜群だ。今展では何でも撮っている、しかも粘着的にだ。そして、見せ方もいろいろと工夫して勉強中だ。
 今回はスタジオ的な「作る作品」は廃して、自然に社会にと攻撃的に闊歩している。基本は「物語」だ。一瞬の切り取りは、何かの物語の始まりだ。何を見ても、次から次へと妄想が湧いてくるのだろう。

f0126829_9583863.jpg ①の作品群はセルフ・ポートレートだ。スタジオ的作りではないが似たようなものだ。本人が演技者として登場する、主役だ。部員が撮影協力だ。彼は彼女の僕(しもべ)のようにして働いたことだろう。
 「私のここを撮って、この角度・・もっと接近して、ダークよ、あんまり鮮明じゃダメだよ、さー今よ、シャッターを押して・・・。後は私が加工するから」、そんな撮影風景だろうか。この自己中、自己愛、情熱、執着心は素晴らしい。
 まだ2年生だ。学生を武器にし、若さを武器にし、女の子を武器にして突き進んで欲しい。頼もしい学生写真家だ。





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          ↑:1年?・松井信太郎、「美的観念の喪失」

 たった一枚では物足りないのだが、この写真は面白い。どこか世間を斜に構えているような、すねた男の距離を感じる。
 ・・・ビル群や世間は相当にオレに近い。廻りのカップルも悪くはない。しかし、しかし、オレは何をしているのだろう。このビル群を憎むべきか、愛すべきか?他人を認めるべきか否定すべきか?いったいオレは何処にいるのだろう?・・・
 そういう意味で、タイトルの「喪失」はあるのだろう。


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          ↑:4年・小野寺夏生、「“旧”小学校」

 小野寺君は他にも大きめの白黒作品を2点出していたが、抜群にこの小組作品が良い。撮影者の正直な気持ちがあらわれていて好感が持てる。おそらく、小さい世界での手作りを楽しむタイプなのだろう。いわゆるオタク派だ。
 作品のフレームは手作りだろう。飽きることなく丹念に作ったのだろう。中には記録としての「旧・小学校」が入る。大事にしなくっちゃ、大事に作らなくっちゃ。男の優しき愛とロマンだ。
 ただ、学生展の中で、この4点というのは寂しい。今回は一つの通過点だろう。卒展に合わせて、大作共々沢山の作品を見たいものだ。あー、卒業までに時間がない。頑張ってくれたまえ。




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          ↑:3年・吉田幸平、「~春が過ぎ、もう夏~」


 (ピンボケ気味ですいません。)
 普通に素直に明るく強く撮っている。白や、紫やいろんな花の色も見たかった。
 この姿勢が基本だ。一方で、学生だから、この視点でもっとアグレッシブな展示や取り組みも見たいと思った。



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          ↑:1年・某君


 (撮影者とは大いに会話ができた。以下、その時語れなかった印象記です。)

 これに倍する出品だ。おそらく、写真が好きで好きで溜まらないという段階だろう。普通に素直にパチリだから。実に素直だ。木訥というか、田舎的香のする撮影者の心だ。田舎根性が悪いわけではない。ただ、ここから相手に迫るなり、離れるなり、被写体との楽しくも激しい格闘戦に持って行かなくては、写真の記録性に負けるだろう。健闘を祈る。
 

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          ↑:3年・及川


 ムードも出ていて写真は上手いと思う。が、本当に何を撮りたいかが定まってはいないのだろう。とりあえずは、そのセンスの良さ人の良さで何でもこなせる。では、これを見せよう・・・とは、ならないのだろう。

 センスの良さ、線の細さが邪魔をしているのかもしれない。その線の細き良きセンスを、そのまま生かして何かの「美」を表現したらと思った。クサイ表現だが、「愛すべき対象をそのまま素直に表現したら」と思った。




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          ↑:伊藤大介


 包み込むようにして仕上げている。何より良いのは、被写体を大きく撮って、ムード過多に偏していないことだ。自分の距離感や美学を持っているから、きっと何をとってもしっかりしているのだろう。



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f0126829_11131573.jpg →:外崎うらん

 ピンボケですいません。記録のために載せておきます。

by sakaidoori | 2012-06-18 13:04 | 学校構内 | Trackback | Comments(7)
2012年 02月 23日

1630)「札幌大学写真部 卒業記念写真展」 市民ギャラリー 2月22日(水)~2月26日(日)

○ 札幌大学写真部

       卒業記念写真展
 
  
    
 会場:札幌市民ギャラリー 2階第5室
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
      電話(011)271-5471

 会期:2012年2月22日(水)~2月26日(日)
 休み:月曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーー(2.22)

 昨日は東2丁目の市民ギャラリーから大通西13丁目の市民館ギャラリーまで横歩きに見て回った。始まりが札大写真展、終わりは北大写真展と学生写真展だ。途中でも大人の写真展と、写真が続いた。多くを載せたいが無理だろう。とりあえず始まり当展の紹介です。


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 天井高く広い会場を二つに区切って手前が卒業生展、奥が在校生。

 卒業生、「記念展」ということで入部時からの取りダメ作品が多い。出品作が1、2点という学生もいるが、多人数の参加だから適当にバランスがとれて見る分には問題がない。


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          ↑:4年・鷹嘴君也、「交差点」。

  
 一昔前にもどった感じだ。気ぜわしくもあるが楽しく生き生きしている。胸を張って前を見つめて強く歩く、表情にも余裕があり、明るい未来だ。このレトロ感、高度成長期みたいだ。建物もやっぱり古そうだし・・・レトロなムードが好きな学生かもしれない。


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          ↑:4年・田中脩

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          ↑:田中脩、「町の郵便屋さん」。

 優しく見つめている、素直に撮っている。白黒の色がもっとまろやかになれば、被写体にもっと入り込めるのだろう。いや、被写体が好きで、お立ち寄り気分で、「ご苦労さん」と心で軽く声をかける距離感なのだろう。迫る迫力はないが見つめる安定感優しさのある作品だと思う。
 初学年の頃の作品との事。もしからしたら一度見ているかもしれない。初々しい気分になってしまった。


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          ↑:4年・阿部雄




 とりとめもなく沢山出品するのが阿部雄君だ。あれもしたい、これもしたいという欲求願望が強いのだろう。だから、写真技術の冴えよりも、留まることなき行動力のほうが目に止まる。その姿は卒業展でも同じだ。「他人に集中させて何かを見せる」という意味では好ましいスタイルではないかもしれない。だが、最後まで形を決めないありようは若さそのもので良い。
 彼のような作風はその全貌を載せた方がいいのだが、撮影に失敗してしまった。下の作品は最近作の1枚です。

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          ↑:阿部雄

 いつになく一点を見つめる象徴的・絵画的作品だ。強い視線ではあるが、彼らしい被写体への「愛」が写真技術に覆われてしまった。自身の原点確認のよう。一度、こういうシリーズでまとめて発表したらいい。気分がすっきりして、気分良く次に進めるかもしれない。自己徹底と、見せる展示だ。


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          ↑:阿部雄



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          ↑:4年・秋元、「sepia」。

 色と構成による組作品。デザイン的処理といえばいいのか、一枚一枚の意味を減らし、全体の色ムードと、部分による主張だ。
 自分好みの壁紙を見る思いで新鮮だった。継ぎ接ぎだらけで日々の繋がり、それでも決まり切った行動様式が自分を自分として再確認させる。それを他人が見れば何というのか?少なくとも行動様式は一つの美学として置き換えられるであろう。そういう自己確認の作業のようだ。


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          ↑:一法師沙絵、「素晴らしく長い足」。

 一点の出品ですが、トリッキーで楽しいタイトルだ。部活に集中できなかったみたいだ。
 それはともかくとして、タイトルもお茶目だし、面白くまとまっている。ガラスに写った細い自分の足に驚いたよう。「あたしの足、こんなに太いのに・・・」と朗らかに語っていた。
 人物像の廻りに直線や四角の枠が重なり合い、しかも窓越しの白い世界、黒い影とリズミカルに呼吸しあっている。他人のような細い足、「鏡の中のあたし」でもある。


 以上の掲載は卒業生。全体の一部です。

 1年生作品に白黒表現の上手い人を見つけたので載せます。

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          ↑:1年・外崎うらん


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     ↑:左から、「優しく壊してね」 「グラスフィッシュ」。


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          ↑:「(?)」。 

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          ↑:「(?)」。

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          ↑:「(?)」。


 自分の「黒」を持っている学生だ。どの写真もイメージが膨らんでくる。あれこれと勝手な物語が生まれる。見る物全てが、愛おしくて抱きしめたいのだろう。愛といっても、絵や色としての主張だから嫌味なく気分が良い。しかも若い女性の持つ新鮮な驚きが画面を覆っていて清々しい。大仰でなく、引き込ませる「黒」、うぶく可愛い「黒」だ。あなどりがたい「黒」でもある。
 今展はコンパクトにまとまりすぎて不思議さがもっとあればと思った。その意味でも、雪の上に子供が立っている姿は感心だ。なんだか、雪の中からオテンバ娘が湧き出ているみたい。
 「外崎うらん」、「うらんちゃん」と覚えて下さい。


f0126829_1145541.jpg ←:今展用のDMです。
















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by sakaidoori | 2012-02-23 16:07 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(0)