栄通記

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2018年 10月 13日

2610)「野呂田晋 の場合~チカホで100枚のスナップを見る会」チカホ 終了/10月11日(日) 18:30~21:00







◎「チカホで、丸島均と100枚のスナップ写真を見る会

2018年期 第4回

野呂田 晋 の場合


場所:札幌市チカホ①②番出入り口付近の白くて丸いテーブル
   (銀だこやモスバーガーの前!)

日時:2019年10月11日(日) 18:30~21:00

-----------(10.11)


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野呂田スナップは興味津々だ!


被写体そのものにメッセージはない。無いのだが、何でも良いというわけではない。
ドロとか岩とか砂とか・・・この辺りは職業とも関係しているみたい。

細かな緻密な設計図を連想させるようなものども・・・几帳面な線とか点とか波長とか、設計図ではないが、どこかに近代建築物を良しとする心がある。幾何学模様とか、連続重ね模様とか・・・を撮る。

部屋も好きだ。部屋の中の明るい所、暗いところを楽しんでいる。部屋内部の明暗を利用して、「見えないの見えないの・・・出ておいで」みたいなお化けごっこをしている。
光と影が好きだから、当然「空間」に対する反応も良い。だが、空間そのものの秘密性の探究ではない。何かと何かとが出会う場、場としての空間、他空間との比較としての空間に興味があるようだ。出会いの場としての空間、空間は輪郭のある表面を持っている。表面は目口目鼻になり、多様jなレシーバーとなる。皮膚になるんだ。皮膚、全ては人間の生理へと還元される。その究極は自分自身だ。野呂田晋の作品にセルフが多いのはそのせいだろう。

作品は生理に還元されるが、「男女の性」には一気に行かない。行きたいのかもしれないが何かがブレーキをかけている。僕は知っている。「知性」が「痴性」を制御している。

一見すると怪しげなスナップ写真群、しかし、どこかアッサリしている。
野呂田晋は遊びたいのだ、作品という虚構の中で。しかし、知性という常識が遊びをコントロールしているみたい。

以下、参加者のセレクトを見て下さい。野呂田晋自身がコントロールしている世界を少しばかり破る勢いです。



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   ↑:丸島均渾身?のセレクトです。タイトルは「はらむ女」。
清楚な中に嫌らしさ、男の願望を感じませんか?たまたま写った輪ゴムが悩ましい。



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   ↑:野呂田晋自身がたまたま選んだ作品群。かったるい生活感、こういう場には女性は必須です。彼女は若いのか?若くはないかもしれない。
偶然に撮り集めたこの倦怠感。撮影者が女性に何を求めているかを垣間見る思いだ。




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   ↑:女性のセレクト。
ちょっとアクセントを入れながら、すっきりした空間構成だ。チョッピリ生理的で、それなりに清潔感があり、生活臭もあることはあるがそこに重きはない。
不思議なスナップを配しつつ、見事な安定感!




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   ↑:バランス感覚の良いセレクトだ。
遠景接写、全体に部分、色の配分もぬかりない、そして女性っぽさもでている。
おそらく、キチッキチッとした性格だろう。
ほんのチョッピリ背伸びしたら・・・何かが見たいな、何かが見えそうだ、何があるのかな・・・そんな気分の持ち主みたい。




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   ↑:おー、これは何と貴品にあふれていることか!
伏し目がちに障子に手を当てる、しかし、目線は力強く辺りを見つめ、しっかりと空気の意味を読み取っている。しかし、楚々として障子を開ける。




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   ↑:野呂田晋自身のセレクト。意味は・・・見ればわかるというものです。
とはいっても、意図して撮ったものではない。スナップ集合体には「野呂田晋」自身が一杯詰まっている。本人が気付かない世界が。しかし、本人しか判らない世界が。




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   ↑:「色々」に着目して下さい!





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   ↑:ロマンティックで良いですね。小人のような人間が巨人のような「色々」に恐がりもせずに無意味に近づいていく。近づいたその先になにがあるのかな?




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   ↑:この二つのお手々は同じ人?男?女?お年は幾つ?





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「みんな、ありがとよ!」(野呂田)
「いえいえ、どういたしまして」(参加者一同)








by sakaidoori | 2018-10-13 10:08 | 100枚のスナップを見る会 | Trackback | Comments(0)
2011年 11月 01日

1598) 「佐々木秀明・展」 ト・オン・カフェ 終了・10月18日(火)~10月30日(日)

○ 佐々木秀明・展  


 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
      中央区南9西3-1-1
       マジソンハイツ1F
      (地下鉄中島公園駅下車。
      北東に徒歩2分。北東角地。)
     電話(011)299ー6380

 会期:2011年10月18日(火)~10月30日(日)
 休み:会期中無休
 時間:10:30~22:00
    (日曜日は、10:30~20:00)
 電話:(011)299-6380

※ SALA 第18回レクチャープログラム 
      佐々木秀明 「滴を聴くー作品の背景を語る」
         2011年10月28日19:00~20:30 大人・1000円 学生・500円

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.29)

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     ↑:屋外からの風景。左がギャラリー、右が喫茶室、、入り口はその右側にある。


 佐々木秀明氏の美学をご存じの方も多いだろう。氷の入った簡単な装置から水滴が水溜まりに落ち、その波紋や装置を含めた全体を光と影で演出するものだ。
 僕は、「動く光と影」がテーマだと思っていた。だが、今展の空中に浮かぶ装置を見て気がついた。「光と影」は美学としての結果の顔で、装置そのものと、装置との遊びが佐々木秀明・空間のメインテーマだ。
 大人の男遊びが、光を友達にして格好良い「美学」になっている。だから、光の揺れに頬をゆるめよう。落ちる滴に子供心の夢を思い出そう。装置を見てはオタク顔で、「楽しいことしていますね」と投げキスを与えよう。エロスやセクシャルさは無いけれども、素敵な女性に、自慢顔で手作り機械を語ることだろう。それも一つのロマンだろう。



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 「ダ・ヴィンチの夢」のような機械仕掛けのオモチャがある。レトロ気分になってしまう。几帳面で丁寧な作風だ。


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 喫茶室には写真が展示してある。見た目には人も居なくて寒々した雰囲気だ。でも、よく見ると微妙な光のとれえ方が抜群だ。ものの表面をウッスラと包み込んでいる、ただよう空気の靄に仄かな生理を感じる。

 作家が次のように言っておられた。「僕の作品はカメラと写真のようなものかもしれない。カメラという機械が一点から光を捕まえ、それを定着したのが写真。僕の作品も装置の穴から滴が落ち、光をもらって・・・」

by sakaidoori | 2011-11-01 02:00 | (カフェ)ト・オン | Trackback | Comments(0)
2010年 08月 13日

1333) エッセ 「澁谷俊彦・展 ーコンペイトウの隠れ家 2010ー」 終了・8月3日(火)~8月8日(日)


○ 澁谷俊彦・展
   ーコンペイトウの隠れ家 2010ー
   

 会場:ギャラリー・エッセ
     北区北9条西3丁目9-1 
       ル・ノール北9条ビル1階
     (南北に走る片側2車線道路の東側。)
     電話(011)708-0606

 会期:2010年8月3日(火)~8月8日(日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(8.3)

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     ↑:(外からの風景。)


 大人の玩具のような世界だった。

 黄昏時の光も作品には悪くはないだろう、そんな気持ちでの遅い訪問だった。この選択は少し失敗だったようだ。強い光を白い板が力一杯吸い込み、その白地に小道具の色付いた影を映す。さらに四角い板の黒い影を床に投影し、浮遊感を際だたせる、そんな光景が今展にはふさわしかったようだ。

 つまり、「見るー見させる」展覧会だ。
 副題にある「コンペイトウ」を作品に紛らわせて、「見つけて遊ぶ」という参加型の展覧会ではなかった。そう予測したのが間違いだった。


 とにかく綺麗な展示だった。
 四角や丸や三角という幾何学模様、白をベースにして黄・ピンク・緑などをはわせて、遊び心を演出している。光と影が浮遊感と色付いた闇を作り、全体が未来都市のようにやさしくやさしく収まっていた。


 何だかんだと言っても始まらない。拙い写真だが、そのムードぐらいは伝わるでしょう。
 以下、展示空間へ!


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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 (長い小休止でした、スイマセン。そして、以下長い文章が続きます。)

 デザイン性とうるささと肉筆感、この3拍子が澁谷ワールドの特徴だ。都会的センスと自己主張と言い換えてもいい。

 デザイン性は今展の作品でも充分に発揮されている。写真を見て頂ければ一目瞭然だ。

 デザイン感覚と自己主張をつなぐのが「白」だ。氏にとっては目に見えない下地の「白」ではない。額装や装飾の白であり、他を引き立たせる脇役なのだが、うるさいくらいに「白」が目立つ時がある。
 今展の良さは「白」をしっかり主張していることだ。白という大海の中で全てがコンパクトに場を占有し、色輝く中で灰色ゾーンや闇色ゾーンを表現している。
 だから、氏の特徴である「賑やかな絵画」が入る余地が無くなった。以前のインスタレーションは部分部分の総和という印象があった。個々の関係であり融和であり調和であった。今展は「初めに全体ありき」である。

 氏は遊びや鑑賞者との触れ合いを求めてインスタレーション作家になった。枠からはみで、壁からはみで、空間を追求する人になった。その一里塚において、結果的には静かな自分のイメージ世界を「見せる作家」になってしまった。
 素晴らしい展覧会ではあるが、元々持っている氏の特徴が先祖返りをして拡大復活したともいえる。肉筆感無き強き自己耽溺ともいえる。
 「作品を見せる作家」から「時空の流れで関係性を模索する作家」を求めて、これがインスタレーションの出発であった。まだまだ続く「澁谷玩具の世界」だ。

by sakaidoori | 2010-08-13 11:33 | エッセ | Trackback | Comments(2)