栄通記

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2012年 06月 23日

1800)③「日常の冒険 -日本の若手作家たち-(山本聖子の場合) vol.3」 500m美術館 5月12日(土)~7月27日(金)

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○ vol.3 日常の冒険 

  ー日本の若手作家たちー
 


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 会場:500m美術館
      地下鉄東西線コンコース、
      (「地下鉄バスセンター前駅」から、
       「大通駅」に向かっての約500m。)
     
 会期:2012年5月12日(土)~7月27日(金)  
 休み:無し(年中無休)
 時間:7:00~22:30(照明点灯時間?)



 参加作家:
 今村遼佑(京都府生) 今村育子(札幌市生) 山本聖子(京都府生) 進藤冬華(札幌市) 西田卓司(札幌市) 藤倉翼(北広島市) 田中巧起(栃木県) 石倉美萌菜(札幌市) 狩野哲朗(仙台市) 鈴木悠哉(福島県福島市) 清治拓真(新潟)


ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.31)

 11名の作品展。
 1783)①、1786)② の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

○ 山本聖子の場合

 作品は2群。


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     ↑:①「向こう側の厚みについて」・2012年 塩化ビニールシート ボール ガラス 糸 他。


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     ↑:②「空白な場所」・2010年 物件広告間取り図 ラミネート。 


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 この二つの作品が同じ作家とは驚きだ。
 確かに共通点はある。囲われた世界での安定感、透き通るような空気感、どこまでが自分でどこまでが他人かは明快なのだが、なんとなく納得しがたい、そんな所在なさと存在感を両立させている。だが、それは「同じ作家」と指摘された時の言葉であって、両作品に注ぐエネルギーの違いには驚かされる。

 ①は何となくそこに置いてみて、本当にそこにあるのかを確認しているみたい。素材は透明感があれば何でもいいみたい。「存在と感覚」をテーマにしている。

 ②はプラモデル組み立て部品の余り物を、近未来都市空間のようにおびただしく繋いでいる。淡々とした作業だが、実に膨大なエネルギーだ。だが、過剰なエネルギーの発散を意図していない。自分が確認したいことが、たまたま過剰になっただけだ、と作家は応えるかもしれない。
 常日頃、何十㎞も走っているマラソン・ランナーに「毎日毎日凄い練習量ですね!!」と人は賞賛する。しかし、彼はニコリともせずに、「ただ走っているだけでが・・・」と、戸惑う。『何を驚くのだろう?ただ走っているだけなのに。昨日も走った、今日も走った、明日も走る、ただそれだけなのに。苦しいか?ランナーに感情を聞いてどうするの?』彼は世間にサービス精神の無さにはすまないと思っているが、ただそれだけのことだ。

 僕は山本聖子を喜怒哀楽の乏しいランナーに喩えた。もしかしたら逆かもしれない。激しい気性の持ち主が、その気性のままでは何も見えないと悟って、淡々と振る舞っているのかもしれない。
 前回の今村育子にとっては、閉じた空間は前提であった。そこで「自分とは何か」を試みていた。自分と自分自身との会話の場であった。
 今回の山本聖子は、閉ざされた空間そのものを問うている。「そこはいったい私にとって何なのか」を自問している。存在を見つめる人・山本聖子と綽名(あだな)しよう。

by sakaidoori | 2012-06-23 00:05 |  500m美術館
2012年 04月 15日

1706)「(藤谷康晴)CITY NECROMANCER YASYHARU FUZIYA」(京都)同時代ga. 終了・6月14日(火)~6月19日(日)

   
   
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○ CITY NECROMANCER  

    YASYHARU FUZIYA
     (藤谷康晴
 

 
 会場:同時代ギャラリー
      京都市中京区三条通り御幸町角・1928ビル1F
      電話(075)256-6155

 会期:2011年6月14日(火)~6月19日(日)
 休み:
 時間: 12:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで)
   
ーーーーーーーーーーーーーー(5.5)

1706)「(藤谷康晴)CITY NECROMANCER YASYHARU FUZIYA」(京都)同時代ga. 終了・6月14日(火)~6月19日(日) _f0126829_8354379.jpg



 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 藤谷康晴の道外での作品を見たくて京都に行った。なのに、報告が限りなく後れてしまった。が、個人の定見のない美術活動だ。掲載承諾をいただいた作家には申し訳ないが仕方がない。遅くはなっても記録にはなるでしょう。それに、彼のファンにとってもその様子は見たいことでしょう。

 会場は天井は低く、柱もあり、変な間取りだ。そして古い。古き時代の既存建築物をギャラリーに衣替えしたのだろう。古き伝統と今様、いかにも京都らしい。そこを藤谷康晴は気に入ったのだろう。気分は殴り込み、若さ溢れる展示である。


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     ↑:(以上、メイン会場のグルリ一周です。)


 会場は二部屋。広くて変なメイン会場と、その奥の隠れ家のような部屋だ。(小さいへの様子は②に載せます。)そこに額装することもなく、情念を吐き散らすでもなく、「生」の状態での展示だ。部屋と紙の白さから、情念を、目に見えないものを浮かび上がらせようとしている。

 藤谷康晴の絵は、微視的に見れば情念を吐き出す作業だ。漲るエネルギーの出口を強引に探している。燃える狂気だ。一方で、淀んだ空気の中に、何かがあると必死に探している姿がある。それは白昼夢として絵画化される。えぐる狂気、あるいは冷めた狂気とでも言いたい。燃える自分がいて、不可知な磁場があって、その関わり闘いが燃える狂気、冷たい狂気として目の前に屹立する。

 今展、場所は京都だ。しかも、自力での一ヶ月滞在、路上ライブも実践した。坊主の修行行脚と同じだ。
 京都、日本の支配者・貴族階級の歴史、文化、奢り、傲慢、いたわり、もごもごの内なるエネルギーの権化の地だ。経済的にも、もっとも金のある場所だと思っている。金持ち階級の文化の殿堂だ。金のない人も普通の人も、金持ちの矜恃は共有している。
 そこに、日本文化の移設地・北海道から果敢にチャレンジしているのが藤谷康大だ。北海道、既にアイヌがいた。彼らは排除あるいは同化の対象でしかなかった。まるで平安貴族が奥羽の地で実践したことと同じではないか。じっさい、ミニ京都の名残が北海道には随所にある。

 チャレンジとして京都に来たが、そればかりではないだろう。「同化、羨望、憧れ、思慕・・・」などなどが心の中で同居しているだろう。どこに軸足を定めるか、その確認の為の展覧会でもあろう。
 それにしても屈折多き京都に、素直に自分を対峙したものだ。恐いもの知らずと言えばそれまでだが、立派な行為だ。自分の燃えるテンションを、美術家魂を高く維持するには普通の処ではダメなのだろう。


 個別作品と小部屋の様子は②に続く。


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 (この時期、京都を始まりとして、南紀伊半島を旅行した。熊野川を下って篠津村も見てきた。高野山、熊野大社、伊勢神宮にも立ち寄った。わずかばかりだが熊野古道も歩いた。最後は松浦武四郎記念館だった。旧家のたたずまいと旧道は今もそのままの姿だった。いろいろとさわりだけでもブログに載せたいのだが、今は中国旅行で一杯だ。)

by sakaidoori | 2012-04-15 07:16 | 【道外・関西】