栄通記

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2012年 11月 30日

1894)「彫刻慕情あばれ坂 (北海道教育大学岩見沢校彫刻専攻展)」 アイボリー 11月13日(火)~11月18日(日)

  
 
彫刻慕情あばれ坂 

            北海道教育大学岩見沢校彫刻専攻展
       


 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
      中央区南2条西2丁目 
       NC・HOKUSENブロックビル4階
      (北西角地、北&西に入り口あり)
     電話(251)5100

 会期:2012年11月13日(火)~11月18日(日)
 時間:11:00~19:00
      (初日は、13:00~。最終日は、~17:00まで) 
   
ーーーーーーーーーーーーーー(11.17)


 会場は二部屋。それぞれの部屋の展示風景です。


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     ↑:第1室。


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     ↑:第2室。


 少し、作品が小振りなのは残念なところですが、それぞれがいろんな立体作品を試みている。空間というか、間取りというか、それぞれの作品同士の距離感、これが今の学生達相互の現実の距離感と同じなのかもしれない、付かず離れず適度の関係、そんなことを思いつつ、作品アイデアの可能性と共に楽しんできた。


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     ↑:神馬真旺(20)、「ペガサス☆ファンタジー 抱いて走って」。


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     ↑:同上


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 水の都のゴンドラをイメージする。そのチョット何だかわからない形を作り、その中が見えるようにしているのだが、中を見せない心配りもある。つまり、「不定型な私、心の中をみせようか、見せずにおこうか」、ということだろうか。
 「私」という形の立体造形感覚、見せる見せないという意志、そこがセールス・ポイントだ。


 
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     ↑:神馬真旺(20)、「見ながら、行ぐべ!」。


 これも同じ学生の作品。二つともタイトルが心地良い。体がいつも揺れてる人かもしれない。小気味よく前進、闊歩して街を歩いているのだろう。
 使い古しの筆記具の集積だ。確かにどこかで見たようなアイデアだが、出てくる世界はそれぞれ違うだろう。
 限りなく集めて、「万山(まんざん)」と、命名したい。その為の「一歩(いっぽ)」という作品だ。



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          ↑:本間美帆(20)、「(?)」。

 (タイトル不明。ゴメン。)
 赤頭巾ちゃんをペロリと食べた狼みたい。その狼も、ハンバーガーのパンの上に祭られている感じだ。他の果物達と一緒に食べられるのだろう。
 段ボール作品だ。きっと、新聞紙や包装紙などの紙も自在に裁断しては何かを作るのだろう。頭には物語が一杯、手にはハサミやカッターでキリキリしてはニコニコしているのだろう。もっと沢山作って、「紙に包まれた美帆の部屋」を見たいものだ。



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     ↑:いももち系女子・高橋和加奈(20)、「情報化社会」。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 青春の「りんご」かなって思ってそばによる。細かく裁断された新聞紙が表面を覆っている。これは立派な現代美術だ。
 それにしても新聞の文章というものは、細かく裁断されても不気味なニオイがする。無味乾燥な美学とでもいいたい。活字文字の宿命だろうか。



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          ↑:無敵のやっせんぼう・脇みなみ(21)、「鮭美」。


 第1室中央でたたずんでいる。参加学生全員を代表しているみたい。
 タイトルは「鮭美」、「叫び」を含意しているのか?静かにたたずんでいても、心の中は誰にも見えはしない。 「脇ちなみ版・考える人」だ。何処かの小中学校の校庭に置きたい作品だ。ロダンに繋がるオーソドックスな近代美だからこそ、学校がいい。僕も時々見に行こう。



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          ↑:渡邊真帆、「朝」。


 やはり、もっと沢山ぶら下げて見るべきだろう。そうすれば、もっと「朝」を感じるだろう。「光と影と空気」も実感できるだろう。



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          ↑:小菅謙(3)、「バラバラ」。


 面白い。高い技術の持ち主だ。このまま単作で何かのポスターにも使いたい。JR札幌駅のポスター枠に並べて、プロの広告作品と見比べてみたい。やはり、見劣りがするのだろうか?もし劣るのならば、原因はどこにあるのか?
 連作で見せるのもいい。画題は「花婿」と思うが、動物顔は単なるユーモア?それともアイロニー?
 高い技術を支えるのは単なるデザイン感覚?それとも、何かしら主義主張の持ち主?
 いずれにせよ、学生展でたったの2点だけで見終わるのは惜しい存在だ。



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          ↑:佐藤菜樹(21)、「おおやみ」。


 小振りな演出だが、なかなかの存在感だ。唇だからか?強い赤だからか?
 唇だけだが、その顔のイメージが湧いてくる。大きめの丸顔で頬も膨らみ、強気な女将タイプか?
 「佐藤菜樹反芻写真展」という個展を以前に見た。どこか挑発的なもので、荒削りなやる気満々さが漂っていた。今回は、グループ展ということですこぶるコンパクトにまとめたが、個展とは違ったチラリズムの美学があった。



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 双六です。楽しそうです。サイコロを振ってみたかったが、60歳のオヤジが一人で遊ぶには恥ずかしかった。 誰かの個人作品なのか、全員の作品なのか、今となってはわからない。スイマセン。



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f0126829_10271383.jpg →:3分だけラッピタ王・黒田明日香(21)、「110のデニール」。

by sakaidoori | 2012-11-30 13:57 | 北専・アイボリー
2012年 11月 29日

1893)「北海道抽象派作家協会秋季展 '12 第三十六回」 時計台 終了10月1日(月)~10月6日(土)

'12 第三十六回

   北海道抽象派作家協会秋季展
 


 会場:札幌時計台ギャラリー
      中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
      (東西に走る仲通りの北側のビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2012年10月1日(月)~10月6日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

 【参加作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 後藤和司(札幌) 佐々木美枝子(札幌) 鈴木悠高(札幌) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽)

ーーーーーーーーーーーーー(10.2)


 
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:①。

 中央の水色2点は三浦恭三
 左側の青色作品は名畑美由紀


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     ↑:②。

 左側の暗い作品は後藤和司
 右側の赤い2点は佐々木美枝子



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     ↑:③。


 左側の黄色い作品は鈴木悠高
 中央の4点組は今荘義男
 右側の黒と灰色の3点は林教司




 同人のみによる作品ということもあり、「純粋化された抽象画家集団、抽象世界」の感がある。また、各自複数出品だから、それぞれの持ち味も楽しめる。「ディス・イズ・抽象画」だ。

 たかだか10年間ぐらいしか見ていないので、この団体の変遷は語れない。40年近い伝統に対しても無知だから讃辞を贈れない。が、少なくとも近年の発表スタイルを見て言えるのは、新しき血の吸収を相当に激しく試みたが、あまりに同人の力が強くて新血は潔くとせずに霧散したようだ。
 文字記号の人・外山欽平は去った。確かに文字や記号は抽象として使用可能だが、具象の極みという側面がある。余りに社会的束縛と形上の約束が強いからだ。氏の退会によって、一層絵画的抽象化を推し進めたとも言える。
 一方、異質とも思える名畑美由紀と、直線一本道の鈴木悠高が新たに同人になった。


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          ↑:名畑美由紀、「R」。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 なぜ「R」か?おそらく、「L」という作品がもう一つあり、組作品の片割れだからだろう。
 なぜ「青」か?「鈴木悠高は黄色だし、佐々木美枝子は桃色だし、林教司は黒だし・・・青にしちゃおう」か?あるいは空ばかり見ていて描きくなったのかもしれない。すると「水色の三浦恭二」の隣の展示になってしまった。「一緒に並ぶと私の作品、人畜無害の明るい世界だわ。左の佐々木美枝子さんの強い世界に比べて、私のマチエール、見劣りしない?まぁイイわ、ホホホホホ。」。

 実は、彼女の絵画センスに、軽やかな音楽的ハーモニーがある。そういう世界を描き続けていけば、それなりの「名畑美由紀ワールド」は間違いなく達成される。しかし、何故だかわからないが、そういう感覚的絵画に飽き足りないのだ。そういう意味では相当に悩める画家なのだ、名畑美由紀という人は。ただ、悩みが他の多くの画家のように内向きに行かない。先人の試みや、主婦的発想のいろんな世界に後追いであろうが、先行きであろうが手が進んでしまって発表してしまうのだ。
 抽象画家・名畑美由紀というよりも行為する表現者に近いかもしれない。それでも絵画が中心だ。無手勝流に飛び跳ねる熟女・名畑美由紀である。



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     ↑:佐々木美枝子、「作品A」、「作品B」。


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          ↑:(上の作品の部分図。)


 激しい赤だ、ピンクだ。ピンクだから可愛い、と思ってはいけない。執念、怨念の女色だ。
 外にある太陽には目もくれず、内なるマグマ溜まりのみを見つめている。恐るべき執念に満ちたエネルギーだ。「時」をびっしり詰め込んでいる。

 こういうグループ展はどうだろう。「佐々木美枝子 + 全道展・高橋靖子 +ニューヨーク在住・中岡りえ + (故人)小樽・藤本俊子」の4人展だ。

 生活環境や発表スタンスは明瞭に違っている。が、内側を見つめるそれぞれの「おんな性」は強烈だ。糸を紡ぐような詩情はあっても、ロマンからはほど遠い。見たいものだ。



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     ↑:三浦恭三、「連鎖」。

 以前は「循環」というタイトルだった。画面を左右に横断し、元に戻るような水の「流れ・循環」に見えた。
 今作、描かれた一つ一つがアメーバー状に動き、それらが上下に重なって空間的拡がりになっている。それよりも何よりも、全体が抽象化された人物像だ。少なくとも、全体が中央に固まって、飛び跳ねようとしているみたい。背景の色は若々しい水色で、「リ・フレッシュ 三浦恭三」だ。最近、とみに強さを感じる。

 この三浦恭三、名畑美由紀、佐々木美枝子が全体で一塊に見えた。色味が原因だろう。敢えて言えば、「女性的」世界だ。



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     ↑:後藤和司、「秋のコンポジション」。


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          ↑:(上の作品の部分図。) 


 後藤和司の基本にあるのは、季節の詩情なり空気感なりを表現する人だ。格好良く言えば、「自然の相」の表現者だ。そして、抜群の絵肌表現の出来る人でもある。職人的だ。
 普通に自然に触れて、その観照世界を表現すればいいのだが、実際、有り余る実力でそれができるのだが、なぜだか氏はそこに立つのを拒絶する。「安易に自然を、ありのまま描いてはいけない。特に写実に描いてはいけない。今見える姿は仮の姿かもしれないから」と、自分に言い聞かせて絵画をたいそうむずかしくしていく。それも仕方がないのかもしれない。普通に描けば何でも描ける人だから。
 当協会同人の中でも、一番のマイペース派かもしれない。他者に関係なく、常に我が信じる道を行く。



 残り三名は③の写真で一塊になっている。先ほどの3名が女性的ならば、こちらは男性的に見えた。そして、後藤和司が中間で立ちん坊というスタイルだ。


 以下、個別写真のみでこの項目を終えます。


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     ↑:林教司。左から、「種子 B」、「種子 A」、「種子 C」。


 写りが悪いので再掲します。


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     ↑:林教司。左から、「種子 B」、「種子 C」。


 画題や構図は旧作を踏襲しているが、バリバリの新作と理解している。
 いつもような重量感には乏しいが、ひ弱なロマンはない。淡々と原点を見つめているようだ。



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     ↑:今荘義男。左から、「古里 イ」、「古里 ロ」、「古里 ハ」、「古里 二」。


 珍しい「古里」バージョンを取り上げます。


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 太陽にひれ伏す村人のよう。古代の太陽賛歌儀礼だ。同時に、「土」にも言祝(ことほ)いでいる。



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     ↑:鈴木悠高、「イエロー&グリーン」。


 黄色の人・鈴木悠高の大変身か?
 緑や黒の隙間から、「とにかく何か湧いてこい!」と、祈りにも近い命令を発している。

by sakaidoori | 2012-11-29 21:51 |    (時計台)
2012年 11月 28日

1892)「武田浩志 ~ユートピアモモイロ 7~」 コジカ 終了10月13日(土)~11月3日(土)

   

武田浩志 

   ユートピアモモイロ 7
         


 会場:サロン・コジカ
      中央区北3条東2丁目中西ビル1F
      (東西に走る南側。)
     電話(011)522-7660

 会期:2012年10月13日(土)~11月3日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)
 時間: 14:00~22:00

※ 誕生日パーティー ⇒ 10月23日(火) 19:00~   

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.3)

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 部屋の中央に立体作品をおいて、ーー作家は、それを「神殿」と名付けているーー女の子のような男の子のような、「顔」が並んでいる。目鼻口は省略され、ふくよかな髪が「女の子です」と、言いたげだ。そんな性別や、人という実在性よりも、とにかく武田浩志の世界は綺麗だ。その綺麗さで、彼は何処に行こうとしているのか?
 日記のように描き続けていく人物画。どこかとぼけた振る舞いで、こちらが小馬鹿にされているような、それではこちらから小馬鹿にしたくなるような剽軽さだ。限りなく果てしなく「存在というリアリティー」からは遠い。人をそんな風に描いてもいいのか?それなのに彼は人を描く。青年らしい甘ったるい邂逅や抱擁を夢見ているのか?
 だが、やはりこう言うほかには仕方がない。「綺麗だ」、そして「優しい」。「綺麗さ」ということで、何かの存在証明でもしているのか?いや、画家であるということは「存在」は二の次なのかもしれない。絵画解釈上の方便なのかもしれない。一にも二にも三にも、「綺麗さ」が全てだと武田浩志は言いたいのかもしれない。
 だが、それなら何故「人」を描くのか?山や川や、船や建物や、宇宙や心象世界の方がより自由に描けるのでは?もしかしたら彼は簡単に応えるかもしれない。「絵画の美は『人』のためにあるから」と。


 今展では黒を研究している。「黒で描きたかった」ではなく、「黒という色、その世界、他の色との関係性」を見極めたいのだろう。彼はまだまだいろんな事を研究するだろう。頭の中では既に見えてはいようが、全ては実現させねばならない、「神殿」に収めねばならない、のだろう。


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     ↑:左から、「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 168」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 163」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 162」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。



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     ↑:左から、、「portrait 166」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。「portrait 167」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ グラファイト 180×230㎜。



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     ↑:、「portrait 158」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス 印刷物 金箔 ラメ 1303×1303㎜。


 今展一の大作。金箔、印刷物と張り物も自由自在に登場だ。
 男の子がカツラを被っているように見える。「変身」?



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     ↑:左から、「portrait 165」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 418×530㎜。「portrait 160」・2012年 木製パネル 和紙 アクリル絵の具 ウレタンニス ラメ 471××571㎜。



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          ↑:「神殿 -tree-」・2012年 ミクスト・メディア 630×1760×430㎜。


 「武田浩志考案・集合住宅」では夢がない。「皆なが集う、武田浩志の木」だ。それははかない積み木の家かもしれない。志しある人の「札幌モンパルナス」と呼ぼうか。灯火もあり、やはり、人が大好きな武田浩志である。



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by sakaidoori | 2012-11-28 22:56 |  コジカ
2012年 11月 28日

1891)③「齋藤洪人×齋藤周 親子展(齋藤周)」 時計台 終了11月12日(月)~11月17日(土)

  

齋藤洪人×齋藤周 親子展   
        

 会場:時計台ギャラリー2階AB室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年11月12日(月)~11月17日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.17)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 1889番①、1890番②の続き。


 前回は父親・齋藤洪人氏の山という風景を見た。明るく強く存在する、を旗印にしていた。存在するものに対峙して、大きく心を開いていた。

 今回は子息・齋藤周だ。
 今展の彼は実に素直だ。心の靄を吹き払って進む青春群像だ。
 やはり、齋藤周ワールドは物語として楽しみたい。時は流れ、場は移動し、見る人の感覚も留まることなくどこかへ導かれていく。だから、A室の作品は独立したものかもしれないが、隣り合った作品同士、2点一組として見てしまう。 


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     ↑:左から、「今、目の前に見えるもの」・S100。「黄色の海」・S100。


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     ↑:左から、「青い隙間」・B1 パネル。「水色の丘」・B1 パネル。



 二つの組作品、タイトルはあまりに似ている。「見るという行為」、「色」、「ざっくりした自然物」が画題だ。非常に具体的世界に思えるが、人物を消したら全くの「抽象画」になってしまう。確かに原風景としては「自然の相」を秘めてはいるが、自然よりも「人」に「女性」に強い思いを抱いている。そして、「人・女性」という存在感よりも、「人との結ばれ」、「抱擁」に全神経が向かい、美的関心(ロマン)が注がれる。だから、「自然」はそれらの舞台、背景、包み込む場として意味を持ち、齋藤周によって料理された抽象世界に突き進んでいく。

 自由に料理できる「自然」、それは「母」のようなものかもしれない。背景として、海や丘という自然物として、描かれた女性達が演じる無言劇の場として、絶対的信頼として振る舞っている。彼にとっては「母性」は揺るぎなき存在なのだろう。後はそれに守られての「他人の実在」のみが関心事だ。

 絵画空間では女達が安心して振る舞っている。ほとんどの女が後ろ向きだ。それは表情という生臭いものを消したいからかもしれない。「人は好きだが、実在を求めるが、人という存在は描きたくない」。顔は前頭葉を刺激するからロマンには向かない。笑顔を描けばいいのだが、それではキャンバス全体の美の女神が怒るだろう。それに皆なが向こうを向けば、その方向に夢というポケットが産まれるかもしれない。


 僕は齋藤周のファンだ。
 最近は少年心を卒業して青春群像での若人心を物語にしている。それでも、眼差しとしての少年が、今でも絵画に見え隠れする。実にウブい存在で、「女の子と遊びたい、お姉さん達を見つめていたい、彼女達を見つめているだけで胸がドキドキする、キュンキュン高鳴る・・・」、そんな「少年期」を愛する齋藤周ワールドだから。
 以下、B室の作品群です。甘ったるい気分を存分に楽しんで下さい。頑張って多くを載せます。


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     ↑:「休憩」・90×15㎝。


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     ↑:「ピンクの砂」・180×25㎝。


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          ↑:「(無題)2012」。


 もしかしたら、父親に和して、「ピンクのニセコ山」と名付けたかったかもしれない。ちょっと恥ずかしかったのかもしれない。




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     ↑:「相談」・180×15㎝。


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     ↑:左から、「俯瞰したこと」・23×18㎝。「みどりの川」・23×18㎝。「空き時間」・18×12㎝。



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     ↑:「untitle 2012」。


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     ↑:左から、「白の広場」・40×40㎝。「オレンジの時間」・40×40㎝。
 

by sakaidoori | 2012-11-28 09:31 |    (時計台)
2012年 11月 27日

1890)②「齋藤洪人×齋藤周 親子展(齋藤洪人)」 時計台 終了11月12日(月)~11月17日(土)

  

齋藤洪人×齋藤周 親子展   
        

 会場:時計台ギャラリー2階AB室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年11月12日(月)~11月17日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.17)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 1889番①の続き。

 父親である齋藤洪人作品を掲載します。


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     ↑:左から、「空沼岳」・30号、「春の羅臼」・30号、「春のニセコ」・S30号。


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     ↑:左から、「ニセコの春」・油彩 S30号、「秋のニセコ」・S30号、「羅臼岳」・S30号。



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 山を描く画家だ。
 乱暴とも思える筆跡が重なっている。そこに木々の色や自然という空気を押し込んでいき、一つの塊を生む。その塊が「山」であり、「自然」であり、全ての現象の存在にする。もちろん自身の気迫と自然という生命体とのぶつかり合いの場として絵画が成立しているみたいだ。どこか、がっぷり四つの大相撲を見ている雰囲気だ。

 僕がイメージしていた、「茶系が萌える山容画家・齋藤洪人」とは色味が随分と違う。茶であろうが、青であろうが、緑だろうが、その目指すところは同じだろう。だが、今展は随分と明るく、大胆に振る舞っている。「渋く深く」という老境のイメージを廃して、若さ溢れる姿勢でチャレンジしている。「色に優劣はないのだ、全ての色は自然の中では本質であり、同時に異質であり、抽出された生命体・生命塊だ」、そんな作品が下の写真作品だ。


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          ↑:「アルの川の春」・P100。


 何て若々しい絵だろう。息子氏に負けずに勝負しているのか?息子氏に「オマエはまだまだ」と叱咤激励しているのか。元気な絵である。
 真ん中のべた塗りのような青い世界には驚く。風景画だから、明瞭に「川」と認知してしまうが、絵画という物質性、観念としての抽象性を見る思いだ。絵画の楽しみの一つである「意外性」を、氏は「抽象・・・無意味性」という表現で実現している。



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          ↑:「天北の秋」・S60。


 今度は激しい筆跡が緻密な細密描写の様相を呈している。輪郭線などはないのだが、秋深し山容というリアルさや山の存在感は抜群だ。細密風、抽象風と、自在に迫るベテラン画家である。しかも、エネルギッシュだ。



 以下、小品を載せます。


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     ↑:左から、「オプタテシケ山」・0号。「空沼岳」・F3号。



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          ↑:「春のニセコ」・SM。

by sakaidoori | 2012-11-27 18:46 |    (時計台)
2012年 11月 27日

1889)①「齋藤洪人×齋藤周 親子展」 時計台 終了11月12日(月)~11月17日(土)

  

齋藤洪人×齋藤周 親子展   
        

 会場:時計台ギャラリー2階AB室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年11月12日(月)~11月17日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.17)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 齋藤洪人。全道展のベテラン会員。黒ずんだ茶系で紅葉風景を得意とし、その紅葉色の塊がグイグイと迫ってくる、そういうイメージだ。ざっくばらんな筆跡は古色めいた色合いと重なり、ベテラン作家の心意気を感じていた。
 
 そして、息子の齋藤周、父親とはうって変わって、まぎれもなく「現代」の青春像作家。、青春という心模様を表現する作家だ。主に女の子や子供が画題に綾をなして、揺れる青春という心模様を描き続けている。

 さて、古武士的風景画かと、たゆたゆしき青春群像画家、親子とはいえ上手く重なるものかと危ぶんだ。

 まったくそういう心配は失礼というもので、互いが互いを意識しているかのような画風の微調整で、さわやかな「親子2人展」になっていた。不思議なものだ。実に不思議としか言いようがない。普段のお二人の親子関係は知らないが、絵の中で互いを認め合っているような風情だ。特に、父親の変身ぶり、息子氏の若さに触発されて、「絵はこれからだ」というフレッシュ・リ・スタートの思いを強くした。
 

 大作中心のA室から会場風景を載せます。


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     ↑:(以上、全部A室。)



 次は小品中心のB室。


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     ↑:(以上、全部B室。)



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     ↑:左側 齋藤洪人、「ニセコの5月」・P100。
     ↑:右側 齋藤周、「しゃがむ」・120×75㎝。


 次の②では齋藤洪人氏を、③では齋藤周氏を記していきます。

by sakaidoori | 2012-11-27 13:27 |    (時計台)
2012年 11月 27日

1888)③「写真クラブ「BePHaT!!」 第9回作品展 『夢 Photo 2012』」市民g. 終了11月21日(水)~11月25日(日)

写真クラブBePHaT!!
第9回作品展
 


    夢 Photo 2012    


 会場:札幌市民ギャラリー 第5展示室 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年11月21日(水)~11月25日(日)
 時間:10:00~19:00
      (最終日は、~17:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.23 24)

 1884番の①、1885番の②の続き。


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     ↑:吉川優子、「アモーレがいっぱい」


 今年、「富士フォト・サロン」で個展をされた方だ。カラフルなリズムが良かった。その時は作品数もいっぽい、よりワイルドな大きさだった。今回はそのダイジェスト版だ。こうして再び会えるとは嬉しい限りだ。



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     ↑:野呂田晋


 今展一の最小出品者だ。絵画のようで、あやかしの世界に挑んでいる。きっと、この傾向で大個展をされるのだろう。期待しよう。



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     ↑:zar kerberos(モリ マサヒロ)


 おー、格好いい!!「写真はロックだ、カッコだぜ」、と呟き、ビタッとはまっては流れ去り行く撮影者だ。



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     ↑:石川知奈、「暗中写心」


 暗い中での撮影とのこと。暗青色の中での静かさとの語らい。宇宙に拡がる闇と言うより、手のひらの中の蛍火のよう。



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     ↑:FOG


 大胆なアプローチだ。間違いなく面白いのだが、目の前に大きな壁を自分で作って、そこを見つめて撮って止まっている感じだ。ある種の金縛り状態だ。自分の強さを信頼していないというか・・・、う~ん、たった4枚の写真で、感じたままを書いているから、的外れな言葉だろう。
 きっと、何でもいいから沢山発表したらいいのだ。この強さを4枚で収めるにはもったいない。過剰なエネルギーは発散すべきだ。腹の中のモヤモヤが吹っ飛ぶと思う。



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     ↑:StoneE(石川淳一)


 額装がさわやかなレインボーだ。一つの試みとして面白い。



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     ↑:伊藤也寸志、「隣町」


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     ↑:同上。



 今展の①で、神成邦夫の殺風景な風景写真を取り扱った。氏にとっての風景は、無意味の連続であった。
 似たような変哲もない伊藤・風景写真ではあるが、全く別の世界だ。静かではあるが、僕はここに撮影者の「飢餓」を見る。「何かと一体化したい、強く抱き合いたい。そこは何処なのか?此処でいいのか?」そして愛おしむようにして、その場所に彼の足跡を残していく、撮影という行為で。それらは一つの記録として残る。それらは飢餓の集積でもある。

 普通、表現者は「吐き出す」という行為によって、気分が浄化されて一段上が見えてくる。伊藤也寸志は逆だ。記録という形で埋め込んで埋め込んで、そこに希望を見ようとしている。これも一つの旅なのだろう。




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     ↑:岡本隆誠、「祖母と日々」



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     ↑:岡本育、「光について」。



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     ↑:七苗恭己



 全員をカバーしてはいないが、それなりに全容は伝えれたと思う。
 個人的には神成邦夫で飛び立って、木野田和也で再上昇し、伊藤也寸志で着陸した感じだ。もちろん、山あり谷ありの刺激的な空中遊泳であった。
 見当違いや失礼な言葉もあることでしょう。ご寛恕を。

by sakaidoori | 2012-11-27 01:21 | 市民ギャラリー
2012年 11月 26日

1887)「新谷史子 森と交わる人間と動植物の交差に関する考察展」 時計台 終了11月12日(月)~11月17日(土)



新谷史子 

   森と交わる
   人間と動植物の交差に関する考察展
  
        

 会場:時計台ギャラリー3階F室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年11月12日(月)~11月17日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.17)


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 狭い部屋に日本画がびっしりだ。重厚さと綺麗さ、あるいはエネルギッシュさと情感とが相半ばして、闘っているような日本画だ。

 濃いい青を基調にして、強い心象性や幻想性を表現している。画面一杯に手抜かりなく、一所懸命に情感を伝えようとしている。そこに堅さも感じられるのだが、その堅さは若さというエネルギーに成り代わった。僕にはエネルギーの方に強く惹かれた。この強さが、画面により強い緊張感と凛とした美を生むのかと期待した。
 画家は「作品を通して地域の特別な情感を感じていただければ・・・」と念じている。「情感」、僕は「情」もさることながら、作家の強い「主張」を感じた。

 
 画家はいろんな学校の非常勤講師をされている。今春から、京都造形大学大学院日本画分野(通信課程)在学中とのことだ。
 タイトルはまるで学術論文のようだ。今展は在学校の「第6回学生創作研究助成金制度の採択企画」とのことで、そのことと関係があるのだろう。個展のタイトルとしては良くはないが、いろいろと事情があるのだろう。



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          ↑:「遥かにに」。


 手前には眠り姫のような女性が描かれている。画家の人物描写力を見る参考になる。それはともかくとして、この構図、幻想性を醸し出す手段なのだろう。少し型にはまりすぎた感じで、リアルな「女」を思った。もっと自然に溶け込むような方法がないものか?そのアイデアと溶け込む技術、大いなる課題なのだろう。


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          ↑:「コノハズク」。



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          ↑:「冬の日」。


 冬の日なのだが、枝先の微妙な絡み合いは春だ。元気で明るい。幻想性や情感追究が今展の主なテーマのようだが、こういう健康的で前向きな強い絵の方が、画家の自然な味わいに思えた。



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          ↑:「瞬」。


 「ウトナイ湖が一面夕日に染まる一瞬の世界を創りました」と、あります。

 萌えるような夕陽色、力が湧いてきて頼もしい。



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          ↑:「夜想」。


 鹿の生命を表現した力感溢れる作品だ。一番の力作かもしれない。やはり、画家自身の若さというパワーが作品に乗り移っている。



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by sakaidoori | 2012-11-26 22:47 |    (時計台)
2012年 11月 26日

1886) 「谷口大 ~記憶との対話~」 g.犬養 11月21日(水)~11月26日(月)

谷口大 

     記憶との対話
         


 会場:ギャラリー犬養 
      豊平区豊平3条1丁目1-12 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2012年11月21日(水)~11月26日(月)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30  

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.24)


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        ↑:(今展のDM)。


 「こんちわ~、写真展は2階かい?」
 「・・・、写真展、してないですよ。今回は焼き物ですが・・・」


 あんまりDMの写真が良すぎて、てっきり「谷口大写真展」かと思った。DMの裏の案内文にも、「陶展」といった類も書かれていない。ただ、「記憶の対話  谷口 大」とあるだけだ。DMをよく見ると左下隅に、「photo/kiyomi.o display/masatatsu」とある。置田貴代美さんが撮った写真だった。

 このDM、焼き物の存在よりも、写真家の目の強さのほうが引き立っている。そして、今展の紹介としては作品展を見る前で誤解したと同様に、見た後でもマッチングは良くないと思う。しかし、このDMを我が初個展の表看板にした「谷口大」の意気込み、そこに心底感服している。今個展では立ち現れていない、「強さ」、「風景に対する熱い視線と粘着性」がある。しかも、優れたデザイン感覚を思う。

 今展は「粘土展」だ。焼き物の出発としての粘土、それは焼き物の初個展を粘土の始原性・可能性に掛け合わせている。
 とにかく初々しい初個展だ。DMの強さとは異質な、空気感と間取りを意識し、優しくあどけない。
 おそらく、優しい存在感、空気との親和性を保ち、飄々とした自由精神で進まれるのだろう。

 とにかく、僕はDMに惚れ込んだ。そのセンスを信用しよう。5年後、10年後と、大きく開花する事を期待しよう。 


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     ↑:「いろは Ⅱ」


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     ↑:「色」


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               ↑:「糸遊」。


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     ↑:「落」。


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 焼き物の粘土展と見るべきではないのかもしれない。焼き物師の造形展だ。
 優しさとウエーブが特徴で、そこから生まれる空気感、もののたたずまいを醸し出し、そして見る人達との親和性を大事にしたいのだろう。

by sakaidoori | 2012-11-26 12:21 | (ギャラリー&コーヒー)犬養
2012年 11月 25日

1885)②「写真クラブ「BePHaT!!」 第9回作品展 『夢 Photo 2012』」市民g. 終了11月21日(水)~11月25日(日)

写真クラブBePHaT!!
第9回作品展
 


    夢 Photo 2012    


 会場:札幌市民ギャラリー 第5展示室 
      中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年11月21日(水)~11月25日(日)
 時間:10:00~19:00
      (最終日は、~17:00まで。) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(11.23 24)

 1884番の①に続き。

 言葉を少なくして、なるべく多くの撮影者の全体展示を載せます。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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 おそらく、全員集合のスナップ集だと思う。「俺らは元気イイゼ!!変に近づくと恐いぞ~」と乱暴な挨拶だ。
 その元気さを大きめに載せよう。


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 中央の中年男が目立つ。「頑張れオジサン!」


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 やたらと「KazuB」のイニシャルだ。その人から始めよう。



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     ↑:KazuB(木野田 和也)


 「50過ぎたら夢などみない」というメッセージがある。夢見る暇なんてないのだ、写真を撮りまくって撮りまくって、見せまくっているから。妄想というカメラ箱をカメラ・アイで吐き出している。小走りしては額に汗し、動揺という胸音を携えながら、まっしぐらに走る姿を連想する。

 森山大道風の被写体だ。恐らく、彼に刺激を受けた写真家なのだろう。とりあえずは「オマージュとしての森山大道」だ。大道は、今さら「やっぱ写真って記録だよね~」という主旨の発言をしている。功成り名を遂げて、そんな常識的な事を言ったところで始まらない。そんなことは先刻承知だ。だから、大道の若かりし頃の原点に、撮影者・カズビーは戻って、彼なりに写真を撮りまくって、何かと闘っているのだろう。

 
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       ~~~~~~~~~


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     ↑:戸井啓介


 青と黒に魅入ったロマンチックな世界。



    ~~~~~~~~~~


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     ↑:木村輝久、「一人分の孤独」


 整理整頓された几帳面な展示であり、被写体への姿勢だ。隣の無手勝流の元気さに挟まれて、その几帳面さが頼もしく見えた。


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     ↑:掛端直美、「窓」


 「窓」、多くの人にとって気になる存在だ。窓にいろんな見方ができるだろう。僕は、「向こうの世界との出入り口」としての窓に、門に、ドアに、関心がある。
 「掛端・窓」、窓自体を暖かく見つめている。ここから物語が始まるのだろう。


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     ↑:牧志禮


 プロフィールに関心が向く。

 「琉球政府(沖縄県1972年日本返還)那覇市に生まれる。 現在は札幌市に在住。・・・」


 「琉球政府」という言葉。確かに撮影者は「米国統治琉球政府時代」に生まれたのだろう。「琉球政府、琉球政府・・・」。



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 独特な場である沖縄の風土、そして女性ポートレートから祭りに風俗と、レパートリーの広い撮影者だ。いずれにせよ、「強いオーラーを発する被写体」に体が揺れるのだろう、反応するのだろう。



 ③に続く

by sakaidoori | 2012-11-25 23:51 | 市民ギャラリー