栄通記

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2012年 05月 31日

1777)①「しんか展 第7回」 大同 5月31日(木)~6月5日(火)

  
○ 第7回 しんか展
  

 会場:大同ギャラリー 3階4階
     中央区北3条西3丁目1
      大同生命ビル3階 4階
      (札幌駅前通りの東側のビル。
      南西角地 。)
     電話(011)241-8223

 会期:2012年5月31日(木)~6月5日(火)
   ※ 3日(日)は、14:00~ 
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

 主催:しんか展プロジェクト
 後援:札幌パイロットクラブ

ーーーーーーーーーーーーーー(5.22)

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 「しんか展」について・・・

 「知的に障がいのある人の中には、独創性や奇抜な表現で高い芸術性を感じる作品を生み出す人、素朴さや素直さ、色彩の豊かさなどで見る人に感動を与える作品を生み出す人たちがいます。・・・」

 そういう人たちの発表の場、
 作品審査により、芸術を競う場、
 作者の芸術性を深める場、
 正当な評価をし合う場、
 作家自身が自信をつける場、
 そして、そういう環境の中でいろいろな人が集う場、
  と、理解している。

 実は、「知的障害者」ということによる、「特徴的な作品」ということを抜いたら、後には興味ある作品を楽しむしか残らない。
 以下、僕にとって興味ある個別作品を中心に進めます。
 その前に、全体雰囲気を伝えます。

 会場は2階と3階。抜群に3階の方が面白かった。その様子を入り口から3分の2ほど流していきます。


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     ↑:(3階の奥まった正面部分。ここに受賞作品が多く並ぶ。)


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 今年で7回目だ。その年によって雰囲気がかなり違う。今年は会場がいつもより明るく感じた。受賞作品に特に言えるんだが、上手な作品が目立った。ということは、一心不乱な反復作品が少なかった。画題としては定番のような「電車もの」が皆無だった。反復作品の少なさとも符合する。
 僕は上手さを中心に作品を見ていないので、受賞作品には強く惹かれるものは少なかった。

 では、今展の「栄通賞?」の発表です。


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          ↑:縄幸江(北海道遠軽町)、「私はあきらめない Ⅱ」


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 折り紙だろうか、小さくクルクル巻いてただひたすら突き刺している。いったい、この行為に何の意味があるというのか?確かに並べられた色の配色は明るく楽しい。整列されてはいるが、いささかファージーで、その様子も微笑ましくて愛嬌だ。だが、目的を持ったデザインの為の作品ではないだろう。ただひたすら丸めては突き刺してできあがりだ。きっと作り手は「美」を求めてだろう。作業をしていると心も落ち着くのだろう。
 だが、見る僕は凝縮する色合いと集中心に感心するばかりだ。それに、タイトルも素晴らしい。(おそらく、関係者が付けたのだろう。)
 「美学」という意味はあるだろう。だが、これが「美学」という決まりはない。その人の「美しさ」が、見る人にフィットする場合がある。そういう時は、「美しさ」という化粧の中に、心揺さぶる何かも吐き出ているのだろう。


 
 今日からの展覧会です。
 いつも紹介しようと思っているのですが、この2年ほど怠っています。今回はばっちり報告します。

 ②に続く


 

by sakaidoori | 2012-05-31 19:30 |    (大同) | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 31日

1776) 「LEVENS ~愛と人生~」 たぴお 終了・5月21日(月)~5月26日(土)

  
○ LEVENS

    ~愛と人生~
         

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
      電話・林(090)7050-3753

 会期:2012年5月21日(月)~5月26日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~17:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~ 

 【参加作家】
 佐藤菜摘 田中季里 藤川弘毅 林教司 宮森くみ YUKO 工藤エリカ 糸原ムギ  
      
ーーーーーーーーーーーー(5.26)

 「愛と人生」、クサイ言葉だ。とても人前で言うには恥ずかしい。しかし、尋常ならざるものを抱えた人達にとっては、切実な言葉かもしれない。


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     ↑:全作、YUKO


 ドアを開けるとバーンとYUKOが迎えてくれた。青が渋く大きく見えた。沢山のサンタはいるが、サンタが目に入らない。膨らんだ描きっぷりが作品を大きく見せているのだろう。自身が漲っているのも良い。多くは既に見た作品と思うのだが、ヤケに新鮮だ。青が今日の自分と合っているのだろう。

 言葉が添えてある。ドーナツ作品の添え字が気に入ったので載せます。

    「穴から向こうを覗いたら みんなが みえた みんなで食べよう 一個だけのドーナツ」

 穴から向こうを覗こう。覗き見趣味なんて言わせない。秘密は覗かなければ見えないではないか。何が見えるか?愛と人生が見えれば幸いだ。いつも見れるとは限らないが、天気の良い日には見れるかもしれない。


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 誰が座るのだろう?
 座れば壊れそうだが、その人には大丈夫なのだろう。
 あの人が座ればどうなる?












 YUKOばかり拘ってはいられない。全体に進もう。


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     ↑:工藤エリコ


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 先週に引き続いての工藤エリコだ。撤収するのが面倒だから残したのではない。おそらく、オーナー林教司氏が彼女の成長を願って留めたのだ。
 「自作を徹底的に見よ!恥ずかしさも、不十分さも、物足りなさもかみしめよ!それを自信にせよ!」と、愛と人生と芸術の先輩が同志にエールを贈っている。
 カタツムリなどの2点の切り絵は彼女の作ではない。誰かの友情参加だ。粋なことをする人だ。


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     ↑:田中季里


 版画を研鑽している学生だが、今回は絵画だ。
 青の好きな人だ。きっと、青の向こう側の黒い青、うねる青も好きだろう。秘密や見えない激しさがあるから。
 そのうちに、透き通る青も好きになるかもしれない。心が洗われるから。


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     ↑:糸原ムギ、「『LEVENS』 愛と人生」。

 最近はたぴおの常連になりつつある人です。不思議な魅力で迫る。あえて特徴を一言で言えば、「キツイ」。
 白を特徴とする人です。色の白、余白の白、空間の白、心の白、です。



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     ↑:藤川弘毅


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 最近の藤川弘毅は絶好調だ。意味不明の素材で意味不明に展示し、意味不明に楽しめるのが良い。今回もその通りの作品ではないか。表現する心の芯が強くなったのだ。だから、意味不明の羅列に終始しても、何ら意に介しなくなった。
 もともと、「具体的何かを表現する」タイプではないだろう。「何か分からないが、これは面白い」が基本だと思う。その「分からなさ」を際だたせることによって、「いったいオレは何を楽しんでいるのだろう?」と自問自答をしているかどうか?
 形のない気持ちを形あるものにして、先に進む藤川弘毅だ。面白いことをしている。付いていこうではないか。


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     ↑:宮森くみ


 「愛ははなよ!人生は花よ!」と詠う宮森くみ。色気はないが、色気を出したそうな健康美がある。



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          ↑:佐藤菜摘

 200号位の作品を見たい。大きく七色が満開。うねりあり、しぶさあり、激しさあり、夢がある、画面のどこを切っても「佐藤菜摘」の顔がある、そんな特徴的な大きな作品を見たいものだ。


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          ↑:林教司

by sakaidoori | 2012-05-31 08:07 |    (たぴお) | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 30日

1775)③「北の日本画展 第27回」 時計台 終了5月21日(月)~5月26日(土)


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○ 第27回 

    北の日本画展
  


 会場:時計台ギャラリー 2・3階全室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年5月21日(月)~5月26日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

○ 深川移動展 

 会場:深川アートホール東洲館
      深川市1条9番19号深川市経済センター2階
      (JR深川駅を降りて直ぐ左側のビル)
      電話(0164)26-0026

 会期:2012年6月1日(金)~6月15日(金)
 時間: 10:00~18:00
 休み:月曜日

 【参加作家】
 総勢62名。
 (DMを拡大して個人名を確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.26)

 1771)①、1773)②の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 2階のC室の紹介です。

 作家名の記録を怠ってしまいました。記載漏れが多々あります。すいません。記載ミスもあるかもしれません。手元に目録があるので、作家名を教えていただければ助かります。


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          ↑:上田入子(小樽)、「季節ごとに」・F50

 柱のようなもので3分割している。その柱のアイデアが面白かった。


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          ↑:齋藤美佳(札幌)、「波間にまどろむ」・変形(162×80㎝)

 素直な明るさで、頬がゆるむ。明るく明るく、万華鏡のように。
 長靴を画面に入れるのが好きなひとですが、消えている。



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     ↑:左側 中井緋紗子(札幌)・「咲麗如木」・変形80(148×71㎝)。
     ↑:右側 谷地元麗子(江別)、「まどろみ」・F6


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     ↑:左側 横川優(札幌)、「長陽」・変形50(150×75㎝)
     ↑:右側の2点 池田さやか(札幌)、「にんじん」・変形(162×81㎝) 「Gothic & Lolita」・変形(162×81㎝)。

 ここでも展示の組み合わせを楽しんでいる。清楚派と情念派。
 展示を似たもので合わせるか、相反するものにするかは悩ましくても楽しい選択だ。全然違う世界も繋げないとグループ展は成り立たない。展示の妙というか、作品の響き合いも難しいものだ。
 


 次は3階のD室


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     ↑:野口裕司(恵庭)、「桜」・変形(300×90㎝)

 いつになくしっかりと絵画の出品だ。それも「桜」だ。支持体の素材も丈夫で強いものだった。季節を表現しているのだろうか?それとも、桜に何かを託しているのだろうか?綺麗な作品だ。



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          ↑:熊崎みどり(愛知)、「無題」・F30

 フェンスにからむ植物は、裸婦のシルエットだ。
 熊崎みどりは、しっかりと花鳥風月を探求していた。隠れた画面構成をする人ではなかった。これは偶然?絶対にそうではないと思う。美しく女性を描いているのだ。「さわやかに美しく存在する、それは全て女性のよう」と、言いたげだ。


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     ↑:左側 城下八重子(札幌)、「君がみているもの」・F50。
     ↑:東海林嘉良子(札幌)、「北の街」・F20。




 ④に続く

by sakaidoori | 2012-05-30 22:27 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 30日

1774) ①「色は憶えている 港千尋 × 岡部昌生」 cai02 5月19日(土)~6月14日(木)



○ CAI5周年企画展 

     色は憶えている 

      港千尋 × 岡部昌生
    

         
 会場:CAI02
      中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 全室  
      (地下鉄大通駅1番出口。
    ※注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
          昭和ビルの地下2階です。)
     電話(011)802-6438

 会期:2012年5月19日(土)~6月14日(木)
 休み:日曜・祝日  
 時間:13:00~23:00

 主催:当館

※ オープニング・セレクション ⇒ 初日 19:30~ 

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.28)

 展示は二部屋。
 初めにその二部屋の全貌を載せます。まずは今展の全体をイメージして下さい。テーマというか切り口は「震災」、「色」、「原発事故」だ。


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     ↑:(入り口から右側の展示。)


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     ↑:(入り口から左側を撮影。)


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     ↑:(部屋の奥から入り口側の風景。)


 以上が広い第一室。写真は港千尋、赤土を剥ぎ取った作品が岡部昌生。映像は写真家の作品、エンドレスで流れている。



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     ↑:(入り口からの展示風景。)


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     ↑:(部屋の奥の風景。)


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     ↑:(入り口側の風景。)


 全て岡部昌生の作品。X線写真のようなフロッタージュ作品は既発表で、直接には「フクシマ」には関係ない。まるで資料室、標本室だ。映像は岡部氏の仕事ぶりが音とともに流れている。

 この部屋は、岡部氏の仕事を理解するには都合が良いが、リアルタイムな震災と同列に並べられても興味を惹かない。今の「剥ぎ取り・フロッタージュ」作品もあるが、標本室に並べられて、「過去完了形」になってしまった。音も含めて美学になっていて心地は良い。秀でたデザイン感覚ではある。



 さて、今展は広い部屋を味わおう。まずは湊千尋氏の写真を多く載せよう。全部で12点、サイズは全て91×66㎝、和紙にインクジェットプリント。


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 以上、港千尋、「福島シリーズ 12点」、撮影地:福島県 撮影時期:2211年6~7月。

 福島のみの写真だから、震災がメインではない。「地震+津波+原発事故」を同時に見ている。当然、世界に二つとはない原子力発電所事故が通奏低音だ。
 以下、個別作品を何枚か載せます。福島といっても、一般人の立ち入り禁止地域を撮影したかどうかはわからない。


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     ↑:左から、「0) 津波で止まった時計 広野町」、「1) 津波で切断された道路 広野町」。


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     ↑:左から、「6) 全村避難の飯舘村」、「7) 津波で流されなかった稲荷神社 広野町」。


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          ↑:「内陸まで流されていた漁船 相馬市」



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     ↑:左から、「青梅 二本松市」、「津波を生き延びた山水図 いわき市 舞子浜」。



 淡い光を浴びた風景写真だ。確かに悲惨な写真もあるが、それを正面に据えてはいない。
 「福島」という観点からこれらを見れば、「祈り」に尽きると言っていい。祈る道筋としては「大地」に着目し、「大地は色を記憶する」と語り、色で祈っている。

 表現者の「祈り」を、ここでとやかく言っても仕方がない。あれほどの事件だ、解決は次世代以降への宿題にしてしまった。それでも土地の人は生きていかねばならない。港千尋という都会人が、彼の地に頭を垂れる姿勢をこの写真に見る。
 が、港千尋は日本を代表する都会人・知識人だと思う。「祈り」はその姿勢・心構えであって、それで終わって良いのだろうか?ましてや「福島」は現在の切実な事件だ。まだ、1年有余というのに、「記憶」がメインでいいのだろうか?「大地」は大事だが、「大地」以前にその露わな現実が福島にはいくらでもある。今展の写真は象徴に満ちている。象徴せざるを得ないような現場ではない。全てが露わだ。何かを素通りして、真昼の野を眩しく見ているだけのようだ。詩人ならばそれもいい。が、知識人がそれで終始すれば、知性の放棄ではなかろうか?

 知識人とは失礼な存在でもある。人が見たくもないことを「見れ!」という存在だ。住んでもいないのに、「現場の報告」をし、「意見」も言う。それらの言葉は現地人から見れば無用で無神経なものだろう。
 だが、人はなにがしかの思いを言葉として持っている。「知識人」はそれらの人の代弁者ではないが、結果として、もの言わぬ大衆の知性を代弁せねばならない。少数感覚、大多数感覚を問わない。
 港千尋は表現者にして知識人だ。その表現が「祈り」と「象徴」では余りに寂しい。


 ②に続く。
 

by sakaidoori | 2012-05-30 00:08 | CAI02(昭和ビル) | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 29日

1773)②「北の日本画展 第27回」 時計台 終了5月21日(月)~5月26日(土)


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○ 第27回 

    北の日本画展
  


 会場:時計台ギャラリー 2・3階全室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年5月21日(月)~5月26日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

○ 深川移動展 

 会場:深川アートホール東洲館
      深川市1条9番19号深川市経済センター2階
      (JR深川駅を降りて直ぐ左側のビル)
      電話(0164)26-0026

 会期:2012年6月1日(金)~6月15日(金)
 時間: 10:00~18:00
 休み:月曜日

 【参加作家】
 総勢62名。
 (DMを拡大して個人名を確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.26)

 1771)①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 前回は当館のメイン会場のA室、今回はB室です。


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          ↑:朝地信介(札幌)、「無の奥の存在」・F100(130.3×162㎝)

 ムクッとしたフックラ体に拘る朝地信介だ。今回のまるい物体は画家の感情塊と言いたい。タイトルには「無の奥の存在」と、難しくある。画家の絵に対する願望だろう。僕には、「朝地という感情・精神・生命力はこの塊だ」と、誰でもが見える形で披露しているように見える。

 下の方は直線で区切られた黒枠だ。ふわふわ物体は、この黒い部分にも浸入して、絵画という枠をはみ出した存在にしている。それは氏がいつも語る絵画的実験なのだろう。と同時に、絵を大きくしたいという意志表現にも思える。
 絵画を大きい存在にする。見る人を、そういう大きい世界に包み込む。宇宙のような磁場で、見えないものが絵画化できたら・・・、それが彼の仕事なのだろう。


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     ↑:百野道子(札幌)、左側 「夏の日」・P100(162×112㎝)。右側 「雨に唄う」・F50(116.7×91㎝)。

 左側の作品、斜めに突き出した腕が良い。真っ直ぐに一つの方向を向いた腕だ。あまりにも赤裸々だから、顔も体も付け足しに見える。腕以外は描かないと絵にならないから描いているようなものだ。それくらい腕の表現が良い。良いと言っても、リアルではない。棒のような描き方で、武骨だ。強く描いているわけでもなく、ただ真っ直ぐに愚直に描いているだけだ。意志の塊に見えた。

 百野道子は、最近は剽軽な画題に取り組んでいた。今回の画題は若者と子供で、学生時代に帰った感じだ。おそらく、原点確認、そこからの出発なのだろう。いささかクサク見られる画題ではある。いや、描きたいことが見えないのだろう。だが、立ち止まってはいられない、そんな感じで昔の画題に取り組んで、今を確認しているのだろう。
 「学生時代より成長した絵か?」と、問われれば、「ノン」だ。が、落ちることなく直向きな姿勢は変わらない。この絵がその証だろう。そうそう成長しなくてもいいのだ。描き続けることが大事なのだ。


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          ↑:高木久仁子(札幌)、「窓辺のとき」・P100

 可愛いくて思わず立ち止まってしまう。


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          ↑:上野秀美(釧路)、「ミジンコとボイジャー」・変形(162×162㎝)

 このベッタリとした質感、とても日本画とは思えない。


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     ↑:左側、「橋本多未(稚内)、「天地」・S100(162×162㎝)。右側、(記録ミス)


 凄い組み合わせだ。



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          ↑:田村直子(小樽)、「ki」・S80(132×132㎝)


 一見グロテスク風なのですが、何とも自由な作品だ。
 円は目ン玉か?きっとピンク内症候群の目だ。全てがピンクに見えるのだ。目ン玉の神経世界は「木」だ。そして、作品全体は「気」なのだろう。タイトルは「ki」だ。もしかしたら「喜」か?「祈」かも?
 それにしても楽しいというか、へんてこりんというか、自由爽快な作品だ。






 ③に続く

by sakaidoori | 2012-05-29 21:58 |    (時計台) | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 28日

1772)「透明水彩展 『コロコニ』(小路七穂子の場合) 第6回」 資料館 終了・5月15日(火)~5月20日(日)

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○ 第6回 透明水彩展 

     「コロコニ
 


 会場:札幌市資料館 2階4室
    中央区大通西13丁目 
     (旧札幌控訴院。
      大通公園の西の果て)
     電話(011)251-0731

 会期:2012年5月15日(火)~5月20日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~17:00

 【参加作家】
 小路七穂子 湯淺美恵 石垣渉 伊藤延男

ーーーーーーーーーーーーー(5.16)

 その日は小路(こうじ)七穂子さんと長話になった。前回のコロコニ展でも彼女とは長話だ。
 彼女の話すスピードやノリは、僕とは全然違いゆったりしている。僕の言葉を具体的例示に置き換えて、内容を確認もする。その言葉の独特のリズム感も心地良く、なぜだか長話になる。要するに彼女は描き手として見る側の感想を聞きたいわけだ。だから、ついついこちらも駄弁が嵩じてしまう。

 4人の参加作家で、作品には親しんでいる方々ばかりだ。が、今回は小路七穂子さんだけにスポットをあてます。
 会場風景だけは撮っているので、それで他の方の雰囲気を確認して下さい。


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     ↑:(5点全作品は石垣渉。)


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     ↑:(左側2点は小路菜穂子。)


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     ↑:(全作品湯淺美恵。)


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     ↑:(左側5点が伊藤延男。)



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     ↑:小路七穂子。


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     ↑:①左から、「アナベルとバッファロー」、「花瓶に挿したリラ」。


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          ↑:②「知床の初夏 Ⅱ」。


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          ↑:③「遠い国から Ⅶ」。

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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”     ↑:④「コロコニ(蕗の薹」。

 それぞれが5点の出品で、いろんな傾向の持ち寄りだ。だから、小路菜穂子も5点出品で、いろんな試みをしている。
 彼女の風景画が気に入っているのだが、それらは小さな世界にコンパクトにまとめる密度の濃さがある。何よりも、そのシャープさは才長けた感じで、作品を大きくしている。

 今回、自信作は①の植物画だろう。その作品に対して、
 「どうですか?」と、問われた。
 「普通に上手い作品ですね」
 「フ・ツ・ウ・ニ・・・。それは、良いことなんですか?」
 肯きも否定もせず、同じ言葉を繰り返した。シャープさを削いで、ゆったりと対象に迫る感じだ。
 この作品に限らず、作家自身が醸し出す「知性」とか「矜恃」を、出さないように出さないように構えている感じだ。

 ②の石ころの作品が気に入っている。岩肌などは克明にせず、さらりと描いている。サラリなのだが、堂々と中央に大きめに描いている。この魂胆が良い。魂胆を魅せないように軽めの石ころにしているのも良い。
 やはり風景画を得意としている人だ。ことさら背景にはいろんな物を描き込んではいないが、「風景の中にあるこの石」に注目している。その画家の直視している姿が絵に乗り移っていて、その目が石ころを「七穂子の石」にしている。

 ③の人形も面白い。堂々とした人形だ。知性派・小路七穂子の面目躍如だ。何を血迷ってこれほど人形に肩入れするのか、と言いたくなるほど存在感を出している。だが、今回は存在感の提出で止まっている。この人形とどう付き合うかを楽しんでいて、今は画家の前頭葉をカリカリ、カリカリ唸らせるだけだ。この大きな目に何を託すのだろう。何とも自信満々な姿、画家の写し身なのだろう。


 僕にとっては、小路七穂子の魅力は知性と矜恃がほの見えることだ。だが、知性や矜恃は、丸出しならば厭味に見られる。角張った感じで避けられがちだ。特に小品の透明水彩画は、コンパクトな「光」や明度が見せ所だ。光に「聖」なるものを求めたり、光に満ちた笑顔やふくよかさ、親しみ、可愛さは普通に好まれるだろう。
 この、「普通に好まれる」を小路七穂子も普通に求めているのだが、その時、自身の鋭い目をどうするか?「和光同塵」風にツメを引っ込めるのか?襲いかかることはしないだろう。それは間違いない。さて・・・。

by sakaidoori | 2012-05-28 22:47 | 資料館 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 28日

1771)①「北の日本画展 第27回」 時計台 終了5月21日(月)~5月26日(土)


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○ 第27回 

    北の日本画展
  


 会場:時計台ギャラリー 2・3階全室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年5月21日(月)~5月26日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

○ 深川移動展 

 会場:深川アートホール東洲館
      深川市1条9番19号深川市経済センター2階
      (JR深川駅を降りて直ぐ左側のビル)
      電話(0164)26-0026

 会期:2012年6月1日(金)~6月15日(金)
 時間: 10:00~18:00
 休み:月曜日

 【参加作家】
 総勢62名。
 (DMを拡大して個人名を確認して下さい。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(5.26)

 多くの日本画家が集い、沢山の日本画がある。見知った画家、面白い作品と多くを載せたい。
 2階から3階と部屋毎に順番に行きます。必然的に、3階の奥まった部屋は紹介できないでしょう。そして、僕の好みですから、載せる作家もお決まりかもしれない。付き合って下さい。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 それでは2階のA室から。


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          ↑:西谷正士(札幌)、「里」・F100。

 タイトルは「里」だが、画題を描いている人ではない。神域、ありいは聖域といえばわかりやすい。絵の中でポッカリ抜けた空虚な世界が画家のテーマだ。
 この絵の場合は、道の先の田んぼのあたりの空間だ。(写真では画家の意図が伝わりにくい。)絵画的には空間を表現する人、と言った方が分かりやすいかもしれない。しかし、それでは即物的で色気がない。「西谷正士にとっての絵画表現=空間=異次元世界=聖域」と形式化しておきます。
 ただ、彼の場合の異次元空間は、この絵の場合のように「道」などに誘われる場合がほとんどだ。決して「絵画の窓」ではない。バランスや構成で成り立っているのではない。そういう意味では誘導尋問的というか、作家の絵画的強制で作品がある。「ここを見よ!」と作家は露わに命令している。強い意志の作家でもある。
 表現したいこと、求める世界はずーっと同じだ。


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          ↑:吉川総子(札幌)、「残照」・M50(116.7×72.7㎝)

 やや小振りな作品だが力作だ。
 異次元表現という言葉で吉川総子を見れないことはないが、彼女の場合は何かしら感触的だ。ムチッとしているというか、その部分を愛おしく触りたいという衝動にかられる。
 
 今作、抜かりなく全面を描き込んでいて、画家の意欲を思う。緑中心で明かりがテーマだが、それにしても地味な画題だ。日常の切り取りということが大事なのだろう。
 描かれた世界は地味だが、柱などで門にしている。あまりにもストレートな「門」だから、その作為に立ち止まりたくなる。そして門の上部あたりが絵画の光源になっている。やっぱり触りたくなってしまった。女性画家特有の感覚だろう。しかし、知性もある。というか、絵画を知的に作りすぎる時がある。それは構図の問題とは違うだろう。

 吉川絵画の知性と感触性、その重なりが大ききする時もあれば、小さくする時もある。こういう力のこもった作品を20枚ぐらい並べて個展されればと思う。展示空間を作るなどは考えずに、ひたすら作品のみを見せる作品展だ。



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          ↑:上田とも子(熊本)、「雪の降る街で」・F50

 見た瞬間、吉川総子の作品と勘違いした。
 素直な詩情と構図とが「若さ」で重なっている。絵が拡がっていて、実物の大きさ以上に大きく見えた。人のシルエットの軽さが良いのだろう。



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          ↑:伴百合野(札幌)、「鎮魂の構図.四神.」・変形(140×140㎝)。

 紐もあるから空飛ぶ凧を思ってしまった。和服の収納袋「たとう紙」が支持体だ。何だか盲点をつく取り組みだ。たとう紙は高級な和紙だし、日本画に合わないはずはない。しかも、拡げた形もユニークだし、軽い柄もある。何より時間が蓄積されている。描き始める出発の段階から相手との対話だ。軽く手垢に染まった紙を自由に料理する、いかにも自由人・伴百合野にはうってつけだ。
 
 しかし、たった一枚とは寂しい。グループ展だから仕方がない。
 大きな壁一面に踊る「たとう紙」だ。重なっては離れ、緩く激しく流れる「たとう紙・伴百合野」、一人で夢想した。



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          ↑:蒼野甘夏(札幌)、「雨鯉群泳図」・S100(162.1×162.1㎝)。

 日本画の花鳥風月的伝統しがらみを、今風デザインに置き換えている、楽しんでいる。色気皆無の可愛さが一大特色だ。男におもねる情欲排除は戦略なのか画家の体質なのか、軽く自由に泳ぎ回る画家だ。いつもニッコリ笑ってしまう。



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          ↑:高橋潤(札幌)、「Frest」・S120(182×182㎝)

 賑やかで明るく楽しく可愛い作品だ。女性が上を向いてこちらにほほ笑んでいる。こんなトリック構図をしなくても、充分に楽しめるのだが・・・。それよりも、この世界は10年前と同じだ。その後雑貨屋的画題を代えたり、女性に対するアプローチにもいろいろ取り組んでいた。今回は原点回帰なのだろうか?
 氏の特徴の一つは間違いなくわかる。欠点になりかねない特徴だ。女性の顔が同じなのだ。しかも童顔で可愛く明るい。その表情が絵を決めている。奥さんなんだろうか?好きな人を描いているのだろう。仕方がない、二人の関係に他者は入り込めないのだから。



 ①はこれで終わりです。①はまだA室。このペースではとても終わりそうにない。が、 >②に続きます。飛び飛びになります。

by sakaidoori | 2012-05-28 18:57 |    (時計台) | Trackback | Comments(8)
2012年 05月 27日

1770)②「山岸せいじ・展 『あわいを覗く』」 茶廊法邑 5月26日(土)~6月3日(日)

  
○ 山岸せいじ・展 

      あわいを覗く
   

        
 ・会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2012年5月26日(土)~6月3日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     
 企画:当館

ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

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 1769)①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 全部ではありませんが、配列順番に個別作品を載せていきます。長物の大作は、部分図を載せます。


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 右側、女性の足が見える作品、何だか戦前のニューヨークのキャリア・ウーマンみたいだ。ハイヒールを履いて、眺めのドレスを着て、オフィス街と夜の雑踏とのタイムラグだ。


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 この二つは全体から見ても異色だ。
 左側は全く意味不明なのだが、流れの中で見る時、その黒い闇が自己主張をしている。作品の中での部分的な闇は、作品自体をブラック・ホールにしている。
 右側の少女の作品、まるで昭和初期のスタイルだ。タイムスリップだ。全体の空間と時間を揺さぶっている2枚だ。


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 さー、都会の雑踏の中に入ろう。一粒の名も無き、顔も無き存在になって、塵や埃になって「ひとむれ」に連なろう。


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 右側の女性のシルエット、ロマンチックな作品だ。明日を信じる人だ。
 個別作品の人のシルエットは、総じてロマンチックに見える。光と闇で、人の世界が浄化されたみたいだ。一つの桃源郷として見ていいのだろうか?桃源郷というにはくるおしい作品もある、溜め息という流れにもなりそうだ。
 (今回は多めの個別紹介になりそうだ。氏に怒られるかもしれない。そんなこともないだろう。要するにその心は、法邑に行って欲しいということです。)


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 右の子供の作品も印象深い。走る、走る、どこへ走るのか、どこへ逃げているのか。


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by sakaidoori | 2012-05-27 22:39 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 27日

1769)①「山岸せいじ・展 『あわいを覗く』」 茶廊法邑 5月26日(土)~6月3日(日)

  
○ 山岸せいじ・展 

      あわいを覗く
   

        
 ・会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2012年5月26日(土)~6月3日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     
 企画:当館

ーーーーーーーーーーーーーーーー(5.27)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 長方形の会場を前後から載せます。


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     ↑:(入り口側から。)

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 久しぶりに魅せる山岸せいじの写真展だ。似た作品なのに飽きない。リズムを保ち、ちょっとした驚きを散りばめ、次から次へと追いかけてしまう。この光はどこに行くのだろう?この闇は何だろう?心地良い謎も自然に湧いてくる。それは確かに幻視だろう、山岸マジックといっても。が、トリックなのにリアルだ。おそらく、山岸せいじにとっては嘘がないのだ。余りに真摯な態度、自分だけに浸りきる執念と情熱、しっかりした技術と美学は見る者を取り込んでしまう。

 「はざま」、「光」、「闇」、人の背後の空気と息吹を感じながら見ていって下さい。



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 ブッラック・ホールあり、ロマンあり、時の流れの中で、向こうの世界が見えたなら、知っているはずのこちらは本当に見えていたのか、いつか見たような、これから見るかもしれない一コマ一コマ。

 若いイリュージョンだ。過ぎ去った世界のようでも、可能性を感じる、エネルギーを感じる。吐いても吐いてもでてくる美しい世界。この揺るぎなき美はどこからくるのだろう。人恋しい姿に安堵する。


 会場全景で一度見渡した。グループ単位で2度見たことになる。廻り巡るエンドレスの世界だ。個別作品にスポットを当ててもう一度歩くことにしよう。 ②に続く

by sakaidoori | 2012-05-27 21:08 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 26日

1768)「佐藤仁敬・展」 茶廊法邑 終了・4月14日(土)~4月22日(日)

   
○ 佐藤仁敬・展 

        
 ・会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2012年4月14日(土)~4月22日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

※ 作家在廊日 ⇒ 14,15,21,22

ーーーーーーーーーーーーーーーー(4.19)

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 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 少女の所在なさや暗さを通して、現代人の心理を探る、それが佐藤仁敬のテーマだろう。「パラノイド」と名付けていた。

 今展、テーマは一貫しているが、描かれた世界にようやく拡がりがでてきたと思う。画家自身が絵の可能性を楽しんでいる感じもした。決して、「暗さ」にサヨウナラをしているわけではない。深化を求めて拡がり始めたと言うべきだろう。

 旧作を交えての展示です。新作というか、初見の作品を載せていきます。


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          ↑:「Wonderful World」・2011年 F130(194×162㎜) パネル 油彩。


 いっそのこと、顔だらけのえにしたらと思った。画家の中の演劇空間が「顔」にスポットを当てての表現だろう。
 頭からは鹿の角が生えている。背景に豚がいる。、もし馬なら、「馬鹿」になってパロディーなりも生まれるのだが。「豚」は聖書では悪魔扱いをされている。その影響か?


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     ↑:「不在の存在」・2011年 90×140㎜×2枚 パネル 石膏 油彩。

 
 これは意欲作だと思う。寝ころぶ馬を真ん中で断ち割ったのが良い。いつになく魅入らせる作品だ。「この馬を見よ」だ。神田日勝の「馬」を連想してしまった。絵とは「存在」を訴えるのには都合の良い武器だが、「不在」を主張するには難しいものだ。佐藤仁敬の取り組みの難しさでもある。


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          ↑:「Wonderful World」・2011年 F130(194×162㎜) パネル 油彩。




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          ↑:「ツミキのニオイ」・2012年 F100 パネル 油彩。

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          ↑:「ツミキのケハイ」・2012年 F130 パネル 油彩。


 最新作だろう。顔をつぶしたのが新趣向だ。当然、心はブルー、色もブルーだ。つぶされた顔のインパクト、つぶす行為の意気込み、それらが絵画全体でどう響き合っているか、そういう意味では試行錯誤の段階だろう。見ていて楽しい試みだ。


 以上が概ね新作です。以下、参考として他の作品を幾つか載せます。


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     ↑:「paranoid」・2010年 F130 パネル 油彩。


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     ↑:左から、「paranoid」・2008年 F20。「生まれいづる悩み」・2010年。


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     ↑:左から、「paranoia」・2007年 F100。「paranoid」・2008年 S20。


 
 顔へのこだわりとか、演劇風というのは以前も今回も同じではある。同じだが、同じ所で止まるわけにはいかないという姿勢が好ましかった。



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by sakaidoori | 2012-05-26 10:34 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)