栄通記

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2012年 04月 29日

1724) 「新川河口の左岸散策  ~バッタ塚橋・下水処理施設・壊れた橋・石狩浜~」

  


 昨日は快晴。というわけで、新川河口左岸を歩いた。妻のバード・ウオッチングが目的だが、私にとっては何となくの散歩で、それがたまたま河岸歩きになった。



     ↑:(拡大移動ができます。)


 上の地図の青色を出発点に、赤を通って、最後は緑の海岸縁までの散歩だ。

 以下、適当に写真を載せていきます。


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     ↑:(青色の出発地点付近の風景。)

 
 ゲート付近に車を止めた。丘の影になって車は見えない。


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 付近にある下水処理施設場。
 この付近の道路を通ればいつも目につく白い建物だ。そばには一般市民受け入れの不燃物処理施設(ゴミ処分場)がある。そちらは仕事で何度か利用した。昔、ここの処分場は受け入れ基準が厳しかったので皆なに嫌われていた。今ではそれが当たり前になっている。どこの処理場も、あれはダメ、これはあそこに持って行けとうるさくなった。そして処理代も高くなった。


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     ↑:(②付近。)


 堤には資材置き場もある。市の仕事で出てきた処分品のようだ。伐採した樹木も整理して、関係者に事後承諾を受けているのだろう。綺麗に置いてはいるが、いつになったら最終処分するのだろう?


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     ↑:(②から③へ)


 流れる川は新川に注ぐ濁川。新川は排水のための人工河川だ。この濁川もそうなのか?
 そのいかつい構造物の下に、小さく「バッタ塚橋」が見える。


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     ↑:(③)


 バッタ塚橋。その名の由来は、近くにバッタ塚があるからだ。確か、明治14年頃に十勝でバッタが異常繁殖した。バッタは日高の山を越えて、この石狩浜にも飛来した。そのバッタを処分した塚(墓)が近くにある。いずれはブログ紹介しよう。


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 白い施設に付随して、黒いシートで防御された貯水槽があった。何の溜め水なんだろう?フェンスで囲われているので中には入れない。


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     ↑:(④付近。)


f0126829_18415291.jpg 濁川が新川に合流する地点を撮ったつもりだが、なんら特徴のないスナップになってしまった。







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 海の傍に橋が架かっている。よく見ればわかると思うが、右側の陸地部分の橋がない。通れなくするために意図的に壊したのだろう。左側(左岸)から橋に登ることができる。


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     ↑:(上の写真と重複気味ですが。右岸の橋への取り付き付近の風景を確認して下さい。)


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 橋の上の風景。


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 橋から海を望む。河口が中洲状態で塞いでいる姿が面白い。



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f0126829_19291477.jpg 橋から上流を望む。
 釣り人二人、まったりと時を過ごしていた。






 以下、砂浜のスナップを載せます。たいした写真ではありません。


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     ↑:河口を望む。


 砂浜を西に向かって歩く。


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     ↑:⑥


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     ↑:⑥


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     ↑:⑥


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     ↑:⑥。反対方向の風景。



 最後です。帰り際に橋に関わるベスト・スナップです。


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     ↑:(海方向から左岸の橋取り付き付近の風景。
ここから簡単に橋に登ることができる。いったい、いつ頃の橋で、いつ通れなくしたのだろう。何故壊したのだろう。必要ないということか。それにしても安易な管理だ。)

by sakaidoori | 2012-04-29 20:06 | ◎ 川・橋
2012年 04月 28日

1723)「米澤卓也作品展『ふわっとして、ひゅん』」HOUSE CREATIONモデルハウス 4月28日(土)~5月6日(日)

  
 米澤卓也・作品展ー 

    ふわっとして、ひゅん


       another creation 2012 プレ企画   
   

 会場:HOUSE CREATION モデルハウス・IBUKI 
      手稲区明日風5丁目17-39
       (手稲区の運転免許試験場北門
        から出て直進15分
        ※ 駐車場有り。)
      電話(011)683-3100
  
 会期:2012年4月28日(土)~5月6日(日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

 主催:HOUSE CREATION

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.27)

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 個展会場は立派でリッチなモデルハウスの中。
 根っからの貧乏性だから、こういう高級住宅に足を運ぶことはない。当然、住むには全く縁が無い。ソファーに座っても腰が落ち着かない。が、時にはこうして絵画を見、作家と語らうことは実に良い。これも人生の楽しみの一つだ。


 ブログに紹介するつもりが無かったから、間取りを意識した写真を撮らなかった。だが、見終えると、見たことが忘れがたく、予定変更での紹介です。建物なり絵画の全貌を上手く紹介できそうもありませんが、そこのところは適当に進んで下さい。


 玄関から行きましょう。建物は3.5階。


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     ↑:(作品は玄関の左右の壁に小さく一枚ずつ。)


 玄関の左側には居間。


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     ↑:(お洒落で意味不明な作品。デザイン、あるいは装飾的作品と解していいのでしょう。こういうのがポロッとでてくるところが成長の証だろう。要するに、何でも作品になるのだ。作家が「これが良い、これで行こう」と、強く決断すればいいのだ。)


 居間と同じ空間に床の間のような、茶室のような設計者ご自慢の空間。


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 茶釜の焼け跡のような黒墨が中央に見える。
 「穴」だ。モデルハウスに展示するにはいささか異様だが、関係者も問題なしとみたのだ。素晴らしい。
 他の作品は小品中心で、青年のふわふわ気分で統一されている。なのに茶室の中央に芝生と黒穴とは大胆だ。絵の主人公達は、このの建物の吹き抜けを意識して、上下にふわふわ飛んで跳ねているのだが、彼らの秘密の出入り口がこの「穴」なのだろう。作品としての穴、建物の穴だ。その、ささやかな不思議さで建物という空間全体を絵画(美術)空間に置き換えようとしている。
 作品としては何てことはないが、僕はとても好きだ。






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     ↑:(2階から階下を望む。中庭も見える。この庭も設計者自慢の空間だ。)


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 さて2階だ。


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 階段を上がった空間には長テーブルと飾り棚。変な窓穴を利用して三個の作品が並んでいる。



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 ベッドに酒に赤!何て情熱的なんだろう。夢は昼から開きそうだ。



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 2階には天井の高い部屋がある。そこにはアルミの長い階段が用意されていて、屋根裏部屋のような秘密の部屋を最後に用意している。


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     ↑:(外の景色。)


 細々と青い世界が白壁を飾っていた。目立たずおごらず爽やかに、だ。良い感じ、良い雰囲気の演出が第一で、そのことを通して、米澤ワールドの引き出しは随分と豊富になったことだろう。
 目立ち過ぎないのは充分に分かるが、どこかに20号なり30号の作品が欲しかった。壁に飾れないのなら、床に立てかければ良かった。
 それと、これは勝手な願望なのだが、女性というか女の子も画題に欲しかった。話がもっと拡がりもするし、楽しくなると思うのだが。



 最後に中庭からの景色です。

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by sakaidoori | 2012-04-28 22:27 | ★その他
2012年 04月 28日

1722)①「井上まさじ・展 2012」 ミヤシタ 4月11日(水)~5月6日(日)

    
○ 井上まさじ・展 2012   
  

 会場:ギャラリー ミヤシタ
      中央区南5条西20丁目1-38 
      (南北の中小路の、東側にある民家)  
      電話(011)562-6977

 会期:2012年4月11日(水)~5月6日(日)
 休み:月曜日(休廊日)
 時間:12:00~19:00 
     (最終日は ~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.19)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 1階、2階と二部屋の展示。
 1階は、今の井上まさじの最前線。
 2階は、もう少し期間を延ばした井上ワールド。

 その1階から紹介します。


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 いつもはもっと色燦々として華やかだ。湖面に映える夕焼け朝焼けの輝きがあった。今回は「白」が基層になっている。もちろん、七色はある。が、表に出さない。色にしろ模様にしろ、激しさを押さえて淡々と白と青の世界を楽しんでいる。

 「青」と言えば宇宙の相であり、空であり海だ。これらの作品を宇宙や海として楽しんでも構わないだろう。
 では「白」は何だろう?雲、雪、光という存在?余白や飾りという空間?「純白」という言葉がある。まさに潔く清々しい作品達だ。
 以前の色爛漫な世界に、こちらの顔は思わず華やいでしまった。笑みが浮かんだ。幸せな気分になった。が、今回はそういう気分にはならない。同じように綺麗な世界だが、中に入って夢を共有する感じではない。「井上まさじよ、どこに行く」と、つぶやきたくなる。修行とは暗い世界でするものと思っていた。白い世界での修行だ、自分だけの世界を見つめている。

 今展は新たな展開の一つだと思う。個人的にはワクワクしてしまった。白という地味な世界です。不思議なことをされている画家です。お勧めの個展です。


 2階は②に続く。

by sakaidoori | 2012-04-28 00:04 | ミヤシタ
2012年 04月 27日

1721)④「北海道抽象派作家協会展 ’12 第39回」 市民ギャラリー 終了・4月10日(火)~4月15日(日)

      
f0142432_1926797.jpg○ ’12 第39回

    北海道抽象派作家協会展



 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年4月10日(火)~4月15日(日)
 時間:10:30~18:00
      (初日は13:00~、最終日は~17:00まで。)

 【出品作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 佐々木美枝子(札幌) 鈴木悠高(札幌) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽)・・・以上、86名。

 一般:笹岡素子(江別) 鈴木薫(札幌) 田村純也(苫小牧) 能登智子(札幌) 宮部美紀(石狩) 吉田英子(札幌)・・・以上、6名。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.12)

 1700番①、1709番②、1713番③に続く。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


○ 林教司の場合


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     ↑:「種子 1・2・3」・80×100㎝。(大きさは目録によりました。)


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 上掲の作品、一目見るなり「合掌」と判断したくなる。


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 だから、この作品は大勢による「合掌」だ。「南無阿弥陀仏」、「南無妙法蓮華経」の声だ。


 何のための祈り?それはひとまず置こう。
 一心不乱のドローイングで情熱的だ。だが、エネルギーは外に発散していない。非常に内向きだ。そのために、収縮してまとまりよく見える。攻撃的刃をふところにしまおうとしているみたい。それは画家のライフワークである「挽歌」ではあるが、微妙な変化を思う。



○ 田村純也の場合


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     ↑:「魂域」・インスタレーション 30×300×100㎝。


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 石の組作品だ。この重量は凄い。作品だから重さをいとわないのだが、やはりこれだけの重量で表現者魂を見せることに敬意を表したい。

 作品の実重量は重いのだが、軽く見える。自由に石を操っているからだろう。それ以上に、まとまりの良さが、石の重みのオーラを削いでいる感じもする。
 赤くて真四角の領域にまとめられた磁場、それが「聖域」という言葉を膨らましているのかというと、そうは見えない。むしろ、作家はまだその内実を見定めがたくて、思い悩んでいる感じだ。その悩みが「まとまりの良さ」という形に集約されてしまった。「形だけでもすっきりさせよう」という意志だ。

 きっとこの形は、別の場所でリハーサルされたものだろう。その形を移植したのだろう。重いのだから、入念な準備なのは当然なことだ。だが、「市民ギャラリー」という磁場をあまり考慮していないようにみえる。その意味ではインスタレーションというよりも立体作品と言いたい。
 思うに、屋外の広場でもっともっと自由に遊び感覚も交えながら組み立てれば面白いと思う。あまり完成形を意識せずに、場と石との関わりで組み立てていく。通行人だって作品の一部だ。重たくて物理的に不可能だろうか?



○ 宮部美紀の場合


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     ↑:全て「流れる」・F50。

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 どこか「鳥獣戯画」を連想してしまった。一枚の絵の中に「カエル」とか「わんぱく小僧」とかが、重なり合って遊んでいるみたい。
 ざっくばらんな筆さばきや図柄は、他の作家達とはムードが違っている感じだ。その違いがプラスにみえるのならば問題はないのだが、ちょっとひ弱にも感じた。10枚ぐらいの連作で、全てで「流れる」を構成すれば、「宮部流鳥獣戯画」が誕生するかもしれない。


○ 能登智子の場合


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     ↑:ともに「響」・S100。

 画題・色合い・雰囲気とも、いつもの能登ワールドだ。だが、変化はある。鋭さが和らいで、華やかさを増した感じだ。特に右側の絵に感じる。花瓶に生けられた花束、その花を包むようにして背景がモクモクと和している。それが「響」なのだろう。

 彼女の絵を見ていると、自分の型にこだわりすぎではと思っている。渋い色合いによるシャープな勢い、それが信条だと思う。その空気感なり存在感に「型」という魔物を感じる。今回の「響」のふっくら感、より自由を求めている感じだが、自身の中の「鋭さ」との問答に負けている感じだ。ここらで一つ廻り道をして、「響」という花園で遊んでみてはどうだろう。遊ぶなら羽根を外した大胆さが良い。


○ 鈴木薫の場合 


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     ↑:(歩いている人の右側の作品)「2012 根に聞く」・182×276㎝。
     ↑:(同じく左側の作品)「作品 7」・182×184㎝。


 (写真撮影に失敗しました。すいませんでした。)

 

by sakaidoori | 2012-04-27 15:41 | 市民ギャラリー
2012年 04月 27日

1720)「亀井由利・個展」 時計台 終了・4月16日(月)~4月21日(土)

   
○ 亀井由利・個展        


 会場:時計台ギャラリー 階室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2012年4月16日(月)~4月21日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~16:30まで。) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.21)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:入り口からの風景。


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 黒い下地に白のドロッピング。いつものドロッピングは川になり、流れ流れ、女の裸のようにして波立っていた。
 今回は女を止めた。流れや勢いも止めた。暗闇に咲く満開の桜だ。どこか喪に服している。
 もともと亀井由利の作風には、死の影があった。特にかつてのインスタレーションには明瞭に葬送儀礼を表現していた。だから、川の流れと女・シリーズも、「三途の川」とか、「生命力」とか、「生と死」の象徴的な意味があったのだろう。僕自身は、そういう観念的な主張よりも、女性画家が暗闇に露わな裸婦を表現する自由さを頼もしく見ていた。


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 今回は桜に託した鎮魂だ。ただ満開の花を咲かせているだけだ。 
 黒が喪章のように作品をコンパクトに引き締めている。動より静だ。
 桜という生命樹がある。木々の一本立ちの姿勢、幹のどっしりさとか、全体の形は少しユーモラスだ。その可笑しさは木が生きていることの証だ。そして太くてアンバランスなのが亀井由利のフォルムだ。何より可愛いのだ。強さよりも、「可愛く凛々しく」が画家の気質なのだろう。それをアッケラカンの素直さで表現して、絵の強さにしている。


 今展の鎮魂、それは画家自身のライフワークだが、昨年の震災もダブっているのだろう。
 ともに「川」や「流れ」が特別な意味をなしている。


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 「花よ、美しく咲け!」画家の叫びが聞こえてきそうだ。花が美しく咲くことの意味、花が美しくあることの意味、僕は男だからついつい頭で考えてしまう。画家はそういう位置にはいないだろう。美しくあり、美しく咲かせる人達なのだろう。



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 (小生の顔が写りすぎですが、お許しを。)

 会場には赤や青の宇宙を模した小品がある。白黒尽くめの空間に、彩りをなしている。
 宇宙、それは冥界なのだろう。


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by sakaidoori | 2012-04-27 00:07 |    (時計台)
2012年 04月 26日

1719)②「春へのコンチェルト」 たぴお 4月23日(月)~4月28日(土)

○ 春へのコンチェルト    

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
      電話・林(090)7050-3753

 会期:2012年4月23日(月)~4月28日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

 【参加作家】
 糸原ムギ 菅野真由 後藤さとみ 田中季里 名畑美由紀 林教司 藤川弘毅 森実 YUKO 和田奈桜子 ・・・以上、10名。  
      
ーーーーーーーーーーーー(4.23)

 1718番①の続き。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 前回はユキダルマと都会的な春を載せました。

 今回は渋い作品から入ります。


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          ↑:糸原ムギ

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 「糸原ムギ」、ペンネームでしょう。当ブログで、美唄会場の個展として紹介した方です。

 失礼な言い方だが、「軽い死相」が漂っていて寒々している。その寒々しさも「春のコンチェルト」なのだろう。この場や他の作品とはミスマッチのような取り合わせで、そこをスルーっと通り抜けて細く淡く突っ立っている感じだ。あまりにもマイペースなので、その怪しげな存在が薄まっても見える。それもこの作家の体質かもしれない。
 「糸原ムギ」、どんな意味だろう?「ムギ咲く野原に糸杉が立つ」、ゴッホにそんな作品があったかな?


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     ↑:右側の白い作品、名畑美由紀

 マイペースと言うことなら、白い作品の名畑美由紀の方が一枚上手かもしれない。あんまりマイペース過ぎて、床の間のような処に鎮座させられた。

 ピンクを覆う白、死相とは逆に生命力を感じる。ハネムーンの白と言えば言い過ぎかもしれないが、そんな爽やかさな前向き目線だ。
 しかし、いつもながら何が出てくるか分からない画家だ。それだけに定期的にいつもみたい人だ。



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     ↑:後藤さとみ


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 連作の中から、一番のお気に入りを載せました。書体も楽しんで下さい。大きくてフックラとした字です。絵が弟、字がお姉さん、そんな仲良しコンビの「みんなの歌」です。



 さて、次はさわやかに変身した二人の男性作品です。


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     ↑:林教司


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 「鉄の人、挽歌の人・林教司」作品です、驚きです。林さんにも春が来たみたいです。氏にとっての春とは・・・。止めましょう、そんな無粋な投げかけは。
 とにかく何を作っても上手いものです。今回は、「爽やか変身、春の巻」でした。




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     ↑:藤川弘毅。正面から見た場合。


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     ↑:やや左から見た場合。


 こちらは「華麗に変身・藤川弘毅」だ。藤川弘毅は廃品を利用して、重量感を柱に、「何か変だな、面白いな」という世界を作る。今回も、言葉で言えば同じようになるのだが、生地の白を巧みに利用して、「変身」した。蝶に見えるから、孵化した後の春の目覚めと言いたくもなる。
 しかし、それにしても華麗に変身したものだ。氏の作品は「存在感」がキーだと思っていた。これからは「美」もテーマになるのだろうか。





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     ↑:森実

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 筆致のめったり感が、強さ明るさをより際だたせている。それに、このめったり感には猥雑物を寄せ付けない求心力があって、作品を構築的にしている。油彩をしていた人だろうか?





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     ↑:菅野真由


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     ↑:(切り絵)。



 具象を伴わない切り絵も珍しい。もっとこの模様を炎と解すれば具象なのだが。たとえ炎であっても、「模様だけ」というのが興味を惹かれる。この壁一面を「切り絵模様だけ」にしたらどうなるのか?




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     ↑:田中季里





 「リフレッシュ・田中季里」、そんな感じだ。今年から教育大学の院生での研鑽だ。スイッチを入れ替えての作品に見えた。まずは腕試しなのだろう。

by sakaidoori | 2012-04-26 22:20 |    (たぴお)
2012年 04月 25日

1718)①「春へのコンチェルト」 たぴお 4月23日(月)~4月28日(土)

○ 春へのコンチェルト    

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
      電話・林(090)7050-3753

 会期:2012年4月23日(月)~4月28日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00

※ オープニング・パーティー ⇒ 初日 18:00~

 【参加作家】
 糸原ムギ 菅野真由 後藤さとみ 田中季里 名畑美由紀 林教司 藤川弘毅 森実 YUKO 和田奈桜子 ・・・以上、10名。  
      
ーーーーーーーーーーーー(4.23)

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 久しぶりにオープニング・パーティーに参加した。手ぶらで行くのも何だから、時計台ギャラリーで合った髪を切った可愛い学生さんとの同伴だ。少しは参加平均年齢の低下の貢献をしたようだ。

 パーティーということで、全体風景の紹介はできそうにありませんが、以下適当に想像で補って下さい。





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 私はただ今禁酒中で、騒ぐでもなく、にこにこ顔で淡々と楽しんできました。こうして当日を思い出すのも良い気分です。

 今回の参加者は10名。とても全員集合、全員紹介は無理です。当然ながらお気に入りを中心に載せていきます。

 まずは爽やかな春から始めよう。


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          ↑:YUKO、「春風」。


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    空が口笛を吹くと 春が来た
    始まりの風よ  届けメッセージ
     ・・・・・・

 「届け メッセージ」。言い切りが心地良い。詩はこの後も長く続くが割愛しよう。ユキダルマと桜を見て春を満喫しよう。



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     ↑:和田奈桜子


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 「春の女心・七変化」だ。
 小さな白い壁に埋まる顔と心。外は春、覗き見ばかりしてても仕方がない。何か良いことはないか?いい男はいないか?外に出ようか。


 (今日は体調不十分で明日に続けて書きます。)


 以下②に続く。

 






 

by sakaidoori | 2012-04-25 23:47 |    (たぴお)
2012年 04月 24日

1717)①「佐藤萬寿夫 ドローイング展Ⅳ」 時計台 4月23日(月)~4月28日(土)

   
f0142432_12252819.jpg○ 佐藤萬寿夫 ドローイング展Ⅳ 

 
 会場:札幌時計台ギャラリー 2階
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2012年4月23日(月)~4月28日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(4.23)




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     ↑:左側から、「窓辺」、「丘の家」。


 佐藤満寿夫氏の個展が始まった。
 明るい色、たゆたゆしい線がからみ合って、つつましく、そして溢れんばかりの「生の肯定」、。「人生いろいろあるだろう。あるはずだ、それでもオレの絵を見て明るくなってくれよ!!」子供のような一枚一枚の作品がはしゃいでいる。

 おかしな話だ。氏自身は脳梗塞を患って、不自由な体での表現だ。DMにも、「絵を描くことが楽しく、リハビリになる。その絵を見ていただき、皆さんから元気をもらっている」と語っている。だが、迷い無く描かれたようなその明るさはまぶしい。こちらの方が「元気をもらっている」感じだ。
 今僕は、「迷い無く」と書いてしまった。本当に氏に迷いは無いのだろうか?迷いが無いからいい絵なのだろうか?「迷い」はあると思う。思いのままに動かぬ手に、迷いが無いはずはないではないか。だが、氏の絵を見ていると、「描く」ということは、「迷い」とか「不自由」などとは別の次元のようにみえる。少なくとも絵の力は「上手い」とか、「下手だ」とかは別の問題だと気付かされる。

 例えば、氏の作品には花々や建物群が多い。僕は、それらの「花や建物(家)」は擬人化されたものだと思っている。「人」であり「人びと」だ。そして、ここには何と寄り添う物達の多いことか。佐藤満寿夫氏は人恋しい人だと思う。花瓶に生けられる花や家は「佐藤萬寿夫」に置き換えられる小世界だ。当然、氏の廻りへの感謝の表現でもある。その表現があまりに素直で美しいから、見る方も絵画の中に自分をスーッと置き換えて、「こんな感じならいいな。廻りの環境風景をもっと明るく見つめ直そう」と、楽しい夢をみさせてくれる。
 擬人化された花瓶と花瓶の距離感はいじらしい。べったりでなく離れるでなく、相手と重なりつつも自分がある。重なる部分は伴に見る夢だ。重ならない部分は勝手な一人夢だ。ここには二つの夢が重なっている。

 「一人であること」と、「二人であること」にロマンという華を咲かす佐藤萬寿夫・ワールド。
 明るさは、私的(孤独)な小世界と広い世界(交わり)との通路だ。たゆたゆしい線は、その世界にすすむ「画家の意志」だ。「迷い」や「不自由」や「完成図」を置き去りにして、ひたすら画欲で通路を歩んでいる。


 仮面のような新たな展開もあります。もう少し作品紹介をしたいので、②に続きます


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     ↑:過去4回の個展紹介。



 今回はB室にも旧作を展示しています。今に連なる過去を見ることができます。



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     ↑:黄色い作品は、「風の旋律」・F100。


 以前と今との作品の違い、僕は「線」に作品全体の質の違いをみている。
 今の「線」は震えているようにみえるが、絵としては強い主張になっている。ストレートな肉声としての線、そして色との響き合いが絵の骨格をなしている。
 テーマも変わった。静物画が今の絵の大半だが、自然への讃歌は副次的で、「人間」がメインテーマだ。


 

 

by sakaidoori | 2012-04-24 12:03 |    (時計台)
2012年 04月 23日

1716)「元衆樹会 菅原昭夫、瑢子・展」 さいとう 終了・4月17日(火)~4月22日(日)

   
○ 元衆樹会 菅原昭夫瑢子・展           

 会場:さいとうギャラリー  
     中央区南1条西3丁目1
      ラ・ガレリア5階
      (北東角地。1階が日産のショールーム。)
     電話(011)222-3698

 会期:2012年4月17日(火)~4月22日(日)
 時間: 10:30~18:30
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーー(4.21)

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     ↑:菅原昭夫。


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     ↑:菅原瑢子。


 菅原昭夫さんは昭和3年(1928年)の生まれです。おそらく、十勝の出身でしょう。70歳近く(1999年)に他界されています。今展は、その昭夫さんと、奥さま、瑢子さんとの2人展です。


 昭夫さんは風景画が中心の洋画家です。油彩は独学とのこと。ですから、技法的なことなどをあれこれと研究・模索しているのが、わずかばかりの作品の中でもよくわかります。
 風景のアングルはオーソドックなものです。構図や何やかにやで、新たな発見を試みるというものではありません。むしろ、風景の中の空気と言えばいいのでしょうか、何もない処に何かを見つめている、それを絵画で探せれば、そんな感じです。
 そういう探求・関心・感動の原点は初期の作品には必ずあるのではないでしょうか。
 次に載せる2点、30年の断絶がありあます。

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          ↑:「寂秋」・SM 1948年(二十歳)。


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          ↑:「十勝野晩秋」・F30 1976年(48歳)。


 水平線を引き、空を描き、その間の丸い空間に何かを見つめる。両者とも同じ感覚です。「何か」とは、若い作品の場合は「自己」です。求めて止まない位置にしっかりとあります。後の作品との比較で言えば、「自己」は宣言でもあると同時に、絵を追究するための仮の姿でしょう。
 人生後半の作品は、ほとんど前の作品と同じものと言っていい。人の代わりに夕焼けと空間がメインテーマに置き換えられた。ストレートな自己顕示は消え、絵そのものが自己顕示になったのです。
 確かに夕焼けは感動の対象です。と同時に、夕焼けも時空における仮の姿なのでしょう。風景画は時空という見える姿であり、そこに見えない仮の姿を描くものではないでしょうか。感動すべき夕焼けの向こうが画家の本来の関心事です。ロマン?願望?夢?見えない実体?
 感動という衣を着たり、不可思議さという可能性を秘めたりと、方法はその時々の画家の心の持ちようで決まる。


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     ↑:左側、「十勝の冬」・1941年(13才)。右側、「十勝の農園風景」・ペン 18才頃(1946年?)。


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     ↑:左側から、「北の街」・F4 1985年(57才)。「道庁」・SM 1980年(52才)。

 表現主義的な激しさ、コンポジションにようる構成などがテーマです。
 一点を見つめる目、その強さ、画面全体への意欲、それらは菅原昭夫さんの体質みたいです。


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          ↑:「根室の落日」・F& 1979年(51才)。


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          ↑:「追憶」1997年 F10 (69才)。

 氏の代表作と言い切りたい。(ガラスが反射していろんな物が写ってしまい見にくくてすいません。残念です。)
 赤煉瓦の建物を煙が強く覆っている。建物の痕跡は左下に描き込まれたレンガ模様、それに右上の斜めに引かれた屋根の輪郭線だけです。そしてすべては赤。中央のけぶる赤い煙の向こうに何があるか!実在としての煉瓦建築物は幻なのです。燃える情熱、強い探求心、がっしりした存在感、潔さ・・・求めて止まない探求点から離れ、どっしりした定点に画家は立っている。


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     ↑:左側から、「鉄の街工場群」・F8。「北の街札幌」・P20 1987年(59才)。


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          ↑:開拓の村への道」・F10 1980年(52才)。


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          ↑:「残照 余命有光」・F10 1997年。

 絶筆手前の作品。本当の絶筆は、未完成作品として別にあるそうです。最後の完成作品と言えばいいのでしょう。
 この景色を見てから1年半後に亡くなられたそうです。闘病中の制作です。
 「この景色を見たい」、思いがかないギリギリの時間で見ることができたそうです。奥さまは「神様のはからい」と仰っていました。
 「射し込む光と空間」、その神々しさもあるでしょうが、画家として求めて止まない現象だったと思います。昭夫さんにとっては、この姿が永久のテーマだったのでしょう。



 奥さんの瑢子さんの作品を等分に紹介するつもりでしたが、ご主人のことで時間を費やしてしまいました。
 以下、簡単な掲載です。
 
 最近は水彩が中心とのことですが、もともとは油彩です。力強さ、画布全体への意欲など、油彩画家の信条がよくでています。「強く太く大きく」が特徴です。
 (油彩画は旧作で、水彩画が最近の作品。)


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          ↑:菅原瑢子、「薔薇の花とみかん」・F4 油彩画。

 どっしりして良い作品です。個人的には薔薇の花をもっと大きくと思うのですが、瑢子さんは「赤い花+白い花瓶+黄色いミカン」が全て大事なのでしょう。その気持ちが三者への平等主義になったのでしょう。



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          ↑:菅原瑢子、「ムクゲの花」・水彩画。


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     ↑:菅原瑢子、ともに「春の訪れ」・淡彩画。



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by sakaidoori | 2012-04-23 15:08 | さいとう
2012年 04月 22日

1715) 「渡辺信・個展」 たぴお 終了・4月16日(月)~4月21日(土)

  
○ 渡辺信・個展  

   
 会場:ギャラリーたぴお
      中央区北2条西2丁目・道特会館1F
      (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
      電話・林(090)7050-3753

 会期:2012年4月16日(月)~4月21日(土)
 休み:日曜日(定休日)
 時間:11:00~19:00
      
ーーーーーーーーーーーー(4.21)

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 「イモノ、イモノ」という言葉が飛び交っていた。だから、「鋳物造形作家・渡辺信」と紹介したらいいのだろう。

 渡辺信さん、かなりの年配だが元気の良い方だ、そして話の間合いが面白い。小さな体を前のめりにして、指先に力を入れた仕草は、ほんとうに作品が好きなんだと納得される。ついついこちらも相づちを打つ。もし、工房での会話になったなら、あたりの作品や細々したものを肴にして、エンドレスの時間になるだろう。

 そういう作家を目の当たりにした個展だ。箇々の作品に、作家の相をあれこれと想像してしまって、実に愉快このうえない。作家自身が作品で、作品が作家の顔に逆転してしまう。それはまた、「地元」という顔が赤裸々になる時でもある。ベテランだからなせる自然の強みであり、味わいだ。ギャラリーたぴおは、強く地元性の良き面を発揮していた。


 さて、作品なのだが、長き創作活動の自選展だ。制作年を記していないから、作家の説明がキャプションだ。後は勝手に楽しむが良かろうというものだ。

 中央に大きめの作品が2点構えている。作家が選ぶ代表作なのだろう。


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     ↑:「揺籃」。


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     ↑:「あるホールのための夢想」。


 この2点、周囲の作品と少しばかり様子が違う。(もっとも、全ての作品は雰囲気を微妙に変えてはいるのだが。)一つは、完璧な球体ということがあり、一つはマグマ溜まりのようなパワーが肝心な所だ。重さも違う。球体は見かけとは違い軽い。球体の表面は薄くて、職人的巧みが詰まっている。子供の風船遊びがイメージかもしれない。ゴワゴワ器は重い、金属の塊だから。これを盃ににして酒を呑む豪傑を求めているようだ。

 作家は種のような「膨らんだ形が好きだ」と言う。その一つの行き着く先がツルツルした球体なのだろう。遊び心も作家にとっては重要な要素なのだが、完璧な形に「遊び」を入れるのは難しい。せめてはということで、若干の唐草模様を施したのだろう。自己に緊張を強いての作品ではなかろうか、この球体は。だから愛着があると同時に、なかなか二つとは作らなかったかもしれない。

 一方の力強いゴワゴワ器、遊び心と内面のパワーが合体したのだろう。鉄の重さへの讃歌だ。だが、こういうストレートさも作家の体質とは違っていたようだ。遊びから離れすぎのパワー・オンリーも面白くないのだろう。

 僕はたった2点で作家の志向性を勝手に推測した。おそらく当たっていないだろう。そんなことはどうでもいいのだ。小さな遊び心を携えた小品達、それらに囲まれた自信作、その自信作に作家の年輪を見るからだ。


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          ↑:「春炎」。

 
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     ↑:左側、「春芽」。右側、「あるホールのための・・・」。


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     ↑:左から、「ワグリーⅡ」、「作品 S」、「作品 F」。



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     ↑:左から、「舞う」、「コンポジション(微風)」。


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          ↑:「独立不羈」。


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 何とも言えない愉快な個展だった。愛すべき作品達だった。渡辺信さんに「乾杯」がしたくなった。



f0126829_21174356.jpg →:「パンセ」。















        ~~~~~~~~~~~~~


 この日は快晴。


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by sakaidoori | 2012-04-22 21:49 |    (たぴお)