栄通記

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2010年 12月 31日

1412) 大晦日。

 大晦日です。

 それほど忙しくもなく時を過ごしていて、どこか世間とは感覚がズレつつある年末の日々です。余りにゆったりしているので、逆にのんびりととブログを書くには気が退いてしまったところです。

 今日の近所の写真を載せます。

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 年末のサイクリングロード。


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 はねられた雪。意味もなく昇ってしまい、そして降りてみる。
 冬のベンチ。なぜか被さる雪が暖かそう。

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 ちょっと気取って、トンネルからの風景。
 行き交う人が見える。そして、幾秒か後にその人とすれ違う。
 挨拶など無縁にその人は去っていく。


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 やはり川を撮っておこう。
 川沿いの住人が雪撥ねをしている。良い景色だ。


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 スズメが鳴いている。数を減らしたスズメだが、ようやく回復したようだ。


 さて、今年はかなりブログ更新が途絶えました。
 原因はいろいろあります。休むキッカケはともかくとして、長引いたのは良くなかった。緊張する持続力の無さが最大の原因です。

 休み中は比較的作品鑑賞も少なかった。それでも適当に見に行って、そして会場でもブログのことを聞かれもした。
 幾つかご意見を頂いたので、その返事を兼ねて書き置きます。

・ 10年間は続けて欲しい。

 個展紹介をした作家が、いつから始めたのかと聞かれた。4年ぐらいになると応えたら、上記の言葉を頂いた。嬉しかった。くじけた時の励みにしよう。


・ グループ展で、何故全員紹介しないの?そして、続きを書くと言っているのに、何故書き続けないの?
 
 今後とも、グループ展は少数紹介で終わらせます。なぜなら、紹介を主な目的にしているブログではないからです。
 書くと言って書かなかったのは申し訳ないないことです。


・ マイ・ペースで続けて下さい。

 ありがとうございます。若干の「書く」という強制力をハードルにして、余り長期に休むことなくマイ・ペース記でいく、来年のメインの願い事です。


・ もっと美術史を勉強したら!

 ごもっともな意見です。
 僕のブログから美術の知見や、作品の見方などを期待しないで下さい。丸島均は如何に見たか感じたかを楽しんで下さい。結果として、札幌なりの美術現場の情報にはなると思う。適当に利用して下さい。


【来年の課題】

 毎年、いろいろと考えるのですが、おそらく今以上の行動力はないでしょう。
 トークとかイベントにはもう少し積極的に参加しようと思っています。
 実はただ今「禁酒中」です。40日程になります。実に画期的なことです。おかげで持続力が相当に高まった。今日から2日までは少しばかり飲むでしょう。その後どうなるかですね。


 それでは読者の皆様、良いお年を。
 来年も宜しくお願いします。
 明日、再びこの場でお会いしましょう。

by sakaidoori | 2010-12-31 18:24 | ★ 挨拶・リンク | Trackback | Comments(2)
2010年 12月 29日

1411) 終了「下沢敏也・陶展 『Re-birth.2010 ー起源ー』」 茶廊法邑  11月27日(土)~12月5日(日)

○ 下沢敏也・陶展

     「Re-birth.2010 ー起源ー」

    
    
 ・会場:茶廊法邑
    東区本町1条1丁目8-27
    電話(011)785-3607

 期間:2010年11月27日(土)~12月5日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで) 

 協力:法邑芸術文化振興会

ーーーーーーーーーーーーーーーー(12.4)

 相変わらずイマイチの写真紹介です。作品そのものの味わいも、場の拡がりやヒンヤリした空気感も伝えていません。情けないやら申し訳ないないやら・・・以下、敬称は省略させて頂きます。


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          ↑:(入り口からの風景。)


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          ↑:(会場奥からの風景。)


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 聖柱、依代、男そのものとしての屹立する直立物。
 オカイコが土から涌きだし、うずくまる女になり、マリアに生まれ変わった祈りの造形物。

 あきらかに此処は作家にとっての祈りの場であろう。聖なる空間だ。
 あまりにも真摯にして、あまりにも直截な場だ。
 象徴性を醸し出してはいるが親しみやすく愛すべき存在だ。それは作家の優しさかもしれない。
 男性性、女性性が心地良いリズムを生んいる。だが、男女の美醜漂うエロスからは遠く、それは作家のロマンティシズムかもしれない。

 下沢敏也、直裁で実直な作品だと思う、正直な表現者だと思う。
 なぜ、彼が「生と死」、「再生」にこだわるか?それは知らない。
 僕らにとっての関心は、その動機よりも、結果としての作品の迫力だ。それはテーマの真摯さや深さとは無縁だ。むしろ、テーマが普遍的であったり、強い社会性を帯びれば帯びるほど、表現は難しいものになるだろう。作家自身の心の襞と社会との間に安直な約束事が生まれ、美辞で作品を語る道を作る。

 そういう意味で下沢敏也は難しい仕事をしている。
 そもそも「祈り」という言葉が悩ましい。時空の世界に一本の縦線を引く。境界のようなその縦線を「祈り」が往き来する。日常と非日常、見える世界と見えない世界、生と死、過去と未来・・・二つの世界の道標だろう。確かにそれはかけがえのない言葉であり、行為だ。だが、何と普段の生活から離れた存在になったのだろう。「死語」ではないが、「生語」としての真実み、重み、軽みを日々脱いでいるように見える。

 それでも下沢敏也は直向きに「祈り」を作る。
 しかも最近の氏は非常に正直だ。「抽象性・造形美学」から、土としての肉感性を信じ、愛おしき形そのものを追求し始めた。それは正直さの辿り着いた今の姿だろう。
 時折、氏の中の「遊び」を思う。だが、生真面目なテーマの前で、その遊び心を枠にはめていた感じがする。「祈り」と「遊び」とは両立しないのだろうか?これからも「祈り」を作る人だろう。「何か」が付加され、深めることだろう。「遊び心」は必ず役に立つと思う。軽き時代の「遊び」と「祈り」。



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by sakaidoori | 2010-12-29 14:13 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 28日

1410) ト・オン・カフエ 「Jobin.個展 [カケラ カケル カケラ]」 終了・12月7日(火)~12月26日(日)

○ Jobin.個展

 [カケラ カケル カケラ
 


 会場:TO OV cafe(ト・オン・カフエ)
     中央区南9西3-1-1
       マジソンハイツ1F
     (地下鉄中島公園駅下車。
     北東に徒歩2分。北東角地。)
      電話(011)299ー6380

 会期:2010年12月7日(火)~12月26日(日)
 休み:会期中は無休
 時間:10:30~22:00
    (日曜日は、10:30~20:00)

ーーーーーーーーーーーーーーー(12.26)

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 淡いちっちゃな喜びがモビールとなって揺れている。浮かんでいるのは青年達。絵の裏側には願い事が書きとめられている。

 例えば、「大きくなりますように」、「いいゆめがみられますように」、「来てくれますように」、「クリアできますように」・・・。

 他愛のない願い事ばかりだ。もうすぐ正月だから、白い雪に思いつくままになぞった感じだ。
 絵も誰を描いたというわけでもなく、強い友情や愛情からは少し離れて、「それでも僕たちは此処にいるんですよ」と、ひっそりとつぶやいている。あくまでも都会の平々凡々な身の回りの中で、ポツネンとした姿に思いを寄せている。

 言葉なんかなければいい、と思う時がある。そうなれば言い争いをすることもなかろう。言葉無く見つめ合う二人が一番だ。いや、この胸の強い思いを何とかして相手に告げねばならぬ、と思う時がある。

 作家・ジョビンはそういう極端な姿勢からは無縁な素振りだ。
 一つ一つの「人物」は寄り添い、天秤状態でバランスを保ち、二人から三人、三人から四人と膨らみ、宙ぶらりんこと仲間を作っている。彼等の集まりを祝うように、頭上では四角いプラスチック版が光を受けて輝いている。
 浮いたもモビールは取り留めもない、むしろその影のほうが纏まりをくっきりと現している。

 ジョビンは一つ一つの「人物」(カケラ)がモビールとなって結ばれ、影を作って膨らんでいるのを楽しんでいる。「気が付けば僕は一人じゃ無いみたいだ」と、ちょっと恥ずかしくなる言葉を頬に膨らませている。
 ・・・。


 今、僕はコーヒーを飲んでいる。日にちの変わる時間だ。黒き水面から湯気が湧いている。グルグルと幅広の白い姿を、ほんの少しばかり立ち上げては消えていく。消えた下から、絶えることなく湯気が生まれている。
 外は真っ暗、淡い時間、カップに唇の跡が見える。

by sakaidoori | 2010-12-28 11:49 | (カフェ)ト・オン | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 27日

1409) テンポラリー 「野上裕之展 『鳥を放つ』」  12月21日(火)~1月16日(日)


○ 野上裕之・展  

      「鳥を放つ
  


 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2010年12月21日(火)~1月16日(日)
 休み:月曜日(定休日)、元旦
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(12.25/26)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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          ↑:(入り口からの風景。)

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 野上裕之が愛すべき犬を持ってきた。

 スクッと四つんばいになって、上空を仰ぎ見ている。視線の先にはガラス窓があり、ガラスを突き抜けてその先を見つめている。昼は昼で、夜は夜で、いつもいつも空を見つめている。何をするでもなく、何かを考えているわけでもなく、つっかえ棒のような細き足を大地に立て、丸太のような首に支えられて、ただただ上空を仰ぎ見ている。

   夜鷹になりたがった犬だろうか?
   星になりたがった犬だろうか?
   目のない顔に涙を見るべきか?
   遠い未来を透し見ているのか?
   過ぎ去りし日を垣間見ているのか?
   よき未来、よき過去を持つ犬だろうか?


 視線と語り合うかのようにして何かが浮いている。
 どこか遠いところから舞い降りて、星のように浮かんでいる。
 それは作家の夢みた宝物だろう。まるで人魂のようにして群れている。
 見つめられる2階の窓に、付かず離れず二つ並んでいる。
 それは作家のクリスマス・プレゼントのよう。


    ~~~~~~~~~~


 野上裕之の作品を見るのは三度目だ。基本的には立体の具象作家だろう。しかも、自画像作家である。今展の犬も自画像以外の何ものでもない。現在の自分自身の心境と、存在確認だ。

 立体作家の場合、作品と空間との関係で、その作家の主義主張に近づくことができる。
 例えば、作品そのものにウエートがある場合。会場なり空間は作品を引き立たせるためにある。
 逆に、作品の主張はまったくの便宜的な場合。その作品が会場に置かれた時に、その空間の変容やゆがみ、更に空間に立ち会う鑑賞者をも取り込んだりする。

 野上裕之の場合は、空間に自画像的作品をおいて、自身の強さや拡がりを確認することだ。確認とはいっても、常に上位にありたい自己投影の場でもある。要するに上昇志向の意欲満点の青年である。

 今展、何やら肩の力を抜いたような「自画像空間」である。犬の視線は上昇志向ではあるが、焦点があるのか無いのか判断がつかない。それは決して迷いではないだろう。今までとは違った「上昇志向」の目なのかもしれない。

by sakaidoori | 2010-12-27 23:26 | テンポラリー | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 25日

1408) 北広島市芸術文化ホール 「あな展」 終了・11月19日(金)~11月28日(日)

○ あな


 会場:北広島市芸術文化ホールギャラリー
     北広島市中央6丁目2番地の1 
     (JR北広島駅東口4番出口、徒歩1分。
      札幌駅から当駅まで快速で16分。)
     電話(011)372-7667

 会期:2010年11月19日(金)~11月28日(日)
 時間:10:00~18:00 
    
※ 作家によるギャラリー・トーク ⇒ 11月20日(土) 13:00~

 【参加作家】
 上ノ大作 樫見菜々子 加藤祐子 吉成翔子 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(12.25)

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      ↑:(北広島駅、東口側。)

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     ↑:(当館敷地内のパブリック・アート。)


 「北広島市芸術文化ホール}は北広島駅の直ぐ傍です。駅はかなり立派です。そして当館も駅に負けず立派です。

 敷地内の立体作品を掲載しました。今日紹介する展覧会は「あな展」です。たまたま撮った写真ですが、まさしく「あな」になっています。本展へのささやかな導入です。

 今展は名辞にこだわった企画展。当館運営委員会の主催です。とはいっても、作家選定の中心人物がおられることと思います。どういう方なのでしょう?

 それはともかくとして、今回は僕のコメントは限りなく少なめにしたいと思います。北広島は札幌からは近いし、当館へはJRで安直に行けることでしょう。そうは言っても、市外となると腰が重いものです。僕の拙い写真だけでも楽しんで下さい。来年もテーマを替えて催されると思います。気が向けば是非どうぞ。


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          ↑:(入り口の風景。)


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     ↑:(会場の全景。)


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     ↑:上ノ大作


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          ↑:「アナ」。


 木彫り作品。
 木にはテーマに基づいた「あな」があるだけで、どうということはありません。どうということはないのですが、ざっくばらんなノミ跡や、木に向かう作家の何食わぬ遊び心や、真剣さを楽しめました。


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          ↑:加藤祐子

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          ↑:加藤祐子。壁の作品が「桃色袋」、床が「縁(ふち)」

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 テキスタイルの加藤祐子さん。
 ピンクの袋が面白い。穴が空いているのはテーマによるものでしょう。
 どうして三角錐なのだろう?どうして壁に引っ付けるのだろう?どうしてピンクなのだろう?と、質問にもならないことを軽く思いながら、綺麗な床に目をやり、そしてぼんやりと袋を眺めていた。
 同じ物が沢山あると、何故だか心地良く胸騒ぎする。ピンクピンク、軽く優しいピンク、立体壁紙のようなので、今展の壁一面に飾ったらどうなるのだろう?


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     ↑:樫見菜々子、「途中のトンネル」。


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 これはもう、普通に普通にぬいぐるみ感覚の風景です。何ら奇をてらうわけでもなく、何を主張しようというわけでもなく、ただただ白さがくっきりと目立つだけです。松の木の姿が雪の白さと一緒になって手招きしているだけです。
 それでもハッとするのは、ちょっと曲がったトンネルです。トンネルの黒い穴です。曲がっているので向こうが見えません。小さな模型台に顔を引っ付けて、何とか向こうを見たいのですが、見たところで何があるわけでもないのですが、優しい白い世界の、黒いトンネルの穴に引っ張られてしまう。
 それは作家・樫見菜々子の作為なのでしょう。「『あな』、時にはポツネンと感じるのも良いことでしょう?」菜々子のさえずりでした。


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     ↑:吉成翔子


 まだ学生の吉成翔子君。
 田園調のロマンとメルヘン気分の持ち主です。好きな作家です。そのロマンやメルヘンの表現力に興味があるからではありません。彼女の魅力、それは夢みる気分のままに大胆に振る舞うことです。造形に大胆チャレンジチャレンジです。もし彼女から、そのチャレンジ精神が希薄になった時は、表現としての「ロマンやメルヘン」の型が落ち着いた時でしょう。それはそれで良いのですが、僕としてはもっともっといろんな形や発想を膨らませてもらいたい。
 今展、その可能性が膨らんでいるか?はわかりません。
 ヘンテコリンな穴の空いた円錐が面白い。やっぱりこういう作品は屋外で見たいものです。この作品に限らず、一度大きく野外展を!新年に向けての僕からのリクエストでした。


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by sakaidoori | 2010-12-25 23:36 | 【北広島・由仁】 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 24日

1407) たぴお ①「YUKO個展 『コトノハエマキ』」 終了・12月6日(月)~12月11日(土)

○ YUKO個展  

     コトノハエマキ
  

   
 会場:ギャラリーたぴお
    中央区北2条西2丁目・道特会館1F
    (中通りの西側の郵便局のあるビル。)
    電話・林(090)7050-3753

 会期:2010年12月6日(月)~12月11日(土)
 休み:日曜日
 時間:11:00~19:00
     (最終日は、~18:00まで。)

ーーーーーーーーーーーー(12.07)

 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

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 明るい、楽しい、元気がいい。見ていてすっきりした。

 YUKOの場合、「見る人に元気を」ということが展覧会目的の一つだ。その点では相当に成功している。色が部屋一杯に拡がっている。雪だるまというキャラクターに関わりなく絵画として見せている。


 ところで、僕は彼女の中に、以下のような課題を見ている。

 一つは、雪だるまというキャラクターにおもねらないで、「絵画」にすること。
 一つは、「雪だるま」というキャラクターの絵画の中での位置づけ。
 一つは、「絵画」と「キャラクター」との関係。
 一つは、「単作」としての表現と、組や対の「流れ」、あるいは起承転結による「物語」としての表現。
 一つは、ポエムとしての「言葉」と絵画との両立。


 今まで展覧会との違いは「言葉の見せ方」にデザインを取り入れたことだろう。言葉のキャプションが飾りとなった。その分、会場が華やかになった。読みたい人は読み、読む気のない人にとっても邪魔にならない存在になった。それは、言葉はどうしても会場に残したいが、絵画作品を中心に構成したい、という作家の意思であり、絵画に対する自信であろう。僕は、この「自信」が何より好ましかった。画家になったと思う。

 ところで、このデザイ過多なキャプションは新たな課題を生んだ。YUKOにとっての「絵画」と「デザイン」との関係だ。
 というか、もともとキャラクター作家としての画家がいたのだから、表現としてのデザイン性を考えないといけなかった。だが、「本格的絵画」修得に一所懸命だった。キャラクターと絵画の関係ばかりを追っかけていたので、無意識に「デザイン」を処理していたと思う。

 いや、はっきり言えば、絵画とデザインは相反するところがあるから、その関係を無意識に避けていたのだろう。それは組作品を見ればわかる。雪だるまを利用した「流れ」によるムードはあるが、「物語」は乏しい。「絵本作り」の原点にはなっても、「絵本」の原画にはなれない。
 つまり、余りに一枚一枚の絵が安定していて完結している。「絵画」だからそれでいい。となると、「雪だるま」というキャラクターは何なんだろう?もし絵画に徹するならば、「雪だるま」は、まさに雪のように消えてもかまわない。絵画修行の良き伴侶のようなものだ。

 「雪だるま」を恋しているのならば、もっともっと彼を自由にせねばならないと思う。
 表情の無い雪だるまだ。笑って描かないで、絵として笑わせたいのだろう。ならば絵として苦しい「雪だるま」もあろう。友達の好きな雪だるまだ・・・(それは友達恋しい画家の反映かもしれない)・・・「遊び」という展開が多い。何故もっと雪だるまの人生を語らないのだろう。恋もし、失恋もし、何かに苦しむ喜怒哀楽の雪だるま。
 そういう作品を描きたい作家かどうかは知らない。ただ、キャラクターを描くわけだから、物語性も描けるようでは見ていて面白くない。そうなると、「上手い絵画」とは、今までの絵画修行の質とは様相を変えると思う。油彩的質感とは異なる、デザイン的なフラットな面があってもいい。極端なデフォルメや線描も登場してもいい。そこでは安定美は崩れるかもしれない。だが、不安定な動きや心理、開放感や音楽が生まれるかもしれない。

 要約します。
 絵は上手くなった。そして、本格的に「雪だるま」と対話できる時が来た。
 雪だるまを絵画の手段に使うのか。あるいは、雪だるまを作家の心から解放させるのか。
 「愛と友情」という良き関係のみの雪だるまか。「喜怒哀楽」、何でもありの雪だるまか。


 (後ほど、単作品を載せます。)

 
 

by sakaidoori | 2010-12-24 21:39 |    (たぴお) | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 23日

1406) アトリエムラ 「①第6回企画展 [彫彫発止](6名の立体+α展)」 終了・9月5日(日)~12月18日(土)

○    ~第6回 特別記念企画~

   彫彫発止
       (6名の立体+α展)



 会場:アトリエムラギャラリー <札幌>
    中央区南13条西11丁目2-12
    (宮越屋珈琲石山通店の横を入る。
      狭い仲通の北側。
      民家風のモダンな建物。 
     じょうてつバス停「南14西11」から徒歩3分。
     駐車場3台有。)
    電話(011)590-0050 
 
 会期:2010年9月5日(日)~12月18日(土)
 休み:日・月曜日(定休日)    
 時間:10:00~17:00

 【参加作家】
 荒井涼子 柿崎熙 川上りえ 塩野太郎 清水優 手嶋大輔 

ーーーーーーーーーーー(12.8)

 長い会期だったのに、こうして会期終了後の掲載になってしまいました。僕の拙い写真でも、見に行きたかったと思う人がいるかもしれません。すいませんでした。

 まず始めに会場風景を載せます。そして塩野太郎氏と手嶋大輔氏の作品紹介を初回します。残りの作家は続編(②)として紹介します。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


 2人の作品は、現在、札幌市資料館での「資料館をアートする・展」(~26日まで)でも見れます。残念ながらその展覧会の写真紹介が不可なので、今回の僕の紹介で気になる方は見に行って下さい。

 その展覧会は、この2人の道外人や外国人なども参加し、多ジャンル構成で作品展としては充分に楽しめます。
 ただ、企画展としては、「裁判所」を意識し過ぎた本格派重厚そのものです。明るさ軽さや意外性、ポップやアニメやお笑いという現代感覚とは違った雰囲気です。
 そんな中で今回紹介する手嶋大輔の作品は、目立ちたがり屋の黒子という作風で、会場のそこそこに散りばめられています。心地良い息抜きです。模擬裁判所ルームでの「風ニノッテ」シリーズは一見に値します。「空飛ぶスッパマン」ならぬ、「飛んでどうなるテジマ君」です。

 それと、川上りえの「巨大回転五つ星天秤」作品も興味津々です。ただただその大きさをあっけらかんと見るだけです。意味があるのか無いのか?「あ~、作家は大きいのを作りたかったんだな~」という感想です。触って廻せるので、是非是非チャレンジを!一人ではバランスをとりかねるので、恋人なり友達連れには良い遊びになるでしょう。当然、僕は愛妻と廻してきました。

 さて、前置きがながくなりました。



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     ↑:(入り口から。)

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     ↑:(奥からの撮影。)



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          ↑:手嶋大輔(可愛く着色された木彫り作品と、壁面のスケッチ風作品)。


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     ↑:手嶋大輔。左から「コトノハジマリ」・2009年 450×170×70㎜ 木 色鉛筆、「メランコリー」・2010年 380×200×200㎜ 木 色鉛筆 アクリル絵具。


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     ↑:手嶋大輔、「雨」・2009年 200×150×130㎜ 木 色鉛筆。


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     ↑:手嶋大輔。上の2作 「立体のためのドローイング」・鉛筆 色鉛筆。他は「無題」・水彩絵具。


   1977年 福岡県生まれ
   2002年 東京造形だが区彫刻研究生終了

 精神性があるような無いような、どこまで遊びたいのか?そもそも遊びたいのかどうかも定かではない。掴みどころの無い「おかしさ軽さ」の手嶋大輔ワールド。
 あれこれと著名作家の影響も感じるが、それらはこれからの作品自体のそぎ落とし作業の中で、手嶋雰囲気へと昇華されるだろう。
 何とも憎い感覚だ。強い主張では無いのに「気になる」人形だ。もう、彫刻作品と呼ぶには身近に親しみすぎて、それでいて普通に見るには主張の強い存在でもある。

 配布解説文に、高度の木彫り技術の持ち主とある。きっとそうだろう。



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     ↑:塩野太郎


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     ↑:「モノタイプメーカー No.X」・2010年 F.R.P ボルト ナット 木。


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     ↑:全て「モノタイプメーカー」・鉛 石。


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     ↑:中に石が入っていて、ハンバーガーのような「石の鋳型」。


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     ↑:「単身用の蔬菜を作るための機械」・2010年 ブロンズ ボルト ナット 大根。(大根の鋳型。)
     


   1985年 東京生まれ
   2010年 筑波大学大学院芸術専攻彫塑領域終了


 全ては「型」です、「鋳型」です。凹んだ中には「ハンバーガー」なり「石」なり、何でもござれだ。異様な重厚反復増殖機械でもあり、「鋳型」に重きがあるのか、「装置」に重きがあるのか、ブラック・ユーモア的作風。

 動植物や食べ物の「鋳型」を作るのだから、当然「人の鋳型」も作る。それが資料館に展示されていた。今展や資料館での作品を見る限りでだが、上手くいっているとは思えなかった。作品には洗練さよりも武骨さが強くて、あたかも作品そのものを見よという空間だからだ。展覧会場でただ並べられだけでは、何かしら魅力が減っているのでは。これみよがしのインスタレーションでは、作家のアイロニーなり遊びの魅力を減らしそうだが、魅力ある見せ方が課題だと思った。
 まだ25歳という若さだ。ギャラリーを振り払って街に出るタイプだろう。どういう見せ方をするか?それは彼の芸術思想と不可分だと思う。今はとにかく作ることに楽しく追われているのだろう。出てくる出てくるアイデアの泉状態だろう。

by sakaidoori | 2010-12-23 14:33 |     (カフェ)アトリエムラ | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 23日

1405) 茶房法邑 「松田郁美 =鉄のパーツたち展=」 終了・10月16日(土)~10月24日(日)

○ 松田郁美

   =鉄のパーツたち展=


        
 ・会場:茶廊法邑
    東区本町1条1丁目8-27
    電話(011)785-3607

 期間:2010年10月16日(土)~10月24日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~16:00まで) 

ーーーーーーーーーーーーーーーー(10.24)

 この展覧会辺りからブログを休み始めた。
 今展も載せるつもりだったが、無沙汰をしてしまった。
 この場所は広い。その広い場所で、広さに負けずに鉄の個展であった。しかも若い女性だ。
 鉄を制作し続けることは大変だと思う。単純にアトリエの確保が難しいだろう。絵画ですら大学なりの養成機関を修了した後、創作作家として残る人は少ない。ましてや鉄だ。しかも女性だ。何とか続けられて、後輩に背中を見られる存在になってもらいたいものだ。
 
 松田郁美・鉄展。「鉄を見れた」、という楽しい印象ばかりが多く残り、細かい作風のことを今更語れるかどうか、撮った写真を眺めながら個展会場を思い出すことにしよう。


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     ↑:会場入り口から。


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     ↑:会場の奥から。


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     ↑:「建設するパーツたち」・鉄。

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          ↑:(背景の壁面作品)「ラインを描くパーツたち」、鉄・モデリングペースト。

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          ↑:立ち上がる円」、鉄・モデリングペースト。

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     ↑:「群れ急ぐパーツ」、鉄 モデリングペースト。


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 薄くて可愛い鉄のパーツが群れを成している。「増殖、拡大する鉄の世界」ではあるが、迫り来る波濤の勢いとか、鉄の重みや迫力からは遠い。すっきり、爽やか、鉄・音楽隊の行進だ。

 錆色をした薄いパーツ、歯車だとか○△□だとかの形だ。拡がり重ねられてはいるが、一つの統一感を保っている。一つ一つのパーツは譜面の記号のようだ。だから、それらが音楽の一部をなして、全体で調和しあいハモっている。気分まる出しのジャズ・スイングやロックの爆発からは遠い。軽やかで甘く夢みる軽音楽だ。
 この音楽性、調和と安定感が画家の気質なのだろう。「鉄」を中心にして、自分の体質や音楽性なり、使えるものならば何でも使っちゃおうという軽くて自由なノリだ。それは鉄作家としては浮気心に見られるかもしれない。だが、僕は剛直な「鉄」・一本勝負という美術感を卒業しないといけないようだ。鉄拡散路線は中心が薄くなり迫力に乏しくなるかもしれない。だが、「中心ありき」という発想は、無意識に美の基準を用意している。「合理的なものは美しい」という格言に堕ちかねない。
 松田郁美、立体作家が絵画や壁面に軽く取り組み、鉄すらも吹けば飛ぶような存在感にしている。

 もう一つの魅力は、「女性らしさ」だ。
 立体の構築物や重ねられた部品の山は、どこか透けて見えて女性の下着のようだ。セクシーというには色気不足だが、下着に身を包み、鏡の前でナルシズムにひたる直前のありようだ。壁面作品の「白」や、鉄パーツで押された凸凹の模様など、鉄のスケスケ感と重なり淡い女性感覚を醸し出している。

 軽音楽的リズムによる調和と淡い美学。
 若さや今風の魅力は、意外にも「若さ」そのものの不足を感じる。
 例えば、「始めのイメージありき」という狭さ感だ。イメージ通りに作って、イメージの枠内で完了してしまったことだ。音楽会でいえば、アンコールで会が終了して軽くお開きになった感じだ。
 構築物も背景に完成予想図を思い浮かべてしまう。気分の発展性や、「若さ」という魅力を出し切っていないみたいだ。

 まだまだ遠慮があるようだ。それも試行錯誤の足跡だろう。
 鉄を線描として埋める姿は面白い。鉄の骨格・存在感よりも、鉄との親和性、関わり重視だ。その姿はこれからもっとはっきりするだろう。まだまだ30歳に満たない人なのだ。

by sakaidoori | 2010-12-23 09:59 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 22日

1404) CAI02 「さっぽろフォトステージ 2010 (13名の写真家展)」 終了・10月27日(水)~11月13日(土)

○ さっぽろアートステージ2010
        特別参加事業


   さっぽろフォトステージ 2010


 会場:CAI02・raum2&3
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。
    注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
        昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438

 会期:2010年10月27日(水)~11月13日(土)
 休み:日曜日・祝日
 時間:13:00~23:00

 【参加作家】
 アキタヒデキ 浅野久男 ウリュウユウキ kensyo 小室治夫 酒井広司 佐藤史恵 菅原英二 竹本英樹 露口啓二 畠山雄豪 藤倉翼 メタ佐藤

ーーーーーーーーーーーーーーー(10.28)


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 写真という風景。写真が「何かを写す」のだから、全ての写真は「風景写真」であろう。被写体がそこにあり、その被写体に全幅の信頼をおいて写真は成り立つ。
 被写体、それは撮影者にとっては「愛と憎しみ」であろう。
 「愛と憎しみ」、固い言葉だ。相手に対する「好き嫌い」と言い換えてもいい。あるいは、「止むに止まれぬのっぴきならない関心」と言ってもいい。「相手」を目に見える物と決めつける必要はない。「宇宙」から、「心の中」まで数限りなく存在する。

 今展、それぞれの撮影者の「恋」した「風景写真」だ。ギラギラすることなく、無関心を装うこともない写真群。「写真」が縁で交じり合った人達だ。作家の組み合わせに必然性はないだろう。見る人の共感を生んだか?それはわからない。共感を欲している作家達と判断したが「共感」よりも「自感」を優先しているみたいだ。いや、確実なる自分から出発するしかないのだろう。そういう意味で、安易には共感できない作品群だ。共感はできなくても楽しむことはできる。以下、僕の楽しんだ言葉だ。


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          ↑:kensyo

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 「ロマンというエロス」作家・kensyo(ケンショー)だ。
 「エロス」は性行為を前提にしている。それは「ヒト」の性(さが)だ。
 「ロマン」とは「恋に恋する姿」だ。男の性だ。

 今展、特に上掲の2枚の作品が良い。女性がまったくの「モノ」になっている、「人形」になっているのが良い。
 生命なきモノが井戸という穴に落ちそうだ。逆に、むくっと振り返って自動運動を始めそうだ。
 徹底的に女をモノにすること。そのモノが止まっていて動き始める。そこからケンショー・ロマンが始まる。哀しき物語を奏でながら。


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          ↑:メタ佐藤

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 いつもひねった道具仕立てで小難しく語る撮影者だ。
 今回、とてもシンプルに、そして美しい写真なのでホッとした。助かりもし、安心もした。
 6枚の写真。組になっている。3枚の花が一組。3枚の人物が一組。その両者を対比して見ても良いだろう。あるいは、「人と花」の上下一組で見ても良い。
 特筆すべきは花の美しさだ。その立ち姿は、どうしても擬人化してしまう。美しき花と、物怖じしない変なおじさんの組み合わせ。キュッと引き締まった存在感を主張している。「メタ」という主張と今展の存在感がどう繋がるのかは分からない。


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          ↑:佐藤史恵

 当館で、何ヶ月か前に彼女のインスタレーションを見た。対象をシンプルかつストレートに見て、大きく見せる人と思った。
 今展、ボヤケて見せているので意外だった。作品は家族と自画像か?どういう意味でのボヤケだろう?何かの自分捜しの一里塚なのか。ボヤケという意図的不鮮明さと、どうしても対象をバシッと見せたいという体質と、その両者のパワーの産物のよう。闇があってカッコは良い。真一文字の力勝負写真を次は期待しよう。


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          ↑:アキタヒデキ

 無手勝流の元気良さだ。写真は分厚くニスでも塗ったような仕上げ具合だ。

 「風景」から何を奪いたいのか?このエネルギーは単に写真を撮っただけでは満足しないだろう。
 風景を見るだけでは足りない。歩くしかないだろう。写真の旅は、自家発電的な盲目の旅になるだろう。
 写真のタイトルは「北海道」とか、アイヌ地名を冠した身近な風景のようだ。「オレはチャンと足下を見ている」ということか?足下なんか見なくていい。そんな綺麗事で、そのエネルギーは満足するのか?


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     ↑:藤倉翼、左から・「Parade」 「Snow Festival」。

 優しさというオブラートに包まれた不思議な写真を撮る藤倉翼。だが、そんな僕の先入観をあざ笑うように、「戦争物」を出品した。

 陸上自衛隊のパレード写真、そこには勇壮に戦車が走り、観客は堪能している。
 一方の「雪祭り」は自衛隊の制作物か?少なくとも見る方に、そう誘導している。軍隊が作った遊技で遊ぶ子供達。
 それは反戦ではないだろう。社会批判でもないだろう。今展の藤倉翼の「風景」だ。



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          ↑:菅原英二、「VOYAGE」。

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 重たい雰囲気の作品だ。
 撮影者のコメントが優しく不気味だ。

 「いろいろな旅をしてきた。
 長い時間をかけ、沢山の街を経由して、辿り着いた日常もあれば、いつも通っている道を1本外れただけで突然現れてくる非日常もある。
 12月26日の朝、・・・ハンバーガーを買うつもりが、銃弾を買ってしまい友達を誤って撃ち殺してしまった男・・・」

 映画のような話だ。おそらく実話だろう。
 ハエに旅人の仮の姿を想像してしまった。


 例年開かれている写真展。今回は紅一点の参加もあるが、なぜだかいつも男っぽい写真展でもある。
 半分だけの紹介で終わりました。
 来年も楽しみにしています。

by sakaidoori | 2010-12-22 22:03 | CAI02(昭和ビル) | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 22日

1403)コンチネンタル「平岸高校デザインアートコース4期生 卒業制作展」 終了・12月17日(火)~12月12日(日)

○           平成22年度
       第4回 北海道札幌平岸高等学校
        デザインアートコース4期生


       卒業制作展

    
 会場:コンチネンタル・ギャラリー
    南1条西11丁目 コンチネンタルビル・B1F
    (西11丁目通の西側)
    電話(011)221-0488

 会期:2010年12月17日(火)~12月12日(日)
 休み:月曜日
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(12.17)


 高校生展の感想記は久しぶりです。
 まずは第一室の会場風景から載せます。

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 平岸高校の卒業展は、何年か前にたまたま訪問した。その時の熱気が忘れられず、楽しみにしている展覧会だ。
 今回は、凄く目立つ作品は少なかったが、高校生の気分が、さざ波小波どんぶり波と心地良く伝わる。技術諸ともせずの直球感覚は楽しいものだ。


 沢山の学生と作品、会場風景を交えながら、個別紹介をします。わずかばかりの掲載です。

 さて、一番の好みから始めます。かなり気に入ったので、全作載せたいところです。こちらの作業時間が大変なので割愛です。


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     ↑:山下華奈、「自画像」 & 「10の64乗」。

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 真ん中の女子学生に注意して下さい。肉体の厚みが無い。ペチャンコ・ガールだ。「なぜ私は教室にいるの?なぜ?なぜ?ここはどこ?」
 でも、深刻ぶらずにかなり深刻な女心です。

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 オーッ、なんというユーモア、なんというジョークだろう。真面目に傑作です。

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 何と言えばいいのだろう。感情表現に長けた学生だ。作品を見る人の気持ちが分かる人だ。
 「女子高校生」が主題だ。それは切っても切れない「自我」でもあるわけだが、「自我」を踏みつけても出しゃばり出て行く力を感じる。更なるテーマを見たいものだ。例えば、「18歳」、「男の子」、「乗り物」、「友達」とか。


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     ↑:山の内ほのか、自由制作・「日曜日の悪夢」。

 100号以上の大作。その大作を隅々まで緩むことなく丁寧に描き上げている。精緻なリアリスティックな「悪夢」だ。楽しそうな悪夢みたいだ。


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     ↑:山本泉、自由制作・「水路」。

 これも大作。
 大作なのだが、どこか収縮的感覚なので小さく見えたのが残念なところ。
 一人ぽつねんと水路を見ている。そこには誰も居ない。水路と水の青、水路を囲むお菓子のような建物、突き当たりの建物の壁は白。ゆらり揺れながら小舟に乗ろう。そして、あの白壁をめざそう。そこでは、右に行こうか左に行こうか?
 物語が始まる、可愛くていじらしい作品だ。


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     ↑:本間美保、自由作品・「願い」。

 可愛いような可愛くないような顔!何を願っているのだろう。淡い叫びだ。「願い事」を叫んでいるのかな?


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     ↑:第二室。


 入り口の第1室は絵画が主体。次の第2室はアニメやキャラクタ-が多くなる。それがなかなか良い。
 どうしてもアニメやキャラはムードやお決まりの型で終わりがちになる。誰でも親しむ若者&現在日本文化だから、個性よりも親しみやすさ、交換可能の使い捨て文化などとも言われる。そんなことはないだろう。多くの人に好まれるということは、いろんな可能性があるだろう。真剣な落書き魂、目立ちたがり根性でバンバン・バンバンだ。若い人がドンドンチャレンジしたら面白いことになると思うのだが・・・。平岸高校美術コースの一つの進む道と思うが。


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     ↑:浜辺萌、「もえ」 & 「少女花空間」。

 こうして好きなことオンリーで絵にするのが創作の原点なのだろう。
   いと眩しきもの、それは花、それはピンク
   いと素晴らしきもの、それは絵、絵の中の私!


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     ↑:岡田保菜美、「Drive:2011→」 & 「7 one-way」。

 これまた楽しい絵だ。エネルギー発散作品は見ていて気持ちが良い。
 内に「自画像」を求めないで、外に外に目がいっているのが良い。世の中の物、暗く考えれば汚くおぞましい。明るく考えれば、「醜いアヒルの子」万歳だ。


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          ↑:高橋智子、自由制作・「temporary shop」。

 タイトルが泣けてくる。「テンポラリー・ショップ」だ。ジョークではなく、最大級の真面目だろう。グッド・センス!





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          ↑:渡邉沙羅、自由制作・「一瞬の繋がり」。

 ちょっと切なく淡い明るさです。
 この感覚が学生の宝のような色なのでしょう。明かりなのでしょう。「紡がれた人の繋がりの心」、「その心で満ちた空間」それがテーマです。
 
 
 改めて撮った写真を見ていると、何だか熱くなってしまった。もっと載せたいのところです。作業時間が掛かりすぎて、今回はここまでにします。

by sakaidoori | 2010-12-22 00:34 | コンチネンタル | Trackback | Comments(0)