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カテゴリ:(ギャラリー&コーヒー)犬養( 44 )


2018年 09月 21日

2606)「第二回 #札幌PEN部 写真展 ハーフカメラの写真展覧会」g.犬養 9月19日(水)~9月24日(月)



第二回 #札幌PEN部 写真展
 
  ハーフカメラの写真展覧会




参加者:阿部雄 井上知彦 小野寺宏弥 
   ささきぱる 外崎うらん 橋本つぐみ 

会場:ギャラリー犬養 2階  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

会期:2018年9月19日(水)~9月24日(月)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

ーーーーーーーーーーーーーー(9.20)


「ハーフカメラ」、フィルムで撮るカメラで、24枚撮りのフィルムが48枚撮影可能というものです。
一枚のネガで2枚撮れる、だから多く撮りたい場合は重宝です。半分のネガですから、大きく引き延ばすとクリアー度が下がって、ボケ・アラ気味になる。もっとも普通にスナップで楽しむ場合は全く問題ないです。
欠点は現像費が高くなることです。大きく引き延ばしてボケアラになるのは欠点というより特徴といった方がいいでしょう。

ですから、今展を見る場合、どれぐらいの大きさの作品仕立てかで、その人の参加目的がわかるでしょう。つまり、ボケアラを見せたくないのか、ボケアラ作品の個性として出すのか?
単に「ハーフカメラ」という機械自慢か?ハーフカメラの特性を生かした自己表現か?








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処狭いとは言わないが、特徴のある壁を一杯一杯展示している。作品量の多さに一目で喜んでしまった。

以下、左回りで一人一人を簡単に載せましょう。





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   ↑:小野寺宏弥「Life is Beautiful」









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   ↑:全て小野寺宏弥、「Life is Beautiful」


典型的な心象スケッチだ。
タイトルは、「生活は美しい(生きているって素晴らしい)」。そういう気分で淡々と撮っている、ではないだろう。

彼ははしゃぐことが好きなタイプだ。女の子大好き男の子だ。
そういう青年が人気を隠すようなスケッチをだした。何ともいえないこのタンタン(淡々)感。
「ちぇっ、仕方ないな-、誰も相手にしてくれない、だったらオレも誰も相手にしないぜ・・・」そんな呟きの一枚一枚だ。



    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



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   ↑:橋本つぐみ「たとえば/あるいは]。




おー、橋本つぐみは絶好調だ。心象風景には違いないが、「物語」ですね。どんな物語かというと・・・ふふふ、それは「秘密」・・・?

本当は「秘密」でも何でもないのだから、何とか説明しようとする。その時の言葉が、「たとえば・・」と言ったり、「あるいは・・・」と言ったりする。その「たとえば、あるいは」をハーフ見立てにタイトルにした。ようやく橋本つぐみも直接説明を卒業した。

「卒業」といえば、彼女はより「大人っぽい」雰囲気の世界突入したいのよ!本当は。でも、彼女自身の持つ「女の子(乙女)性」が「言い訳根性」が「嫌われたくない心理」がどっかで作品を引っ張っている。しかし、最近は作品自体が「橋本つぐみ」から離れて前に前にと押し進もうとしている。今回は「ハーフ」ということで「モヤモヤ感」が強くなり、一方で橋本つぐみはスパッと切り取りたいところがあって、このモヤモヤ感といさぎ良さが今展ではうまい具合に両立して、ちょっと大人っぽい世界が生まれたみたい。







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今回はこの作品が一番のお気に入り。橋本好みの半分分割法と、床にもの置く「いじらしさ」と、カーテンの白さ膨らみに女の肉感に重なり、橋本版「処女からの脱皮」みたい。







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   ↑:井上知彦





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   ↑:全て井上知彦、「パトローネは夢を見る」。



井上知彦はハーフカメラが普段着のようだ。
そして撮影スタイルも「何かを狙う・派」ではなく、普段着を等身大にパシッ!みたいだ。工夫された展示を無視して、作品だけを見ていると、特に強い拘りを感じない。
ハーフカメラ撮影スタイルはともかくとして、小さいとはいえこれだけ大きくすると、写真作品としての楽しみも見る方は持つわけだ。しかし、その気軽なシャッターチャンスにはあまり興が湧かなかったことも事実だ。つまり、今回の井上展示は「ハーフカメラ」と「普段着の僕」を楽しむコーナーだった。

ボートの作品、個人的には「ボート大好き派」だから気になるところフだ。しかし、女の子が背景にいるボートでは「弧」が楽しめなくて残念だった。
しかし、フロイト的精神分析でみると、「ボート」が男だから、「ボート(男)」を無視する「女」になるわけだ。「夕べ、きっと振られたのだろう」、と解釈するのだろう。



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   ↑:ささきぱる(佐々木練)、「I want to walk a place I don't know」


「ささきぱる」こと佐々木練の微妙な変化を楽しく見ている。

彼の被写体なり、撮る姿勢はガンコなまでに変化はない。日常、目にする普通の世界を、やや接近気味に中央に収めて強く撮る!時折、チョット変わった被写体を、素直に強く撮る!
強く撮るから「心象風景」っていう感じはあんまりしない。そこが僕にとっては好ましい。愚直なまでに素直に強く撮り続ける姿勢が良い!

だから、一点一点見るより、ある程度の量があったほうがいい。
この「量」ということで果敢なチャレンジをしていると思う。
彼はとことんマイペース派なんだ。ところが、群青で毎年参加していると、良い意味で他人の世界が気になり始めたようだ。気になったからといって自分の世界を変えない。変えないのだが、他人の中で自己の世界を強く見せたい!
今回は作品を引っ付け気味にして、個々の作品よりも全体での「佐々木練・流」を見せつける。強く明快に見せるいつもとは違い、不本意ではないがボケ気味の世界は「佐々木練・流」になっているか?やや違っているか?

日常の、「どうでもいい、つまらない事ども」を撮り続ける佐々木練。
そもそも被写体に価値があるのか?写真で切り取って初めて我々は価値を見出すのではなかろうか?あとは撮影者の行為を含めて、他人の評価・・・評価する人の心に何某かの記憶として残るか否か、ではないだろうか。


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左側のバス停の標識、傾いているのが佐々木流です。傾いていてどこか可愛い。擬人化しているのでしょう。
標識、それは標識として、ある崇高な価値あるものとしてそこにある。でも、単なる置物だよな~、だってバスは一日何本通るの?ここで止まるの?あ~、そんなに利用されてもここにある!いとおしいな~。

右側、佐々木流にしては「藝術っぽい」作品だ!やっぱり擬人化しているのだろう。忘れ物・・・でもここにある・・・でも、忘れ物、もうすぐ無くなってしまう・・・でも、並んでいると可愛いな~。





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   ↑:外崎うらん、「祭囃子は過ぎていく」。


今回、外崎うらんは正直すぎるほど正直だ。
これは悪い意味での指摘だが、祭が被写体なのだが、担ぎ人だけを作品にしている。祭のうねりと、その後の閑散としたのを表現して、「祭囃子は過ぎていく」だと思う。「動と静」、「人と物」、「叫びと無言」などなどが交差して・・・「過ぎていく」。祭の「哀れ」を見るか、「人の営みの激しさ」を見るか、などは撮影者の表現力が問われるところだ。
今作は祭を営む人にしか意が行かなかったようだ。

外崎うらんの作風は、王者の堂々とした威厳みたいなものがあるのだが、そこにアマノジャク的な女心、いたずら心、今風の軽い心、この堂々さと遊び心の重なりが特徴であり面白いと思っている。
今回は「ハーフ」ということと「祭」という環境のほうで遊びすぎて、作品で遊ぶのを忘れたみたいだ。
何故か・きっと今展が楽しかったのだろう。制約がなさ過ぎて、緊張感が弛んだのだろう。今はそういう時期なのかもしれない。


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多分、外崎うらんにとっての今展は上掲の2作で言いたいことは尽きているのだろう。特に、左の語り合いの場が全てかもしれない。

上掲が全てということは、撮影者の指向は「祭」そのものにはないのかもしれない。大仰な道具立ての人混みの中で、「悲哀に通じる喜怒哀楽」が主要な関心なのだろう。

以下の作品群は良い意味で撮影者からのプレゼントだ。


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以下の作品はそれぞれ独立した展示だ。上の群れる作品とはムードが違うから分けたのだろう。
分けることは構わないのだが、撮影者のキチッキチッとした性格が反映されて、今展のように「動的祭」の作品群の前では影が薄くなってしまった。


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昔の風景を見ているようだった。それだけで懐かしい気分になってしまった。最後の写真などは炭住を思い出させる。全く炭住には似ていないのだが、黒白のボケアラ感は細かい記憶を削いで、一気に人の記憶に辿りつかせる。




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   ↑:阿部雄



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   ↑:2点とも、「Light Dance」。


タイトルは「光の踊り(踊る光)」だ。全くそのとおりだ。

阿部雄がこんなにロマンティックで私的な青年とは知らなかった。
今展の主宰者は彼だ。さすがに「ハーフカメラ」の特性を知り抜いているという感じ。
こういう作品はゴチャゴチャ言っても仕方がない。実作を見て、その世界に堪能するしか無い。山岸せいじ氏ならば「天国からの光」とでも言うかもしれない。その山岸せいじ個展が街中で開催中です。今展の「阿部雄パラダイス」との違いを楽しんで下さい。








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   ↑:「Signing Birds」.


「合図する小鳥たち」?要するに、「僕に微笑む可愛い子」という意味です。右側の作品、女性の顔が埋め込まれている。この女性が「Bird」鳥なんでしょう。どうして複数形なの?もしかして、みえないところに他にも女性がいるのかな?

二つの英語読みタイトル、今回の阿部雄は限りなく詩人になりきっている。撮影すると言うことは、発表すると言うことは、普段の普通人を越える体験だ。



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by sakaidoori | 2018-09-21 18:42 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 13日

2520)「高橋弘子 第8回個展『DAMAGED』」g.犬養 5月4日(水)~5月15日(日)

高橋弘子 第8回個展
DAMAGED


                        
 会場:ギャラリー犬養 2階  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2016年5月4日(水)~5月15日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.7)




 2階に上がる...



 ドーンと狼だ!対峙するは恐竜か?!

    対決だ

      闘いだ----






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   ↑:左側、「damaged -reflection」・2016年 1800×2730㎜ アクリル。
   ↑:右側、「damaged -speculation」・2016年 1800×2730㎜ アクリル。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 今展はこの大作2点との出逢いに尽きる。傷つきつつも対決する狼と恐竜!それは、画家・高橋弘子が闘いたいのか?きっとそうだ。現在進行形で「闘っている」。見る我々までも強引にその闘いに参加させたいのか?

 闘えば傷つく。それでも獣が闘うのには理由がある。食うためだ。それは生き物の宿命だから仕方がない。では高橋弘子は何と闘っているのか?

 狼は群れをなしている。それは「集団(社会)」であり、一糸乱れぬ団結力で結ばれている。恐竜が大きいから知恵として共に闘う。
 対する恐竜は、まさに「一匹狼」のようだ。陸の王者は常に「個(孤)」として生きる。「個」ではあるが、環境という社会の中にある。現に目の前の狼たちは、食う対象ではあるが、環境の中で共に在る生命体だ。


 高橋弘子は「闘い」に思索を巡らす。作品のタイトルは哲学的だ。左側の英語は、「内省」?右側は「思索」。食うか食われるかというこの一瞬、「考えよ」と見る人に命令する。「生きることの意味」を?

 たとえ内蔵が弾けようとも、作品は美しい。それは絵画の宿命だろう。だから、絵画の中での闘いは予定調和的に頭上で輝いてしまう。淫らな心の中の妄想や闘いは、目に見えるようになると「美」に包まれるのかもしれない。それは人を生かす術(すべ)?あるいはダメにするマジック?


 それにしても高橋弘子は元気がいい。
 2年前の7月に第1回個展だ。そして今回が第8回。しかも、3年前の5月からいろんなグループ展にも参加している。まさに絵と闘っている。
 小振りな細密画家だと思っていた。始めはそうだったかもしれない。俄然、闘争心に火が付いてしまった!


 会期は来週の日曜日まで、まだ充分に時間はあります。僕のブログで、作品の形は分かったことでしょう。しかし、それは知恵でしかない。直に接して、迫力と意欲を感じて下さい。




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by sakaidoori | 2016-05-13 08:40 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 12日

2519) 「ギャラリー犬養の裏庭紹介」 g.犬養 5月7日(日)


ギャラリー犬養の裏庭紹介



                        
 会場:ギャラリー犬養   
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30


-------------(5.7)



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 5月7日(土)、ギャラリー犬養を訪問。

 最近、やっと根気が出てきてギャラリー通いもそれなりにしている。
 ここは2週連続の通いだ。以前の住み家だと、車でも自転車でも寄り道感覚だった。行かなくても気分は近い。屯田に引っ越したので立ち寄るという感じではない。それでも、地下鉄があるから不自由はしない。行く行かないは気持ちの持ちようだ。地下鉄菊水駅から歩いて10分ぐらいだ。


 開廊は午後1時。かなり早く着いた。頼めば入れるだろう。折角の好天気、当館自慢の裏庭をじっくり見ることにした。札幌の真ん中で、大きな木があり、下草も豊か、自然な赤土を堪能できるとは、なかなかの幸せ気分だ。写真紹介をしましょう。今は綠の真っ盛りです。もうすこししたらいろんな花が咲くでしょう。




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 これは栗の木だ。犬養にくるたびに、樹の下の地面ばかりをみている。落ちた栗の実を見るためだ。全く見当たらない。栗のイガイガが危ないので掃除したのかな?不思議に思って見上げれば、見事に選定している。要するに、昨年は栗がならなかったようだ。オーナー婦人に伺えば、樹が何かとご近所さんに迷惑をかけているから、こざっぱりさせたとのことだ。
 これはこれで良い。都会の樹の運命だろう。どうせ二、三年もすれば立派になる。







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 見事な綠だ。
 何があるのかな?



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 肉厚の緑の葉っぱ、これはウバユリだ。自然界では15年ほどかかって咲くという。だから、今年の犬養庭園で何輪のウバユリを見られるかはわからない。確認しないといけない。
 この花は水が大好きで、茎が折れても水の中に指しておけば成長するみたいだ。そういう姿を山の小川で見たことがある。咲けばおびただしい種を身につける。風に舞う姿も楽しみの一つだ。



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 これは何だろう?草はびっしり、心はワクワクだ。





 
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 一塊になって咲くよ。





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 コウタ君こと、当館オーナーの犬養康太君自慢の一品か?夢見る裸男だ。男が二人でお庭、何をしているのでしょう?お手々をつないで、いつもいつもそこにいる。雨の日も雪の日も、風の強い日も。きっと宮沢賢治が好きなのでしょう。彼の志を継いで犬養庭園を守っているのでしょう。
 物干し台が良く似合う二人の男です。




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 樹の種が双葉を付けて誕生だ。びっしりと生まれている。何の樹だろう?庭は定員一杯だから、この芽たちは大きく大きく育つことはないだろう。それでも一斉に世の中に顔を出す。その姿に生命のムダに嘆息してしまいそう。ムダがあってこそ生命の成長かもしれない。




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 真ん中の草はオダマキ。もうすぐ青い花を咲かせます。




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 キョウブキ畑だ。女房殿が欲しがるでしょう。






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 犬養ギャラリーの玄関です。この日は本間弘子個展です。追って掲載します。







by sakaidoori | 2016-05-12 22:05 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 12日

2518)②「4つの展示 濱口真央個展 『箱庭の蝶 Ⅲ』」g.犬養 終了/4月27日(水)~5月2日(月)

      
◎ギャラリー犬養、4つの展覧会...から

◯一階、ピアノのある洋室にて

 

濱口真央個展 
箱庭の蝶 Ⅲ」



                        
 会場:ギャラリー犬養 一階、ピアノのある洋室にて  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2016年4月27日(水)~5月2日(月)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

 【同時開催】

 ◯ギャラリー2階
 中井結+日野まき 2人展 「いつもみたいに靴脱いで」
    ゲスト:Risa Melmet 化浦
  
 ◯女中部屋
 飴屋晶貴+こまつたかし+麻子 3人展 「In Monochrome」

 ◯お風呂部屋
 沢田愛+中井結 二人展 「装飾と肉と私」

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.1)


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)

 古びたドアを開けると、女が座っていた。暗がりの中、ふり返りも応対もせずにそこにある。ショートヘアー・・・黒髪とうなじ・・・本当に人間かしら?壁、床、小物、ピアノ、本箱、後ろ向きの女と、部屋全体が何かのコレクション空間だ。まるで絵の中にいる。

 心を落ち着かせて、向こう側に行き、彼女のお顔を確認した。よかった、笑顔で挨拶してくれた。

 濱口真央は札幌大谷短大を卒業後、沖縄の大学に進学。10年近くの沖縄暮らしだ。そして札幌に帰り、地元で初個展だ。大半の作品は沖縄時代のものだが、なんとマニアックで暗いことか。あの光が痛い沖縄で、悶々と一人妄想に耽っていたかのようだ。絵画を含めて、いろんな意味でのギャップの面白い人だ。







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   ↑:「Sleeping beauty」・F50号 アクリル 木製パネル 綿布 2013年。



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   ↑:「蜜」・B3 アクリル 木製パネル 綿布 2015年。



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   ↑:(記録ミス)



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   ↑:(上掲の部分図。)




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   ↑:(記録ミス)






 絵画はオフェイリア的な耽美な装飾世界だ。だが、色爛漫を拒否したいのか、真面目さ故にハデさは嫌いなのか、渋くて暗めの色調ばかりだ。彼女の後ろ姿同様に崩れがない。だから、沈鬱な夢想世界だが、狂気からは無縁だ。「一人静か」、「どうどう巡りの安定した夢心地」、そういう印象だ。
 具象表現は道展的な堅実さだ。画題や色合で不思議さやムードを表現しているが、破綻はなく安定している。もっともっと絵画という安定感と不安定感が同居したら、夢心地以上の妄想に入れるだろう。








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   ↑:「Dynamine mylitta」・2010年1月21日




 蝶の好きな画家だ。
 「蝶々蝶々、菜の葉に止まる・・・飽いたら桜に止まる・・・花から花へ・・・遊べや遊べ、止まれや止まれ」
 小さく小さく、気ままに自由に、可愛く美しく




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by sakaidoori | 2016-05-12 13:04 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 11日

2517)①「4つの展示『いつもみたいに靴脱いで』中井結 日野まさ 2人展」g.犬養 終了/4月27日(水)~5月2日(月

  
      
◎ギャラリー犬養、4つの展覧会...から

◯ギャラリー2階


いつもみたいに靴脱いで
   中井結+日野まき 2人展
 
     
     ゲスト:Risa Melmet 化浦
        

                  
 会場:ギャラリー犬養 2階  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2016年4月27日(水)~5月2日(月)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

 【同時開催】

 ◯ピアノのある部屋
 濱口真央個展 「箱庭の蝶 Ⅲ」

 ◯女中部屋
 飴屋晶貴+こまつたかし+麻子 3人展 「In Monochrome」

 ◯お風呂部屋
 沢田愛+中井結 二人展 「装飾と肉と私」

ーーーーーーーーーーーーーーー(5.1)


 今回の犬養ギャラリー、総合タイトルはありませんが全体で一つの展覧会です。
 各部屋は独立した展示ですが、微妙な違いを演出している。だから全部を紹介したいところです。でも、ちょっとムリ。2階メイン会場と「ピアノのある部屋」の二部屋ほど紹介します。

 会場風景を載せます。


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 全館上げての展覧会だ。ゲストを含めて11名。
 古めかしい当館で、「ちょっと嫌らしく、ちょっと変態で、少女好みの偏愛ロマンが綾なしている。

 細密画、絵画、写真、関節人形などなど、そして日本各地から参上の表現者たち。住む土地も表現方法も違うけれども、こういう趣向は「類は友を呼ぶ」で、セクシャル(女の子)を真ん中に置いて、にぎにぎしく楽しく集っている。

 こういう展示、何故だか女の子や女性が喜ぶ。「女好きの男性諸氏」も当然好きなはずだ。でも、彼等は開けっぴろげな公衆の中で性を楽しむ健全さには欠ける。もっとも、女性たちはこういう世界をどんな風に語り合っているのだろう。気になるところだが・・・、やはり「かわいい」という言葉でくくっているのだろうか?

 では僕はなんて語ろう?いやいや、こういう「肉と性」、「妄想と夢想」の機微を、「女心と体と風景」の交わりを・・・無表情な女の子を眺め、関節人形に悲哀を感じ、細密画を楽しむ。古びたたたずまいが良く似合う。
 作品を載せます。言葉が出てきたら、忘れないうちに書き止めよう。


中井結(鉛筆画)の場合


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   ↑:全作、中井結。



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   ↑:中井結、「レスボスの日々 落日」・B2 鉛筆+色鉛筆 2016年。




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   ↑:中井結、「ツァラトストラはそのように語った 6」・ほぼA4 鉛筆+色鉛筆 2016年。



 「ツァラトゥストラはそのように語った」は、確か哲人ニーチェの小説的な哲学書と思う。その表題が「性露わな女の子の装飾画」になるとは。
 ニーチェは「神は死んだ」と宣言した。さて、作品におけるその意味は?にぎにぎしい世界での性と孤独?



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   ↑:「ツァラトストラはそのように語った。あるいは、おねしょの楽園」・B0 鉛筆+色鉛筆 2016年。 
 

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   ↑:(上掲の部分図。)



 未完でしょう。薄い部分はこれから描き込まれていくと思う。でも、この未完成な中途半端さが良い。
 中井優の細密描写は、画面全部を油彩画のように隙間無く描き上げる。当然、サイケで爛熟ムードだ。描かれた少女は概ね無表情だから、時間は止まる。止まれば静謐になる。孤独感が漂う。だが、空間を隙間無くいろんな生き物や物事で埋め込んで、個と絡ませて孤独から抜けだしたいみたい。しかも、ルネッサンス絵画的な様式で物語を作っていく。少女の心の多弁さは絵画の中の比喩や暗喩などに置き換えられて無言劇は進んでいく。その無言劇に未完性な部分が良く似合う。



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   ↑:「レスボスの日々 夜明け前」・B2 鉛筆+色鉛筆 2016年。


 白い柱が一際目を惹く。セクシャルなリズムだ。その白い柱は性そのものだ。そして交歓と結ばれの舞台だ。



化浦(ゲスト 球体関節人形 )の場合



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   ↑:(上掲の部分写真。)


f0126829_1445223.jpg 長崎県対馬在住の球体関節人形作家。

 表情が特徴的。面長でこまっしゃくれて、そこが可愛いと言えば可愛いし、小生意気ともいいたくなる女の子だ。歩き始めたら、びっこを引きそうな感じで、手をさしのべたら「余計なお世話よ!」と言われそう。服は女の子かもしれないが、体は大人未満で、心は大人直前!何から何までアンバランスなのが面白い。










日野まき(ペーパードール)の場合



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 ペーパードールの日野まきは東京在住だ。
 さわやかっ!他の作家が脂っこいから特にそうだ。残念なのは、一作のみをボックスアートのようにして額に収めているのだが、小さくて遠慮がちな展示になっていた。他の作家のアクセント気味だ。しかも、その日は光がサンサンと窓から差し込んでいて,部屋は白みがかって作品を小さくしてしまった。できれば、A0ぐらいの大きさの作品があったら、大きな中にいろんな紙人形が楽しく寄り添って、ふくよかな「日野まき・物語」を見たかった。
 さわやかなワンシーンから夢物語を作っていく感じ。また札幌に来て下さい。



Risa Mehmet(絵画)の場合




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 作品は小さい。しかし、」小さい中にびっしりと情報(画題)が詰まっていている。だから、小さくても気分は大きく感じる。なので、個別に大きく載せます。




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   ↑:「銭犬」・2016年。



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   ↑:「異臭塗れ」・アクリル絵具 画用紙 木製パネル 2016年 297×420㎜。



 とにかく画面一杯に騒いでいる。色も物事も。色はとても綺麗で爽やか!でも、描かれた世界は怪しく不思議!小道具が好きな人だ。小道具は喧嘩をせずに全体と調和を保っているように見えるが、しかし怪しい。物事を斜めから感じる人なんだ。でも表現は正々堂々としている。





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by sakaidoori | 2016-05-11 16:37 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 24日

2425)「中村里沙個展 『far 』」 g.犬養 7月16日(水)~7月28日(日)


  
      



中村里沙個展   far                   




 会場:ギャラリー犬養 お風呂ギャラリー(その弐)  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2014年7月16日(水)~7月28日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30


ーーーーーーーーーーーーーーー(7.21)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 ご存じ、昔々お風呂で今はギャラリー、名付けてお風呂ギャラリー。二つのお風呂があるのですが、「中村里沙展」はその弐の部屋です。(隣のお風呂と女中部屋は「松浦進 展」。)

 暗い会場風景ですが夜の白昼夢ではありません。時は昼、正式の開展時間は午後1時半なのですが、それ以前の真っ昼間。カメラは馬鹿だから外の光に目が害されて暗くなってしまった。



 中村里沙は道都大学中嶋ゼミでシルクスクリーンを学んだ。ほんの何年か前に卒業した。
 学生時代はシルクスクリーンで、画題は「女の子」。夢見る少女と言えるかどうか?獣と遊ぶ「女の子」、チョット甘えた女の子、だんだんと女王様のような自信スタイルになっていった。
 卒業後もしっかり制作・発表している。一所懸命だし、作品は深まっているのだが、画題や構成が一本調子なので継続制作を心配していた。


 今展、画題に変化はないが、シルクスクリーンではなく肉筆画だ。楽しい変化だ。
 「ダーマトグラフ」という画材の鉛筆画で細密肖像画風だ。もともとシルク原板にダーマトグラフで絵を描いて製版していた。版画のための絵画だった。不器用でストレートな人?だから、「お絵描き」が成長してのシルク版画だったのか。もし、リトグラフを習っていたらどうなっていたのだろう?一所懸命に絵を描いているのに、更にそれを版画とは時間の無駄と思ったのか?それに、昔々の「お絵描き」と一緒で楽しい!直に紙だ、肉筆画だ、絵画だ、ということか?もっとも、ダーマトグラフは黒さ暗さの強調には有利だ。そして油っぽく分厚い感触だ。シルクスクリーンの平面感とは随分違う。その違いは心の成長とマッチしたのかもしれない。
 「『初な女の子』のように夢見る中村里沙、だけど、夢にもいろいろある」ということかも?

 以下全作品を載せます。
 肉っぽい濃厚な黒々を楽しんで下さい。タイトル「far」と名付けた子供顔の黒い女の子(自画像)も楽しんで下さい。



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   ↑:「おばあちゃんがくれた帽子」・ダーマトグラフ 水彩絵の具。




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   ↑:「今しかえらべない」・同上。




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   ↑:「巨大プリンへダイビング」・同上。





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   ↑:「触れると壊れる」・同上。






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   ↑:「存在しない色」・同上。







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   ↑:「(?)」。
 





 赤ちゃんのようなむちむちしたホッペ。顔立ちもふくらはぎも赤ちゃんたたずまい。でも仁王立ちして大きな目をして、「今」を見ているのかな?「昔に帰りたい帰れない、だったら今を昔にしよう」。





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by sakaidoori | 2014-07-24 15:05 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 09日

2403)②「林美奈子個展 『路地裏の記憶預かり所』」 g.犬養 7月2日(水)~7月14日(日)

      



林美奈子個展 
     「路地裏の記憶預かり所
                 




 会場:ギャラリー犬養 お風呂ギャラリー  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2014年7月2日(水)~7月14日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30


ーーーーーーーーーーーーーーー(7.5)


 2402)①の続き。

 ①の「かわむらえり子的倫敦採集帖」と今回の展覧会とは何の関係もありません。たまたま似ていて、何となくお友達かな~と思えるだけです。
 それと、前回「若い2人」という表現をしましたが、両者とも年齢は不詳です。


 さて、小さな女中ギャラリーの様子をお伝えします。①のかわむらえり子展と比較しながら記していきます。



 入口からの様子は--。


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 入口左側からもう少し詳しく載せます。


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 何でもない風景だ。
 (何でもないのだが、言葉多い感想が続きます。以下、敬称は省略させていただきます。)


 誰かの屋根裏部屋だ。今も使っている様子。もしかした昔の部屋をそのままにしているのかも。

 「日常と非日常の間に漂う粒々の採集と研究」の成果だ。グレーの色調は過去への誘いであり、非日常というシグナルだろう。作家好みの心象世界だ。
 ①のかわむらえり子も過去の粒々の採集ではあるが、過去に拘らない。昔のものだって、今と関わり明日の楽しみ為の小道具だ。今体を動かしたくなるきっかけだ。①は行動的な明日向きで、今回は内向きで過去的だ。

 それと、自分自身の投影度もかなり違う。
 今展は、何をとっても「自分の内なる世界」から離れない。どれをとっても、「雨上がりの昼下がり・・・私の気分は・・・」と私が続く。
 ①では、自分好みに徹した採集品々だが、同時に「他者との交流」をもたらす。「私これ大好きなの!見て見て!楽しいでしょう!」。

 二人ともいじらしい部屋だ。小物を手に取りあれこれと眺めている。共に時間にスリップし、空間を横切る。かたやフワフワと一人旅、かたや目配せして誰かと遊びたがる。自分と他人。着せ替え人形の一人遊びは、好きな粒々小物に置き換わる。心は変わらないで、見た目だけをいろいろ変えていく・・覗き覗かれ胸キュンキュン・・・それが女の子精神なのかも。



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by sakaidoori | 2014-07-09 08:29 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 09日

2402)①「かわむらえり子的倫敦採集帖」 g.犬養 7月2日(水)~7月14日(日)

      



かわむらえり子的倫敦採集帖                 




 会場:ギャラリー犬養 お風呂ギャラリー  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2014年7月2日(水)~7月14日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

※ かわむらえり子的倫敦土産店 ⇒ 7/12(土) 14::00~19:00
                 7/13(日) 13:00~18:00  

ーーーーーーーーーーーーーーー(7.5)


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 かわむらえり子による「かわむらえり子的倫敦採集帖」、お風呂ギャラリー・その壱の入口風景だ。大英帝国はロンドンでの、あれやこれやの寄せ集め品だ。


 キャプションに説明文?もあったが、老眼だから読めなかった。品々の個々に関心があるのではない。こんな風に部屋を作る根性とエネルギーや、その仕方に興味津々だ。


 ということですから、以下、お風呂の様子をお伝えします。始めは お風呂ギャラリー・その壱





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 イギリス滞在中の思いで品々だ。コラージュにメモ風にスケッチにと、枠に収めて小綺麗に展示。「採集帖」のお披露目だ。壁そのものを帳面にしてはいない。ベタッと英字新聞を壁に貼って、いかにもニューヨークの屋根裏だ!ではない。そんな貧乏男性の無粋な空間ではない。お洒落にお洒落に、可愛く可愛くだ。「だって、オンナノ子だもの」。




 次は隣の お風呂ギャラリー・その弐です。
 ちょっと雰囲気を変えています。ピンボケ写真もありますが我慢して下さい。





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 当館喫茶室の隣に三つの暗くてせま~い部屋がある。名付けて「お風呂ギャラリー その壱 & その弐」と、「女中部屋」。

 何ともストレートで意味深なネーミングでだ。当館オーナーの趣味がわかろうというものだ。

 若い人が中心になって発表している。人が人を呼んで、面白おかしい場として成長している。普通に作品展示とか、ちょっとエロスとか。時には怪しい作品もあるが、目の玉が飛び出るようなエログロはない。いたって健全明朗なものだ。



 今回、二人の女性・・かわむらえり子(お風呂・壱と弐) & 林美奈子(女中部屋)・・がたまたま似たようなことをしていた。空間を部屋に見立ててインスタレーション展示だ。ミニ・ショップorミニ・ポップ風で、いかにも若い女の子の飾り付けといった感じだ。

 若い女性は面白い。感性をズバズバっと表に出して、しかもあっけらかんだ。内心はいろいろあるはずだが、作品(空間)自体に思わせぶりな知性や、気取った感性がないから良い。もちろん、いろいろと考えてのものだが、「とにかくやるっかない精神」で、やはり豊かな時代の申し子だ。





f0126829_20302457.jpg  次は②で、女中部屋の林美奈子展です。


 
 

by sakaidoori | 2014-07-09 00:10 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 24日

2378)「犬養康太 『今日だけの女』」 g.犬養 終了・6月15日(日)

   



犬養康太 「今日だけの女」                 




 会場:ギャラリー犬養  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2014年6月15日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

ーーーーーーーーーーーーーーー(6.15)



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 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 6月15日の日曜日・・・当館オーナー・犬養康太「今日だけの女」のみの午後だった。


 何かの展覧会を期待しての訪問だった。が、オーナー氏学生時代の旧作一作品だけの空間だった。6年前の2008年制作。
 犬養康太-当時は道都大学中嶋ゼミ(シルクスクリーン)に在籍。面白おかしい作風だった。興味津々で見ていた。欠点というか特徴としてキメが悪かった、どこかだらしない仕上がりだった。絵画不熱心な感じで、もったいない若者という印象だった。「絵は好きなんだが、イマイチ全力投球したくない!」・・・要するにしたいことが一杯あって、多情多感で我が儘で、型にはまりたくなかったのだろう。

 そうは言っても人知れず一所懸命だったのだろう。その証が上掲の「今日だけの女」だ。ちょっとサイケデリックにクレージーに、真面目に丹念に取り組んでいる。
 小学生高学年の生徒がお隣のおねーちゃんに初な恋をして、夜を徹して無我夢中で描いたみたい。色気の無いのが良い!夢とロマンと願望だけなのが良い!頭の中は真っ赤かだ。



 何にも無い部屋、窓の向こうは青葉若葉に日の光・・・暗がりの空間にたった一枚の絵、しかも過去作。その作品と僕は遊んだ。あそこに置いたりここに置いたり・・・外はやけに明るかった。



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   ↑:犬養康太、「今日だけの女」。



 以下、情景の部分図。


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   ---------




 長い春休みでした。休んだ理由は・・・ともかくとして、また再開の予定?です。よろしくお願いします。

by sakaidoori | 2014-06-24 23:57 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)
2013年 11月 27日

2314)「谷口 大 『古との対話』」 g.犬養 11月21日(木)~12月1日(日)

   



谷口 大  
  古との対話
                




 会場:ギャラリー犬養  
      豊平区豊平3条1丁目1-12
      (地下鉄東西線菊水駅より徒歩7分。
       駐車場有り。) 
     電話(090)7516ー2208 

 会期:2013年11月21日(木)~12月1日(日)
 休み:火曜日(定休日) 
 時間:13:00~22:30

※ 作家在廊予定日 ⇒ 11/21~11/25 11/29~12/1 

ーーーーーーーーーーーーーーー(11.24)


 (編集中


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 野焼きによる陶芸展。

 野焼だ。煉瓦風の赤色や黒色が淡い。肉厚でどっしりしているが、稚拙で素直な作品たちだ。残念だが、作品数も少なく、大きさも無難で、「アッパレ野焼き展」には遠い。「たとえ小振りでも強くありたい。そのための試行錯誤展、思い途中の一里塚展、本格発表直前展」というべきだろう。
 昨年も個展をされた。初個展だった。陶芸氏デビューということで粘土展だった。粘土の次は「焼く」わけだが、普通に焼くことを止めた。生き物が系統発生的に成長するように、野焼きという太古の土器制作気分で、人類の焼き物史をなぞっての発表だ。だからか、どこかしら縄文土器の雰囲気が漂っている。



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   ↑:「礎」。



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   ↑:「光」。



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   ↑:「種」。





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   ↑:「衛 Ⅱ」。




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   ↑:「衛」。


 DMにも使われた作品。ということは、今展の主役か?

 昨年の「粘土展」のような遊び心は薄い。遊びよりも指による押し力を確認している。肉厚の粘土地をグッと両手に密着させ、その感触の余韻に浸って更にグイッと指で押す。柔肌は手にもまれて生命力を宿す、それが作陶氏の狙いか。





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   ↑:「跡」。


 気分はマンモスのような化石?





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   ↑:「祈」。





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   ↑:「夢現」。





 各作品のタイトルは実に真面目だ。遊び心でのたまたまの作品ではないのだろう。あまりに真剣に取り組んでいるから、作品数も限定してある種の思いを伝えたいのだろう。喩えていえば「縄文の祈り」を。
 一方で、そういう生真面目さと同時に、どこかしらズッコケ調も感じる。それは作家の生の精神なのか?拙さ故なのか?衒いなのか?僕自身はそこに愛着を感じるのだが、果たしてその遊び心は生き残るのだろうか?そんな初々しい作陶展だった。

by sakaidoori | 2013-11-27 22:18 | (ギャラリー&コーヒー)犬養 | Trackback | Comments(0)