栄通記

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2010年 01月 23日 ( 2 )


2010年 01月 23日

1168) 市民ギャラリー 「第40回記念 北海道教職員美術・展」 終了・1月9日(火)~1月13日(日)

○ 第40回記念
   北海道教職員美術・展
    (絵画・彫刻・工芸・書道・写真)
 

 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2条東6丁目
      (北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2010年1月9日(火)~1月13日(日)
 時間:10:00~17:00
     (最終日は ~15:00まで。)

ーーーーーーーーーーーー(1・9)

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 書部門はもの凄い数です。写真部門はそれなりにこの公募展を活用されている。工芸部門は風前の灯火的状況です。
 さて、絵画部門は・・・。「北海道教職員」という冠団体としては余りに少ない数です。それはいつものことですから、気にもならなくなりましたが、寂しいのは事実です。他にも一般を対象にした大規模な公募展もあります。こういう職域団体展への意識や魅力が薄くなったのでしょうか?参加作家を見ると、見知った方も多くおられる。しっかりとこの場を利用して制作意欲を高めている。
 美術作品は最終的にはその質を問われるでしょう。それは当然でしょうが、僕自身は質以前の意欲を楽しんでいます。特に住んでいる地域の作品展では、制作に関わる画家の姿勢が身近に感じられます。そこが良いところです。

 どの団体も時代の流れで浮き沈みがあるのは当然でしょう。この団体に魅力がないと関係画家が感じておられるのかもしれない。あるいは、発表したいという意欲が「北海道教職員」全般に低くなっているのかもしれない。もしそうだとしたら、いっそう寂しいものです。この団体に魅力を抱いている画家達が、その辺のところを見定めて、異様な努力をされる。静かな右肩上がりの参加者数が実現されるかもしれない。


 さて、今回は「第40回」という記念展です。数は少ないのですが、元気な若手も参加しています。中堅、ベテランと程良いバランスで、ミニあるいはセレクト道展といった感じです。
 好みの作家も沢山います。気になる作品もあります。以下、個別作品の感想です。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)


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     ↑:招待・竹津昇(千歳市立東千歳中学校)、「光陰」・F120。

 水彩画。第1室の出発位置に展示されている。
 納屋の内風景をにぎにぎしく画き上げている。期待に違わず、意欲満々の作品だ。小道具も沢山あり、構図も入り組んでいる。さらに外光も目立つように配して、うるさすぎると見る向きもあるだろう。確かに、小道具を一切省略して、壁と床と柱だけ、そして明暗に意を配った絵にしても面白いかもしれない。空気感や区切られた部屋の異質感、存在感が際だつかもしれない。が、それは過剰を経験した画家が、過剰さに不満を感じた時にすればいいのだろう。


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     ↑:一般・原部剛(旭川市立永山南小学校)、「退職まであと半年 ー過去から未来へー」・F50。

 コミカルな楽しい絵です。あと半年で定年、ご苦労様です
 この絵の中にはいろんな思いが詰まっているのでしょう。その思いの拡がりに比べると、絵が小さい感じ。定年後は、さらに悠々自適な絵になるのでしょう。


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     ↑:招待・佐藤弘法(北海道稚内高校)、「見せて」・F100。

 バンバンバンとしたカラフルさで、とても印象的な作品。ただ、リアルな子供表現とカラフルさは、どこか重たさも感じて、画題の子供の世界とうまく繋がっていきません。透明ガラスの向こう側に子供の世界があり、それを観察している冷たさと言えばいいのでしょうか。


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     ↑:奨励賞・川畑摩沙子(小清水町立小清水中学校)、「遙か ’09-Ⅱ」・F100。

 山水画的な精神性を追求しているのでしょうか?それとも空気感や存在感?
 僕には山の塊が擬人化されて見える。真ん中に子供がいて、右の大きいのがお父さんで、左の小さいのがお母さんです。家族です。それらを赤い枝葉が祝福している。


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     ↑:2作品とも、一般・石澤麻希子(網走市第一中学校)。左側は「掴めるもの」・F50。(以下、左の作品の感想。)

 人物がモノトーンで背景はカラフル、色模様が服や顔にも浸食していて、女性の心象や存在の強さ妖しさを表現しているみたい。
 それにしても派手な色彩群です。生(なま)過ぎる色です。そこがこの絵の魅力であり、欠点かもしれない。腫瘍のように絡んでいて、死に至る悪性(ガン)?その場限りの良性?そもそも女性という腫瘍は良性?悪性?


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     ↑:招待・板谷諭使(北海道旭川東栄高校)、「種まく人」・F100。

 大胆で良いですね。ひょっこりひょうたん島の女カッパみたい。上下左右、全て画題を切り取っていて、細いワイルド感がある。いろんな事が想像されます。
 もうそろそろ、氏の作品をまとまって見たいものです。


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     ↑:招待・鉢呂影敏(札幌平岸高校)、「午後」・F100。

f0126829_17584230.jpg 茶目っ気たっぷり、おすまし少女のヨーロッパ一人旅?
 こういう作品はどうのこうの言っても始まりません。女性の魅力がどんな風に伝わったかで充分です。











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     ↑:招待・伊藤記子 (岩見沢市立北村中学校)、「明日の行方」・F50。

 絵の嘘さを利用したトリッキーな作品です。外と内の世界、繋がっているようで無縁なようで。花鳥風月風に鳥を画いたり、円、三角、四角と、数学抽象模様をざっくばらんに取り入れたり。やっぱり絵は光と闇が無くては面白くないという感じで、しっかり黒や白を描き込んでいる。ちょっと子供の表情が難しいところで、果たしてこれで良いのかと見る方が思案顔になったりもする。
 好奇心溢れる絵画です。


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     ↑:協賛出品・藤井正治、「あなのひと」・M100。

 ユーモラスですが、心地よい緊張感を強いる作品です。「あなのひと」、タイトルも良い。マリーン・サイズで海のようにどこまでもどこまでも拡がっていく。そしてサラリーマン風の中年男性がシュールにこちらを向いている。「モグラたたきで頭をたたきますか?」と聞いているみたい。


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     ↑:記念賞・工藤千波(札幌市立豊明高等養護学校)、「ふたつめの言葉」・182×182㎝。

 第40回記念展の最高賞です。色づかいの画家が色の豊かさを残しつつ、闇を取り込もうとしているみたい。動植物や人間を画くだけで、生命感や存在感があるように見られるのが具象画の欠点。画題に頼らずに、色や物の組み合わせや構図で存在の正負を表現しようとしている。意欲作です。「画題を愛しつつ、画題の影の目に見えない存在感を表現したい」、そういう画家の思慕の強さも伝わる。


 長くなりました。最後に風景画を2点。

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     ↑:招待・林正重(北海道公立学校教職員互助会)、「早春の海別岳」・F100。

 大きな絵です。白が山や原野や雪の存在を主張し、黒が引き締め、紫が優雅に画面を覆っている。
 海別岳は道東の山。夏道はなく、この絵のような冬を待って登る山です。だから登ったことは無いし、見たこともない山です。絵で山の存在を知ることができた。機会があればじっくりと、その姿を見に行きましょう。


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     協賛出品・斎藤洪人、「春のニセコ」・S30。

 色合いは秋を感じさせますが、色の勢いが春です。ほとんど抽象表現画に近い。
 大ベテランです。渋い。その風景画を、元気に描き続けてもらいたいものです。


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by sakaidoori | 2010-01-23 19:43 | 市民ギャラリー | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 23日

1167) ③テンポラリー 「森本めぐみ・展 『くものお』」 終了・12月15日(火)~2010年1月17日(日)

○ 森本めぐみ・展
   「くものお」


 会場:テンポラリー・スペース
     北区北16条西5丁目1-8
     (北大斜め通りの東側。
      隣はテーラー岩澤。)
     電話(011)737-5503

 会期:2009年12月15日(火)~2010年1月13日(水)17日(日)
 休み:月曜日(定休日) 年末年始 12月31日~1月4日
 時間:11:00~19:00

ーーーーーーーーーーーーーー(12・17&23 1・17)

 (1141番の①、1143番の②の続き。以下、敬称は省略させて頂きます。)

 13日に終了の展覧会ではあったが、予定通り17日まで延期された。次回開催展覧会のからみで、最終日が延期されるのは当館の慣例だ。

 二つの目的があって、どうしても最終日に行きたかった。
 一つは、公開制作の作品の最終段階を見ること。その作品がどういう展示をされているかも確認したい。
 一つは、個展初期の作品群は間違いなく居場所を変更されているだろう。それらがどういう扱いをされたかを見ること。公開作品の大きさから想像するに、正面の「糸巻き」作品がどう処理されるのかと思った。


 今展は3部構成だと思う。
 1部は、個展初期の静かなたたずまい(1141番の①で紹介)。
 いささかスキッパー気味で寂しい感じだが、完結性はあった。主役は「手作りの糸」だ。
 2部は、それまでの展示など、どこ吹く風という元気さで、密閉状態での公開制作。制作は演劇空間になり、主役は画き進む「森本めぐみ」と彼女の着ている「赤いつなぎ」。
 3部は、その作品を展示しての個展ルーム。当然主役は即興作品そのものだ。

 1部と2部とは断絶がある。画家はその脈路を「禁じ手」と語っていたが、それは画家の公式な言葉。僕はその言葉を全面的には肯定していない。意図的かどうかは明言できないが、無意識の心づもりはあったと思う。何故かと言うと、フライヤーに描かれていた飛行機や、タイトルの「くものお」の「雲」などが、1部の展示には皆無だった影が薄かったから。

 鑑賞者は全体の構想に関係なく、訪問した時の展示を楽しめば良いと思う。その瞬間が価値判断の全てだ。
 だが、たまたま数回訪問された愛好家は、即興作品だけに関心を向けないで、全体の作家の意志・美学にも思いをはせて欲しいところだ。それが発展・変化するインスタレーションの醍醐味だ。


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 素晴らしい作品だと思う。
 今展は新聞にも紹介されたから、多くの人が訪れたことだろ。驚きのため息や賞賛、激励も多数あることだろう。
 僕は今展は多くを語った。この作品に関しては、画像を大きくして楽しんで下さい。

 さて、大作が壁に展示されたということは、「糸巻き」作品はその陰になったか、移動されたということだろう。

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 それらは窓際の棚にまとめられて山になっていた。個展初期ではおすましの展示物であったが、手に触れてもいい普通の存在になっていた。
 「糸巻き」が移動されたのではない。他の作品も、そこに有ってもも無くてもいい装飾物に格下げされた。それは仕方がないことだろう。これだけの大作が目の前にあれば、他の作品にどれほどの注意が行くかは疑問だ。

 僕は年末の「500m美術館」の森本作品を見た。人型のお守りであった。手のひらサイズの小さい作品群だったが、一つ一つに愛情を注ぐ画家の思いやりに感じたものであった。その人がスキッパー的でも「糸巻き」をお守りのようにして展示していた。、展覧会の良し悪しを離れて、その強いこだわりの姿勢に好感を持った。今、それらは有っても無くてもいい存在に化している。

 これだけの大作を短期間に集中的に画き上げたのだ。作家は満足感で一杯なのだろうか?
 僕は、今展はどこまでもプライベートな個展だと理解している。自分を、あの飛行機群のように飛び回るための舞台にしたのだと思う。自分とキャラクター人物との闘いかもしれない。犠牲にされたのは小さな「糸巻き」や「小物」類だろう。成長するための捨て石?女の子から女性への過渡期?わからない。
 他者の褒め言葉に反して、満足感と不満が入り乱れていることだろう。


f0126829_118799.jpg 最終日の訪問はひどい道路事情だった。江別から当館まで2時間以上もかかった。いささか疲れ気味で、画家との会話も、こちらからあれこれ言う元気が無かった。
 帰り際、奥の方で画家と当館オーナーの声が聞こえた。小さい声だが楽しそうに語らっている。その会話を中断させてはいけない雰囲気がした。ソーっと退席した。それでも画家は気が付いて、部屋から車に向かって軽く手を振っていた。長い闘いだったことだろう。もうすぐ展覧会は終わる。そして・・・、「くものお」が始まる。





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     (入り口右側の引き込み部分に展示されている、詩集の表紙の原画。今展の大作は、この原画が発展した感じに見える。)


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by sakaidoori | 2010-01-23 00:40 | テンポラリー | Trackback | Comments(0)