栄通記

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2010年 01月 13日 ( 1 )


2010年 01月 13日

1156) CAI02 「『ゆめのとんで…』 市立屯田南小学校×今村育子」 終了・12月22日(火)~1月9日(土)


○ おとどけアート2009報告展
   「ゆめのとんでんみんな村」 
     札幌市立屯田南小学校×今村育子


 会場:CAI02・全室
    中央区大通西5丁目 昭和ビル・B2 
    (地下鉄大通駅1番出口。
    注意⇒駅の階段を下りてはいけません。
        昭和ビルの地下2階です。)
    電話(011)802-6438

 会期:2009年12月22日(火)~1月9日(土)
 休み:日曜・祝日(定休日)
 時間:13:00~23:00 

※ イベント報告会 → 1月9日 19:00~

ーーーーーーーーーーーーーーー(1・9)

 まさに最終日の午後11時過ぎの訪問になった。
 普段は作家などはそっちのけでの鑑賞だが、終了後の訪問だから、作品に一瞥して「今村さ~ん、時間があるなら一緒に見ようよ~」・・・、失礼を顧みない行為であった。わずかばかりの面識の作家だが、酔いの勢いで見ながら話しながら逍遙しながら、作品を堪能することができた。


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 作品は暗室仕立ての中での街の灯火。 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

 真っ暗な中で、ひょっこりひょうたん島のような中洲が5、6個見える。そこには段ボールの箱や筒や空き箱の「家」が建っている。そして、すべての「家」で明かりが同時に点滅している。普通は目が慣れれば細かい様子はわかるのだが、意外に点火時間が短くてただただ点滅に魅入るばかりである。人の気配を勝手に空き箱の「家」に感じながら。

 小さな小さな行儀良い美しさだ。

 作品はアーティストが小学校を訪問し、その作家のコンセプトにのっとっての共同制作だ。
 おそらく作家は全体の出来具合を説明し、その一つ一つの家を子供達に作ってもらうのだ。作品自体は簡単なものだ。子供達は説明を聞いても半信半疑で、適当に「建物」らしいオモチャを一つ一つつくっていくのだろう。

 そうやって一つ一つの家を島にがっちり引っ付けて出来上がったのが下の作品群だ。


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 子供たち一人一人の努力が全体の中でしっかり建っているだろう。生き生きと「これが自分だ」と思えて喜んだことだろう。部分が全体を奏でる、音楽のハーモニーの誕生だ。体育館を真っ暗にして、街を点滅した姿を見ている子供たち、おそらくほっぺが赤く膨らんでいることだろう。

 今展の地下倉庫CAI02は上の体育館での全体作品の半分程が並んでいるそうだ。子供たちもここで見てくれたことだろう。作品は子供共作だが、会場やそこに至るまでが大人のムード満点で、いっそう胸をときめかせて点滅する姿に夢が膨らんだことだろう。


 だが、僕は思う。あまりにも完璧な美の姿だ。そして、ここには一人一人の個性が全体の美に埋め込まれ過ぎている。それは、「今村育子」が菩薩になって、その手のひらで子供が戯れているように見える。確かに子供という存在は大人の手のひらに、かなりの部分が重なっているだろう。それは仕方がないし、当然だ。

 だが思う。あまりに「今村育子」は自身の美学の指揮者になり過ぎたようだ。
 彼女の美学を安直に言えば「存在のチラリズム」だろ思う。男の好む「セクシャルなチラリズム」とは全然違う。「そこに何かがあるはずなのに、本当に存在するのだろうか?見るのは怖くない。見たいのだが見えない!」
 今展の光と闇の狭間(はざま)のギラギラさを子供達は「夢の一こま」として見たかもしれない。だが、作家は子供の夢以上に「存在」という見果てぬ夢に思いをはせているかもしれない。

 これは間違いなく素晴らしい作品だと思う。
 だが、初めから子供達は作家の指導範囲内の存在に終始しているのが僕には課題だと思う。提案者の「今村育子」が困るかもしれない種を子供達に投げかけて欲しい。それが、作品の完璧性を壊しても構わないではないか。作家は「完璧なチラリズム」を求めすぎている。それはまさしく自己撞着なはずなのに、子供ワールドでは完璧に近い状態で実現した。指揮者の下で、集団が一つに成った時の美しさではある。だが、遊びの要素が建物の可笑しさではなく、全体の美学においても顕れてもいいのではなかろうか。それが子供の本来の作品だと思う。そして、遊びとは不完全で壊れることを喜ぶものだ。

 彼女のチラリズムは他者との関係性でその妖しさを発揮させるところがある。子供にその妖しきパートナーになってもらいたいものだ。


 高橋キヨシ君が遅い最後の知らせをしてくれた。酔いの中で、今村育子の光と闇のチラリズムにいささか興奮してしまった。最終地下鉄の時間が近い。久しぶりに会う高橋君に、「もっとしっかりしてくれい」とエールを送って、チラリズムを後にした。
 

by sakaidoori | 2010-01-13 01:25 | CAI02(昭和ビル) | Trackback | Comments(0)