栄通記

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2008年 12月 23日

861) シカク 「今泉東子・個展 『海を探した日』&道展作品」 終了・12月12日(金)~12月21日(日)

○ 今泉東子・個展
    『海を探した日』

 会場:プラハ2+ディープサッポロ・2F ギャラリー・シカク
     中央区南11条西13丁目2-12
     (東南角地の2階建て民家)
 会期:2008年12月12日(金)~12月21日(日)
 時間:12:00~19:00
ーーーーーーーーーーーーーー(10・30、12・15)


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  ↑:2008年道展出品作品、「tomorrow」。

 今泉東子は海を描く。風景として心象として描く。

 どうして海を描くのだろう?海が好きだから。
 なぜ好きなのだろう?
 もし海でなければ、何を描くのだろう?
 彼女は他に好きな者は無いのだろうか?
 山、川、建物・・・好きな物は沢山あるだろう。
 なぜ他のものを描かないのだろう?

 今は確かに海を描いている。絵を描くことと海を描くことが一体化している。有り余る情報の中で、脇目を振らずに海を描いている。なんという情緒の安定さ。それは強情な気質の反映かもしれない?他を見る余裕の無さなかもしれない?


 上に掲載した作品は今年の道展入選作です。非常にリアルです。海をピンクに描くことの多い学生が海らしい色で写実的に描いています。奇をてらった大仰な表現は無く、海の大きなうねり、躍動感・存在感をリアルに表現しています。余りに素直な自然との対話に驚いてしまった。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 プラハ2+dという美術施設の2階にシカク・ギャラリーがあります。8畳?の真四角な部屋です。最近は仲間の個展を連続して開いている。間違いなく間断なく開いているのです。訪問者は少ないし、身内意識が強いから一般への広がりは期待できないでしょう。それでも発表者にとっては将来のためには大事な場です。
 今回は今泉東子さんも在廊していて、場所の紹介が出来ます。何かの用事でこの辺に立ち寄る機会があったら、顔を向けて下さい。


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     ↑:入り口傍の廊下に飾られいる作品。「何処にでもあるような」。
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     ↑:一面。
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     ↑:一面と二面。
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     ↑:三面と四面。左から、「これから」、「たいせつなひと」

 小品ばかりです。彼女は来春に教育大学の研究院を終えるので、大作はその卒業展?に出品するのでしょう。道展と卒展の間隙に小品制作で気持ちを高めているのでしょう。そういう意味ではとりたてて注目すべき作品ではないのですが、彼女が海に取り組む姿勢に個人的に強い関心があるので、シカクの紹介と同時に記録しておきたいと思います。

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 ↑:左から、「海を探した日」、「まだ少しだけ」。



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     ↑:左から、「仲直りしよう」、「何処にでもあるような」。


 タイトルを読めば分かるように、全ての絵は擬人化された心象と理解して構わないでしょう。少し少女的感覚が強すぎるとは思いますが、これが絵に込めた画家の正直な気持ちなのでしょう。同時に仮の言葉でもあると思う。

 この人が今後どう変化、深化していくのか?5年、10年、20年という間隔で見ていきたいがそれは不可能です。
 画家の気持ちは心象でしょうが、海には画家の思い以上のものがある。それが画家の意志を超えて表現される時に、海そのものの存在がぱっくりと目の当たりにすることができるかもしれない。

 海。今泉・海を越えた海を今泉・海に見てみたい。

 

by sakaidoori | 2008-12-23 23:41 | (シカク)


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