栄通記

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2008年 09月 17日

762) 時計台 「川畑盛邦・展」 9月8日(月)~9月13日(土)

○ 川畑盛邦・展

 会場:札幌時計台ギャラリー 
    中央区北1条西3丁目・札幌時計台文化会館
    (中通り南向き)
    電話(011)241ー1831
 会期:2008年9月8日(月)~9月13日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)
ーーーーーーーーーーーーーーーー(9・13)

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 一昨年に続いての個展です。
 画題はイメージの濃厚な風景にデフォルメされた人物画です。今展の大きな特徴はコラージュにあると思います。

 厳密にいつからコラージュを始めたかは知らない。
 5年ほど前にドラールで氏の企画個展が開催された。川畑風の人物群像のの中で、小品のコラージュ作品があった。御自身のやや苦虫をかんだような顔が貼り付けてあった。苦虫顔だが、肩の荷を降ろしたようなくだけた作品でもあった。

 その作品の二つの要素が今展に大きく姿を現したと思う。

 一つは、これが大事なのだが、自分自身の表現のつっかえ棒の様なものから自由になったのでは。「楽しく絵を描く」と言えば誤解を生むが、「~せねばならない」という美術の約束事にそよ風が走ったのではないだろうか。より自己の内発的なものに耳を傾ける、信じるという方向だ。

 一つは、コラージュの素材である「物」そのものを見つめるということだ。
 ご自身が説明していたが、「何かを表現したくて物を集めるのではなくて、その物に触発されて絵が立ち上がっていく」とのことだ。

 だが川畑絵画の場合、コラージュは「絵という創作」の大事な足跡ではあっても、絵そのものではない。心を開いた川畑絵画はどこに行こうとしているのだろう?
 氏の絵画は「人」をどう見るかにあるだろう。人物の多くは「女性」、「自画像」であり「家族」が大きなテーマだと思う。それは個人的家族であり、社会の家族であり、人類一般の家族かもしれない。
 心象的原風景の中で、輪郭しっかりと立つ人物群。物(コラージュ)がそれらに絡みつく。
 二年後の個展、また楽しみにしよう。


 以下、個別作品を載せます。今展の主流から離れた2作品が気になりました。それを中心にします。

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 ↑:「廣嶋市の藤さん」・81×122。
 非常に激しい絵画だ。赤が眩しい。黒が深い。白が異様に主張している。それにこのタイトルだ。「廣嶋」は「広島」ではない。この色とこの写真、タイトルは見る人に「太平洋戦争ー広島ー原爆」を主張しているように思える。
 他の大作とは似ても似つかぬメッセージだ。
 画家の心は右に左にとうごめきながら、意図的主張とは裏腹に表に表れてくる。激しい川畑盛邦の世界だ。マチエールの白でなく、発色強く分厚い白にしたのが絵を飛び越えた作品になったと思う。

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 ↑:「’08-2風景」・P100。
 これまた他とは異質な激しく不思議な絵だ。
 台座の上で横たわり男女が絡んでいる姿だろうか?二人に見えるがそれ以上の群れとも見える。
 「横たわる男女の絡み」といえば、性行為を想定してもいいかもしれない。だがここには官能やそれにまつわる美はない。「人と云うものは誰かと絡まないと成り立たないのだ」という画家の哀しい声とも見れる。
 中央付近で、真横に切られた直線。絵としては危険な行為だ。決断の直線、激しく不可解な絵だ。


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 ↑:「’07-4風景」と部分図・P100。

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 ↑:「’05-5風景」・162×91。


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 ↑:左側、「風景・赤い空」・24×19。
   右側、「金の日、銀の日」・25.5×25.5。

by sakaidoori | 2008-09-17 14:33 |    (時計台)


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