栄通記

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2008年 04月 02日

584) ミヤシタ 「秋田智江展」・フレスコ画 3月26日~4月13日(日)

○ 秋田智江展
      ー境界線ー(STORYのいる場所Ⅱ)  

 会場:ギャラリーミヤシタ
    南5西20-1-38 西向き  
    電話(011)562-6977
 会期:2008年3月26日~4月13日(日)
 休み:月曜日
 時間:12:00~19:00 (最終日17:00)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー(3・28)

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 フレスコ画による個展。

 始めに小さなサイコロのような作品が並んでいる。正面から見て、横から下から上から、動きながら見ていく。
 秋田智江は「大人の絵本」のように物語を綴っていく。言葉の無い絵本。絵とは不思議なもので、画家の気持ちを離れて、こちらが勝手に物語を作っていく。おそらく、画家固有の線、色その組み合わせが統一的なイメージを作り、見るほうの気持ちにすりかえられて自己増殖していくのだろう。


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 立体絵画が、その描かれた面積以上に、童画的雰囲気以上に現実感があり、見るほうに物語の「スイッチ」を入れる。秋田・絵画への感情移入の役割をサイコロ作品がしていると思う。後は「物語」として焼きついた心が、情動的気分の流れで見ていくだけだ。秋田智江の境界に対する思いを垣間見ながら。


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 次にあるのが、静かな、ピンクの美しく閉じ込められた世界。宝物だろうか?次に心の平等心(安心感)の反映のような円環運動。


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 展示は一転して激しいタッチの絵に引き継がれる。美しい四角や円のハザマの境界は、色と色のせめぎ合いとして境界を明瞭に浮き立たせる。静かな「物語」だけでは満足できない、表現的画家を見る思いだ。黒がきつい。


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 展示は破調気味に同じ顔のサイコロ作品が並ぶ。展示自体は起承転結的な展示なのだが、ミヤシタという箱空間は押入れのような場があって、画家はまさしく押入れ的に全体の流れを切る形で、顔顔顔で見る人を驚かせる。秋田さんと言う人は、自分の中で咀嚼できない要素をたくさん溜め込んで、それを整合しきれずに、ポーンと晒すところがあるようだ。今回は成功したのだろうか?顔全体が強い一体感があるから、全展示空間の中では良性の腫瘍のようにお邪魔虫的存在になっている。秋田智江の可能性の一端として見れば良いのだろう。


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 最後は物語を終わらせるように象徴的な具象絵画を並べている。

 
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 個々の作品にはタイトルはついていませんが、作家の明確な位置づけがなされています。展示の初めに総合キャプションがあります。

「   境界線  STORYのいる場所Ⅱ
 プロローグ 
  オオカミの耳はよく聞こえ、私の声を拾うだろう。
  そして次の日やってきて、それで私を脅かすだろう。

目次
ささやかな森 オオカミの耳 羞恥心 ドライクリーニング JARDIN・庭 
ロゴスと良心 境界線    (本の目次らしくページ数が付いていますが省略しました。) 」

 目次の作品にそれぞれの該当作品があります。ありますが、順番に並んではいないので相等にしっかり見ないとどれがそれだか分かりません。画家と会話をしながら、タイトルと作品の関係を楽しんだ方がいいのでしょう。僕はあまりタイトルは気にしないで見て行きました。
 展示は絵の大きさ、色や絵自体の流れで構成されています。見る人は、少し小難しいタイトルとの関係で見るよりも、絵自体の流れを勝手に物語りにして見たほうが楽しいのではないでしょうか。そして結果として「この人は何か境界を見せたいのだろうな」と思ったほうが画家の心に迫れるような気がします。

by sakaidoori | 2008-04-02 22:06 | ミヤシタ | Trackback | Comments(0)
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