栄通記

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2008年 03月 26日

573)ADPギャラリー ②「小樽商科大学写真部三月展」 終了・3月16日(日)~3月23日(日)

○ 小樽商科大学写真部 三月展
    『お前は今までに食べたいパンの枚数を覚えているか』 

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 (①の続き)

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 ↑:青野未央
 今展出品女性は2名。出品を見合わせた学生の作品ファイルもあった。共通しているのは、モノクロ、全体がやや暗め、イメージや心象に流れすぎないでビシッと撮っている、そしてそれぞれの心象のすかし見える「美」の表現ということだろうか。どれも平均的に綺麗で質の高さを保っている。キチッとしている。し過ぎるきらいもある。

 青野さんは一見いろいろな被写体を撮っている。だが、全ては同じ心根だろう。一つのことを撮っているのだ。対称そのものと直に向き合って、見詰めて、自分の心象(願望)を対象の魅力の中に包んで撮っているようだ。
 空に向かって光の中に立ちつくす一本の木の姿勢のいとおしさ、筒状のアーケードに包まれたまろやかな空間の魅力、水面を覆う勢いの桜の艶やかさ、鴨を撮り見る側の人の方向性と、撮られ見られ側の鴨の方向性の接点への視準、・・・。
 素直な綺麗な写真だ。写真に構成や加工的要素が無いだけに、青野さん自身がうつろいだ時に、この姿勢が貫けるのかどうか、写真が変わっていくのかどうか・・・。

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 ↑:佐藤弘庸
 佐藤君は「人物」を象徴的に撮る。公園の遊具道具、家だけ、足だけ、(下の真ん中の写真は露出過多で分かりにくいが)横に置かれた木の幹がベンチに見えたりと。佐々木君の絵画性とは違って、文学的象徴的アプローチだ。一方でたった6枚の作品なのに強烈な作品を並べた。上の写真と、露出過多のベンチの作品だ。僕には全体の象徴性と、これ等の作品のインパクトは馴染まなく見える。佐藤君は「人物」との関係を被写体の象徴性という知的操作でアプローチする。そのことが我慢・自己抑制になり、テンションがはじけて佐藤君自身が中に入り込んだような象徴的写真を撮ってしまった。
 いっそのこと、物語的展示を廃してバリバリのピンポイント作品の展示にしたほうが良いのでは。それで一貫性に破綻をきたしても良いと思う。岩村君のように淡々と被写体に迫れない体質の人ではないだろうか。

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 ↑:川本結衣
 バライタ印画紙ー見慣れた印画紙がコーティングされて光沢しているのとは違って、光を吸収し白や黒の色調豊かな仕上がりになっている(いろいろと勉強させられます)ーを使い黒味を強調した色調美、3枚組・2枚組という展示構成美、一点を見詰める視野狭窄的美。
 見えるものだけを暗がりから強調している。キリンやイヌやネコやハトなどが多い。キュッと引き締まった作品にしては、普通の動物をかっこ良く撮っている。写真技術の高さと撮影者の心持のギャップを感じてしまった。心象を普通のスナップ写真に託すのではなくて、高い写真技術と美的センスで被っている感じだ。僕の好みとしては、ここから突っ込んだ写真表現をして欲しい。

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 ↑:川本さんの一番上の写真から。川本さんは子供や動物が好きなようだ。その子供の落書き、「人、信じるなかれ」。


 本当に学生らしい写真でした。長い、お喋りお許しを。また作品に会えるのを楽しみにしています。

by sakaidoori | 2008-03-26 14:34 | ADP | Trackback | Comments(4)
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Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2013-03-16 23:43 x
学生らしい真摯な姿勢ありますね。清清しいです・・・
Commented by sakaidoori at 2013-03-18 10:04
樽商の三月展ですね。本当にそう思います。

来週、同じ会場で今年も開かれます。楽しみです。報告できると思います。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2013-03-18 20:17 x
学生のエネルギーが高まると活発になりますね。
Commented by sakaidoori at 2013-03-20 19:26
 本当にそう思います。
 学生展は、札幌は全国と比較しても多い方ではないでしょうか。彼らにとっては良い環境と思っています。安いギャラリーもある、話を持っていけば無料で開いてくれる飲食系のギャラリーもある。学校側も何かと構内、学外と発表する機会を設けています。

 が、イマイチ学生展も盛り上がりに欠ける。なぜでしょう?学生の問題だ、と言ってしまえばそれはそうです。
 思うに、学校関係者が「発表するとはどういうことか!」という根本問題を不問にしています。そして、学生の個展なり有志展を学校関係者が積極的に見に行って、指導ではなく、活きた教材としてその展覧会を議論しているのでしょうか?

 時々、展覧会参加学生から「時間がない」という言葉を聞きます。学生時代に時間がないならば、いつになったら時間は生まれるのでしょう?そういう気持ちでは高いエネルギーは出てこないでしょう。


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