栄通記

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2008年 03月 20日

564)テンポラリー 「後藤和子展 『青焔sei-en』」  終了・7月3日~7月15日(日)

○ 後藤和子展
     「青焔sei-en」

 会場:テンポラリー スペース
     北16西5 北大斜め通り・西向き 隣はテーラー岩澤
     電話(011)737-5503
 会期:2007年7月3日~7月15日(日)
 時間:11:00~19:00
ーーーーーーーーーーーーーーーー(7・4)

 先日、ポルトで「FROM PIECES TO A PIECE(後藤&齋藤・2人展)」が開かれていました。後藤和子さんの記事を書こうと思います。彼女は昨年、上記の日程で個展をされました。その折、記事にするつもりでしたが僕の怠慢で報告せずになってしまいました。ポルト展の参考にもなると思うので、先に写真紹介をしておきます。

~~~~~~~~~

 写真撮影は午後二時ごろ。7月の明るい光が部屋を覆っていた。
 いまこうして当時の作品を写真で見ると、作品がおとなしく部屋にたたずんでいる感じだが、展示会の雰囲気はそうではなかった。部屋中に青や緑が溢れ、それらの色の隙間から七色の色が輝いて見えた。青といえば「水」だし「川の流れ」を連想してもよいのだが、僕には木々が大地から水をすくい取り、樹幹を流れる水の姿(力)に思えた。一番上の写真が一階に展示されている大作だ。まるで、床の下に根を張り、幹が天高く舞い踊る樹木の節くれだった一部でしかない。幹回りはどれくらいあるというのか?そして2階には透き通るような青の世界の作品達。森の妖精が大樹の生命力を讃えているような美しさなのだ。
 おそらくこの青色は自然界の全ての色を集約したものだろう。ゴッホ的な主観的情動の爆発と見るか、モネのように光と色による近代的自然観の視覚化と見るか、ゴーギャンのように見果てぬ夢としての理想としての「自然美」として見るか・・・色の力を前提にした画欲と自然(宇宙)観の統一を僕は見る。

 いずれにせよ、後藤女史は作品を光そのものの中に置かれて見られることを欲している。作品の背景が支持体になって、絵画を広い空間の一部として、その一部が全体を照り輝かせるものとして意識しているのは間違いない。

 テンポラリー、狭いが西日をまともに受け、教会のように上部からも光が入り作品を照り輝かせる。何度も開く場所ではないかも知れない。場所の持つ制約が強いからだ。だが、後藤・青(青焔)が更に燃え上がる時、あるいは静謐になる時に再び見れるかもしれない。


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 ↑:以上、1階。

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 ↑:以上、2階。最下段は部分図。光に当たってとても綺麗だった。

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by sakaidoori | 2008-03-20 23:37 | テンポラリー | Trackback | Comments(0)
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