栄通記

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2008年 01月 28日

501) スナップ写真ー白石神社・他 1月28日・月

 今日は1日中除雪。午前中は頼まれ仕事で、午後はその勢いで家の周りを。
 夕方、白石神社に散歩に行く。元旦にも行ったが、凄い人だかりだった。結局並ぶのを止めて、脇のほうから参拝して帰ってきた。誰もいない境内を見たくなった。

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 白石神社の境内は狭い。道路に接した大きな鳥居をくぐると、目と鼻の先に礼拝所を見ることになる。自動車の騒音も気になって、あまり情緒はない。境内から階段を降りると、池をぐるりと配した水天宮のような神域がある。こちらの方が雰囲気を楽しめる。湧き水も有り、神水として持ち帰っているようだ。

 建物の脇に、今年度の厄年祓及び長寿祝いの案内板があった。
 年齢は数え年表記である。それによると還暦は数えの61歳である。満年齢に直すと60歳。何か腑に落ちない気分で、他の祝い年を読む。傘寿は数えで80歳だ。満年齢では79歳に相当する。違和感の原因がわかった。
 今や「数え年」とは死後に近いかも知れない。知らない青年もいるだろう。僕自身小さい時から「満年齢表記が分かりやすいし、数え年など何の意味があるのだろう?」と思っていた。
 数え年とは、生まれた段階で1歳になり、年が変わると2歳になるという意味だ。だから、満年齢とは常に1歳のギャップがあり、時には2歳の差が生じる。個人にスポットを当てると非常に不合理な面がある。ところが、集団にスポットを当てるとこの数え方は非常に合理的なのだ。
 例えば、僕は昭和27年の辰年生まれだ。まだ満年齢では55歳、数えで5657歳だ。そして5657歳と言えば必然的に昭和27年と分かるのだ。いわゆる同期組が一目りょう然なのだ。学制は4月を始まりにしているから、数え表記でも混乱をきたしている。しかし、その昔は1月1日が人生の数え方の基準だったのだろう。勿論、陰暦である。

 僕は作家の年齢表記を便宜上「作品発表の年ー誕生年」で計算している。実は「数え年ー1」と言ったほうが早い。作家の誕生日が分からなくても年齢表記可能なのだ。数え年表記をしたいが、現在では生活感覚からかなり離れている。それで、満年齢的な表記なのだが、考え方は数え年感覚だ。

 還暦は流布されているように60歳だが、満年齢に相当しているから問題ない。喜寿は76歳(77歳)、傘寿は79歳(80歳)、米寿は87歳(88歳)、白寿は98歳(99歳)が普段使っている満年齢感覚だ。カッコ内が正式な数え年表記による年齢。
 はてさて、喜寿まであと20年。数字をもてあそんではみたものの、喜寿とは現実離れした年齢である。明日の心配をすることにしよう。


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 軽油が133円、ここのスタンドは少し高いようだ。それにしても油代の高さには困ったものだ。

 日没は16時42分。札幌の積雪は89cm。

by sakaidoori | 2008-01-28 23:44 | ◎ 風景


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