栄通記

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2007年 12月 29日

449) ③法邑 「オペラ・展 Vol.2」・複合展 終了・10月31日(水)~11月11日(日)

友岡幸代、「じかんのとなり」。
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 上の写真が今展の全作品だ。全て横長で、上の方から、左に進行しながら見るわけだ。もっとも、順番としては反対側から見る人もいることだし、どちらが作家の意図を反映したものかは分からない。

 昨年彼女の作品を初めて見た。その時のことを日記に書いていたので再掲。
「 風景の写真が気に入りました。タイトルは『境(かい)』。石狩川の川岸だそうです。そこを通るとなぜかしらシャッターを押すのだそうです。数多く摂った中から時期を違えた2枚をダブらせて出来た作品。
 ワーク・ブックもあったので他の作品もかなり見ることができました。強い視点であまり枠に捉われないでいろいろ撮っています。意欲、積極性に好感の持てる作家です」

 やはり、その時のワーク・ブックが気になっていた。被写体がランダムなのだ。今回はそういう友岡さんの引き出しの中から、どういう傾向の写真を展示するのか確認したかった。
 見た瞬間に、そのランダムさを展示構成という手法で一まとめにしているのに驚いた。個人的に好きな作品はあるのだが、今展は全体の作家の意思を掴み取らねば話にならない。ヒントはタイトルの「じかんのとなり」、時間軸との関係で作品が存在し、時間とは異質な何かを表現しようとしたもの、ということになるだろう。
 連続した展示を見る時、人は何がしかの感情移入が働いてまとまった物語として作家に誘導される。それが、少し臭いラブ・ストーリーとしての完全な物語の場合や、起承転結の流れ、間を置かせずに畳み掛けるような躍動感の連続などなど・・・。感情溢れる作品群であっても、どのような場合でも知的構成である。ただ、作家のこれ見よがしの「知」や「知性」は顕わにしようとはしない。だが、何と今展は友岡主張を前提にした知的構成だろう。作家が「じかんのとなり」に何を表現しようとしているのかは分からない。むしろ、作家の強い意志に圧倒されて面食らってしまった。
 「『じかんのとなりに』などということは、ただ茫洋としていてはつかみとれないのだ。アプローチは感覚的であっても、そこに気付き表現しようとしたならば、グイグイと覗き込む勇気と意欲が必要なのだ。知による構築が大事なのだ」

 作品そのものについては語れなかった。今回は友岡・知に迫ることができた。次回の楽しみにしておこう。拙い僕の写真がその時の役に立つだろう。
 (2006・11・25、2007・11・9)

by sakaidoori | 2007-12-29 13:17 | (茶廊)法邑 | Trackback | Comments(0)
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