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栄通記

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2007年 10月 29日

378)  短歌 菱川善夫選「物のある歌」-15・10月14日

 短歌 菱川善夫選「物のある歌」
 (北海道新聞2007年10月14日朝刊、日曜文芸・P31より)

・憂愁と殺戮の都市ふきぬける風になびかぬ逆髪われは(冒頭歌)
・四面虫歌わがもろともに声たてて秋のかぎりを啼き渡らなむ
・北風に真向かふ道に狂気して駆り立てらるる思想を持たず

   前川 節子。
  「揮発逆髪(2007年、砂小屋書房)」。1949年東京生まれ。鎌倉市在住。

 寒々とした歌だ。流れに掉さしてでも自己の信じる道を歩もうというのか。しかも、「思想を持たず」と言い放っている。反逆精神の強い人だ。

 ところで、「四面虫歌」は菱川さんも指摘しているように、「四面楚歌」の故事をもじっているのであろう。孤立無縁な中に哀愁をそそる言葉だ。果たしてこの言葉は「狂気して」、「思想をもたず」と呼応しているのか?


 楚王・項羽が漢の高祖・劉邦と垓下で闘った。最後の闘いである。項羽の耳に故郷の楚の歌が四方八方から聞こえる。自軍からではない。取り囲っている敵軍からだ。「あー、何と多くの部下達が捕虜になったことか」と嘆き、彼の戦闘精神は萎えていった。もちろんこれは漢軍の陽動作戦である。まんまと項羽ははまったわけだが、それほど形勢は傾いていたのだ。その時に名馬・騅と愛妾・虞を伴っての詩が垓下(がいか)の歌。誇り高くとも、女々しい詩だ。

「七言古詩」
垓下歌  項籍

378)  短歌 菱川善夫選「物のある歌」-15・10月14日_f0126829_18494259.jpg力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何

「(私流の)書き下し文」
垓下の歌  項籍(こうせき)

力、山を抜き、気は世を蓋う
時に利あらず、騅逝(ゆ)かず
騅の逝(ゆ)かざる、奈何(いかに)すべき
虞(ぐ)や虞や若(なんじ)を奈何(いかに)せん

(俺の力は最強だ。意思はすべてを覆い支配している。だが、天命は俺から離れた。名馬・騅は動こうとはしない。我が手足である騅が動かずして、俺に何が出来るというのか。いとしい虞よ!許せ、お前をどうすることも出来ない。・・一緒に死んでくれるか)

 その後、闘い敗れて落ち逃れた渡し場で、渡し守に捲土重来を説かれる。多くの若い楚人を死なせた責を述べ、項羽は自害する。

 僕にはこういう流れの「四面楚歌」を置き換えた「四面虫歌」に作者のヒロイズム的甘さ・弱さを感じる。却って、人間臭さがあって信を置きたいが、歌としては徹底不足だと思う。文学の比喩を使う危険性がある。

by sakaidoori | 2007-10-29 18:39 | ◎ 短歌・詩・文芸


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