
(樋口雅山房 「2007年秋・平成19年9月号」より全文掲載)
私事であるが八月三日、老父一郎が亡くなった。享年百四歳であった。東京の兄や、当地の姉や妻に任せて私は字ばかり書いていた。私は父の四十歳の時の子で、書の遺伝も私が最も継いだかもしれない。だがアバウトな性格も似ていると母似の姉は私を責める。仕方ない。
この一年、雅山房書道塾々生が増えて、金曜に水曜教室を加えた。奮張らねばと思う。七月家の前に大きなそば屋が出来た。そこの大看板に『蕎傳(そばでん)』と書かされた。9月十八日から北の墨人展である。
「字と書」
文字生活に筆を失ってゆく世に今日の我々の字と書がある。しかし、かろじてペンなどの硬筆が現代までの文字生活を支えてきた。高村光太郎や会津八一などのペン字はさすがである。
しかし富岡鉄斎は毛筆に徹して文字を書いている。特に古法を古典に学んでいないが近代書人にない古法を表現の底に蔵している。不易の力を蔵している。鉄斎を尊んだ小川芉銭の書には既にうすい。個性という流行相がつよい。毛筆に徹した鉄斎に学ぶべきものが大きい。不易流行をひとつにした表現が次代の「書」に深くもとめられていると思う。
樋口雅山房
初めて雅山房から通信を頂いた。通し番号は付いていないが、既に何号か出されていて、不定期発行のようである。近況と書に対する思いを綴っている。本人のHPにも出ていないので、紹介します。
掲載した写真は来年の年賀状の予約も兼ねている。興味のある方は「伊東屋、東急ハンズ、札幌セントラル、他」に問い合わせてください。
参考サイト⇒
樋口雅山房「書 syo art」