栄通記

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2007年 09月 22日

321)  短歌 菱川善夫選「物のある歌」-11・9月16日

 短歌 菱川善夫選「物のある歌」
 (北海道新聞2007年9月16日朝刊、日曜文芸・P24より)


・秋の蝶つばさ重たく過ぎしのち湯気のようなる空気のこれり(冒頭歌)
・特急の電車ぐわんとすぎるとき頭の中でワニが口開(あ)く
・建物の隙間に見える夜の空わたしのからだ垂直に飛ぶ

  小島 なお
 「乱反射」(2007年、角川書店)。1986年東京都生まれ。青山学院大学在学。


 今回は評者・菱川さんの言葉が面白い。
 面白いというのは解釈が凄いとか、短歌はこうやって読むのかという意味ではない。書き出しはこうだ。「一点、わかりにくいところがあるため、かえって心ひかれる作品というのがある」。幾多のわかりにくい古今東西の短歌・文芸を力技で迫っていく菱川評論において、わかりにくさを「わかりにくい」と言語化することは自身への裏切り行為以外のなにものでもない。なのに、敢えて冒頭に先ほどの文章がある。読者への誘いという意味もあろう。おもねりと言ってもいいかもしれない。何故なら、解釈上のわかりにくさ、戸惑いなどそれほどある短歌とも思えない。何がわかりにくいのか。作品から醸し出される若さ、若き女性への、女心への見果てぬ夢を見ているのだ。それはきらめくエロスへの願望と言ってもいいかもしれない。男にとって、そもそも女性というのは分かりにくい存在なのだ。ましてや、二十歳にも満たないその言葉に、意味を超えた官能を菱川さんは感じととり、「あー、女とはわかりにくいものだなー。しかも、この不定形な若さ、言葉という縄で縛るには何かが逃げていきそうだ」。最後に菱川さんはこう言っている。「いずれも高校時代の作品。大学生になったとき、この未知数が、既知数に変わるのはなぜだろう」。何て正直な言葉だろう。人生の大先輩である菱川さんにとって、既知なるものは魅力がないと言っているのだ。可能性を秘めた幼さが残る少女に夢を見ているのだ。老いても盛んな「夢追い人・菱川善雄」である。


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by sakaidoori | 2007-09-22 10:13 | ◎ 短歌・詩・文芸


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