短歌 菱川善夫選「物のある歌」
(北海道新聞2007年8月5日朝刊、日曜文芸(P24)より)
○ 黒き自動車より降り立ちし黒衣の女亭主を殺し来し貌を見す(冒頭歌)
○ 地下鉄の入り口に吸ひ込まれたる人数は総て確(しか)と戻るや
○ 瓶覗(かめのぞき)とふ彩有りおそらく抱ききし己(おの)が無能の顔色ならむ
米満 英男
「游以遊心」(2007年、短歌研究社)。1928年大阪生まれ。宝塚市在住。
直裁にグイグイと押してくる歌群だ。現代文明の利器である自動車を女殺し屋の足に、地下鉄を還らざる人の黄泉への足にしている。さて、作家自身はというと瓶覗(かめのぞき)という、初耳の言葉で粋な姿を現す。米満さんは80歳に近い。老いの目で現代を見定めようとしているみたいだ。
ところで、冒頭歌は
「黒き自動車 より降り立ちし 黒衣の女。亭主を殺し 来し貌を見す」
と区切るとと思うのです。ところが「女亭主」という活字が目に飛び込んで、どうしても一つの言葉として解釈したくなるのです。つまり、
「黒き自動車 より降り立ちし 黒衣の 女亭主を 殺し来し貌を見す」
ー黒い自動車よりさっそうと降り立つ黒衣の死者の女王のような女房。その恐ろしい女房を誰かが殺した。その顔を見た。と解釈したのです。亭主殺しの歌を女房殺しの歌に間違えて詠んだのでした。

挿絵が添えられています。「月影」椎名澄子さん。あの椎名さんでしょうか。テラコッタに着色して、リアルな樹や風に耳を向ける小さな人物像を制作している人でしょうか。立体作家がデッサン風な作品で新聞に登場するのも良いですね。