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栄通記

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2007年 08月 01日

276) ②アートスペース201 「FIVE ENERGYー野口裕司」・インスタレーション~8月7日(火)

○ FIVE ENERGYー野口裕司君の場合。

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 「皮膚の人・野口裕司」

 1968年、札幌生まれ。1993年、教育大学札幌校日本画研究室卒業。

 会場入り口に今展の挨拶文があった。文意は「美術は見た目の印象から出発する。その見た目の表(表層)から、見えない内側(内奥)を垣間見せることを課題にしている」ということだと思う。

 野口裕司、まさに彼の作品は皮膚そのものを見せる作家だ。企画者の意そのものの人選である。コの字形に組んだ皮膚に映像装置を当てて内側を見せようとしている。同時に、皮膚そのものを外側から見れる照明装置の役割もしている。映像は4時間の風景のようなものらしいが、見る側には照明として目に入る。長くいれば作品(皮膚)と壁がスクリーンとして立ち現れるのを見れるかもしれない。皮膚の内と外を明るみに出し、生物にとって大事な外の世界を映し出す。壁に「日本画」が二点ある。皮膚作品を見守るようにたたずんでいる。作家の説明に依れば「男」と「女」であり、「男根」と「女性器」である。

 野口君は皮膚にこだわる。
それは内側を見せるための方便でも装置でもない。皮膚そのものに埋め込まれたエネルギーにこだわっているのだ。生命体を生命維持装置として成り立たせているのは、外界と峻別する皮膚の誕生によって成立したとも言い得る。自分の占有領域を確定させ、外界の情報の受容装置になり、排除と抱擁(取り込み)を可能にさせるのだ。野口君は作品を作ることによって、自分自身の皮膚感覚を確認している。同時に、見る人の同じ人間性に放り出すことによって、「オレの世界」を拡げようとしている。

 今年の冬に時計台で作品を見た。作品も作家自身も多くを語っていた。社会性も訴えていて饒舌な空間であった。その展覧会が足し算と言い得るならば、今展は引き算である。僕は彼の足し算も引き算も好ましく思っている。今展は「引き算」であり、「暗」であり、「非社会的」でもある。螺旋階段のように足し算、引き算、明、暗、社会性、非社会性の間を行きつ戻りつ高みに登って行くのだろう。野口・皮膚は美の女神を抱くことが出来るだろうか?

栄通記関連記事:12)時計台「野口裕司展」

by sakaidoori | 2007-08-01 11:58 | アートスペース201


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