北海道新聞2007年7月29日朝刊、日曜文芸(P17)より
○渚とは妻との間(あい)にあるようなないような夏草が匂える
○その男たやすくものをいいながらときおり笑う暑い暑い午後
○明確に語ってしまう恥ずかしさ知らないんだろうおだやかだもの
○家族には告げないことも濃緑(こみどり)のあじさいの葉の固さのごとし
吉野 裕之「ざわめく卵」(2007年、砂子屋書房)。1961年神奈川県生まれ、横浜在住。
男と女の間には深い溝があると誰かが歌った。作家は溝ではなく、渚を見ている。そこに妻の匂いも味わっている。家族に告げない自己の秘所に、色なす植物を譬えている。個と個の隙間(断絶)を文学的・美術的技で埋める作家、優しく見るか牙を感じるかは読み手によって変わるだろう。