栄通記

sakaidoori.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2007年 07月 25日

270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで

○ 船山奈月(木工)・沼田彩子(油彩)二人展
     「steam 木の器と油彩画の展覧会」

 会場:中央区旭ヶ丘2丁目3-38
     門馬 ANNEX・バス停旭ヶ丘高校前近く 
     電話(562)1055
 会期:2007年7月23日(月)~8月1日(水)
 時間:11:00~19:00

270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_1232553.jpg


270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_124476.jpg270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_1261295.jpg











270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_1211250.jpg
270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12115847.jpg270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12125610.jpg











270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12154029.jpg


 船山奈月さんのこと。
 彼女は先生になりたくて教育大学に入学されたとのこと。それが木の世界に魅入られて、結局は志とは違う社会人の道を歩むことになった。木のどこに魅入られたのか?まだ学生のあどけなさが残る顔で、掌を上にした右手を左から右にウエーブ気味に引いた。心もとない仕草だが、体の喜びが伝わってくる。木の凹んだ世界が好きだと言う。自分で彫って、削って凹みの世界をラインとして仕上げていくのに魅入られたのだろう。今展は非実用的な中品の飾り物ばかりだ。大半が中が凹んだ作品だ。(僕はこの凹んだ空間表現そのものに興味があるのだ。器の場合は窪みそのものと彫り具合、包みこむ表面の形、手触り感に興味を持っている。お椀を手に乗せた時の収まり具合、すっぽり感が小宇宙にも見えるし、赤子が離さない乳房と一つになったようにも思える。)船山さんは外側は機械で削って滑らかにしている。内側は削る道具ややり方を、作品によって変えている。

 50cmほどの器がある。中の凹みラインは微妙な変化をつけ、小さな鑿で丹念に優しく彫り上げている。木目が細く幾重にも綾なし、鑿跡が線の空間を細胞のように密集している。僕はビッキの船を芸森で見た。ビッキ氏のあの風体に反して、均一の鑿跡が細胞形をして全面を蔽っていた。あまりにも美しく、生命体の一個一個を思い、手で何度も何度も触れぬ程度に触った。船山鑿痕はより小さく浅くたよたよしく収まっている。器の外形の木目も見がいがある。下から覗き込んでいると、船山さんも覗き込み、自分の作品なのに、「綺麗ですね」とつぶやく。

 木の種類と彫りの関係で、表面がピカピカ輝いているのもある。何かを塗ったように見えるが外光による陰影が色を浮き立たせているようだ。
 口のあたる部分装飾以上に薄くしているものもある。おそらく、彫ることによる薄さに挑戦したのだろう。
 首の長い花瓶のような作品もある。唯一の凹みのない作品。全体を小刀で削って、切り口が面になっている。細い首に作家の意匠を思う。極力細く長くして、何かが下から上に向かって伸び進んでいこうとしている。何かを「心」と読めば、「求めて止むことも無く上昇する思い」なのだろう。下のほうが割れて何かを入れれるようになっている。この空間が凹みなのかもしれない。最後に置かれた一品、緑を背にして鶴が上向きで鳴いているような姿。中が空洞とは象徴的である。

270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12171418.jpg270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_1218295.jpg











270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12193021.jpg
270) 門馬 「二人展(船山奈月・沼田彩子)」 7月23日~8月1日まで_f0126829_12202692.jpg


 船山さんの紹介で終わりそうです。
 油彩の沼田彩子さんです。(短くなりますが、すいません。)
 船山さんの説明から。彼女は人間の体を描くこと、体から溢れるエネルギーに興味があるとのことです。
 学生時代とそれほどの変化はありません。以前に、ダブって顔を何重にも描いて、青春の悩みのようなテーマを絵を見たことがあります。人の顔に強い興味を持っているという印象でした。今展は体を画面からあぶりだそうとしているようです。どこかユーモアが感じられます。絵に距離を置き始めた感じです。

 

by sakaidoori | 2007-07-25 12:25 | 門馬・ANNEX


<< お詫びと訂正      269) ミヤシタ 「七里知子... >>