栄通記

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2007年 07月 19日

264) 時計台 「グループ・櫂展」 ~7月21日(土)まで

○ 第5回 グループ・櫂展

 会場:時計台ギャラリー 2階A・B室
    北1西3 札幌時計台文化会館・中通り南向き
    電話(011)241-1831
 会期:2007年7月16日(月)~7月21日(土)
 時間:10:00~18:00 (最終日17:00まで)

 参加作家:梅津薫、 田崎謙一、 福島孝寿、 川本ヤスヒロ、 斉藤嗣火、 藤井高志、 渡辺貞之 

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 ↑:藤井高志、「そこに生活があった」・F150号。

 藤井さんは3点出品しています。受付の二十歳過ぎの女性と家内は3点中、この絵が一番好きですと言っていました。どの絵も過去とその刻印のような絵です。写実性が同人中一番強くて、構図からも絵の世界に迫れそうな画風です。あまりに真っ直ぐに伸びた田んぼ用の用水路、水門の柱はビシッと真っ直ぐに中央を分かち、どこか十字風です。旗竿や布地の破れなどどことなく戦争の残骸を思わせます。左右にことさら時の断絶を感じませんが、犬は現在の象徴で過去を静に振り返っているのでしょう。他の一切が記憶の一齣なのかもしれません。
 藤井さんにとって絵に刻印すべき過去とは何なのでしょう。いつも藤井絵画の前ではたと考えることです。

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 ↑:渡辺貞之、左から「黒い羽根の天使・『処理ゴッコ』」、「黒い羽根の天使・『マイ・ホームゴッコ』」・ともに100号S。

 芝居の一齣のような絵です。いえ、渡辺さんは子供達に演劇を指導されているので、渡辺さんにとっては絵も芝居もダブりあった非日常の表現行為なのでしょう。この絵のように芝居をしている子どもたちの前で渡辺さんはじっと睨んで指導し、供に参加しているわけです。言葉を殺し、時にきつく台詞を投げつけ、身振り手振りの渡辺さんがステージの手前で奮闘しているわけです。静かな絵に反して、激しく燃える作家が画面の手前背景にいるわけです。「画中画」として見るのも楽しいものです。

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 ↑:福島孝寿、「時刻Ⅲ」・100号S。
 
 ずいぶん絵のムードが変わったものだ。裸体の女性を描くということでは同じなのですが、もっとオーバー・アクションで塗りも色合いもベタベタ・ギラギラとした感じで、チョッと疲れちゃうなーという感じで見ていました。それがどうしたのでしょう、人物は石膏のように白く抜けて表現して、背景も細かい処にはこだわらないで、大きくスポンと」目に飛び込んでくる描き方です。俄然、こちらのほうが絵の前にいても楽しくなりました。一つの実験が終わって新たな可能性の模索なのでしょうか。

 
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 ↑:梅津薫、「朝光」・100号。

 同じく梅津さんも画題は変わっていないのですが、藪の線というのかムードが優しく親しめるものになりました。以前が30歳代の絵としたら、一気に50歳代になった感じです。変わったのが良いことなのか、悪いことなのかはわかりません。おそらく同人同士で温泉宿泊しながら喧々諤々の議論になるのでしょう。僕としてはこちらのほうが抜群に好ましいです。

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 ↑:田崎謙一、「Clone Baby(群棲)」・変形2273×1455。

 胎内の畸形児が群れて何かを訴えているような絵です。当然社会批判、現代文明批判的な要素があるのでしょう。たまたま会場に居られたので2、3の質問、このクローン・シリーズは櫂展が始まってからのもの、だからまだ5年しか描いていないことになります。僕はたまたま札幌市の「第1回 窓辺展」の図録を持っているのですが、17年ぐらい前の図録ですが、そこに小品ですが田崎さんの絵があって、赤で覆われて子供の姉弟が寄り添った絵です。面白いことに、画題は全然違うのですがクローン・ベイビーの小太りさや、大きくても全体から伝わる迫力は同じなのです。資料のない4年前は何度も何度も見ていて、好きな絵だったのです。その絵の作家がこうして目の前に居られて、その図録の話しができて感激してしまいました。時期に回顧展でもしたらその絵も並べましょうとのこと、その日を楽しみにしています。

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 ↑:川本ヤスヒロ、「桂恋(かつらこい)1」・500号変形。

 大きな大きな骸骨(しゃれこうべ)。西洋的には「メメントモリ・死を忘れるな」になるのでしょう。しかし、僕は川本・骸骨を挽歌と理解しています。失礼な憶測ですが、川本さんは大事な大事な人を亡くされたのではないでしょうか。その人を想っての「骸骨」だと思います。「桂恋(かつらこい)」とはどういう意味なのでしょう。中国伝説に「桂」を月の世界に存在する木という理解があります。宇宙の果ての存在、要するに黄泉の生命樹です。川本さんはその木に恋しているのです。木(桂)は川本さんにとって大事な人の現身(うつしみ)であり、骸骨なのでしょう。日本人は西洋人のように怖い怖いリアルな骸骨を描くのが不得手だと思います。どこか優しくなります。川本・骸骨は抱きしめても掌(たなごころ)に載せても、添い寝もしたくなるような大事な人の代わりなのでしょう。
 何年か前の骸骨絵は普通の大きさでした。近年は余計なものを描かなくて骸骨だけを描く傾向がありました。本作はただひたすら大きく描いて骸骨と向き合っています。

 
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 ↑:斉藤嗣火。

 長くなりすぎました。斉藤さんのことは勉強して次の機会にします。

by sakaidoori | 2007-07-19 23:14 |    (時計台)


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