栄通記

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2007年 07月 18日

262) 市民ギャラリー 「宮の森芸術倶楽部作品展の中から」 終了(7月16日まで)

○ 第5回 宮の森芸術倶楽部作品展(絵画)

  会場:札幌市民ギャラリー、3階
     南2東6
     電話(011)271-5471
 会期:2007年7月11日~7月16日(月・祝)
 時間:

262) 市民ギャラリー 「宮の森芸術倶楽部作品展の中から」 終了(7月16日まで)_f0126829_1695451.jpg
 ↑:会場作品。

 気に入ったのは上の写真の右から二つ目、黄色い風景画です。
 土田千香さん、「栗沢」。
 真ん中を電信柱で区切られ、両脇は向こうに道が延びています。右側は下り坂、左側はやや上り坂、道は直ぐに切れて景色の大半である中景の田園風景へと続きます。小さな写真で見ると中景よりも近景の道の方が大半をしめていますが、実見ではより中景の景色が広々としています。田んぼの黄色い部分が少しポッカリトとして、へこんで完結した感じです。色付く畑、山並み、空と横広がりに重なって絵はおしまいになります。
 何が気にかかったかというと、真ん中に主な目的で無い電信柱を描いて画面を分断していることです。それでいて電信柱に違和感が感じない。左右の道の逆勾配が同時に目に飛び込んで妙な感覚になることです。誘われる道の先がぷっつり切れても変に満足してしまう。分断されつつも黄色で統一された田んぼの中景が一つの独自の世界を形作っていることです。幾つかの世界を一色(黄色系)でまとめて一つに仕上がっていることです。絵自体は普通の実りの秋の理想郷を描いたもので、民家の風情や黄色さ、筆捌きが目立たない優しいだけの絵と言ってしまってもいいのかもしれませんが・・・。

 普通、中心でない物が真ん中にあると落ち着かないものです。門が良い例で、いかに横長の門でも柱が真ん中にくることはあまりないでしょう。(法隆寺でしたか、塞ぐように真ん中に柱があったのは)。道や川などの方向性のある物を真ん中にして構図上左右に分けるということはあります。道や川は象徴的扱われたり、方向性かるくるリズム感、あるいは運動体・生命体としても描かれて、けっして脇役であることは無いと思うのです。なんとも電信柱が効果的です。
 道の逆勾配ー能面の目の穴は左右が少し上下逆を向いていて、焦点が定まりにくいと聞いたことがあります。何故そんなことをするかというと、役者の感覚を麻痺させる為ではないでしょうか。非日常としての演技を能面の目穴が強制的に強いるのです。この絵は優しい絵ですが、優しさだけを目的にせずに、幾つかの視覚トリックで絵としての田園の理想郷の追求に具体的な華を添えているのではないでしょうか。

by sakaidoori | 2007-07-18 17:07 | 市民ギャラリー


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