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栄通記

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2007年 05月 23日

192) 凹みの谷口顕一郎記

 突然ですが、凹みの谷口顕一郎君のことを書かせてください。

 1976年 札幌生まれ
 2000年 教育大学札幌校芸術文化過程卒業
       現在、ドイツ在住。年末にテンポラリーで個展の予定。

 一月ほど前に、道新で本人の写真入でドイツでの活躍が紹介されていました。ご存知の方も多いと思います。その時の記事を写真紹介できれば親しみの持てる記事になったと思うのですが、手元にないので省略です。適当に資料を載せますので参考にしてください。

 
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 (↑:「札幌美術2003 19+1の試み展」図録より。)
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 (↑:4年前、旧テンポラリーでの個展の時の作品図録より。)

 4年前の2月(?)旧テンポラリーで彼の個展を見た。彼は凹みの研究というフレーズで現在も発表している。その時は壁などの凹みをトレースして薄いプラスチックに型どったものだった。色は黄色。しかも、あまり大きくない作品を適当に切って兆番で引っ付けていた。四角い部屋の白壁に綺麗に一列になって展示されていた。20個位あったと思う。先に見ていた女性(学生?)連れが作品に顔を引っ付けながら折ったり伸ばしたり、「かわいい」などと言い合い楽しんでいた。僕は何の感慨も無く、部屋をぐるぐる何回も何回も廻っては、彼女達の真似をして触ったりもした。作家が別室にいたので話しを聞くことにした。
 開口一番、「全然わかりません」。
 作家は余に正直な質問に少し赤らめながら説明し始めた。
 「これは建物の傷などの凹みで・・・・なんでこんな事を始めたかというと、あるレンガ造りの倉庫でこんな風な傷があったのです。これだっと思いましたね。僕の作品は平面ですが、彫刻、立体だと思っています。限りなく厚みの無い立体作品。兆番はどうしても必要ですね・・・」。そういいながら、キッカケになったという傷の写真を僕に見せた。僕は彼が抱いた驚きとは全く違う驚きを抱いた。何かを谷口君は語っていたと思うが、虚ろな気分で時を過ごしてその場を後にした。

 赤いレンガ壁に胃を細めたような形の傷であった。凹みだから黒かった。人体の傷口が赤黒く固まったように見えた。もしマチエールを追求する画家ならば、その模様をリアリティーの対象として、迫真の色合いで描くだろう。見る者も驚愕をもって応えるだろう。だが何としたことか。谷口君は歴史的象徴として、あるいは切実な擬人化の対象として捉えてもいい形を、一切の生理を剥ぎ落として作品にしてしまったのだ。それはピエロ、狂言回しあるいはトリック・スターのような行為だ。
 「あっ、貴方。アナタはこの形に人間の真理を見出したのですね。おー、何と素晴らしい。僕が再生してあげましょう」。そう言ってトリック・スターはチョチョイのチョイという感じで凹みをプラスチックに置き換えて注文主に差し出すのだ。そこには凹みの中にしみこんだ歴史という時間や、他との関係性という空間概念を軽く否定しているのだ。注文主が首をかしげていると、「えっ、気に入りませんか?そうですか、それでは兆番を付けて折ったり伸ばしたり、もっと楽しくしてあげましょう」。形は更に更に注文主の気持ちから遠くなるが、「あー、確かに兆番があるほうがいいですね。プラスチックも手に親しくていいですね」。そんな会話で場面は終わり、谷口トリック・スターは次のお客さんの所に行くのである。

 ここには、都会の青年の複雑な思いがある。芸術を自己表現の忠実な反映とすることに意義申し立てをしているようだ。きっと谷口青年は良い人だと思う。だが、自分に対しても他人に対しても冷めたところがある。齊藤作品のように対人関係を楽しもうという余裕が無い。それでいて、人の心に残る凹みという型を再生する感知能力に長けているのだ。「良いものを良い」と言って他者に対峙する事をかっこ悪いとおもっているのかもしれない。少なくとも自分自身が真剣と見られることを憚っているようだ。

 最近の谷口君はプラスチックを止めてステンレスの世界に生きているようだ。ステンは硬くて加工し難いが、料理し終えた後のステンは輝きといい、縁取りの丸みといい美の象徴のように現れてくる。プラスチックの凹みの無機物性から、時空や肉声をを取り戻そうという行為なのだろうか?美を求めていることだけは間違いない。美のみが信じれるものとしてあるのだろうか?現代美術が「美」を不問にしようとしているのに、皮肉な対応だ。谷口君は現代美術という視点からも離れているのかもしれない。おそらく作家は美を中心にして社会性、時間性、空間性の留保と取り込みの往還をして行くのだろう。

 
192) 凹みの谷口顕一郎記_f0126829_1519167.jpg
 (↑:2年前、旧テンポラリーでの個展の時の作品図録より。ドイツの壁と作品。)

 *トリックスター:文化人類学用語。機智に富む超自然的存在。二項対立(創造ー破壊、善ー悪など)を体現する両義的・媒介的性格を持つ。文化英雄とも。「コンサイス外来語辞典」より。


 
 絵の見始めの頃に一所懸命に考えた作家が3人います。今月紹介した西辻さん、同じ全道展会友の黒木孝子さん、それと谷口君です。黒木さんのことは二年ほど前に「どらーる」の掲示版に書きました。谷口君は書く機会がなかったのと、今秋に個展をするということですから、それ以前に記録に残す為に理由も無く今日紹介します。なぜこの3人かというと、何の理由もありません。上手、あるいは表現力が高いというわけではありません。偶然にも、一所懸命に考えたことがその後の絵画鑑賞の役に立っているので、どうしても文章化しておきたいのです。以上の谷口考は本人には語ったことなので彼にとっては目新しいことではありません。



 
 

by sakaidoori | 2007-05-23 15:03 | ◎ 個人記


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