栄通記

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2007年 02月 21日

69) さいとう 「内海真治個展」 ~25日(日)まで

○ 浮浪工房 内海真治個展  レインボープラネット
    陶板画・ステンドグラス・木のオブジェ

 場所:さいとうギャラリー
     南1西3 ラ・ガレリア5F
     電話(011)222-3698
 期間:2月20日~2月25日(日)
 時間10:30~19:00(最終日は17:00)

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 このビルのプチ・ギャラリーで今月一杯展示をしている内海さんの個展です。陶板としての青の世界、ペルシャンブルーを追求してはいますが、個々の作品の自立性と併せて展示空間全体の内海ワールドへと世界が広f0126829_1748577.jpgがってきているようです。内海さんは初めから全体空間を生かしていたのではという人がいるかもしれません。展示としてはそうではありません。つい3,4年前までは実用性のある焼き物も展示していました。日常の器としては余りに個性的ではありますが不細工で実用的ではないなと思いました。初対面の時にその辺をうかがいますと、「もう、こういうのは作らなくてもいいのです。青い陶板で壁一杯埋め尽くしたいのです」今までの穏やかな内海語録とは違った、自分自身に言い聞かせるように激しく言い切っていた。販売としての器を売る自分の行為に、自己脱皮に対するてらいがあったのでしょう。

 昨年のこと、同じ会場での会話。
 今展にも出品していますが、黄色い世界に綺麗な少女が戯れている陶板があります。余りに多い出品なので、「可愛くなりましたね」と発言するや、「う~ん、ついこの段階で止まってしまうのです。f0126829_17494021.jpg先に進むよりこの方が楽なのです。なかなかここを越えないのですよ」という返事。どうしてこういう返事が返ってくるのだろうと思いつつ、激しい内海言語に対峙しての会話を続けた。

 人は自由人とも天真爛漫とも内海さんのことを評します。人柄にも作品にも汲々とした我々とは違ったどこか達観したものを感じます。感じはしますが彼も人の子です。団塊の世代の一員です。いち早くその合目的集団から離脱はしましたが、しっかりと団塊的生き方をした人です。決して現在の内海ワールドはそういう生き方の反動とばかりは言えないと思います。何かに拘りつつ拘りをもろともせず、さらにさらに拡がる内海ワールド、おかしさ、優しさ、美の世界を進んで欲しいものです。清き川の流れのように。

f0126829_1751323.jpg だまされてはいけない。いやいや、だまされたつもりで一緒になって内海ワールドにふけるのもいいものだ。本当に向こうの世界に行った気分になれるかもしれない。
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by sakaidoori | 2007-02-21 16:56 | さいとう | Trackback | Comments(4)
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Commented by furoukoubou at 2007-02-21 21:06
正直、やっと栄通さんの顔と名前が一致しました
ほっとしたようなしないような
最近、言葉が大脳を通過しないで小脳で話していて
栄通さんの記憶のよさに心服します
これからも小生の言動と作品ノアドバイスよろしくお願いします
Commented by sakaidoori at 2007-02-22 11:07
>内海さんへ

「作品ノアドバイスよろしくお願いします」何を仰いますか。とんでもない話です。それにしても内海さんは楽しい仲間がいていいですね。年をとると内発的エネルギーが細りがちですから(失礼)、交流もきっと良い刺激になっているのでしょうね。今年は一度そちらに寄りたいですね。その時はよろしく。
Commented by kakiten at 2007-02-22 11:32 x
いいね、いいね。団塊のふたり。なにかご対面という感。目に浮かびます
。おふたりの友情今後もそっと見ていきたいような気持ちですね。底に
厳しさを秘めたお互いの生き方を作品に批評に今後も充分に発揮して
我々を楽しませて下さい。感じたまま・・。
Commented by sakaidoori at 2007-02-23 10:28
>kakitenさんへ

 内海さんは1947年うまれでしたか、僕は1952年生まれで団塊の世代ではないのです。何年を下限にするかははっきり知りませんが、1970年(70年安保闘争)に大学に在籍した人と認識しています。早生まれや遅生まれ、当時は浪人があたりまえでしたから、1950年生まれを団塊の下限と思っています。

 それはともかく、コメント、有難うございます。内海さんの面白さにはかないませんが負けないようにしたいと思います。


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