栄通記

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2007年 01月 16日

20)テンポラリー 「阿部守展」 昨年の印象的なインスタレーション①

 昨年のミヤシタ「藤田真理展」の紹介をしようと思った。歳の初めだし、手元に写真のあるインスタレーションの個展を3展紹介します。当然、印象深い物ばかりです。阿部守、渋谷俊彦、藤田真理。阿部さんは記録していたので詳しくなります。他の方は写真紹介が主になります。


 (以下の文章は展示前日の搬入のところから。阿部さんは九州の大学で教鞭をとられていて、作品が届いたところ。テンポラリーは未だ画廊周辺が片付いていない時期。ミクシィーの再掲。)

○  阿部守展       

 場所:テンポラリー・スペース
 期間:2006年9月18日~30日

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 二個口の宅配便が届けられる。本人は本意かどうか知らないがテンポラリー周囲の片づけを続けている。「どうぞ、自分の仕事をして下さい。」と言っても聞かない。周りで騒がれたら自分に集中できないから、まずは予期せぬ仕事を終わらせてということだろう。久しぶりの北海道だ。天気も良い。周りの人が良い人と思ったかどうか、一期一会と一汗を楽しんでいる。

 翌日、ゴミが気になったのと、妻がまだテンポラリー内部を知らないので、再び訪れる。
 綺麗になったドア越しに、古ぼけた茶色の床に鉄の作品が置かれ、白壁を背に吊るされているのが見える。何時だっただろうか、辺りはすでに暗い。(夏も終わったな。)室内がスポットライトのように浮かんで見える。僕は何ら作品には関与しないが、ただ外のゴミを片付けるきっかけをしただけだが、遠目ではあっても物として見ることが出来ない。鉄材が子供とは言わないが、一つ一つが友のようにたたずんで見える。客人(まれびと)への持て成しはこれで良かったのだと自分の気を落ち着かせる。
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 明日は水が入るのだという吊るされた鉄器を眺める。青銅器のように薄く、木槌で叩かれた小さい跡が細胞のように美しく覆っている。吊り紐の通る穴の辺りは青く、他は茶色で月光に当たればきっと輝くだろう。天の岩舟のように宙に浮いて地上に伏す者共を差配しているようだ。しかも、女性器のように底に一点の穴が開いていて、閉じ込められた水は聖水のように時間を置いて一滴一滴落下する。永久の時間と溜め込み、瞬時の動き、滴は大地としての熱せられた鉄皿に触れ、ジュッという静かな音を伴い煙に変わる。古の頃、煙や雲は魂だと言う信仰があった。作家は生と死、過去と現在、永久と今を紡ぐどこか宗教儀式を演出する。客人は旅人としての証のように沖縄や英国の痕跡を残す鉄器を用意し、「札幌」ではこの地の地下水を汚れ無き真っ黒き鉄器に羊水のように湛えて今を刻印する。

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 鉄の歴史は浅い。少しでも人の営みの古き時の道具に近づく為に、あたかも土器に成りたかった鉄器を用意する。土器(陶器)のための釜の中で伴に焼かれた鉄器。作家は己と己の素材の限界を受け入れ、己の分身としての鉄という物質に自分と同じように色々な可能性を試み、旅をさせ、自己確認をする。

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 人はどうしても鏡が必要なのだ。
 阿部氏のそれは鉄であり、鉄に自己同一化して宗教儀式へと膨らみ、水になり煙になり、消え入って足跡を残し、次の旅に出立しようとしている。

 今回の作品は旅の足跡だ。今、力を溜め込んで溜め込んで羽ばたくのだろう。彼の内なる自信を感じる。

 パーティーでは器たちの陽と動と戯れを味わうことができた。君は心地良く作品との遊びを許してくれた。
 阿部君、また会おう。

by sakaidoori | 2007-01-16 00:56 | テンポラリー


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