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栄通記

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2016年 01月 16日

2481)「藤女子大学3年展」 アイボリー 終了/12月8日(火)~12月13日(日)

藤女子大学3年展
  
    
 会場:ほくせんギャラリー ivory(アイボリー)
      中央区南2条西2丁目 
      NC・HOKUSENブロックビル4階
      (北西角地、北&西に入り口あり)
     電話(011)251-5130 

 会期:2015年12月8日(火)~12月13日(日)  
 休み:
 時間:11:00~19:00 
     (最終日は、~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(12.12)

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 モノクロで頑張る藤女子大学写真部の3年生展。


 総勢5名。5名で広い会場をしっかり埋めている。その意気込み、努力は喜ばしい。
 展覧会としての形はしっかりしている。次ぎに問われるのは中身だ。中身・・・残念だが見る人を喜ばせるにはまだまだだ。努力は認めるが、執念が、拘りが、薄く感じた。被写体を見つめる姿勢が弱く感じた。ここはもうひと頑張りして欲しい。

 撮影する学生が淡泊なのかもしれない。淡泊ならば「淡泊」な味が出ればいい。楽しい気分を出したいのならば、もっと楽しさがあってもいい。悩ましき青春心理、憧れの異性、不安な将来・・・負の材料も正の材料もふんだんにあると思う。おそらく、被写体への拘り、あるいは自分自身への問いかけが中途半端なのだろう。表現とはそこんところを見つめないと、なかなか見る人の共感を得られないだろう。

 それと、モノトーンの色調子が似通っている感じだ。いろんな白黒があると、もっと楽しめるだろう。




平間理沙 の場合


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 凄くエネルギッシュな平間理沙。やはりボンボンと勢い込んでいる。
 ではあるが、少し違う。勢いではなく、「見つめる」、そして「黒」への試みだ。人物群も登場して、表現の幅にもチャレンジしている。しかし、チャレンジとはいっても、どこかおっかなびっくり的だ。よっぽどいつもとは違うのだろう。
 作品的には物足りなさは否めない。肝心のパワーややっるかない精神という若さを脇に置いている感じだから。しかし、撮り手は何か期するところがあるのだろう。

 ちなみに、平間理沙は丸島企画「群青『女の空間展』2/4~2/9 アートスペース201」の参加者です。参観、よろしくお願いします。



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 廃墟らしき風景を撮ってはいるが、廃墟よりも、窓とか穴とか四角とか、被写体の構成要素に着目して何かしら象徴的に仕上げている。そこでの一方の主役は「黒」だ。だが、距離感が安定しすぎて余りに動きがなさ過ぎた。悠久の時の流れをかもしだしたいのだろう。が、ここでの「平間理沙らしさ」とは何だろう?モノクロ派にとっての「廃墟」は一つの必須かもしれない。必須なればこそ、その人らしさを見たいものだ。



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 人物群だ。流れ風景で巷の一瞬の切り取りだ。人を撮ることは良いことだ。今回はそれに尽きる。
 余りに距離感が一定で、余りに覗き見的で、余りにおっかなびっくり的だ。この距離感が撮り手の安全距離なのだろう。この距離からどれだけ離れるか、どれだけ近づくか!人そのものを「見る」ことができるか!




小酒井彩香 の場合


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 いくつかのシリーズ。全体に突っ込みが足りない。ある種の距離感で撮り手自身が満足している感じだ。
 折角だから一つの拘りで、シリーズで突き進めばよかったのに。これでもか、これでもか、という女性的粘着力をはっきすればいいのに。




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 タバコの白い線が良い感じで目に焼き付く。撮り手は細長いものが好きなようだ。タバコと喫煙を小道具にしての物語。二十歳前後の女性が二十歳前後の男性を見る目、これだけではないと思うのだが・・・そこんところが知りたい、見たい、味わいたい。



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   ↑:「旧未来都市」



 工場群を三分割にしての展示。普通はひっつけて横拡がりにするのだが、あえて話したところが見せ所か。離すのはいいが、3枚ではもの足りなかった。もっともっと左右に拡げればいいのに。そうすればこの街の迫力というか、なれの果てというか、存在が際立っただろう。
 思うに、撮り手は街の煙突への関心が強かったのではないか。極端な話、煙突だけあれば事たれりかもしれない。ならば、もっともっと煙突に拘ればと思った。




岩代亜子 の場合




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   ↑:「光」




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   ↑:「凜」




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   ↑:「純」




 素直な人だと思う。「愛」や「幸せ」を撮りたいのだろう。「明暗」、「裏表」、「善悪」、「天国と地獄」という二律背反的思考からは遠い。作品はテーマの中の裏面性を感じると深みが生まれると思っている。岩代亜子の場合はそういう深みを気にしてはいけない。もっともっと素直にストレートに「愛」を「二十歳のけなげな想い」を強く見せればいいのに。




中村おとわ の場合


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 ここは「愛」と「結ばれ」の世界だ。ロマテック、ファンタスティック、というよりも恋愛小説を書くためのモデルケースのよう。それに、「愛」がテーマなのだが色気がない。そこが楽しいところだ。



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 「彼氏に追いすがる女学生」ではあるが、この色気の無さは素晴らしい。「あんた、何してんの!チョット待って、待ってって言ってるでしょう!もうバカ!一緒にたこ焼きを食べようよ!」そんな楽しい会話が聞こえそうだ。
 演技者は真剣だろうが、まるでパン食い競争の走者のよう。





名畑響 の場合



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 けっこうガッツに取り組んでいる。もしかしたら今展の中で一番強いかもしれない。強いのだが、作品としてのパワーとなると考えてしまう。どこか遠巻きに感じる。何だろう?

 結局、「名畑響にとっての被写体とは何なのか」だ。モノトーン特有の強さや格好良さはそれなりにあるのだが、「何故撮るのか?」がこちらに伝わって来ない。おそらく、「撮る」ことが好きなのだろう。ならばもっともっと、「撮る」という行為を前面に出したらいい。おそらく、この強さを持って行く場がないのだろう。極端な話何でもいいのかもしれない。それならテーマに拘らずにバシバシ気になるシーンを撮って、変にコンセプトなどにこだわらずに表現したらいいと思う。「鑑賞者は自分・名畑響だけ」の時間を持ったらいいと思う。

by sakaidoori | 2016-01-16 11:21 | 北専・アイボリー


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