栄通記

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2014年 07月 08日

2401)「第3回グループ象(そう)展(竹津昇 田仲茂基 西村司 川上直樹)」時計台 終了/6月30日(月)~7月5日(土)

  
 


第3回 グループ(そう)展 

 竹津昇
 田仲茂基
 西村司
 川上直樹
       


 会場:時計台ギャラリー 2階A・B室
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2014年6月30日(月)~7月5日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~17:00まで。)

※ ギャラリートーク ⇒ 7/5(土) 14:00~ ゲスト:伊藤光悦(二紀会) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(7.5)

 AB室、二部屋の有志4人展。

 4人は全国公募団体・一線会、道内公募団体・道展で結ばれていて、「物語性」と「具象性」を大きな共通項にしているようだ。中年以上の男性ということでも重なる。
 それ以上に、絵画思想を共有しているかは・・・、不明。なんとなく「思い出」とか「追想」とかの時間への拘りを共にしているみたいだが、それは多くの画家にもいえることだ。単なる気のあった絵画仲間かもしれない。絵画思想よりも、互いに切磋琢磨して「絵画探求」に励む、という感じだろうか。

 作家同士は彼等の問題だ。作品同志がギャラリー空間で個以上の何かが醸し出されたら幸いだ。さて。



 A室の様子は--。


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 次はB室。


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 (以下、敬称は省略させていただきます。)




◯ 田仲茂基の場合



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   ↑:田仲茂基



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   ↑:田仲茂基、「悠久の翼Ⅱ」(未完)・F120号。





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   ↑:田仲茂基、「春待つ夕景」・S20号。



 自然と生き物を描いている。人間を自然の中の動物に置き換えて、個人の有り様を描いている。闘う凛々しい姿に、自然との共生より孤軍奮闘ぶりを思う。「オレは頑張ってるぞ~」、そういう闘う個人は一人寂しく生きていく、そんなロマンチックな心象気分も漂わせている。

 他者を見る目、他者との関係よりも、自分を省みることが多いのだろう。だから、ロマンもついつい哀愁を帯びる。「共生」ということも作家にとっては大きなテーマだろう。が、それは作家の願望のようだ。色の発散といい雰囲気といい、正直な画風だ。正直だから「共生」なのだろうが、「個のロマン」のほうが全面に押し出されている。「理念としての願望」よりも、「腹の底からの願望」が出てきたら、もっともっと楽しく中年男性の味わいが出ると思った。きっと、気分は少年なのだろう。






◯ 川上直樹の場合。 




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   ↑:川上直樹




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   ↑:川上直樹、「国境地帯 (望郷)」・130号。





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   ↑:川上直樹、「国境地帯 (あかるいところへ)」・130号。




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   ↑:(上掲の部分図。)










 「象徴と物語」、「緊張と安らぎ」、「明と暗」、「精神性と都会性」、「静物画的要素と(現代的)宗教画的要素」、「静と動」、「生と死」といろんな要素がびっしりだ。まだある、黒を基調にしながら、どんな色を組み合わせようか?メインの横線をどう案配するか、その長さをどうするか、それに見合った縦線をどう入れるか?コラージュ技法も取り入れて「遊びと意外性」も加味する。数字だって使う。
 そして全体の構図の問題が川上直樹の前に立ちはだかる。まるで画学生の研究絵画のようだ。きっとそうだ。いろんなことをしたいのだろう。

 ただ、あまりに建前が強いと思う。知性は感じるが、画家自身の腹の底からの叫びというか、苦しみというか、喜びというか、「研究せねばならないという苦しみ喜び」をも含めて、そういう人間臭さに支えられてはいない。おびただしい拘りが画家にはあるはずなのだが、その拘りを絵画言語で隠すことに努力しているみたいだ。


 願望の強い作家なのだろう。
 一方、静物画要素の瓶や果物に甘えにも近い可愛さ優しさ遊び心を思う。それは作家の本来の持ち味みたいだ。しかし、そういう要素は部分の役割以上にはならない。構図は知性や修練で何とかなるが、こういう優しさは習得できない。この優しさを本来の隠し味にして川上物語が拡がればと思った。

 とは言ってもこの絵画研究はまだまだ続くのだろう。納得するまで描かねばならない。ならば、既存の絵画価値観に捕らわれずに研究されてはと思う。
 今展、全作の中央に横線が並んでいる。日の丸表現になっていて画家達は忌み嫌う。「真ん中に物を描くな」だ。僕は真ん中絵画が大好きだ。潔い、不退転の決意すら感じる。絵が上手くなると「真ん中に描くという不退転の決意」は邪魔なのかもしれない。僕はその正直さが好きなのだが。






◯ 西村司の場合




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   ↑:西村司




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   ↑:西村司、「パドックの男と女」・F100。





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   ↑:西村司、「卸売り市場の朝Ⅱ」・F120。




 写真のリアル感を絵画的リアリティーに置き換えようとしている。写真の立体感を無くしてフラットにする。その面的世界で面の量を構図にからめて問い直す。色調和や配合も作り替える。要所要所に立体表現に描く。目的は明るく元気なドラマによる人間讃歌だ。

 今展にも出品しているダンスの絵だが、躍動感は伝わるのだが、格好良すぎで作りすぎな感じだ。きっと女を頑張って描いたから良くないんだ。男画家がが女を描くと、詩情を越えて一人勝手なロマン臭が漂いすぎて、作品の美しさや出来映えの邪魔をする場合がある。
 その点、今展の男中心の作品は健全な若さだ。ほどよく人間臭も織りなして良い気分だ。群像の力と、男気を描く画家の意欲がかみあっていると思った。


 今展で一番興味を惹かれたのは下の作品だ。未完成だ。



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   ↑:西村司、「トノサマバッタのいるところ」・F100。


 人間、特に顔の表現が抜けた感じで、他のバリバリ・西村リアルとは違う。それに、頑張る強さも無いから、変な作品だ。案の定、「未完成」。

 確かに未完成だが、こういう抜けた部分をも西村流で表現できないものか。西村流具象表現はきっちりし過ぎて疲れるところもある。この作品、未完成が息抜きと余韻や拡がりにもなっていて思わぬ効果を発揮している。





◯ 竹津昇の場合 



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   ↑:竹津昇



 以前のムンムンするムードは影を潜めて、しっかり対象を見つめる丁寧に迫るという感じだ。そして、絵が上手くなった分、この画家のユニークな変調も薄らいだ。だから、大きな作品だが、引き締まってコンパクトな感じだ。次の作品は今展では小振りだが、卵の黄身のような充実感でまとまっている。





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   ↑:竹津昇、「時の方舟(はこぶね)」・80P。



 決して小さい作品ではないが、白に包まれていてこざっぱりとしている。
 年はとってもしっかり此処にある、軽やかに生きている、という絵だ。丁寧に丁寧に壁の一肌一肌を描き進めている。画家自身の情熱やロマンは密やかで、壁のしわしわを年輪を刻むようにして存在証明にしている。若きゴッホが悩みながら住みそうだ。青年ゴッホは悶々として沈鬱だが、この家屋は古くても清らかだ。間違いなく竹津流の生活現場という祈りなのだろう。



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   ↑:竹津昇、「シベリアの空」・80F。




 いよいよゴワゴワ感は無くなった。真っ直ぐな心で壁板の輪郭を描き進めている。「壁」そのものを問いつつも、珍しくいろいろと「壁」で試みている。窓枠の四角は別物のよう、こぼれ落ちる板の裏側は神田日勝の馬の肉のよう、果物を静物画のようにして棚に置く・・・しかも、入念に描き込んではいるが平板な仕上げだ。

 氏は昨年、ロシアに行かれた。その時の風景だろう。普段との違う風景に、いろいろな試みをしたくなったのだろう。






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   ↑:竹津昇・「再生」・145×130㎝×2枚組。



 壁画だ。3m前後の大作だ。


 確かに「再生」だ。画家の過去や時間に対する愛が、画面四隅に花咲いた。元気な朝の目覚めのようだ。農作業にいそしむ人がもうすぐ画面に現れそうだ。

 確かに小道具は賑々しく描き込まれている。が、物としての賑やかさはあるが、タッチや空間への迫りかたは穏やかだ。未知なるものの誕生ではない。求めていたものをしっかりと把握し自立させている。一つの到達点・記念碑だ。壁が万華鏡になって、人々に拍手を贈っている。

 かつてのユーモアやエネルギーや、スポーツマン的汗の臭いは薄い。
 絵が上手くなるとそういう要素は消えるものなのか?。清々しくて元気の良い「再生」に昇華されたと考えるべきなのか?
 あるいは、より高みへの悪戦苦闘の始まりかもしれない。

by sakaidoori | 2014-07-08 21:11 |    (時計台)


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