栄通記

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2013年 11月 11日

2301) 「2013・横山文代 油彩画展Ⅱ 『こ・こ・ろ に光る』」 道新g. 8月22日(木)~8月27日(火)

  



2013・横山文代油彩画展Ⅱ 
 
    「こ・こ・ろ に光る
  
    



 会場:道新ぎゃらりー 全室 
      中央区大通西3丁目
      北海道新聞社北1条館1F・道新プラザ内
      (入り口は東と北に面しています。)
     電話(011)221-2111

 会期:2013年11月7日(木)~11月12日(火)
 休み:水曜(定休日)
 時間:10:00~19:00
     (最終日は、~17:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(11.9)



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 とても明るい。元気の良さは知っていたが、こんなに明るくて爽やかな横山文代展は初めてだ。というか、意外にこういう風景画展を見たことがない。迷いがないというか、我が道を行く清々しさだ。新緑の春、綠盛んな夏、そんな会場雰囲気に、うら寂しい最近の心境に渇が入った感じだ。
 その辺りのことを伺うと、「道内を旅行しました。それが絵にでているのかも」、にっこりした言葉と表情が返ってきた。


 (以下、敬称は省略させていただきます。)


 僕は横山文代の自然への取り組みを見つめている。

 横山文代は写実に徹している。また、見た世界に忠実なことを前提にしている。なぜなら、見た全てが好きだから。絵のために自然への加筆消去を嫌う。というか、しない。ありのままの世界に忠実で、その時の作家の感動をいかに絵画化するかを命題にしている。それを自然への讃歌と言ってしまえばそうだ。が、人間は不思議なもので、同じものを見ても見方が違う。「横山文代の愛し方、彼女が見つめる自然の相」、今は写実が武器だから写真的な面がある。実は、「写真的」という批判は彼女が越えねばならないハードルで、その先を素直な写実力がどう開拓するかを楽しみしている。


 今展は次の大作2点が見せ場だ。色、構成、発色度、見る側の視線の流れと、意図的に代えている。



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   ↑:「天空の晩夏 (三国峠)」。


 魅力は綠一面の世界。草原とも思える木々の海原が世界を一層広くしている。山並みも流れる空も全ては横に拡がっていく。晩夏というが、気分は明るく若返る感じだ。その横に伸びる綠の世界に浸るのに、どうもこの縦松が邪魔だ。邪魔にならぬように細身なのだが、その細身がかえってチラチラしてしまう。細身の表現は、「この松が主人公ではない」という画家のシグナルだろう。
 この松、このチラチラ感をどうみるかで評価が分かれるだろう。僕は自然な一体感を拒む「風景」を愛おしく見てしまった。「この松め!」、自然に振る舞っているのだが、自然になれない出しゃばり根性、愛すべき松である。

 むしろ気になるのは山を薄く描いていることだ。遠景だから薄い、は知的遠近感だ。本当に画家の目には山が薄く見えたのか?「優しさ」がそうさせたのかもしれない。






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   ↑:「永遠に (忍路)」。

 
 個人的にはこちらの方が画家らしい感じで好ましい。なぜなら強いからだ。
 この絵の魅力は、作品をどこかで二分割なり三分割しても成り立ちそうなところだ。それくらい中心点があるような、ないような作品だ。例えば、奥の岸壁風景と手前の川の中の様子は二分割可能だ。画中の全てを愛した結果だろう。
 当然そこが批判に晒されそうだ。伝統的な写実風景画を踏まえているのだが、意外にも伝統美からずれている。僕にはそこが面白いのだが、僕の感心は画家の目指す世界とは全く違うだろう。






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   ↑:「黒岳」。


 今回の個展では空が躍動的だった。作家の気持ちが一番反映されているのだろう。今までストレートに出すのを渋っていた軽やかな気持ち。






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   ↑:「ニセコ アンヌプリから」。


 全てを美しくした。確かにこういう風景だと思う。素直な画家だ。
 やはり気になるのが山を薄くしていることだ。だから綺麗な山容になったのだろう。こういう感じで全てに嘘なく場を与えて、全てをしっくりと振る舞わせたいのだろう。強さよりも明るく健康的な落ち着きを大事にしたみたいだ。


 

by sakaidoori | 2013-11-11 22:42 | 道新プラザ


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