栄通記

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2013年 10月 30日

2280)①「あかとき発信 元気なアート展」 (深川)東洲館 10月16日(水)~10月31日(木)

 

  

あかとき発信 元気なアート展   
    

  
 会場:アートホール東洲館 
      深川市1条9番19号 経済センター2階
       (JR深川駅を降りて直ぐの左側のビル)
     電話(0164)26-0026

 会期:2012年10月16日(水)~10月31日(木)
 休み:月曜日 
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~16:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(10.30)


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   ↑:(JR深川駅前の風景。)


 JR深川駅に隣接している「アートホール東洲館」に行ってきた。「坂本順子回顧展」を見るためだ。が、今月の前半で終了していた。まったく、いつもながらのトンチンカンな動きをしたものだ。幸い、受付の関係者から展覧会の様子を写真で見せてもらった。展覧会の様子なども簡単に伺うこともできた。遅まきな訪問ではあったが、得た収穫を良しとしよう。

 しかし、明日までの展覧会「元気なアート展」を見れたのは望外な喜びでだった。


 以下、会場風景を載せます。


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 当展の紹介文なり説明は一切無い。「あかとき発信」という表題だけが唯一の情報だ。おそらく、福祉施設「あかとき学園」に通われている人たちの美術作品展だろう。「福祉施設美術展」といってもいいし、レベルの高さから「一福祉施設によるアウトサイダー・アート展」と難しく呼んでも構わないだろう。
 実は、つい半月前に福岡市美術館で「アール・ブリュット・ジャポネ展」を見てきたばかりだ。三年前にフランスで日本人だけによる「アール・ブリュット展」が開催された。その凱旋展だ。134名によるもので、全く圧倒されっぱなしであった。その展覧会に、今展出品作家も2名いた。

 そんな前置きをして、とにかく個別作品を見て下さい。まずは「アール・ブリュット・ジャポネ展」参加の作品からです。



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   ↑:平瀬敏裕。左から、「としひろの世界 2013-1」、「としひろの世界 2013-2」




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 ややピンボケ気味ですが上掲作品の部分図を載せます。


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 緻密に×印のようなものが規則正しくただただならんでいるだけだ。実に細かい。その描かれた集合体が海苔のような面になっていて、何となくグラデーションがかってそこに鎮座している。おそらく描き手はグラデーションなどという意識は無いであろう。「どんな意識かって?わからない」ただただ、描くことに意味があるのだろう。

 その緻密さには、さして驚かない。僕の驚きは、この海苔のような面が時によってはふわふわと動き出すことだ。生命体と言ってもいい。あるいは僕の単なる3D的な錯視なのかもしれない。そういう錯視をした時にその細部を見つめると、遺伝子染色体の集合体のようなものを感じ、何やらおぞましい気分になる。ミクロに解体した自己(作家)を見た気分にもなる。







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   ↑:大梶公子、「公子の世界」。


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   ↑:(上掲作品の部分図。)



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   ↑:大梶公子、「公子の世界 2011」



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   ↑:(上掲作品の部分図。)



 先ほどの平瀬敏裕と同様にモノトーンで過剰性も似ている。こちらの方が可愛い?人顔もあるからわかりやすい。わかりやすい分だけ、単純明快に狂おしい。人形が水の中で楽しく泳いでいるのか?苦しんでいるのか?ただただ丸々模様を描き連ねて画面を埋めていき、埋め尽くし終えた後でも残る姿、それを確認しているような楽しんでいるような描き手だ。







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   ↑:諸橋宏昭。左から、「トラック」、「トラック野郎」。



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 端正で大きなトラックたちだ。数をそろえて、「トラック万歳」と三唱したい。







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   ↑:久慈香代子



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   ↑:久慈香代子、「疲れたわ」。



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   ↑:久慈香代子、「宇宙人じゃないよ」。


 全く、「孤独」と「愛」を感じてしまって笑い泣きだ。愛すべき「人物」であり、「人群れだ」。
 「宇宙人じゃないよ」、それは楽しんでの言葉だろうか?哀しみのツブヤキだろうか?もっとも、タイトルの命名者は作家本人ではないだろう。作品と作家とタイトル命名者(企画者?)と鑑賞者、変形四角関係だ。







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   ↑:冨澤知子、「時計 2013」。



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   ↑:冨澤知子、「時計 2002」。



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   ↑:(上掲作品の部分図。)


 時計だけの絵だ。「時」を止めたいのだろうか?その一瞬一瞬の時空に意識が全部貼り付いているのだろうか?それは生きることを意味しない行為だ。「今」がないから。「今」が無限の過去の集合体なのか。そもそも「今」とか「過去」などという「時の流れを持っている人なのか?
 旧作は本当に「時計」、「時」だけだった。近作はデザイン性が加わり、「時」を楽しんでいる感じだ。作家自身の心境の変化か?いろんな「時」を見たいものだ。







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   ↑:成瀬裕、「ぼく、才能ある!Part2」。


 表現が重厚明解で力強い。才能はあると思う。そのストリート落書き感覚を沢山見せて下さい。支持体は色々なほうがいい。新聞紙、段ボール、広告紙、包装紙、エトセトラ・・・。




 この項目は続けて②を書きます。続く

by sakaidoori | 2013-10-30 23:12 | [深川]


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