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栄通記

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2013年 09月 01日

2180)「新井義史 Digital Graphics 展」 茶廊法邑 8月24日(土)~9月1日(日)

   

新井義史 Digital Graphics   
    

        
 会場:茶廊法邑
      東区本町1条1丁目8-27
      電話(011)785-3607

 期間:2013年8月24日(土)~9月1日(日)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:10:00~18:00
      (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーーーーー(8.31)


 (以下、敬称は省略させていただきます。)




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   ↑:左から、「Beam」、「海へ」。



 デジタル絵画です。

 先日、本編で「北海道教育大学岩見沢校 芸術課程美術コース・デジタル絵画研究室 展」を掲載(2171)しましたが、その研究室の教授による個展です。

 その時の学徒達とは違って、大判プリントによるバリバリのデジタル絵画展だ。いや、絵画「展」というより、デジタルの有り様、合成の流れなどを見せる「コンピューター・グラフィック学」案内展と理解した方がいい。
 誤解を招きかねないが、自己表現の比率を可能な限り下げて、グラフィックの可能性を楽しんでもらおうというものだ。

 DMには素材としての写真の事は語られていない。全てデジタルによるペインティングであり加工のようだ。



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   ↑:左から、「濫」、「G1」。




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   ↑:「水蕾」。




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   ↑:左から、「水刀」、「閃」。


 綺麗な作品だ。画面一杯のべた塗りを止めて、余白との緊張感を計っている。

 「自己表現は薄い」と冒頭に語った。それは情念の爆発だとか、絶対静寂の中での雅品などという、独特の個我の主張が薄いのであって、作家の美的感覚なり要素が希薄といっているのではない。

 上掲の「水刀」などというタイトルは、単なる美的イメージかは疑問だ。



 実は今展に対して二つの強烈な印象を持っている。

 一つめ。
 昨年だったか、道教育大教授の作品展を見た。画面爆発、デジタル技術・美術バリバリの作品に出会った。間違いなくそれらは新井義史氏によるものだった。勢いは今展の比ではなかったと思う。デジタル絵画でここまでできるんだ、誇示でもあった。こちらは完全に勢い負けした。負けてばかりでは悔しいので力をこめてにらみ返した。結果、僕の結論は、「技術は素晴らしい。が、それで彼は何を訴えたいのか?」
 今展は、その時の勢いを落として、万人にやさしく振る舞っているよう。やはり何かを訴えているのではない。デジタルの可能性を思慮するに留まっている。


 二つめ。
 会場にパンフレットが配布されていた。表には今展の作品群を載せてある。
 問題は裏だ。写真に載せます。


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 氏は1953年、愛知県生まれだ。東京教育大学大学院修了後、高校教員、大学と、教育関係を生業としている。
 新道展、自由美術協会とバリバリの公募展作家だ。道内(釧路)に生活基盤を移したから、作品発表の場として公募展中心主義を選んだのかもしれない。’70年代後半には各種受賞歴がある。
 写真で作品を見ると、バリバリの人間探求型の作家だ。この辺りは森山誠氏と相通じるものがあるかもしれない。
 しかし、時の流れと共に「人間」は消え、強烈な色を残しながらデザイン的要素が強くなっている。
 そして’90年代の初めには公募展を退会した。
 それは個人発表を控えて、大学教員(助教授、教授?)という仕事に専念したとも言える。

 僕には、個人的に追求すべきテーマを喪失したのではないかと思う。そして、教育とデジタル技術の専門家の道を歩まれたのでは。

 かつての「人間探求」、「我とは何か」、「社会とは」から離れたが、その残滓が作品の画題や装飾として再現しているのを見る思いだ。




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   ↑:「浮かび漂う」。



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   ↑:「Light」。




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   ↑:左から、「Light (青)」、「Light (赤)」、「Light (綠茶)」。




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   ↑:「嵐」。




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   ↑:左から、「陰」、「水樹」、「和」。



 
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   ↑:「陰」。


 今展の中で一番好きな作品だ。最後に置かれているのには意味があるのか?

 中央の暗い穴、かつての人間探求の影の再来か?現代社会の影と光を、闇と明るさをデジタル技術を駆使して奇想天外に絵巻物にしてくれたら。今展がその始まりになれば。それは学生にも良き刺激になるだろう。技術を超えて、まさしく表現者の師として壁になるだろう。

by sakaidoori | 2013-09-01 10:41 | (茶廊)法邑


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