栄通記

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2013年 02月 14日

1927)①「野口裕司 展 2013」 時計台 終了1月7日(月)~1月12日(土)

  
野口裕司 展 2013  
        

 会場:時計台ギャラリー2階3(全室) 
      中央区北1西3 
       札幌時計台文化会館
      (中通り南向き)
     電話(011)241-1831

 会期:2013年1月7日(月)~1月12日(土)
 時間: 10:00~18:00 
      (最終日は~16:00まで。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー(1.12)


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 今年初めてのギャラリー巡り、そして一番初めに見た個展だ。2階の全部屋を使い、見応え充分だった。良き人物写真も撮れたので、すぐにブログ掲載・・・、しかしなぜだかブログ再開までひと月かかってしまった。若干遅くはなったが、やはり「野口裕司・展」から今年は始めなければならない。

 ちなみに、後ろの男性が作家本人です。写真では若き女性と同伴ですから、わずかに浮いた感じですが、久しぶりに会う氏の様子は、貫禄というか落ち着きというか、重みを感じてしまった。かつて「野口裕司君」とブログでは書いたものだが、とても君称では呼べない。思えば、氏を初めて見たのは十年近くも前だから仕方がないだろう。
 同伴の女性、作品鑑賞の姿が実に印象的だった。楽しくて嬉しくて仕方がないといった風情で、近くにいるこちらまでが幸せ気分になってしまった。四角四面で美術作品を見るよりも、オーラを撒き散らせての振る舞い、男女を問わずこうありたいものだ。目出度き一日の始まりであった。



 当館、2階3室全部を使っての個展、①ではメイン会場のA室を報告します。


・ A室はーー


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     ↑:「かく」、1000×140cm×2 墨 水彩紙 水。


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     ↑:「関係」、120×1100cm 墨 水彩紙 水。


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 墨による「野口裕司・万華鏡」とも、「絵巻物」ともいいたくなる。最近はもっぱら墨を多用している。そして、汚な感覚というか、心象情念むき出しの描き殴りといったものだった。今展は滲みを活かして「美しく」迫っている。それは紙との対話のように進めて、墨と墨との関係、墨と余白との関係、墨を落とす自分自身の呼吸の間の確認を測っているようだ。

 かつて、「皮膚の人・野口裕司」と呼んだことがある。この場合の皮膚とは、外界を感じる受容器、外の刺激を体の内界にに伝える発信機、内界と外界との狭間でせめぎ合う境界領域という場、そんな意味だった。
 今回の「皮膚」、それは皮膚という表面の生き様のようだ。場を踏まえつつも、地としてのうねりや静かな躍動感と真面目に向き合っている。

 「真面目」と書いてしまった。もともと何をするにも真面目な表現者だ。真面目な姿に好感がもてた。が、かつては真面目さが先走っていた。今展、「そんなことは当たり前ではないですか。まー、見て下さい」という余裕だ。作品そのものの自動運動に期するものがあるのだろう。



 部屋の様子だけでも②で紹介します。続く。

by sakaidoori | 2013-02-14 13:49 |    (時計台) | Trackback | Comments(3)
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Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2013-02-22 23:47 x
日本画ですか。水墨で描いた大作、何とも言えない意外性の雰囲気ですね。これも持ち味。
Commented by 根保孝栄・石塚邦男 at 2013-03-05 02:50 x
平面絵画と立体志向の人たちに「なぜ平面を手がけるようになったのか。なぜ立体を目指したのか」の選択の動機を聞きたいもの。

両刀つかいもいるし、立体でも木彫、石彫、金属と材質の好みもある。

その辺の選択と執着の動機には興味アリマス。
Commented by sakaidoori at 2013-03-08 09:21
>根保孝栄・石塚邦男 さんへ

 「立体はニゲだ」と、ある作家は言ってました。彼は画家でもあるし、インスタレーション風仕立てで立体も手がけています。立体に対する自分の技術的能力に表現の限界も語っていました。確かに、例えば石を使った立体の場合、そのまんま使うのでなければ「技術」は絶対でしょう。「道具」もいる。

 「立体はニゲ」、ちょっと誤解を生みそうな言葉ですが、絵画中心の二刀流作家の場合の言葉として、なかなか含蓄があります。もっとも、他人にそう言いきるということは、立体制作から離れる兆しと理解していいでしょう。

 さて、根保さんの関心、ある作家の一例を紹介しましたが、僕も根保視点を取り入れて様子をうかがうことにしましょう。もっとも、二刀流作家はそんなにはいませんが。
 ただ、絵を描く人は何でもできると思っています。何かのキッカケで写真にいったり立体にいったりと。その人の性癖を離れて一般化は難しいでしょうが、面白い問題ですね。


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