栄通記

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2012年 10月 21日

1837) 「野又圭司 展 -生きるためにすべてを放棄-」 レタラ 10月6日(土)~10月29日(月)

 
野又圭司

     -生きるためにすべてを放棄
        


 会場:ギャラリー レタラ 
      中央北1条西28丁目2-35 MOMA place 3F
      (アメリカ領事館の斜め向かいの白いビル。)
     電話(011)621-5600

 会期:2012年10月6日(土)~10月29日(月)
 休み:火曜日(定休日)
 時間:12:00~18:00 

ーーーーーーーーーーーーー(10.21)

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 ボックス・アート14作品が一列に並んでいる。1作品のみが光が好きなのだろう、離れて一人でいる。何とも可愛らしくたたずんでいる。その全体が愛おしい。それ以上に、学生時代から一貫した制作態度に、驚きもし、さすがだとも感じ入った。


  1963年  函館市出身
  1989年  北海道大学文学部哲学科卒
  2007年  第16回道銀芸術文化奨励賞 (道銀文化財団)
    現在   北海道岩見沢市在住


 ユーモア、皮肉、風刺、怒りのオン・パレードだ。社会現象に対する意義申し立てであり、衝撃を受けた事件に対する覚え書き(記念作)だ。その精神は「生きることの意味」の問いかけだろう。さすがは哲学を修めた学徒だ。衰えることなく現在に至っている。

 しかし、今展の意義は作家の制作意図以上に、その制作性癖が赤裸々に垣間見れることだ。木作りを中心にしたマニアック的拘りで満ち満ちている。芸術家的破天荒よりも、物作り大好き少年が手抜かりなく大事に大事に作っているのがヒシヒシと伝わる。
 実は、氏は多くの大作を手がけている。「美」や「技」が目的ではなく、「社会批判」や少数者への感情移入を目的にしている。作品は決して未完成的な部分や荒々しさを残してはいない。綺麗に磨き上げ、コンパクト感をともなって、「完成形」として僕たちの前に鎮座している。どんなに大きな作品を提示しても、雄大な気分や、怒り天に達するという気分にならない。あまりに作品の一つ一つが可愛く綺麗に処理されているからだ。それは氏の優しさかもしれない。「虐げられし人々」への眼差し、その生活臭を汚く見せることに氏の美学が許さないのだろう。だから、静かな怒りとしてつねにそこにある。
 
 そのことは僕には氏の弱点、あるいは作品の弱さの原因ではと思っている。
 今、小品の中に、手作り少年の初々しさを見る。あるいは完結美を思う。

 学生時代の最初期に「体内回帰」、「旅行鞄」、「天動説」という作品がある。そのタイトルに注意したい。「自分が自分であること」、「放浪者」、「自分とは無関係に世界は動くという自他性(自他の区別)と他者の有り様」と僕は読み替えた。社会性を深めながらも弁証法的にグルグルと廻っている作家なのだろう。

 個々の作品感想および解説は限りなく省略します。タイトルを楽しんで下さい。



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     ↑:左側、「体内回帰」・1988年。
     ↑:右側、「旅行鞄」・1988年。


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     ↑:左側、「天動説」・1988年。
     ↑:右側、「鳥人」・1991年。

 鳥人は超人でもあり、ニーチェになりたかったのかもしれない。「神は死んだ」(ニーチェの言葉)、そして人だらけだ。


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      ↑:「昇天」。


 ニーチェ的に神のことを考える一方、生きることを神的比喩で思考したかったのだろう。所詮、欧米的神観念はいずれは払拭せねばならないだろう。



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     ↑:「20世紀の保存 (破壊されたレーニン像の右手の薬指)」・1992年。


 1991年、ソビエト連邦は崩壊した。その衝撃を受けての作品。


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     ↑:左側、「魚からダイオキシン」・1995年。     ↑:、右側、「終末論の安息 (携帯用サリン噴霧器)」・1995年。


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     ↑:左側、玩具の生命」・1998年。
     ↑:右側、「死ぬのはいつも他人ばかり」・1999年。


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     ↑:左側、「携帯電話」・199年。
     ↑:右側、「自販機作品」・2005年。


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     ↑:左側、「オンカロ」・2011年。
     ↑:右側、「生きるためにすべてを放棄」・2012年。


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     ↑:「20××年 日本再鎖国」・2009年。



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by sakaidoori | 2012-10-21 20:30 | レタラ


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