栄通記

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2012年 06月 02日

1781)②「しんか展 第7回」 大同 5月31日(木)~6月5日(火)

 
○ 第7回 しんか展  

 会場:大同ギャラリー 3階4階
     中央区北3条西3丁目1
      大同生命ビル3階 4階
      (札幌駅前通りの東側のビル。
      南西角地 。)
     電話(011)241-8223

 会期:2012年5月31日(木)~6月5日(火)
   ※ 3日(日)は、14:00~ 
 時間:10:00~18:00
     (最終日は、~17:00まで)

 主催:しんか展プロジェクト
 後援:札幌パイロットクラブ

ーーーーーーーーーーーーーー(5.22)

 1777)①の続き。


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 以上、①と合わせれば2階の全作品の様子が分かります。(写真をクリックして拡大して下さい。)


 前回はベスト・お気に入りを1点だけのせました。続けて好みを載せていきます。





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          ↑:中澤元志(東京都)、「中生代の記憶」

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 「絵画」としての可能性を秘めている。
 ワニのような生き物が見える。そういう視点で画面を見ていくと、南国的な動物植物が画中に埋め込まれている風にみえる。問題は、中の物の存在のありようと相互関係だ。ゴロンゴロンと膨れて互いに張り合って存在している。描きたいワニを引き立たせるために背景があるのではない。全てが同列に存在し合い、別個の生き物として息づいている。究極的には一線一線が独立している。
 普通、絵画は何らかの上下関係で成り立っている。「画題と背景」とか、「組み合わせと、それを繋ぐもの」等だ。小品の静物画はその代表だろう。「主題」あるいは「コンセプト」という考え方そのものが排他的思考だ。
 そこにセザンヌが多視点・同時存在という革命をもたらした。が、それは描かれていない主題に人を誘う方法でもある。それは計算された構築性ともいわれる。そうなのだろうが、もしかしたら、彼の目は左右のバランスが悪くて、それが原因で多視点構築作品ができたのかもしれない。あとは、その感覚を美術史の流れで表現するだけだ。冷めた意識と、狂った左右の視力が原点かもしれない。

 その言い方からすると、中澤元志の場合は、全体の構築意識は欠落していると思う。想念の世界では部分と部分を繋ぐ感覚が欠落していて、部分連合が細胞連合のように有機的に絡まって成り立っているのだろう。細胞が働く空間という感覚がないから、全ては淡々と同じ感覚で築かれていく。色の濃淡は、絵画構成の工夫ではなく、描くその日なり、その時の気分だろう。結果として、絵にリズムが生まれる。
 画中に分割線がある。浸透膜のようなもので、画家は何ら意に介さないだろう。
 こういう感覚を持つ青年はいると思う。現在の美術教育が個人の乱れた視力を矯正する場合がある。乱れた視力で、新機軸を開いて欲しい。




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          ↑:齋藤毅(札幌市)、「イタリア・ジェノバにて 『開会式入場行進』」

 画家はスポーツの国際大会に参加するアスリートだ。画題は彼が参加した大会の入場行進風景なのだろう。
 行進する日本団は愚連隊風に見えるのが微笑ましい。
 何と言っても明るく清潔感抜群だ。
 行進も面白いが、歩道でのタイルと人物が交じり合った感覚が楽しい。


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          ↑:松本マリ子(北海道遠軽町)、「ラッパと花」


 細胞連合感覚は「中世代の記憶」の作家と似ているのだろう。
 こちらは中心ではないが親分という存在があるようだ。大きな花は自身の分身かもしれない。



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          ↑:松本美千代(北海道遠軽町)、「やじろべえ」。


 「やじろべえ」、足のない漫画ムシだ。何とも愛すべき存在だ。
 どこかが欠落している感じだが、完成形も想定され、その不具合との落差がイマジネーションをちくちくさせる。


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          ↑:佐東宗春(北海道遠軽町)、「ひこうき」



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          ↑:沼澤実(北海道遠軽町)、「なみ」


1781)②「しんか展 第7回」 大同 5月31日(木)~6月5日(火)_f0126829_19583172.jpg 「なみ」というか、「うろこ」というか、画家の楽しい部屋だ。食べ物に関係したものが、各パーツには描かれている。おやつの隠し場所?








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          ↑:佃拓海(東京都)、「夜の森」


 可愛い絵だが、ちょっと恐い。「夜の森」、全く具象性には欠けているのだが、大きな葉っぱが夜のしじまで襲いかかってきそう。漫画的怖さと言ったらいいのかもしれない。でも、今の時代は「漫画的描写」のほうが、「オーソドックスなリアリズム」より恐い場合がある。どんなに秀でた描写力でも、ちまたに溢れた場合は普通の世界として接するからだろう。


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          ↑:加藤翔太(東京都)、「東京スカイツリー」。

 これは傑作です。
 実は、何を描いているか分かりにくい。強い色が固まっている、線も負けずに這い廻っている、色と線のブラック・ホール絵画だ。
 こうしてパソコンの画面で見返したら、「東京スカイツリー」を描いていたんだと納得できる。しかし、この建物の魅力を削ぐように他の建物が強烈に主張している。画面下は水面だろう。ここにもタワーがあるのか無いのかはっきりしない。タワーを取り巻きが、タワーを排撃している。タワーもちいさくなっている。
 僕ならタイトルはこうだ、「あー、哀しき東京スカイツリー」だ。まるで呪われているみたいだ。


 次は受賞作を中心に紹介します。 ③に続く。 

by sakaidoori | 2012-06-02 20:00 |    (大同)


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