栄通記

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2012年 04月 24日

1717)①「佐藤萬寿夫 ドローイング展Ⅳ」 時計台 4月23日(月)~4月28日(土)

   
f0142432_12252819.jpg○ 佐藤萬寿夫 ドローイング展Ⅳ 

 
 会場:札幌時計台ギャラリー 2階
      中央区北1条西3丁目
       札幌時計台文化会館
      (東西の中通りの北側にあるビル)
     電話(011)241ー1831

 会期:2012年4月23日(月)~4月28日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

ーーーーーーーーーーーーー(4.23)




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     ↑:左側から、「窓辺」、「丘の家」。


 佐藤満寿夫氏の個展が始まった。
 明るい色、たゆたゆしい線がからみ合って、つつましく、そして溢れんばかりの「生の肯定」、。「人生いろいろあるだろう。あるはずだ、それでもオレの絵を見て明るくなってくれよ!!」子供のような一枚一枚の作品がはしゃいでいる。

 おかしな話だ。氏自身は脳梗塞を患って、不自由な体での表現だ。DMにも、「絵を描くことが楽しく、リハビリになる。その絵を見ていただき、皆さんから元気をもらっている」と語っている。だが、迷い無く描かれたようなその明るさはまぶしい。こちらの方が「元気をもらっている」感じだ。
 今僕は、「迷い無く」と書いてしまった。本当に氏に迷いは無いのだろうか?迷いが無いからいい絵なのだろうか?「迷い」はあると思う。思いのままに動かぬ手に、迷いが無いはずはないではないか。だが、氏の絵を見ていると、「描く」ということは、「迷い」とか「不自由」などとは別の次元のようにみえる。少なくとも絵の力は「上手い」とか、「下手だ」とかは別の問題だと気付かされる。

 例えば、氏の作品には花々や建物群が多い。僕は、それらの「花や建物(家)」は擬人化されたものだと思っている。「人」であり「人びと」だ。そして、ここには何と寄り添う物達の多いことか。佐藤満寿夫氏は人恋しい人だと思う。花瓶に生けられる花や家は「佐藤萬寿夫」に置き換えられる小世界だ。当然、氏の廻りへの感謝の表現でもある。その表現があまりに素直で美しいから、見る方も絵画の中に自分をスーッと置き換えて、「こんな感じならいいな。廻りの環境風景をもっと明るく見つめ直そう」と、楽しい夢をみさせてくれる。
 擬人化された花瓶と花瓶の距離感はいじらしい。べったりでなく離れるでなく、相手と重なりつつも自分がある。重なる部分は伴に見る夢だ。重ならない部分は勝手な一人夢だ。ここには二つの夢が重なっている。

 「一人であること」と、「二人であること」にロマンという華を咲かす佐藤萬寿夫・ワールド。
 明るさは、私的(孤独)な小世界と広い世界(交わり)との通路だ。たゆたゆしい線は、その世界にすすむ「画家の意志」だ。「迷い」や「不自由」や「完成図」を置き去りにして、ひたすら画欲で通路を歩んでいる。


 仮面のような新たな展開もあります。もう少し作品紹介をしたいので、②に続きます


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     ↑:過去4回の個展紹介。



 今回はB室にも旧作を展示しています。今に連なる過去を見ることができます。



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     ↑:黄色い作品は、「風の旋律」・F100。


 以前と今との作品の違い、僕は「線」に作品全体の質の違いをみている。
 今の「線」は震えているようにみえるが、絵としては強い主張になっている。ストレートな肉声としての線、そして色との響き合いが絵の骨格をなしている。
 テーマも変わった。静物画が今の絵の大半だが、自然への讃歌は副次的で、「人間」がメインテーマだ。


 

 

by sakaidoori | 2012-04-24 12:03 |    (時計台)


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