栄通記

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2012年 04月 17日

1709)②「北海道抽象派作家協会展 ’12 第39回」 市民ギャラリー 終了・4月10日(火)~4月15日(日)

      
1709)②「北海道抽象派作家協会展 ’12 第39回」 市民ギャラリー 終了・4月10日(火)~4月15日(日)_f0142432_1926797.jpg○ ’12 第39回

    北海道抽象派作家協会展



 会場:札幌市民ギャラリー 
     中央区南2東6(北西角地)
     電話(011)271-5471

 会期:2012年4月10日(火)~4月15日(日)
 時間:10:30~18:00
      (初日は13:00~、最終日は~17:00まで。)

 【出品作家】
 同人:今庄義男(岩見沢) 佐々木美枝子(札幌) 鈴木悠高(札幌) 名畑美由紀(札幌) 林教司(岩見沢) 三浦恭三(小樽)・・・以上、8名。

 一般:笹岡素子(江別) 鈴木薫(札幌) 田村純也(苫小牧) 能登智子(札幌) 宮部美紀(石狩) 吉田英子(札幌)・・・以上、6名。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー(4.12)

 1700番①に続く。
 (以下、敬称は省略させて頂きます。)

・ 4人のピンク

 今年は絵画性が強い展覧会だった。そして、カラフルで色が強かった。その色の中でも、女性陣の4人のピンクが目立った。デザインの海で可愛らしく覗くピンク、怨念という情熱的なピンク、エネルギーを押さえながらも爆発しそうなピンク、窓という象徴であり可愛いくもあるピンクだ。男としては考えさせられるピンク達だ。


○ 笹岡素子の場合

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     ↑:「無題」・500×700㎝。


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 この作品を見る僕の視点は、「穴」、「膨らむ」、「色」、「素材」だ。

 作品は写真を見てもわかるように床にある。しかも、会場入り口からは遠くに敷き詰められている。目立たない。が、紙の白が床の黒との対比で、こぢんまりとしてだがくっきりとしている。そして白海に漂うよう色々、やけにピンクが飛び込んでくる。会場に入って、瞬時に飛び込んでくるピンクが新鮮だった。静かに近づき、うろついて、立ち止まってはあれこれと感じ、あれこれと考えてみた。

 二つのことをメモしておこう。
 作品自体はデザインと言い切っていいのだろう。そして、材料にしろ色にしろ、今の日本人の生活感覚の範囲だろう。そういう今の美的感覚を素直に受け入れて、あまりに「そのまんま東クン」としてさらけ出している。現代デザイン礼賛と言って良いかもしれない。

 一方で、「三角の穴」と、めくれた紙の「ふっくら感、ボリュウーム感」、その単純な繰り返しとリズムが画家の生理であり主張だろう。造形感覚だ。

 作家が「何を表現したいか」、を棚上げにして考えるならば、この作品は「現代デザインと作家の造形感覚」との絡み合いだろう。対峙、対決、対話、融合?ではなさそうだ。良く言えば「共生」なのだろう。だが、そのことを自覚するには、作品自体は遠慮気味だ。「ここにこの作品を置いてみようかな」、と「ここに作品を置こう」との中間にあるようだ。
 この様式でもっともっとアグレッシブになったらと思う。今回は30枚ほどが置かれている。とりあえず、100枚との対話をすればと思う。床はある。からみつく他人の作品もある。空間も広いから。
 そうすれば、もっともっとデザインと作家の生理の関係が明確になるだろう。その時に再び笹岡造形を問えばいい。



 (笹岡素子さんで長くなりすぎました。以下、短めにいきたいです。)


○ 佐々木美枝子 の場合


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     ↑:「作品 A~D」・S60×1枚 F60×3枚。


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 佐々木美枝子のピンクは情念、怨念として見ている。

 「願はくは 桜の下で 春死なむ その如月の 望月の頃」という和歌がある。西行法師だ。まさにピンク爛漫とする情景だ。この歌は確かに佐々木美枝子に通じるかもしれない。が、前提がかなり違うと思う。西行の和歌には男の美学、ロマンを感じる。女の匂いがする。諦念という知もある。
 佐々木美枝子の桜は、男や知に媚びるピンクではない。「狂」になりかねない「情」のピンクだ。
 だが、今展はすこしばかりおとなしく感じた。ホッとすると同時に、物足りなくもあり、次が恐くもあり、・・・やはり悩ましき佐々木美枝子だ。


○ 名畑美由紀 の場合


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     ↑:ともに「六花」・F100。


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 佐々木美枝子同様に鋭いピンクだ。が、マチエールが全く違う。ザックバランというか筆跡も露わで色も濁り、綺麗なピンクを目指していない。何より、洗練度が全く違う。そして、あまりにも激しい。
 
 吹雪のようなピンクだ。これは雪国に育った人の感覚かもしれない。吹雪を作る雪と風、その舞台の大地。
 窓の外は荒れている。少女は見つめている。確かに吹雪だ。少女は吹雪の中に飛び込んでいるのか?吹雪を眺めて何かを準備しているのか?
 少女ではなく、女の狂い咲きか?あるいは何かの宣言か?

 うまい絵ではない。キツイ絵だ。



○ 吉田英子 の場合




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 「向こう側の空間」、が関心の全てだろう。「向こう側の世界、そこに至る感覚」を表現したいのだと思っている。「向こう側」、画家ならば誰もが持つ世界であり、そこを絵画化することは願望であり見果てぬ夢でもあるのだが。だが、吉田英子は、その世界の手前の入り口を常に問題としている。

 壁に並べられた絵画作品、それらは全て「窓」であり、「ドア」であり、「門」なのだろう。

 「向こう側の世界、その道程」、そこは白く透き通っていて明るく、この世の生理を剥ぎ取り、幾つもの窓や門やドアをくぐり抜けていくもののようだ。そう吉田英子はつぶやいている。
 作品の素材は古くて朽ちた物だ。それらを、自然のままではではなく、必ず手が加えられ、門になったりドアになったりして立ち現れる。時には釘を刺して、大きな警告を発している。朽ちた物に色を塗ること、それはこの世に「おさらば」する儀式だろう。マチエール豊かな化粧は過剰というもので、新たな個性の誕生を生むだけだ。個性を否定はしないが、個性から離れることが大事なのだ。「東洋的存在」が大事なのだ。個の屹立ではなく、個の沈静化や光明として無に帰したいのだろう。
 宗教的倫理的なありよう、それが吉田英子・門の味の素だ。




 

by sakaidoori | 2012-04-17 13:00 | 市民ギャラリー


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